『ある夏休みの出来事』
               
闇と交わる。闇を払う者
                作:teru


屋敷に連れて行かれてバスルームに放り込まれて男から受けた乱暴の形跡を洗い流した。
昨日のバスローブを羽織って応接間に戻り、よく冷えた水を出されて飲むと気分が落ち着く。
喉を通る水が気持ちいい。
「あ、美味しい」
「だろ?この辺りは水脈が良いから水が美味いんだ」
「だから、わざわざ地下から汲み上げてるからね」
「って、そうじゃない! トーカさんの嘘つき!変身するのは満月の夜だけだって言ったじゃないですか!」
と、我に返った僕はトーカさんに抗議した。
「別に変身しないと言ってなかっただろ。満月の夜は強制的に呪いが発動するって言ってたんだよ。 その気に
なれば月齢によっては変身可能なんだよ、って。 お前、ひょっとして月を見ながらイヤらしい事を考えなかっ
たか?しかも、女側の感覚で?」
「…………」
その言葉に僕は黙り込む。
「図星か?」
そう言って僕を見てニヤリと笑うトーカさん。
「それで、これ戻れるんですか?それとも一晩経たないと?」
「いや、気を落ち着けて男を意識すればすぐに戻れるぞ?やってみろ」
トーカさんに言われて、軽く目を閉じ男の身体を意識する。 するが……
「…………」
おっぱいとお股の感覚が意識されてしまって男を意識できない!
意識すればするほど女の子の身体の感覚が研ぎ澄まされる。
「ダメです!戻れません!」
「あっはっは。だろうな。 慣れないと意識の切替えなんて簡単にできないからな。 見てろよ」
そう言って膝を叩きながら笑うと、トーカさんの身体が徐々に女性化していく。
 
髪が伸び、胸が突き出て、お尻が丸みを帯びていく。 顔つきが優しくなり、唇がふっくらとする。
「いいか?慣れればすぐに戻れるぞ? よぉく見てろよ」
そう言うとトーカさんの身体が逆再生するように、元に戻っていく。 長くなった髪が幻のように消えていくの
はどういう仕組みなんだろう?
瞬く間にトーカさんは元の男性の身体に戻った。
「おぉ!」
僕は感心して手を叩く。
「要は集中だよ、集中」
「よし、集中ですね?」
元に戻ろうと精神統一をしようとするが、一向に身体は元に戻らない。
「まぁ、相当な慣れが必要だと思うよ。 暫くは月を見ないようにした方がいいだろう。 月を見ても満月では
無い限り性欲を覚えなければ変身はしないと思うけど」
それまで黙って僕たちを見ていたブラムスさんが苦笑してそう言う。
「でも、僕は帰らないと……」
「仕方がない、今晩も泊まっていけ。 服は今洗濯してるからすぐに乾かないしな」
トーカさんが仕方がなさそうにそう提案してくれる。 結局、僕は今日も泊まっていく事になった。
ブラムスさんは仕事があると言って自分の書斎に入ってしまい、応接間には僕とトーカさんだけが残った。
「…………」
「…………」
「寝るにはまだ早いし、映画でも観るか?」
暇を持て余したトーカさんが立ち上がってそう提案する。
「何か、面白い物はあるんですか?」
「最近はこれだな。出て来る狼男が強いんだ。しかも狼男映画にありがちな死亡エンドじゃない」
そう言ってあるシリーズ物のディスクを見せる。
「Xメンに狼男は出てきません。 似てるけど、違いますよ?それに死にましたよね、彼」
「似てればいいんだよ。それにあの作品を俺は認めん」
そう言ってプレイヤーに作品を放り込むトーカさん。
僕とトーカさんは大人しく並んでソファに座って、大画面に映る映画を鑑賞する。
「トーカさん、映画を観るんですか?」
「まぁ、たまにはな」
画面を見つめながらポツリポツリと会話をする。
「一人で?」
「ブラムスはあまり見ないな。 知り合いが時々、来るから一緒に見る事はあるが」
「え?他にも娘男や吸血鬼がいるんですか?」
「いねぇよ。あいつは狼男でも吸血鬼でもない。 ここに来てからの知り合いだ」
なんだ、普通に人付き合いもあるんだ。 ちょっと安心した。
「でも、悪かったな。 事故とはいえそんな身体にしてしまって」
「まぁ、災難ではありましたけど、自業自得な気もしますし、満月さえ見なければ何とかなりそうだし、月を見
てエッチな事さえ考えなければ変身しないんですよね?」
「あぁ」
そう言って会話が途切れる。 画面ではヒーロー達が派手に暴れ回っている。
「…………」
「…………」
「腕のいい解呪師がいれば元に戻せるかも知れないんだがな」
「え?」
思わず、隣に座る人に目を向ける。
相変わらずトーカさんの顔は画面の方に向いたままだ。
「俺と違ってお前は人間が呪われて変身するようになった。だから呪いを解けば元に戻れる可能性はある……」
「トーカさんは?」
「俺は自分自身が呪いの塊だからな。呪いを解けば存在自体が消える」
言葉足らずと思ったのかトーカさんが補足する。
「俺は産まれた時から狼男なんだよ。狂犬病に由来する感染病が形を取って生まれた純粋な狼男が俺。ブラムス
にしても俺にしても初めから吸血鬼、狼男としてそこに産まれた呪いの塊」
その声は少し寂しそうだった。 僕は何も言えずにそれを聞いていた。
「ただなぁ、力を持った解呪師なんて存在しないんだよ。インチキばかりで。 俺の呪いを書き換えた退魔師に
しても呪いを書き変えても消し去る事は出来なかったからな。 もっとも、消せないからおかげで俺は生き延び
