「魔王と勇者」 作:teru 魔界の魔王城の最深部、その巨大な謁見の間で勇者と魔王は対峙していた。 魔王の玉座は粉々に砕け散り、周りには何体もの魔物が塵に還ろうとしている。 勇者、魔王、共にすでに満身創痍。 いや、かろうじて勇者が有利か?しかし、その有利も一瞬の気の緩みでいつ覆ってもおかしくない。 「大魔王よ。いよいよ最後の時が来たようだな!!」 「ふふふ、それはお前の方も同じだろう、勇者よ? ここに来るまでにお前達、人間の軍団はほぼ壊滅。 魔術を使う厄介な神官共もまだここには来れまい。 ここにお前を助ける者は誰一人いない」 息の荒い魔王がそれでも不敵に笑い、両者はお互いの隙を狙ってジリジリと間合いを計る。 「それはお前も同じだ。 お前の城を守っていた十六魔将、八部衆は滅び、四天王もそこで塵になろうとしている。 お前を守る者もここにはもう居ない!!」 魔王は、かつての四天王でこの世界でも最強と謳われる四体のドラゴンの死骸にチラリと目をやり、不敵な闇の底から響くような不気味な低い声で笑う。 「ククク……、四天王は我が軍団の中で最も最弱……」 「ウソをつけぇぇぇ!!!」 勇者が魔王の虚勢に対してその光り輝く聖剣で渾身のツッコミを入れる。 グバァァ!!ズシャァァ!! 交差する勇者と魔王の身体…… 一瞬遅れて魔王の身体から赤黒い血が噴き出す。 しかし、勇者の方も剣を横胴になぎ払った姿勢のまま動かない。 「ふん?少し浅かったか? 残念」 振り返り、顔の前に持ち上げた魔王のツメには深紅の血が滴っていた。 同時に胸を押さえて膝を付く勇者。 「しかし…… どうやら、今回は我の負けのようだな。 今のは効いた」 そう言ってニヤリと笑い仰向けに倒れる魔王。 勇者は力を振り絞って立ち上がるとトドメをさす為に一歩一歩と魔王に近づく。 「なにを笑っている魔王。 これでこの世界は救われ、魔界から人間界への侵攻は停まる。 後はお前が開けた魔界と人間界を繋げる魔口を閉じてしまえば、二度と魔物は人間界へと渡って来れない」 「"今回は"負けただけだ。だが、我は自分自身に転生の呪を掛けている。 我は再び、この魂にこの記憶を持って新たな生を受けて甦る。 その時まで勝利の美酒に酔いしれるがいい勇者よ。 だが、我が甦るのは何年、何十年先か判らないがその時までお前が生きているかは判らないがな。ククク………」 「どういう事だ?」 「浅かったとはいえ、我のツメの呪毒はお前の身体を冒し続けるだろう。 人間界に我が呪いの毒を浄化する術は存在しない。 これからお前は我の毒に侵されてジワジワと死んでいくのだ。 我が甦った時にお前がこの世にいないのが残念だ。 復讐の機会が得られ…… ないの だ、からな…… ぐぼっ」 「黙れ!人間は負けない!お前が何度甦ろうとムダだ! たとえ、お前が甦って再び世界を支配しようとしても再び、その野望を打ち砕く!」 勇者の聖剣が魔王の心臓を貫く。 口から血を吐く魔王。 魔王に刺さった剣の束を支えにして魔王を睨みつける勇者。 「ふ、ククク…… ムダだ、次の世界で世界を支配するのは……… ワ レ ダ……」 ニヤリと笑って最後の言葉を残し、塵へと還っていく魔王。 魔王の身体が塵に還ると剣は支えを失って勇者と共に倒れる。 「居た! 勇者殿があそこに倒れているぞ!」 「魔王は?魔王はどこだ!!」 「あれだ!勇者が倒れている塵の山から魔王の魔力の残滓が漂っているぞ!」 「それでは勇者は魔王を倒したのか?」 「やった!世界は救われた! 勇者様、万歳!!」 「それより勇者様を助けて、この魔界から撤退するんだ」 「まだ雑魚が残っているぞ、油断するな!」 遅れてきた人間軍の残存部隊に救助された勇者は無事にゲートを脱出し、ゲートは人間の世界の大神官を始めとする強力な神官達の力で封印された。 それはどこの世界でも語られる「世界の支配を目論む魔王とそれに立ち向かった勇者」のありふれた英雄譚であった…… * * * そして、魔王が滅んで10ヶ月後。 