『ある夏休みの出来事』
               
新たな人外、人へと帰る……
                作:teru


「四郎は今日も元気がないな」
「大分、仲良くさせて貰っていたようですからね」
「不審火だそうだよ?」
「おかしな男達がウロウロしていたって噂が……」
家族が意気消沈している僕を気遣ってコソコソと小声で話す。
「ご馳走様」
僕は朝食を終えると黙って部屋に引っ込む。
思い出すのは傍若無人なトーカさんの笑顔と優しいブラムスさんの笑顔。
二人とも居なくなってしまった。
 
そう。居なくなってしまった。 絶対に死んだなどと思いたくない。 トーカさんにしてもブラムスさんにして
も闇の世界の住人でただの生き物ではない。 人の恨みや病害が呪いとなって形を得たモノだ。 死体が出ない
のも頷けるが、死んでないから死体が出ないと思いたい。

「散歩に出て来る」
僕はそう言って、ふらふらと北山の方に向かう。
洋館の跡は何も手を付けておられずにあの日のままだ。
まだ、幽かに油の匂いが残っている。

ヤツらは日が昇ってブラムスさんが逃げ出せなくなるのを待って、屋敷の周りに油を撒いて火を点けたのだ。
多分、トーカさんだけなら狼男の敏捷性を発揮すれば一人で逃げる事も出来ただろうけど、優しい彼はブラムス
さんを見捨てることができなかったのだろう。
「あのツンデレさんは…… なにをやってるんだか」
僕は屋敷跡の前にしゃがみ込んで惨劇の跡をいつまでも見ていた……
あの巨大な雷は全てを吹き飛ばした。
「ついでにあのハンター達も潰してくれたらよかったのに……」
そう、あの巨大さと破壊力の割りにはハンター達には重傷者は出ても死者は一人も出なかった。 あの至近距離
での落雷なら感電死もあり得ただろうに。 
屋敷が木っ端微塵に吹き飛んだ事を確認した彼らは、仲間の重傷者を伴って早々に去って行った。
 