られたわけだが」
そう言って自嘲する娘男。
やがて画面クライマックスを迎え、派手なCGによるアクションが繰り広げられ僕はいつしか画面を食い入るよう
に引き込まれていた。 そしてエンディング……
「ふぅ、すごかった」
「ふふ、どうだ。 意識が身体から外れたせいで元に戻っただろ?」
トーカさんに言われて、バスローブの前を開けて見下ろした僕の身体は元の男に戻っていた。 
あぁ、このためにトーカさんは映画を見せてくれたのか。
「次はAVを観てみるか? 女側に立って観るとまた娘に変身できるかも知れないぞ?」
そう言って裸の女性が印刷されたパッケージを取り出すトーカさん。
「止めてください。 せっかく元に戻れたのに……」
「そうかぁ?変身し慣れると元にも戻りやすくなるぞ?」
「変身し慣れたくないですよ!女になる度に変な事ばかりあうし!」
「変な事ばかりと言っても昨日は満月だったから淫乱になってしまうのは呪いの効果だし、今日みたいに若い女
が一人でエロい姿で暗い道を歩いてりゃ、誘ってる言われても仕方がないだろ?」
そう言いながら笑いながら、ディスクをプレイヤーに放り込むトーカさん。
「ちょ、!なにをやってんですか!?」
笑いながら再生ボタンを押してくれやがるトーカさん。
「さぁ、ゆっくり鑑賞しようじゃないか?」
そう言うと僕を捕まえて、ソファに座り直し、膝の上に拘束するトーカさん。
僕の腰に廻されたトーカさんの両腕が逃走を赦してくれない。
「イヤ、マジで何を考えてるんですか? 僕はトーカさんの考えが判りません!」
「う~ん、考えてみれば眷属が出来たのは初めてだからはしゃぎたい年頃なんだよ」
笑ってとんでもない事を言うトーカさん。 年頃って年齢じゃないでしょ!いくつなんだか知らないけど。
そう言ってる間にも画面には裸の女性が現れて、男に身体を弄ばれて喘ぎ声を上げ始める。
「ち、ちょっと!これ、モザイクが掛かってませんよ!」
「うん、掛かってないね」
掛かってないって違法AVってヤツでしょ!
目の前で男女がイヤらしく痴態を繰り広げ、いつの間にかトーカさんの手が僕の太腿や腰をイヤらしく撫で、
耳に吐息を吹きかける。
「あ……」
なんだか身体が熱い……
「は、はうぅ……」
「はい、完了」
トーカさんが僕を解放する。 気が付くと僕の身体は再び女性化していた。
「ひ、酷いですよ、トーカさん」
僕は胸を抱いて前屈みになって身体を隠すようにして抗議する。
「だから慣れさせる為のトレーニングだよ。 いつ変身しても冷静に対処できるようにしてやろうとしてるんだ
よ。 そうすれば、いつでも心を落ち着かせて男に戻れるだろ? 言ってみれば親心ってヤツ?」
そう言いながらプレイヤーを止めてディスクを取り出す。
「特訓だよ、特訓。 ほら、男に戻ってみろ」
「いや、だからこのイヤらしすぎる身体になると色々と意識しすぎて無理ですよ!」
自分に備わったこの巨乳を無視できるほど僕は悟りを開ききっていない!
「そこを精神を切り離して冷静になって、身体を戻すんだよ? ほら、早くしないとおじさんが犯しちゃうぞ」
そう言ってニヤニヤと笑うトーカさん。
「冗談ですよね?」
「それくらいしないと真剣になれないだろ? 大丈夫、何度犯された所で死んだりはしないから」
「死にます!健全な男性がそんな目にあえば精神的に死にます!」
僕は思わずトーカさんから距離を取る。
「あれ?シロー君、まだ元に戻ってなかったのかい?」
その時、ワインとグラスを持って応接間の前を通りかかったブラムスさんが声を掛けてくる。
あ、ブラムスさん、助けて! 元に戻ったんですけどトーカさんが無理矢理に」
僕はブラムスさんに助けを求める。
「あぁ、そういう事か。 まぁ、トーカの言ってる事も一理あるよね。 それじゃがんばるんだよ」
そう言って笑って書斎に戻ってしまった。
「あぁ、待って!待ってぇ!」
僕は助けを求めるもブラムスさんは行ってしまい、後はニヤニヤと笑うトーカさんだけが残った。
トーカさんって出会ったときはミステリアスな女性というイメージだったのに、慣れてくるとただの悪戯好きな
兄貴だった。
僕は深夜まで何度も女と男を行き来して、トーカさんに弄ばれ続けた。
               *
「ふっふっふ、お客さん、夕べはお楽しみでしたね」
「いや、お楽しみだったのはトーカさんだけで僕は……」
陽がすでに高く昇った頃、ベッドから置きだした僕は夕べの服を着てこの屋敷の食堂に来ていた。
「でも、最後は満更でもなかっただろ?」
僕の前に朝食を置きながらトーカさんが悪戯っぽく笑う。 疲労で目の下にクマを作っている僕に較べ、トーカ
さんの方はお肌がつやつやしてません? 理不尽だ。
月齢が満月に近い状態だとこの人は自由に男と女を行き来できるらしい。
流石にベッドの上で僕を弄ぶ時は、夕べの強姦未遂があって軽くトラウマになっていたので、自分自身も女性に
変身してくれたのだが、女性同士ってかえってイヤらしさが倍増していた気がする。
お陰で一応僕は未だに処女だったけど。 まぁ、指をノーカンにして貰えるなら……
中二の男が女性としての快感に溺れるのは絶対におかしい、男として歪んでると思う……
「でも、おかげで時間を掛ければ男に戻れるようになっただろ? これで家で変身してしまってもなんとかなり