勇者は大神殿の奥深くで病床にいた。 魔王の予言通り、魔王のツメに傷つけられた胸の傷は勇者の生気を日に日に奪っていった。 「勇者殿、すまない」 勇者の寝るベッドの傍らで大神官が頭を下げる。 周りには大神官を補佐する神官達がいたたまれなさそうに頭を垂れて控えている。 「いいんですよ。魔王に傷つけられたのは俺の剣の技量が足りなかったからで自業自得ですから」 そう言って力なく笑う勇者。 「しかし、世界を救った勇者が誰に知られる事なく逝こうとしていると思うと……」 「まぁ、勇者は結局、魔王の呪毒に侵されて死にました。と言うよりは人知れずどこかへ旅立っていきました、と言った方が伝説に暗い影を落とさずに済みますし、何かあった時に民衆に希望を持たせる事ができますからね。ははは……」 「すまない。 王からの要請で我らがそう宣伝させてもらった……」 「かまいませんよ。 俺だってこんな風に死にました。と言われるよりはそう宣伝してもらった方が格好がつきますからね」 そう言って自嘲する様に笑う勇者。 「魔王の呪毒は特別なモノで自然界にある毒でもないし、ただの呪いでもないのでどんな毒消しも解呪も効かないのです」 背後の神官の一人が悔しそうに歯がみする。 「多分、正体は呪いの部分に負うところが大きいのでしょう。 しかし、呪いの先が判らないのです」 別の神官が悔しそうに漏らす。 「呪いの先?」 勇者が天井を見つめながら尋ねる。 「勇者様の生気が胸の傷に吸い尽くされていくのは判っているのですが、その生気がどこへ流れていくのか…… 傷が生気を消耗しているわけではないのですが、そこに留まっているわけでもない。まるで魔王がまだ生きていてその生気を吸い取って何かをしている様な……」 「しかし、魔王は塵に還った。 それは魔王城で我らが確かに確信した……」 「…………」 黙って神官達の話を聞いている勇者。 「本当に済まない、勇者殿。 神官、神官と言いながら魔物の呪い一つに為す術がないのだ…… 何か、他に我らに出来る事は無いだろうか、勇者殿」 大神官が命が残り僅かとなった勇者に尋ねる。 「大神官…… 一ついいでしょうか?」 天井を見据えたまま勇者がつぶやくように大神官に尋ねる。 「なんでしょう? 我らに出来る事なら何でも言って下され」 そう言って大神官が勇者の言葉を聞き逃すまいと耳を近づける。 「神聖魔術の奥義に"転生の法"と言うものが有ると昔、聞いた事があるが本当だろうか? 魂が浄化新生される事なく次の生に引き継がれる秘法と聞いたのだが……」 勇者の言葉に寝室にいた大神官を始めとした神官達に動揺が走る。 「そ、それが何か?」 「魔王の魔力を使った呪の中にも"転生の呪"という物が有るらしい……」 「そんなものが……」 そして勇者は魔王の今際の際の会話を神官達に伝えた。 「つまり、魔王の魂は"転生の呪"で転生をおこなったと?」 神官の一人がつぶやくように恐るべき事実を口にする。 「いや、おこなったと言うよりおこなっている最中なのだろう。 勇者様の生気の行方がわかった気がする。 奴の魂は勇者様の生気を利用して転生が行われるのではないか?」 別の神官が推論を披露する。 「そうか。 魔王は勇者様の聖剣によって倒された。 聖剣は魔王の魔力に干渉する力がある。 転生に必要な魔力が足りない分を魔王の魂が勇者の生気で代用しようと……」 「なるほど。 つまり勇者殿の命が尽きる時、奴の魂は完全にこの世に転生すると……」 「…………」 大神官は黙って神官達の話に耳を傾けて何かを考えている。 「奴に転生の呪を使わせてしまったのは俺の落ち度だ。 だから奴が転生して生まれ変わるというのなら俺は奴を追っていき、今度こそトドメを刺したい。 次こそ転生の呪を使わせる暇も与えずに」 勇者が最後の気力を振り絞って訴える。 「しかし…… 確かに魔王は転生するでしょう。 しかし、その呪はかなり不安定な物の筈です。 勇者様が追うまでもないかもしれません……」 大神官が口を開く。 「それはどういう?」 