消防車が駆けつけた時には、消防士達はすでに鎮火した廃墟後を見て呆然としていた。
あの時、僕はそこまで確認するとそっとその場を後にしたのだった。

そして今。 僕の目の前には木っ端微塵になった屋敷跡があるのみだった。
「そう言えば、トーカさんに買ってもらった服も完全に焼き尽くされたんだよな」
別に女装趣味はないから進んで身に付けたいとは思わないけど、あのワンピースや下着はトーカさんから僕への
プレゼントだったんだ。
あの服を着て色々な所を連れ回された思い出が蘇る。 懐かしい日々…… 女の子にされるのは不本意だったが
楽しかった……
「まさか、本当に神様の罰じゃないよな。 だとしたら僕は今後は神様なんて信じないぞ」
僕は涙を堪えながら、立ち上がる。
ずっと見ていても仕方がないよな。 青空を見上げる。 数日後には二度目の満月がやってくる。 
次の満月はここでやり過ごす予定だったが、それも叶わなくなった。
満月を見なければいいのだが、見てしまうと強制的に女性へと変身して性欲が著しく高まる。 家に居れば間違
いなくバレるレベルの痴態を演じる事になるだろう。
「そうだ。 どこか、隠れ家のような所が欲しいな……」
家の周りに人が居ない所なんてないし、山や森の中は虫や動物が一杯だし……、錯乱して転げ回ってアソコを晒
すのは不安だな。 
川の方?川向こうは一大農業地帯が広がっているから作業小屋のようなものがあるかもしれない。 そうだ、近
くの川の土手に何か小屋のような物がなかったっけ? ボートでも良い。シートを敷けば、ここまで人も来ない
だろうし……
僕はノロノロと景色を見ながら清美川の方に行ってみる事にした。
しかし、そこは思った以上に何もなかった……
僕は土手に腰を下ろして川を眺める。 豊富な水量を讃えながら緩やかに流れる川面を眺めていると心が落ち着
いて来る。
なんだっけ? ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず? なんだかなぁ。永遠に同じ物なんて
ないのはわかってるのだけど……
何も見ても気分が落ち込んでいってしまう。 この川だってただの水の集まりにすぎないのに…… 
ん?あれ?なんだ?
僕は川の中に何か異質なモノを見たような気がして、もう一度目を懲らしてみる。
流れの中央、水の流れを裂くように何かが浮いている。 さっきまでは何もなかった場所に今は何かが浮かび上
がっている。
「ケロ?」
何かが音を…… いや、声を出した!?
目を擦って立ち上がり、そろそろと川に近づいて行く。
「なんだケロ? 人ケロ?それにしては何か違うケロ? というか男ケロ?女ケロ?」
……河童? ウソだろ? それは頭に皿のようなモノを頭に乗せた緑色の生き物だった。
「か、か、か、河童ぁ!」
僕は思わず腰を抜かして叫ぶ。
「失礼ケロ!誰が河童ケロ!どこをどう見ても水神様ケロォ!」
そう言って立ち上がる背中には明らかに甲羅が付いていた。 いや、どこをどう見ても河童だろ?
               *
「つまり、お前は娘男というバケモノケロ?」
「バケモノって…… まぁ、ただの人間じゃなくなったんだけど……」
僕は河童と土手に座って自分の体験を話した。
まぁ、吸血鬼や狼男がいるんだから河童がいてもおかしくないかな? 
僕の中で常識が崩壊していってる気がする。
「しかし、狐や狼に憑かれる人間は知ってるけど、娘に憑かれる人間というのは信じられないケロ?」
「憑依されたんじゃなくて、変身するんだよ! 娘男に噛まれてそうなったって言ってるだろ!」
「大体、娘男というのが判らないケロ」
「狼男が呪いによって、娘に変身するように変わったんだよ!」
「狼男は聞いた事があるけど、アレは映画の中の話ケロ?おらは知ってるケロよ。 ヒュージャックマンという
俳優が演技してるケロ」
「ヒュージャックマンがやってるのは狼男じゃねぇよ! てか、お前、映画なんて観る事があるのか!?」
「知り合いの家で時々見せてもらうケロ。 とにかく、この科学万能の時代に狼男なんて存在は非常識ケロ?」
そう言ってドヤ顔で指を振る河童。 
少なくともトーカさんもお前にだけは非常識なんて言われたくなかっただろうな。
「いいか、よく見てろよ?」
僕は服を脱ぐと河童の目の前で変身してみせる。
髪が伸び、胸が膨らみ、股間がすっきりとなる。
「おぉ、凄いケロ!娘ッ子に変わったケロ! 凄い特技ケロ!」
河童が目を丸くして拍手する。
「それで、将来はそれで身を立てるケロ」
「どうやって身を立てるんだよ! 見世物か! というか、これは呪いなんだよ」
「呪いケロ?」
「今は自由意思で変身できるけど、満月の夜に月を見ると強制的に変身させられるんだよ。 しかも性欲が半端
なく強くなる上に、うっかり他人を噛むと感染するんだよ」
「感染するのは面倒ケロね?」
「呪いを解ければいいんだけどな。 はぁ~」
そう言って僕はため息を付く。
「解けばいいケロ」
「簡単に言うなよ。 呪いを解ける呪術師がないんだよ」
「紹介するケロ?」
「…… はぁ?誰を?」
「呪いを解く姫ケロ?」
河童がなんでもない事のように言う。
「え?ちょっと、マジ? 本当にこの呪いって解けるのか!?」
僕は立ち上がって河童に顔を覗き込むように迫る。
「顔が近いケロ! オラの知ってる姫が呪具の呪いを解くのが得意ケロ。 多分、人の呪いも解けるケロ」
「紹介してください!お願いします!」
僕は河童に向かって手を付いて頭を下げる。
「場所が遠いけど、いいケロ?」
「どこ?」
「地図を書くケロ」
河童が土手の砂地を棒で引っ掻く。
「この辺りケロ」
「どれどれ?うちの市内なら……」
僕は地図を覗き込む。
「…………」
「…………」
「日本地図じゃねぇか!大雑把すぎてわかんねぇよ!」
ぽかっ! 思わず河童に手を上げてしまった。
「痛いケロ!人がせっかく親切に教えているのに失礼ケロ」
頭を押さえて抗議する河童。
「いや、悪かった。悪かったけど、これじゃどこか判らねぇよ。 えっと中部地方?詳しい住所は?」
「水神に人間の名付けた細かい場所が判るわけないケロ」
「ダメじゃん」
「だったら、お前の電話を教えるケロ。向こうから連絡させるケロ。 その方がお前も都合が良いケロ?」
「電話、河童が電話を掛けるのか?」
「水神が電話を持ってるわけないケロ。 姫に連絡して掛けさせるケロ」
「えっと…… 今から中部まで泳いでいくのか?」
「お前、馬鹿ケロ? そんな手間の掛かる事はしないケロ。 霊脈を通れば一瞬ケロ」
「だったら、僕もそこを通って連れて行ってくれれば……」
「人を通すのは無理ケロ。 お前は人間だから霊体化させられないケロ。 そこまでは自力で行くケロ」
「ところで姫ってのは?どこかのお姫様かなにか?」
「姫は姫ケロ。神社の姫で、自分の中の霊力の強い姫を神楽舞いで顕現させて呪いを解くケロ」
「ふぅん、神社の巫女さんなのかな?」
「とにかく待ってろケロ」
そう言って河童は川の中に消えていった。

半信半疑でその日は帰宅したが、数日後ホントに中部地方にある龍神神社の者だという女性から電話があった。
河童が話を上手く通したらしく、亡くなったトーカさんの知り合いでその経緯を知りたいので気分転換を兼ねて
こちらに遊びに来て下さい、と父母に言って招待という形で僕を呼んでくれた。
そうして、僕は旅立った。 そしてそれが僕が故郷を捨てる事になるとは思わずに……