そうじゃないか?」
「まぁ、そうかもしれませんけど……」
トーカさんの笑顔に口を尖らせて拗ねたように目を反らす。 素直に納得はできない。
その後もトーカさんと軽く話とお茶をして昼前には屋敷を出た。
家に帰ってくるとローカルニュースで不審者が刃物を振り回して捕まったと言っていた。どうやら夕べの強姦魔
のようだ。 僕を襲ったのだからまったく同情する気にはならなかった。
それから僕は度々、夏休みなのをいい事に昼間でも洋館に遊びに行くようになった。
その家族とも学校とも無縁な世界に行く事が僕にはちょっとした隠れ家気分だった。
               *
「お前な?遊びに来るのはいいけど家や学校はいいのか?」
トーカさんが呆れて尋ねる。
「家は兄貴が受験勉強の追い上げをしてるから僕がうろつかない方がいいんですよ。僕も気を使うし? 学校は
友達とはそれなりに遊び回っていますよ。 部活動をしていないから比較的自由時間があるんですよ」
そう言いながら、僕はソファに座り込んでリラックスした体勢でトーカさんのコレクションの映画を観る。
「ふぅん。それならいいけど」
トーカさんも同じように俺の隣で画面を眺める。 画面の中では泥棒がお城に閉じ込められたお姫様を救う為に
派手に暴れ回るアニメが展開されている。
「それで最近は変身はどうだ?」
「月齢が下弦に移った今は安定してますよ。 月を見ながらエッチな事を考えても変身する兆候はまったく現れ
なくなりました。 ……そう言えば、トーカさんは変身できるんですか?」
「無理をすればな。ただし、変身しても気を抜くと元に戻っちまうが」
「やっぱり、娘男のプロでもそうなんだ?」
「娘男のプロってなんなんだよ?俺はそれで金を稼ぐのか?」
笑って僕の額を小突くトーカさん。
「えっと、美人局とか援助交際で?」
僕は笑って言い返す。
「わかった。再来週になったら上弦に移るから、お前にそれをやってもらおうか?」
「あはは、冗談ですよ。トーカさん、大人げないですよ?」
ちょっと顔を引きつらせて返す。
「い~や、やってもらう。よし、それまでにお前用に女性の下着と服を買っておいてやろうな? よぉし、稼ぐ
ぞぉ!」
「あはは、冗談ですって!本気にしないで下さい」
モンスターである筈の狼男とそんなふうにじゃれあう日々。
               *
ピンポ~ン
ある日、珍しく洋館のチャイムが鳴る。 僕が洋館に来るようになって人が尋ねて来たのは初めてだった。
そう言えば、前にトーカさんが知り合いとビデオを観るときがあるとか言ってたけど、その知り合いかな?
その日は珍しく夏休みの宿題を消化していた。 いや、ここの方が落ち着くんだよねぇ。 ウチは人の出入りが
鬱陶しいから。 特に五郎や二郎兄貴の友人関係とか……
「……お前か」
扉を開けたトーカさんが訪問者を見て不機嫌に対応する。
「お前かとはご挨拶だね。 クライアントが訪ねて来たんだから、笑顔で揉み手の一つもして応接間に案内して
もバチはあたらないよ?」
「仕事か?」
「早々、仕事なんか無いよ。 問題行動を起こしてないか監視に来たんだよ」
「余計なお世話だ」
「で、玄関先で話してないで入れてくれないのかい?」
「…… はいれ」
聞いていると、どうもトーカさんは訪問者を歓迎してないようだ。 トーカさんが訪問者を連れて応接室に入っ
てくる。
「四郎、ちょっと隣の部屋に引っ込んでいろ」
僕はテーブルの上に広げていた参考書とノートを綴じて立ち上がるが、その時、訪問者と目が合う。
「これは驚いた。この屋敷に少年が居るとは?どういう関係だい?」
「夏休みに虫捕りに森に入って迷子になっていた所を拾った。 それ以来懐かれて、遊びに来るようになった」
トーカさんが簡略に説明する。 肝心な部分を省略して……
「加藤四郎と言います。えっと、ウチは家族が多くって落ち着いて勉強する場所が無いもんでトーカさんに甘え
させてもらってます」
そう言って訪問者に軽く会釈する。
「あぁ、こんにちは。 私はこの男の仕事仲間の芦辺満という者です」
そう言って芦辺さんも僕に会釈を返す。
「仕事仲間? トーカさんの仕事って自宅警備員じゃ?」
「誰が自宅警備員だよ! こいつはトラベルリポーターで俺はその助手のようなものをやってんだよ!
さっさと隣の部屋に行け!」
そう言って応接間を追い出される。
僕は隣の部屋に入るが、耳を澄ますと会話が聞こえてきた。 娘男だろうと基本スペックは狼男なのか、聴力や
嗅覚が鋭くなっているようだった。
「それで?」
「だから、ただの表敬訪問。 狼さんが大人しく暮らしてるかな?と」
「お前が俺の属性を変えたんだろ。元に戻せよ!」
「無理。元に戻したらまた人を襲うようになるだろ?狼男の習性は知ってるよ?」
「俺の習性?」
「狩人と予言者の目をかいくぐりながら毎日、夜事に村人を襲うんだろ?」
「それは"人狼"であって"狼男"じゃねぇ!巫山戯んな!」
トーカさんの怒号が響く。
「まぁ、今のは冗談だけど狼男に戻すと満月の魔力に勝てないのは本当だろ? 絶対に人を襲わないと断言でき
るのかい? 言っておくけど、僕のような寛大な退魔師は希有だよ? 大概の退魔師は問答無用で命を奪いに来
るからね」
「…………」
えっと、つまりあの芦辺という人はトーカさんを娘男に変えた退魔師? つまりハンター?