               * * *
数ヶ月後……

青空が広がり、秋風が爽やかな朝。
中学校の門を入り、校舎に向かって歩いていると背後から先生が声を掛けてくる。
「加藤。どうだ、転校してきてから一ヶ月ほど経つがこの学校にはもう慣れたか?」
僕は立ち止まり、後ろを振り返って返事を返す。
「はい、先生。皆よくしてくれますし、友人も出来ましたから」
話していると今度はグラウンドの方から来た鈴木が声を掛けてくる。
「おぉ、加藤。サッカー部に入らないか?一緒にサッカーやろうぜ」
鈴木はサッカー部で今日も朝から朝練をやっていたのかジャージ姿だ。
僕はそんな鈴木に笑顔で応えた。
「ばかやろう。お前は僕の躍る胸が見たいだけだろ? このドスケベ!」
「いやぁ、加藤の胸は中学生離れしてるから健全な男子なら誰でも愛でていたいだろ?足も綺麗だしさ」
僕のセーラー服を押し上げる胸と、紺のプリーツスカートから伸びる足を見ながら鈴木が笑う。
「知らねぇよ。 先生、セクハラを受けてます。なんとかして下さい」
「鈴木、女子にそういう事を言ってると嫌われるぞ。 止めておけ」
「流石に他の女子には言いませんよ。加藤だから気軽に言えるんですよ」
「失礼なヤツだな。 僕も多感なお年頃の乙女だぞ?」
「僕っ娘て時点で乙女じゃないだろ?いつも男言葉だし?」
「いいんだよ、神社の秋奈さんだって僕は僕のままでいいって言ってくれたんだから」
「まぁ、加藤は姫様の庇護下にあるからな」
龍神神社の秋奈さんは村の人達から"姫"と呼ばれていてその発言力は強い。 僕は今現在、その龍神神社で病気
療養と言う形で世話になっている。
僕が掛かった病気の名はTS病。 男が女になってしまうと言う奇病だ。 だが、実際に僕はそんな病気に罹って
はいないし、ある程度の村の人達は事情も知っている。
 
話は一ヶ月と少し前に戻る。
               * * *
僕は秋奈さんから連絡をもらい、娘男の呪いを解く為に電車とバスを乗り継いで中部地方の山中にある龍神神社
を目指した。 早朝に家を出たのだが、着いたのは昼もかなりすぎた頃になった。
「待ち合わせ場所ははここだと聞いたけど……」
道の駅の前のバス停を降りて待っているとお食事処「きよたま」と看板のある飲食店からエプロンをした女性が
出て来る。
「遠い所からようこそ。君が加藤四郎君か?」
「あ、はい。あなたは?」
「紹介が遅れたな。 俺が龍神神社の巫女をやってる斎藤秋奈だ」
そう言って右手を差し出す。 
僕はその手を握って応える。
「よろしくお願いします、加藤四郎です」
「昼飯はまだだろ?」
秋奈さんがにっこりと笑って、背後のお食事処を親指で指さす。
その食事処の経営主が秋奈さんなんだそうだ。 巫女じゃなかったの?
               *
「それで…… 呪いを解いてもらえるんですか?」
僕は出してもらった焼き鮎定食に舌鼓を打ちつつ尋ねる。
「う~ん、生き物の呪いを解いた事はないんだけど、水神様が言ってきたからには解けると思うんだけど?」
今一つ自信が無さそうに答える秋奈さん。
「それにしても、夢枕に立って加藤くんの大体の事情は説明されたんだけど、あの水神様にそんな能力があると
は思わなかったな」
腕を組んで感心する秋奈さん。
「そう言えば、水神様と親しいんですか? 流石、神社の巫女さんですね?」
「いや、昔に一度会っただけなんだけど、こっちには毎年来てるようだからね」
「へぇ、神様が?それは神事かなにかで?」
「いや、神社の前の永野さんチのキュウリが美味しいからって。毎年、一番出来良いキュウリが盗まれるんだ」
「って、ただの胡瓜泥棒の河童じゃないですか!」
「まぁね。ただ、ウチの神社の水神様と仲が良いらしいのは本当なので、あながちデタラメを言ってるワケでも
なさそうなんだ。 お陰でウチは毎年永野さんにキュウリ代を払ってる」
そう言って苦笑する秋奈さん。
「それで呪いの件なんだけど。 俺も初めての事だから最悪、呪いが解けないかもしれない事は覚悟しておいて
くれ」
「…… そうですね」
「それで満月の夜に呪いは最大になるんだよな?」
「最大になると言うか、まぁ、そうですね」
「しかし、狼男の娘版というのは初めて聞いたな。 言っちゃ悪いが、冗談にしか聞こえないな」
「僕も悪い冗談だと思いました。 でも、本当に満月を見ると娘に変身して発情…… しちゃうんです」
「男の子が女の子の発情を味わうのか。 タチの悪い冗談だな」