「君にしても彼にしても、むやみに人を襲わないと宣言したから見逃したんだよ。 ……襲ってないよね?」
「当たり前だろ。娘男なんて増やしてどうするんだよ?笑いのネタにしかなんねぇよ!」
えっと、僕は笑いのネタですか? まぁ、襲われたんじゃなくて事故だった事は認めるけど。
「だったらいいよ。 この辺りは環境もいいようだから君も迂闊な事は出来ないだろ?」
「環境?」
「ほら近くに川があるだろ?その川をずっと遡った山奥は神気が満ちているんだ。 多分、力を持った神が棲ま
う地だと思う。 そんな神が棲む地の近くでヤバい事をしでかすと祟られるぞ?」
「はぁ?神様?祟り?お前、マジでそんな事を言ってんの?」
「君は知ってるかどうか知らないけど、日本の神は祟り成す神が多いんだ。 "触らぬ神に祟り無し"って言葉が
あるくらいね」
「お前はその神に会った事はあるのか?意外と話せる神様かも知れないだろ?」
「神が本当に姿を現すわけがないだろ? これだから外国人は…… あ、それで思いだした」
「ん?なんだよ?」
「最近、異国から妙な人間達がやってきて、人外の情報を集めてるらしい。 気を付けてね?」
「異国から?」
「十字架をお守りにしてる人達。 狙いは君より彼の方かな?」
「あ~、その手の宗教関係者って人以外の生命体の存在を認めてくれないからな~」

芦辺さんはその後も色々な話をして、去って行った。
僕が応接間に戻って、参考書を広げていると、芦辺さんを玄関に送り出したトーカさんが戻って来た。
「えっと、トーカさん。今の人ってひょっとして?」
「聞いてただろ?俺をこんな身体にしたハンターだ。トドメをささない所が甘いヤツだけどな」
そう言って椅子に座る。
「結局、何しに来たんです?」
「俺とブラムスの様子見だろ。自分が見逃した責任があるから気にしてんだろ。時々、来るんだ。 後は自分の
仕事の手伝いの依頼とかでもたま~に来るけどな」
「仕事の依頼?魔物退治とかですか?」
「魔物が現れる事なんかそんなにねぇよ。 殆どがガセネタで、そのガセネタの証拠集めに動かされんだよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
意外と詰まらない話だな。トーカさん本人もそう思ってるのか、静かに冷めてしまったコーヒーを飲んでいる。
「あぁ。聞いていたのなら、一応忠告しておくけど万が一おかしな外国人に会ったらとりあえず逃げろよ。 
ヤツらは人外だと認めたら問答無用で殺しに掛かってくるからな。 お前も人外に分類される存在なんだから」
トーカさんが怖い事を言って笑う。 変なフラグにならないといいけど……
               *
「四郎、遊びに連れて行ってやろう!」
僕が洋館を訪れると開口一番、トーカさんが笑顔でそんな事を言った。
「………… どうしたんですか? トーカさんがそんな事を言うなんて?」
「ふっふっふ、いやな、商店街で買い物をしたらセールか何かで福引きをやっていてな」
「あぁ、ここに来るときに通った商店街でやってましたね。 ひょっとして何かが当たったんですか?」
「まぁ、商店街のやる福引きだから大した物じゃないけど、郊外にオシャレなリゾートプールが出来ただろ?
そこのペアチケット券がな」
「へぇ?リゾートプールですか? …………ペアチケット?」
「ペアチケット」
そう言ってトーカさんがニヤリと笑う。
「それは別に二人なら男女じゃなくても……」
「男女ペアチケット」
「………… トーカさんが女性になるんですよね?」
「中学生が女を連れて行くようなところか?」
「だったら、ブラムスさんがトーカさんを連れて……」
「吸血鬼が水に入れると思っているのか?」
「一応聞きますけど、僕が女性の姿でトーカさんとプールに?」
「それしかないだろ?プールで泳いで、その後で美味い物を喰ってこうぜ?」
当然のような顔でトーカさんがチケットを取りだして振ってみせる。
「女にって所までは譲歩してもいいですけど、プールと言う事は……」
「水着だな。リゾートプールの施設の中にブティックも入ってるらしいから買ってやるぞ?」
「要りません!というかそれだと高く付くでしょ? 本末転倒ですよ?」
「いいんだよ、俺だって偶には女をそばにはべらしてみたいんだよ!」
「行きませんよ、そんなの」
「くくく、甘いな、四郎君」
そう言って得意気に人差し指を立てて振ってみせるトーカさん。
「え?」
「教えてやろう。狼男というのは基本、狼なのだよ、例え娘に変身すると言っても!」
「それが?」
「狼はリーダーの意思に従うのが本能!例え君が嫌がろうとも俺がそうと決めれば君は逆らえないのだよ」
「え?それは僕がトーカさんに絶対服従すると?」
「ちょっと違うな。 ……例えば、ブラムスの下僕になると自由意思を奪われて命令された事を忠実にこなす生
ける屍になるわけだが、俺達の場合は眷族化でカリスマのような物で相手を従え…… 違うか?」
トーカさんが首をひねって考える。
「あぁ、そうそう。日本的でよく判る良い例があった!」
「よい例?」
「俺がジャイアンでお前がのび太!」
そう言って僕に向けてビシッと指をさす。
「あぁ、はいはい。 そうゆう風に人を従えさせるわけですか、よく判りました」
逆らっても良いけど、逆らうと酷いぞ。って事を狼男の習性として意識させるワケですね?