「面白い呪いじゃね?」
「観てみたいもんだな」
「坊ちゃん、ちょっと変身できんかね?」
奥の方で食事をしていたお爺ちゃん達が僕の方に声を掛けてくる。 聞かれた!?
「黙れ、ジジイ共! さっさと草刈りに戻れ!」
秋奈さんがお爺ちゃん達に向かって怒鳴る。
「酷いです、姫様。 我らは休憩中ですじゃ」
「こんなに日の高いウチから働くと熱中症になりますよ」
「老い先短い年寄りは大切にして欲しいもんですよ?」
お爺ちゃんズが抗議する。
「昼前から来てたじゃないか! 三時間以上も休憩してるんじゃねぇよ!」
秋奈さんが抗議を無視する。
「あの…… 斎藤さん。 この人達に僕の話を聞かれてしまったんじゃ」
「あ、大丈夫。 この村は変なヤツが多いから、森に落ちた木の葉が一枚増えたくらいで気にしないから」
「変なヤツの筆頭に言われてものう」
「姫様が一番変わり種ですからなぁ?」
「中身が男性……」
パカカカ……
「余計な事を口走ると三途の川を渡るのが早くなるぞ?」
三人目のお爺さんが口を開き掛けた途端に秋奈さんがオボンでお爺さん達の頭を叩きつけて、にっこり微笑む。
「儂はいうとらん」
「柴田さんのとばっちりじゃぁ」
「村人は皆、知っておる事じゃ」
頭を抑えて訴える爺ちゃんズ。
あれ?そう言えば、秋奈さんってずっと男言葉?
「気にするな」
秋奈さんを見上げるとにっこりと笑ってそう言われた。 うん、気にしない。 触らぬ神に祟り無し、だよね。
その後、僕は村の奥にある龍神神社に案内されて神主の清彦さんを始めとする家族を紹介された。 
「そうかぁ。厄介な呪いに取り憑かれたものだね」
清彦さんが気の毒そうに声を掛けてくれる。
「まぁ、確かに秋奈の神楽舞いは呪いの類には強いからなぁ」
とはお爺ちゃんの俊秋さんの言葉。
「幸いにも今夜は満月のようだから、呪いを解くなら一番呪いが高まる今夜がいいか」
「そうですね。秋奈の体調さえよければ今晩がベストでしょうね」
俊秋さんの言葉に清彦さんがうなづいて秋奈さんを見る。
「ま、俺は姫に身を任せて踊るだけだから」
「姫?」
「秋奈の中に眠っている霊能力者だよ。 秋奈自身の前世でもあるんだけど、神楽を舞う事で呪を解くんだよ」
清彦さんが説明してくれる。
「そうすると…… 加藤君は庭の中央に座らせて置いた方がいいか?」
「そうですね。対象物がそばにあった方が効きそうですし?」
「何?俺がその回りで踊るのか?櫓組んでその上に乗せておくとか?」
「生け贄じゃないんだから。 庭の前でいいんじゃないですか?」
「ドンドコドコドコ、ドンドコドコドコ」
僕の為に家族で儀式について熱心に話し合ってくれているが、手を上げて踊っている清香ちゃん?それってどこ
の未開部族ですか?
「夕飯を食べて、禊ぎを済ませたら神楽をやるからそれまでは寛いでいてください」
話が纏まり、清彦さんからそう言われる。
秋奈さんとお婆ちゃんは夕飯の支度をする為に台所に引っ込んでしまった。
僕は手持ち無沙汰で秋奈さんの子供の清香ちゃんを相手にオママゴトなどに付き合う。 秋奈さんにはもう一人
、俊春ちゃんという子供が居るがまだ赤ちゃんでベビーベッドで寝ている。
とりあえず、こうしていると色々な事が忘れられる、トーカさんの事、ブラムスさんの事。
…… 忘れていいのかな? 忘れて、ただの人間に戻って、ただの人間として生活していく……
狼男や吸血鬼、河童なんて非常識なものと無縁な世界……
考えても考えても答えが出ない……  出ないんじゃない、思考が停滞してるんだ。 最初から考えていない。
なんだか、落ち込むな。
「は~い、夕飯が出来ましたよ、加藤君もどうぞ」
秋奈さんが呼びに来て思案の海から戻る。
応接間の大きな座卓の上に様々な料理が置かれていた。
「今日はお客さんがいるからな。さぁ、どうぞ」
秋奈さんがそう言って僕を座卓の前に座らせ、家族が「いただきます」の合唱と共に食事が始まる。
龍神神社の人達は気さくな人達で僕が娘男の呪いに掛かっていると判っても。普通に接してくれた。
「ウチの村も代々、呪われていたようなものだからね。 村内の住人達も多少の出来事には動じないんだよ」
神主の清彦さんがそう言ってお茶を飲みながら笑って話してくれる。
「ウチの神社なんて奇々怪々の総本山のようなものだし。 祖先の霊やら水神様の気配がうろうろしてるぞ?」