実際、トーカさんに強気に出られると逆らえない気はしていたのだけど、それは種族特性だったわけか。
「と言う事でプールに行くぞ」
「……判りました、お手柔らかにお願いします」
「聞き分けがよくて結構。 さて、それで計画はこうだ……」
              *
僕とトーカさんは郊外のリゾートプールにやってきた。 
割りと田舎な街に不釣り合いなリゾート施設で、中には巨大なプールの他にもおシャレなショップや複数の有名
飲食店が入っている。
「なんでこんなの作ったかな?こんな田舎に……」
僕は巨大な施設を見上げて思わずつぶやく。
「否定はしないがウチの方に作るより、こっちの方に作った方が正解だぞ?」
僕のつぶやきにトーカさんが応える。
「こっち?」
「だって、同じ市内でもウチの方なんて川を越えて山側に行けば農村地帯が広がってるんだぞ?風向きによって
はウチにまで牛舎の匂いが漂ってくるんだ」
それはトーカさんが狼男で嗅覚が鋭いからでは?という言葉は飲み込む。
「まぁ、確かに。 ウチが田舎なら川向こうはド田舎ですけどね」
まぁ、こんな所で隣街をディすっていても仕方がないけど。
「それよりも、入るぞ」
そう言ってトーカさんが僕の襟首を掴んで施設の中へと入っていく。
「ちょ、ちょっと!僕は猫じゃありません」
「逃げるといけないからな」
「ここまで来たら逃げませんって!」
「信用出来ないな。」
そう言って愉快そうに笑うトーカさん。
ブティックの一つに入ると僕を試着室に放り込む。
「さて。計画は理解してるな? まずは女性用の服を手に入れて、その後に水着を買うぞ、 さっさとその着て
いるその服を寄越せ」
試着室の中に首だけ突っ込んで手を差しだしてニヤリと笑うトーカさん。
「マジ?」
「マジ。さっさとしろ」
僕はトーカさんの命令に従って服と下着を脱ぎトーカさんに渡す。 真っ裸になった僕は恥ずかしさに顔を赤く
なる。
「よし、じゃ次は変身だな」
羞恥に耐えながら精神を集中させると、僕の身体はみるみると髪が伸び、胸が膨らみ、腰が引き締まり、お尻に
肉が付き、股間の所の象徴が……
「ふむ、結構、結構。じゃ待ってろ」
そう言って僕の変身に満足するとトーカさんの顔がひっこむ。
「あ、店員さん」
「はい、なんでしょう?」
トーカさんの声に女性店員が明るく返事をする。
「ちょっと、お願いがあるのだが、そこの試着室の女性に下着と服を見繕ってやってくれないだろうか? 私で
は女性の物はよく判らないんだ。 予算はこれくらいで。 可愛い系で頼む」
「はい、わかりました」
トーカさんの頼みで女性店員がこっちに歩いてくる気配がする。
「お待たせしました。 服と下着をお探し……」
試着室を覗き込んだ店員さんの顔が僕と眼が合い軽く引きつる。 まぁ、試着室の中に全裸の娘が居れば、その
反応も仕方がないか。
「………」
「………」
「ええと、下着から選びましょうか。胸のサイズは?」
前屈みになって大事なとこを隠している僕に、にっこりと微笑む店員さん。プロだ。
「……わかりません」
「ちょっと失礼しますね」
そう言ってメジャーを手に中へ入ってくる。
サイズを測りながら話をする。
「あの男性は彼氏さんですか?」
「……えっと、ジャイアンです」
「? えっと、服はどうされたんですか?」
「あの人に持ってかれました。 僕の着ていた服が女性らしく無いと、逃げられないように下着ごと……」
「あぁ、そう言う事ですか」
そう言って店員が勝手に状況を察して微笑む。
トーカさんに寄るとこれで僕はド田舎から出て来たお登りさんで、ダサい服を着ていたから着替えさせられたと
思われるらしい。 まぁ、それに近い事は思われてるみたいだ。
「Gカップ……」
店員さんがつぶやく。
え?Gって何?まさか胸のサイズ?
ウチのクラスの女子でも大きいヤツでCくらいだって聞いた気がするよ? えっと、D、E、F、G…… 4サイズ
もでかいの、僕?
「ちょっと待ってくださいね? ……サイズあったかな?」
後半を小さな声で呟いてから試着室を出て行く。
試着室の中に一人残されるというのも心許ない。 今、誰かがカーテンを開ければ素っ裸を晒す事になるのだ。
「トーカさんの気配が感じられないから近くにいないのかな?」
狼男の能力を使って気配を探るが、まだ慣れてないのですぐ近くに居ないと察知できない。
「お待たせしました。 生憎と白一色しか在庫がありませんでしたが、これで合うと思いますので……」
そう言って店員さんが下着を持ってくる。
「まずはこちらを……」
そう言って白い布きれを渡してくる。 それを広げてみると……
「え?これパンツ?女物の……」
「はい。女性用のショーツでブラとペアになっています」
えっと、これを捌けをいう事なんだろうな。今は僕は女の子なんだから……
判る、理屈は判る。判るけど、僕が女性のパンツを穿くと言う事は限りなく変態っぽいんだけど……
目の前では女性店員が何の疑問もなく微笑んでいる。
くっ。 僕は覚悟を決めてパンツに足を通し、太腿をすべらせて股間へと……
恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい!僕は何かを間違えてしまった気がする。 横の鏡にはおっぱいを丸出しに
して純白のパンツを穿いた黒髪の女性が顔を真っ赤にして泣きそうな眼で見ている。
「次はブラですね」
僕の様子を気にした風もなく、ブラを差しだしてくる店員さん。僕は手を出してそれを受け取る。
ブラ…… えっと、確かヒモの所に手を通して、後ろでホックを留めるんだよな? えっと3つ?3つもホック
があるの?TVのCMで見たのは2つだけだったような?
とりあえず僕はヒモの所に手を通して…… あれ?