秋奈さんが笑って、食器を片付ける。
「いや、それが明解に判るのは秋奈だけだから」
「夢枕越しとは言え、水神様と会話もできるんだからな」
「水神は向こうが勝手に意識を繋いできたんだよ。 くそっ、怪異と目を合わせたり、声を掛けたりしなければ
大丈夫だって聞いてたのに、うっかり声を掛けてしまったのが運の尽きだったなぁ」
片付けを終え、座布団に座ってため息を付く秋奈さん。
「加藤さん、そろそろ儀式の準備を始めますからお風呂に入って下さい」
お婆さんがそう言って着替えを持ってきてくれる。
僕はお礼を言ってお風呂に案内され、身体を洗って、着替えを手に取る。 それは真っ白な浴衣のようなものだ
った。
「いよいよか……」
僕は唾を飲み込み、白衣に袖を通し、応接間に戻ると秋奈さんもすでに同じような白衣を着て待っていた。
「境内の庭で行う。 満月だから暗くはないし、広い場所だから安心して任せてくれ」
そう言って力強く微笑む秋奈さん。
「あ~、それなんだが、秋奈」
清彦さんが困ったような顔で外から帰ってくる。
「どうしたんだ?」
「それが…… まぁ、見れば判るか。 準備が出来てるから二人とも、境内の方にまわってくれ」
清彦さんの言葉に若干の不安がよぎるが、秋奈さんの後ろについて境内の方に続く廊下を歩いて行く。
「ん?おかしいな。人の気配が……」
秋奈さんのつぶやきに廊下を曲がると……
「なんだ、これはぁぁぁ!!」
秋奈さんの絶叫が轟く。
そこには四方が燃えさかる篝火で照らされ、塀際にはレジャーシートが並べられ、村民達が酒盛りをしていた。
呆然と立ちすくむ、秋奈さんと僕。 しかし、立ち直りは秋奈さんが早かった。
「ジジイ共!何をやっている!」
レジャーシートの一角を指さし、叫ぶ秋奈さん。
「おぉ、姫。待ちかねましたぞ」
「昼の話では今夜、神楽舞いを行われるとか」
「我々が万事、準備致しました」
「これは祭りじゃねぇ!」
「でも、舞われるんじゃろ?」
「我らにも見せて下され」
「この村には娯楽が少ないですからなぁ」
「お前ら、ほんの数日前に学校のグラウンドで盆踊りをやっただろ!」
「それはそれ、これはこれですじゃ」
「それにすでに皆、集まっておりますし?」
「もう、皆に回覧板を廻してしまいましたからなぁ」
「てめぇらぁ、こうゆう時だけ仕事が早いじゃないか……」
どこ吹く風と受け流すお爺さん達に拳を握りしめ耐える秋奈さん。
「秋奈、あきらめて舞った方がいいよ。 加藤君の方のつごうもあるだろうし?」
「清彦、知ってたな?」
「いや、さっき、こっちに来たら皆が集まっていてすでに宴会が始まりかけていたんだよ。 ほら、一応は村の
長老さん達だし?」
ただのお爺さんかと思ったら村の偉い人達だったのか……
「えっと、加藤君。悪いんだけど見たとおりの状況だ。それでもいいかな?」
「えっと。でもそれだと皆の前で変身しちゃって僕の事がバレると思うんですけど?」
「悪い。多分ジジイ共が回覧板を廻したと言ってるからある程度の事情はすでに知られてる……」
僕の肩に手を置いて謝る秋奈さん。
なんなんだ、この村は?思わず笑みが零れる。 僕の悩みを笑い飛ばすように明るい。
「ここに人類の存在危機に陥れかねない娘男がいるんだぞ?わかっているのか?」
僕のつぶやきに清彦さんが答える。
「多分、君に噛まれたところで今晩なら秋奈が浄化する事が判ってるから気にしないんだろうねぇ? 試しに誰
かを噛んでみるかい?」
「いや、いいですよ。 でも、随分と信頼されてるんですねぇ、秋奈さん」
ちょっと呆れ気味に村民達を眺める。
「しかたがない。秋奈、始めるかい?」
「仕方がないよな。 加藤君、俺があそこで舞いだしたら、その前に来てくれるかな?」
「最初から月の下に立ってると変身してしまうのだろ? 秋奈は姫を下ろしてから舞う為に、舞い出すまで時間
が掛かるのだよ。 それまでに変身してしまうと秋奈の集中を乱すかも知れないからね」
そう言って、俊秋さんと清彦さんが境内に用意された座布団の上に座り、笙を奏で出す。
「ま、俺自身は舞いなんて舞えないからな。 俺の中にいる"姫"に出てきて貰って舞うんだよ。呪いを解くのも
姫が勝手にやってくれるはずだ」
そう言って庭の中央に進むと、目を閉じて笙の音色に耳を澄ませ静かに佇む。
さっきまで騒がしかった村民達が静かになる。 庭には笙の音と虫の音だけが響く。
 