「ひょっとしてブラを付けた事がないとか?」
「ありません」 男なので……
店員さんの質問に小さな声と心の声で応える。
「これだけ大きなお胸なのに…… あの、付けないと動くと大変だったり、型が崩れたりしますよ?」
「はい、それは実感してます、胸が邪魔で邪魔で……」
どうしても恥ずかしくて返事が小声になる。
「お手伝いします」
店員さんが僕の背後に回り、腰を曲げさせてカップの中におっぱいを収納してホックを留める。
「あはぁ」
思わず声が漏れる。 
いや、なんだ、これ? 胸が固定されると言う初めての経験に途惑ってしまう。
鏡の方に目を向けると真っ白な下着に包まれた女の子が目を丸くして僕を見ていた。
ブラに包まれた胸に手をやる。 大きな丸い毬というか、水球が胸に取り付けられていて白い下着がそれを支え
ていて、それが自分の身体だという不思議。 つい、その感触を確かめてプニプニと揉んでしまう。
「あの。 それじゃ服の方を選んできたので着てみますか?」
店員さんが笑いを抑えた声で腕に掛けた数着のワンピースのような物を少し持ち上げて示す。
「あ、すいません。お願いします」
我に返った僕は胸を揉んでいた手を下ろして店員さんから渡された服を受け取る。
「う~ん、やっぱり、お胸が大きいので普通のサイズの服は無理ですね。 こっちのゆったりしたのではどうで
しょう?」
最初に渡されたワンピースはファスナーを閉めようとすると胸の辺りで止まってしまった。 巨乳って不便……
次に渡されたワンピースは被るタイプのヤツで、ちょっと胸で止まりはしたが着る事は出来た。
薄いブルーで胸元から腰の辺りまで何条ものフリルで装飾されていて、胸の下でリボンを結ぶと胸が強調されて
恥ずかしい。で、半袖の所が脹らんでいるところが微妙に可愛い。
着てみると、僕が美少女になっていた。 か、可愛い…… 抱きしめてしまいたい。
と、思った瞬間。
試着室のカーテンを開けて乱入してきた不審者に抱きしめられていました。
「なかなか、可愛くなったじゃないか、四郎。 店員さん、グッジョブ!」
「ちょ、トーカさん!いきなり入ってきて抱きしめないで下さい! というか、僕が着替え中だったらどうする
気ですか!」
「ハッハッハッ、俺とお前の仲だから、お前が今どういう状態なのかくらいわかるさ。 店員さん、これ、この
まま貰っていきます」
僕の意見を聞かずに、財布からお札を数枚取り出すと会計を済ませると手を取ってショップを出る。
「そう言えば、近くに居ませんでしたよね?どこに行ってたんです?」
「邪魔なお前の服をコインロッカーに預けてきたんだよ」
そう言ってコインロッカーのキーを僕に寄越す。
「さて、次は本命の水着を選んだらプールに行くぞ」
そう言って張り切って僕を引っ張って行く。 絶対に僕で遊んでいるよね?トーカさん。
               *
「で、四郎はビキニとワンピースだったら絶対にビキニだろ?」
「見る分には否定しませんけど、自分が着るとなると……」
露出が高いビキニか、肌は隠すが如何にも女性が着る事を主張するワンピース…… 正直、どっちもヤだ。
しかし、それを言った所でトーカさんは承知してくれない。
「えっと、ワンピースで。ほら、フィットネス用の……」
「却下!」
最後まで発言させてもらえませんか、そうですか。
「お前、ここに来てそんなダサイ水着を選択するなよ。TPOってものを考えろ」
正論かも知れないけど、納得しがたい……
「よしわかった。第3の選択肢を与えてやろう」
「第3の選択肢?」
「水着メーカーはどこが良い? ニチバンとバンドエイド?」
「絆創膏は水着じゃありません! 判りました!ワンピース型でパレオかスカートの付いたヤツ!それで!」
「素直にそう言えば良いんだよ」
そう言うと僕はワンピースコーナーに連れて行く。
結局、色々と揉めた末に僕は黄色い向日葵柄のスカート付きワンピースを選んだ。 
トーカさんのチョイスは僕にとってハードルの高い物ばかりだったのでここに落ち着けたのは幸いだった。
「それで……」
「ん?着替えて来いよ?」
僕たちはプールの更衣室の前に来ていた。 
右に行けば男子更衣室、左に行けば女子更衣室に行ける廊下の分かれ道。
「トーカさんも一緒に来て下さいよ!」
「バカを言うな。俺が女子更衣室に行けるわけが無いだろ!」
「だったら、女性に変身して……」
「巫山戯るな。 俺は女性用の水着なんか持ってねぇ」
「だって一人じゃ恥ずかしいです」
「お前は女なんだから堂々と着替えてくればいいんだよ。 役得だぞ?他人の着替えを見ても捕まる事がないん
だからな」
そう言って笑って僕の頭をワシャワシャと撫でる。
「でも……」
「でもじゃねぇ、さっさと着替えてこい!」
そう言って足を上げて僕のお尻を軽く蹴りだす。
「ふひゃ!」
そう言って女子更衣室方向に向かってたたらを踏む。
「じゃ、プールの入り口で落ち合うからな」
トーカさんは手を振って男子更衣室の方に歩いて行ってしまう。
「…… 仕方がないか。 僕は女性、僕は女性、僕は女性……」
しばしの躊躇の後、僕は呪文をつぶやきながら女子更衣室に向かった。
               *
「遅いぞ」
プールの入り口で待っていたトーカさんが開口一番にクレームを付ける。
「あのね?女性の服って脱ぐのに手間が掛かる上に水着もそれなりに手間なんですよ?目を瞑ってると……」
「なんで目を瞑るんだよ? ちゃんと目を開けて着替えりゃいいじゃん?」
僕たちは回りに聞こえないように小声で言い合う。
「出来ませんよ!恥ずかしいんですよ!周りに女性が居るって! しかも、結構お化粧臭いというか女性臭いと
いうか。 気になる事が多すぎるんです!」
「あぁ、はいはい。 とりあえずここで揉めていても仕方がない。 泳ぐぞ」
そう言うと僕の手を引いてプールに向かう。
               *
「あぁ、気持ちいい」
僕は大きなドーナツ型の浮き輪にお尻を入れてぷかぷかと浮かんでいた。
トーカさんはプールサイドのデッキチェアの上で、プールの回りを行き交う水着姿の女性を眺めてご満悦だ。
手で水をチャプチャプと弄びながら夏の陽射しを楽しむ。
ただ、気になるのは男性の視線だ。 何気に僕の胸を眺めている男性の多い事。
「ねぇ君。どこから来たの?一人?」
「すいません、連れがいるので」
ナンパされる度に僕はプールサイドのトーカさんを指さす。 
トーカさんはその度に僕の方に手を振り返してくれる。
「ちぇっ、男連れか」
そう言って去って行く男性。 
いや、もう男性に軟派されるのって途惑うばかりですよ? 