やがて…… 幽かに目を開いた秋奈さんの右腕が静かに上がっていく。
そして、腕が僕の方に向けられ、手招きする。 僕は導かれるように秋奈さんに向かって歩いていき、その前で
ひざまずく。
秋奈さんは僕の前で静かに舞を舞う。 その舞を見上げた途端、僕の目を月光が射貫く。
「あ、あ、あ……」
髪が伸び始め、白衣の下を胸が押し上げ始める。 変身が始まった……
村人達が変身する僕を見て「おぉ!」と声を上げパチパチと拍手する。
僕の姿は完全な女性へと変わり果てる。
身体が熱い。胸が、股間が火照る。 玉砂利の上に身を倒し、襲い来る内からの快感に耐える。
股間に指を這わせたい、胸を揉みしだきたい。 でも、流石に微かに残る理性がそれを止める。
村人達の目の前で自慰をするなど、後で何を言われるか……
そのそばでは秋奈さんが舞を舞い続けている。
潤んだ目で見上げるその姿は心なしか輝いているような気がする、と言うか別人の姿がだぶって見える。
これが"姫"?
舞っている姫が僕を優しい目で見下ろす。
あ、身体が軽くなるような…… 呪いが?
本当に僕に掛かっている呪いが解けるのか?
ふと、一ヶ月前の光景が頭をよぎる。
抱き合っていたトーカさんとブラムスさん。 エッチにブラムスさんの身体を求める女性の姿のトーカさん。
脳裏に映るその姿を僕はイヤらしいとは思えなかった。 ただ、二人が懐かしかった。
トーカさんにからかわれ、遊ばれた日々が懐かしかった。 一ヶ月に満たない日々が宝物になっていた。
呪いが解ける。 それはトーカさんとの絆が切れる事なのか? トーカさんはもう居ない。 それは判ってる。
呪いが解ける。 それはいい事だ。 でも……
失いたくないと思った。 今の僕の姿はトーカさんが生きていた証だ。 
気が付けば、僕は泣いていた。 声を出さずにただ涙を流していた。 
このままトーカさん達の事を忘れ去りたくない。
     わかりました。証を残しそなたの願いを聞き届けましょう。 
なにかが僕に囁いた様な気がしたが、舞いはいよいよ佳境に入り秋奈さんの動きが激しくなる。
呪いのせいで身体が汗ばみ、白衣がはだけ、胸が露出しかけている。 息を荒くして潤んだ目で秋奈さんの舞い
を見つめる。
やがて、ぶれていた秋奈さんの身体からもう一人の秋奈さんが分離して、僕の方に静かに歩み来る。 背後では
秋奈さんが崩れるように倒れ込む。
姫が僕に近づくと両の手の平で僕の顔を挟み込んで持ち上げて、顔を近づけてくる。
あ…… 二人の顔が間近まで来て…… 姫の唇が僕の唇を奪う。
ちゅっ…… 合わさった唇から何かを吸い出すように奪っていき、僕は力の入らない身体でそれを受け容れる。
ちゅぅぅぅぅ…… 身体から何か瘴気のようなものがどんどんと抜けていく。
僕は姫に縋るように腕を伸ばし、抱きつく。
「尊い」「尊い」「尊い」………
村人の中からつぶやきが漏れ、僕たちに向かって手を合わせる者もいる。
いや、お前ら、本当に言葉通りの意味でつぶやいてるんだろうな?
やがて、僕の身体から全ての闇が吸い出され、優しく地面に横たえさせ、姫はにっこりと無言で微笑むと身体が
徐々に透けていき、消えてしまった。
「どうやら、呪いは解けたと思うんだが……」
いつの間にか汗をびっしょりとかいた秋奈さんがそばに立って僕を見下ろしていた。 
「解けた筈なんだが……」
「これで解けたとなると問題が……」
清彦さんと俊秋さんも寄ってきて困ったように僕を見下ろす。
「え?それはどういう…… えっ!」
僕の口から漏れた声は高かった…… 女の子のように……
慌てて上半身を起こすと、胸が重力に引っ張られる。 股間が頼りない!
「え?え?え?ちょっと待って? 呪いは解けたんですよね? なんで変身したまま……」
僕は女の子だった。 娘男だった時と同じ、巨乳娘。 それが今の僕だった。
「えっと、これから元に戻っていくんでしょうか?」
僕は回りで困ったような顔で僕を見下ろす秋奈さん達に尋ねる。
「…… 非常に言い難いのだが。 呪いはすでに解かれた。 これ以上、身体が変わる事はない」
「昔の誰かさんの時と同じパターンな気がするな。 元に戻すべき呪いを解いた為に戻れなくなる……」
「四郎くん、気になったのだが。 俺が舞を舞っている時に姫に何かを願わなかったかな? 姫が君に何か言っ
たような気がするんだけど?」
あ? 『証を残しそなたの願いを聞き届けましょう』
まさか、トーカさんとの絆を失いたくないと思ったから……
この身体はトーカさんとの絆?
「どうやら心当たりがあるようだね」
「しかし、この状況をどうする? 流石に預かった坊ちゃんを嬢ちゃんにして返すわけには……」
「でも、なってしまったものは戻しようがないし? 納得できる理由が……」
「いいですか? 私に考えがあるのですが」
他の村民共は今見た光景を肴にわいわいと酒盛りを始めている中で、僕たちの話を聞いていた一人のオジさんが
やってくる。 
「西村さん。何かいい案でも?」
秋奈さんがオジさんに尋ねる
「実は前に知り合いから聞いた話なんですが、この世にはTS病という病気があるそうなのです」
そう言ってオジさんが詳しい話を始める。
それからは僕の状況は劇的に変わった。
翌日、僕は中京にある大学病院に連れて行かれて詳しく調べられ、僕は完全な女性で有る事が判明した。
染色体はもちろん、子宮も正常に働いていると結論づけられ、「TS病に間違いありません」と専門医に太鼓判を
押されてしまった。
すぐさま、家族に連絡が行き両親が飛んで来た。
「思春期の男子が罹る奇病で原因は不明です。 精神的なものが原因かもしれません。何か精神的に追い詰めら
れる事はありませんでしたか?」
僕を診察した医師にそう聞かれ、両親は僕がトーカさんを失った事を酷く気に病んでいた事を話した。
「多分、大事な人を目の前で失った時に助けられなかった事を男として認められなくて、深層意識で自分自身を
否定してしまったのでしょう」
と医師がそう結論づけた。
まぁ娘男の呪いの影響が残りました。 と言われるよりも現実的な説明だったのかも知れない。
女の身体で家に帰る事は皆の好奇の目が避けられないだろうという、医師のアドバイスと秋奈さんの好意、僕の
希望により僕はこのまま村に残り、秋奈さんの世話になる事になった。

すぐさま、病気の転地療養の為と転校手続きが取られて、二学期から僕は女子中学生として龍神神社からここの
中学校に通う事になった。
慣れなかったのはほんの数日の事で、新しい環境にも僕はすぐに受け容れてしまった。
大きな胸をセーラー服に身を包み、プリーツスカートを揺らめかせて学校に通う僕は結構有名人だ。
休日の日には秋奈さんの経営するお食事処でウェイトレスの真似事をしてお小遣いを稼いでいる。
もうすぐ行われる神社の秋祭りには巫女さんもやる事になっている。
 
女の子の身体に戸惑いはあるが、慣れてくるとこれはこれで楽しい。 
娘男になった時も思ったが、僕は異常な状況も受け入れ易い性格らしい。
女子として生活する事に対抗が無かったわけではないが、この身体はトーカさんとの絆なのだ。 
胸を張って生きると決めた。
「女になっても無理に心まで女になる必要はないよ。 冬香は冬香として自由に気楽に生きればいい」
次の満月を迎えた時、"女"になってしまって落ち込む僕に秋奈さんはそう言って慰めてくれた。 

そして…… 僕はTS病になった事で取ってもらえる特別措置で名前を変えた。 
この身体に相応しい名前、「冬香」と。
絶対にトーカさんは生きていると信じて、いつかきっとトーカさんと出会ったら笑い話として笑って話せるよう
に…… 
自分の中にあるトーカさんへの想いがなんなのかはまだわからない。 でも僕はトーカさんを欲している。
だから、いつか僕はトーカさんを探しに旅に出るんだ。 この身体になった責任は取ってもらわないとね。
               * * *

「色々と世話になってしまったな」
中学校を見下ろす小高い山の山頂。中学校を見下ろしながら男がつぶやく、
「いいケロ。 オラ達は友達ケロ?」
同じように横に立って学校を見下ろしていた異形がそれに応える。


               エピローグ

男達が襲ってきたあの日……
「くそっ、あいつらいきなり屋敷に火を掛けやがった」
「朝日が昇ってしまったら僕は逃げられないからね。完全に逃げ道を断たれたな」
ここはブラムスの寝室になっている地下室。 隠しドアになっている跳ね上げ式のドアを見上げる。
「中に入って反撃に遭う事を避ける為に、火を掛けて俺たちが飛び出すのを待ってるようだな」
「私は太陽光で逃げる事は出来ないが、君だけなら逃げ切れるんじゃないかね?」
「水くさい事をいうなよ?俺達は共生関係だろ?」
「ふふ、義理堅いね、君は」
二人が対策も思いつけずに軽口を叩き合っていると……
「熱いケロ!熱いケロ!我慢大会でもしてるケロ!?」
隠しドアを持ち上げて何かが飛び込んでくる。
「え?河童くん!?」
「河童じゃないケロ!水神だケロ! それよりこれはなんだケロ? この前の映画の続きを観たくて、いつもの
ように勝手口に現れたら、火の海だケロ!」
驚くブラムスに質問を浴びせる河童……いや、水神。
「ハンターだ。 多分、ブラムスが目を付けられて朝日が昇ったタイミングで屋敷に火を掛けられた」
「そりゃ大変ケロ。さっさと逃げるケロ」
「逃げられないんだよ。 陽が昇ってるから屋敷から出た途端にブラムスは弱体化した上に黒焦げだよ」
「だったら、下から逃げるケロ?」
「下?ウチには地下道なんか無いぞ?」
「オラが通ってくる霊脈があるケロ。 お前たちなら霊体化して通せるケロ」
「そんな事が出来るのか?」
「でも、その霊脈って水脈を通ってるんだよね? 私は流れる水を渡れないんだが?」
「大丈夫、痛いのは一瞬ケロ。オラの守護もあるから死ぬ事はないケロ。これでも神ケロよ?」
脳天気に請け合う河童。
「あ、まずい」
トーカが上を見上げてつぶやく。
「どうしたケロ?」
「四郎のヤツが近くに来ている」
「四郎?誰ケロ?」
「最近、俺の眷族になった少年だ。 今は見つかってないようだが、俺達が消えるとハンター共は俺達を探し始
めるだろうな。 見つかると厄介な事になる」
「一人でなんとかできないケロ?」
「娘に変身できるだけの大した能力を持たないただのガキだ。 ハンター共に見つかると殺されるかも……」
「四郎君はトーカのお気に入りだから心配だねぇ」
眉を寄せる二人に河童が再び口を開く。
「だったら、ここで二人とも死んだ事にするケロ? 問答無用に死ぬ状況を見せつければ素直に帰るケロ?」
「死ぬってどうやって?」
「雷を落とすケロ。 超特大の大きなヤツをこの屋敷向かって落とすケロ」
「天候操作? 出来るのかそんな事?」
「こう見えてもオラは神ケロ。 普段は使わないけど、大丈夫ケロ」
自信満々に人差し指を立てて振ってみせる河童。
「えっと、本当に任せて大丈夫かね?」
「大丈夫ケロ」
そう言って天に向かって手を翳すと雷雲がわき出し、豪雨が屋根に叩きつけられる。
「おぉ!マジで雨が……」
「マジで水神なのか?」
「それじゃ、雷を落としたタイミングで身体を霊体化して霊脈に飛び込むケロよ?」
「本当に大丈夫なのかね?私は水も弱点なのだが?」
「ブラムス、ここは水神を信用するしかないだろ?」
「じゃ、行くケロよ~」
河童が両手を上げると巨大な雷が屋敷を直撃する、その刹那、三人の姿は屋敷から消え去っていた。
三つの霊体が光速に近い速さで地下水脈を走っていく。
「痛い、痛い、痛い、身が焼けるよ、水神くん!」
「すぐに付くから我慢するケロよ~」
「ブラムス、命あってのものだね、と言うだろ。 少しくらい我慢しろ」
霊体化した三人が屋敷にあった地下水脈から河童のねぐらとなっている洞窟へと転送されていく。