なにせ、本当の僕は中学二年の男子なんだから。
「ははは、モテモテですなぁ。 シロくん」
寝そべっているのに退屈したのか、笑いながら僕の所に泳いでくるトーカさん。
「男の人にもてても全然、嬉しくありません」
「おや、シロ君は百合の人だったのかぁ」
楽しそうに笑う。
「僕はノーマルです」
ムッとした僕はトーカさんに向かって水を掛ける。
「やったな?」
笑ってトーカさんが水を掛け返す。
「やりますよ」
僕も笑って浮き輪から降りてやり返し……
互いにじゃれ合いがヒートアップしていく。
両手で水をすくって掛け合う事に夢中になり……
「よぉし、次はウォータースライダーに行くぞ!ついてこい四郎!」
「名前を呼ばないで下さいよ! 判りました、あっちの巨大な方に行きましょう!」
トーカさんの膝に乗り、後ろから腰を抱きしめながら悲鳴を上げて滑り台を滑り落ちる。
「トーカさん、次は向こうのボートで滑るやつ!」
「いいだろう。行くぞ!」
ノリノリでアトラクションを制覇していく僕たち。
楽しかった。自分の身体の事も忘れ去り、ただただトーカさんと夕方まで遊び泳ぎ倒した。
そして、帰りに水着からワンピースに着替える時にも、慣れない着替えに戸惑いはしたがなんとか着替える事は
出来た。 いや、中二男子が3つもホックがあるブラを自力で付けるのは結構大変なんですよ?

同じ施設内のレストランで夕ご飯を奢ってもらって帰る車の中……
「あれ?そう言えば、お前の服、どうしたっけ?」
「え? …… あぁ~!ロッカーの中!僕の服とパンツ!」
僕のワンピースの腰のポケットからロッカーの鍵が出て来る……
「施設はもう閉まってるぞ?」
「どうしてくれるんですかぁ!」
「あはは、今日はそのまま自分の家に帰るか?」
「帰れるわけないでしょ!女装ですよ、女装!」
「ロッカーに取りに行くのは明日しかないから今日はウチに泊まっていくしかないな」
「…… 仕方がない。お世話になります」
「しかも女物の服を着てるから明日まで身体はそのままを維持だな。 今晩もかわいがってやろうな」
「冗談じゃない!せめて帰ってからは僕の身の安全の為にもトーカさんも女になって貰いますからね!」
僕は隣で脳天気に笑うトーカさんに抗議するのだった。
               *
「あぁ、日焼けがぁぁ!!」
その夜、驚きのあまり、バスルームから素っ裸で飛び出した僕。
「あははは、四郎君、セクシーな日焼け跡だねぇ?」
「ブラムスさん、冗談じゃないですよぉ。 男に戻ったら変態じゃないですか、こんな跡!」
見事に肩から胸に向けて赤く焼けた水着の日焼け跡が出来てる姿を真っ裸で晒す僕。
「大丈夫だよ。娘男は変身の度に処女にリセットされると言っただろ? 肌も同じ。 元に戻ってもう一度変身
し直せば、日焼けもリセットされて白い肌に戻るから」
そう言って笑うトーカさん。
結局、最後までトーカさんにからかわれ続けたのであった。
               *
その後、女性の衣服を手に入れてしまった(当然、洋館保管)僕は、時々だがトーカさんに遊びに連れ出される事
になった。
一度連れ出された後は精神的な垣根が低くなって、いやいやながらも女の子になって遊園地や映画館に連れて行
かれた。
「なんで男の姿じゃダメなんですか?」
「男と出かけて俺になんの得があるんだ?」
「偶にはトーカさんが女性でもいいじゃないですか?」
「俺は女の服なんか持ってないからな」
「手に入れればいいでしょ」
「お前が買ってくれるのか?」
「…………」
「お前だって、皆に見られて満更でも無くなってんじゃないのか?」
「恥ずかしさは変わりませんよ!」
「でも、慣れてきてるだろ? 今日はちょっと奮発してネズミ~ランドまで足を伸ばすぞ?」
家族が多いせいであまりどこかに連れて行ってもらったという経験が少ない僕は、こうやって誰かに連れて行っ
てもらう事に飢えていたのか、そう言われると心の隅が浮き立つのが自覚させられるのだった。
 
殆ど私室と化してしまった洋館の一室で、女性へと変身して買ってもらったワンピースを着て鏡で軽く身繕いを
すると、ウキウキした気分で外に出ていく…… 
女性の姿でジェットコースターを始めとする様々なアトラクションをはしゃいで堪能する僕。
何かが壊れていく気もするが、悪い気分ではないので気にしないようにした。
               *
「四郎は最近よく出掛けてるな?」
夕飯の時、父さんが何気なく話題にする。
「うん、北山の奥の方に住んでる外人の人と知り合いになって」
「北山?そんな遠くに行ってるのか?」
「こいつ、よく向こうで泊まり込んでるぞ」
二郎兄貴が口を開く。
「え?泊まってるのって友達の家じゃなかったの?」
「うん、トーカさんチ」
母の質問に簡潔に答える僕。
「トーカさん?」
「そこの外人さんの名前」
「女の人?」
「男。銀髪で長身の……30くらいの人かな?外人の年齢ってよく判らない。 最初は取っつきにくいけど、慣れ
ると気さくないい人だよ。 英語なんかも教えてくれるし」
「勉強を教わってるのか?」
「気まぐれに教えてくれる。 向こうだと落ち着いて勉強できるから夏の課題とかを向こうでやってる」
ちゃんと勉強もしているというと父が少し、安心そうな顔をする。
「まぁ、あまり向こうに迷惑を掛けないようにしろよ」
いや、どちらかというと向こうが僕に迷惑を掛けているような気がする。
「外人と言えばさぁ」
黙って聞いていた五郎が口を開く。
「今日、駅前の方に遊びに行ったんだけど、外国の人を見たよ」
「今どき、外国人なんて珍しくもないだろ?」
「それがさぁ、夏なのに皆、黒い服を着てサングラスをしてるんだ。 五、六人居たかな?」
「へぇ?なんだろな?」
「それはアレだよ、メンインブラック。 きっと宇宙人を探しに来たんだぜ?」
五郎、父、二郎兄貴が勝手な事を言う。
…………ハンター? いつだったか芦辺さんの言った言葉を思い出す。『最近、異国から妙な人間達がやってき
て、人外の情報を集めてるらしい』
ブラムスさんの事を知ってやってきたのかな?