「はぁはぁはぁ。 し、死ぬかと思った……」
普段の気取ったブラムスからは想像が出来ないズタボロの姿で洞窟の奥で寝っ転がる吸血鬼。
「まぁ、助かったからいいじゃないか」
普段通りの姿で吸血鬼の横に座り込む娘男。
「暫くはウチで休んでいればいいケロ。 でも、屋敷を吹き飛ばしちゃったからTVが観れなくなったケロ」
そう言って項垂れる河童。
「しかし、残してきた四郎が心配だな……」
「娘男ケロ?」
「ただの人間に戻せるものなら戻してやりたいが……」
「娘男の呪いは厄介だからねぇ」
「呪い?それは呪いケロ?」
「あぁ、俺達は呪いで仲間を増やすんだ。 呪いさえ解ければ、まだ人間に戻せるんだが」
「そんな強力な呪い師なんていないからねぇ……」
「オラの知り合いにいるケロよ? 人間の呪いは解いた事はないケロが、強力な呪具の呪いを広範囲に解いた事
があるって前に聞いたケロ」
河童が呪い師の存在を教示する。
「マジか!?」
「マジケロ」
トーカの驚きの声を普通に返す河童。
「頼む。 そいつと四郎を橋渡ししてやってくれないか? お前が人間の男と接触したがらないのは知ってる。
でも、この通りだ」
そう言って手を付いて頼むトーカ。
「いいケロ。 映画友達同士の縁ケロ。 相手はお前と同じ気を纏ってる男の子ケロね? 知らない振りして近
づくケロ?」
「そうだ。頼めるか?」
「任しておくケロ。 でも、そいつが川か霊脈のそばに来ないと接近できない事は覚えておいて欲しいケロ?」
「わかった。 よろしく頼む」
そう言ってトーカがもう一度、河童に頭を下げる。
               * * *
そして現在。
「でも、ちょっと予定が狂って女の子になってしまったケロ?」
「それは仕方が無いさ。 どういう気か知らないがそれは四郎が願った事なんだろ?」
「あの子に会いに行かなくていいケロ? あの子は会いたがってるケロ?」
「また闇の中に戻すのか。やっとお日様の下に出られたんじゃないか。 ヤツの人生はこれから始まるんだよ。
俺のように薄汚れちゃいけないんだよ」
「あなたはとんでもないモノを盗んでいきました。ヤツの心です」
「…………」
「…………」
正面を真面目な顔で見ていた二人が暫くの沈黙の後、耐えきれずに吹き出し、肩を叩き合って笑い合う。
「ぷっ!一度、言ってみたかったケロ」
「あはは、俺も俺も」
しばらく笑い終わった後、河童が尋ねる。
「で、これからどうするケロ?」
「ブラムスの傷も癒えたし、不本意だがしばらく芦辺のところにでも転がり込んで新しいねぐらを探すよ」
「まだ、この国にいるケロ?」
「しばらくはな」
「オラ達の感覚で暫くはどれくらいの時間か知らないけど、達者で暮らすケロ」
「あぁ、新居が決まったらまた遊びにくるがいいさ。 霊脈のいい場所に居を構えるから」
やがて二人の姿は幻のように山頂から消えていく……

          冬香とトーカが出会うのはまだまだ先の話

               E N D






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