「何言ってんだよ。 きっと葬式だよ、葬式。 多分、知り合いでも亡くなったんだろ?宇宙人なんているワケ
がないだろ」
それまで黙って食事をしていた三郎兄貴が呆れたように口を挟んでくる。
「あぁ、そうかも。 皆、首から十字架を下げてていたから」
「なんだ、つまらない」
五郎と三郎兄貴がそう言って食事を続ける。
しかし、僕は確信していた。 ブラムスさん達を狙ってハンターがやってきた事を……
嫌な予感がした。
               *
翌日、僕は洋館を訪れようと自転車で北山に向かう。
「あれ?煙?」
洋館に近づくと煙が立ち上がっている事に気づく。
「え?まさか……」
自転車を降りて歩いて近づく。
動揺に足が震えている。
目の前の洋館は炎上していた。
洋館の前には取り囲むように男達が立っていた。
僕は慌てて森の中に身を隠す。

「様子はどうだ?」
「間違いなく吸血鬼は中にいる。 闇の気配がプンプンしてるからな」
「さっき、怪しい影が見えたが? 噂にあった銀髪の男か?」
「多分、それも眷族だろう。 大丈夫、回りは仲間が取り囲んでいる」
「陽光の下でも動けるようだが飛び出してきた時が最後だ」
「吸血鬼の方はどこにいる?」
「多分、地下室だ。だが屋敷さえ燃やしてしまえば地下室などすぐに暴ける」
「隠れる場所も無くなり、この陽光の下に現れたら勝手に燃え尽きるだろう」
「神に逆らう闇の者に死を。 消防の方は?」
「予め、手は廻してある。映画の撮影で廃屋を燃やしていると思っている筈だ」
十字架を握りしめたサングラスに黒服の男達が洋館が燃え尽きようとするのを油断なく見つめる。
僕が一人で突っ込んでいった所でなにがどうなるものでもない事は火を見るよりも明らかだ。
木の陰から洋館を見つめる。
狼男の本能で中にトーカさんの気配が有る事は明らかだ。 黒服達の方はブラムスさんの気配に敏感なようだ。
ポツッ
その時、僕の頬に何かが当たる。
「水?」
雨だ。僕の頬に当たった雨は瞬く間に豪雨となって洋館を襲う。 
夏の暑さが入道雲を呼び、夕立となったのか?
「雨か?まさか、吸血鬼の能力?」
「ばかな。吸血鬼が雨を呼ぶなど聞いた事がない。 これはただの夕立だ」
「それより、目を放すな。 この雨に紛れて逃走を図るかも知れん」
突然の豪雨は洋館の火を消さんばかりに降り注ぐ。 
そうだ、火を消せ。 そうすればトーカさんに逃げるチャンスができる! 
僕はずぶ濡れに成りながら洋館を見つめる。 しかし……
ビシッ!ガッシャーン!! バッキィッ!!!
目の前に白光が煌めいたと思うと、大音響が響き渡る。 回りの男達が吹き飛ぶ。
しかし、それよりも…… 目の前に合ったはずの屋敷が後方もなく吹き飛んでいた。
「うっ……な、何があった?」
「稲妻が…… 雷が屋敷を襲い、全てが吹き飛びました」
「同時に吸血鬼の気配も消えました。 逃走の形跡もありません」
倒れていた男達が起き上がり、屋敷のあった場所を呆然と見つめる。
その言葉に僕も気配を探るがトーカさんの気配も消えている。
まさか、本当に死んだのか?ウソだろ?
僕は腰が抜けたように座り込む。 立ち上がる力が入らない。
あれほどの豪雨が屋敷の炎を消すとあがり、雨雲も消えて、何もなかったかように陽光が降り注いでいた。
「神罰だ…… 闇の者が神の怒りに触れたんだ」
「これはいかに吸血鬼と言えども助からんな」
「確認するぞ。屋敷跡に地下室があるはずだ。 探し出して吸血鬼の死を確認しろ」
確認するまでもなく、屋敷を破壊した巨大な雷は地下室の入り口すら暴き出し、陽光の下に全てをさらけ出して
いた。 雷に感電したのか満身創痍のハンター達は吸血鬼の消失を確認すると去って行った。
僕が我を取り戻したのはそれから更に時間が経ってからだった。
僕はこの世でたった一人の娘男になってしまった。







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