「この世には数多の世界があります。 私達の世界のように人間と魔界が繋がった世界もあれば、魔物しかいない世界、人間だけしかいない世界、今では希少種となったエルフやドワーフの居る世界、このように多様な世界が存在するのです。 そして人は死ぬとこの世界だけではなく、それらの別の世界のどれかへと生まれ変わるのです」 「…………」 勇者は大神官の言葉を黙って聞いている。 「我らの"転生の法"はこの世界に生まれ変われるように厳密な調整を必要とします。 魔王の呪も同じ筈だと思います。 しかし、魔王も勇者と戦うまで自分が死ぬなんて事は想定していなかった筈……」 「と言う事は、急ごしらえの呪では魔王はこの世界に転生できない!」 神官の一人が大神官の言わんとする事を引き取る。 「その通り。 魔王は別の世界に転生するだろう」 「それでは我らはやはり魔王の脅威から救われたのですね?」 喜ぶ神官達を余所に勇者が口を開く。 「それでも魔王が転生した世界は魔王の脅威にさらされるのですね?」 「………… まぁ、そうなるな。 しかし、その世界で魔王は魔王として生まれ変わるワケではない。その世界の知性有る生き物、それが魔物か、人間か、エルフかドワーフ、ひょっとすると妖精かもしれん。 その世界の生き物として生まれ変わるのだ」 「魔王がただの妖精として……」 神官が頭の中でその姿を想像する。 「ぷっ、それはいい気味ですね?」 他の神官が吹き出す。 「しかし、転生した魂は前世の特性を引き継ぐと聞いています。 例え妖精に生まれ変わってもその莫大魔力は行使できるのでしょう? 羽の生えた手の平に乗る程の生き物が山を砕き、湖を干上がらせるのですよ?」 「姿形は変わっても能力は健在と言う事か……」 先ほど笑った神官の顔が曇る。 「余所の世界に魔王が転生するというのなら益々その責は俺にある……」 思い詰めたようにつぶやく勇者。 「大神官! 転生の法を俺に……」 大神官の顔を見て真剣に訴える勇者。 「しかし、魔王を追うのは不可能なのです……」 「どうして!」 「先ほども言いましたが、世界は数多あります。 魔王がその中のどの世界へと転生するのか魔王自身にも判っていないでしょう。 ましてや我々に判るはずもなく…… 闇雲に転生をしたとしても魔王と同じ世界へ転生できるのは、夜空を見上げた別の場所にいる二人が同時に同じ星を指さすのと同じで、不可能かと……」 そう言って残念そうに首を振る大神官。 「………… いや、手はある」 少し黙考した後に、ポツリとつぶやく勇者。 「え?しかし、魔王自身も知らない転生先をどうやって?」 「俺のこの傷だ」 そう言って胸の傷を指さす勇者。 「この傷はただの傷ではない。 魔王自身が俺に付けた呪いの傷だ。 しかも転生の為の生気を吸い上げているという…… だったらこの傷を利用して魔王を追えないだろうか?」 勇者が大神官に尋ねる。 途惑う大神官。背後でも神官達がザワザワと囁き会う。 「確かにこれほどの強力な呪なら……」 「しかし、時間が経ちすぎて……」 「でも、魔力の残滓を追う事はまだ可能……」 「しかし、途中で途切れるかも……」 「いや、たとえ魔王を追えたとしても転生した世界がどのような……」 やがて大神官も議論に加わり部屋の隅で短くもない時間、議論が行われた。 * やがて大神官が勇者のベッドの傍らに立つ。 「勇者殿。 本当に転生の法を望まれるか?」 「勿論」 「結論から言うと、勇者殿に付けられた傷の呪を元に魔王の魂を追う事は可能です。 しかし、可能性は未知です」 「未知?」 「そうです、確実に魔王の転生した世界に勇者殿も転生できるとは限りません。 それにもっと不安要素が……」 「不安要素?」 体力が衰えている勇者の口数は少ない。 「転生した勇者に魔王が討ち取れる可能性の問題です。 奴をより確実に討ち取る為には、魔王の魔力を封印してその身体から魔力を奪い取る聖剣を持っていけないと言う事です。 魔王の魔力の強大さは戦った勇者がよく判っておられるでしょう? 転生に能力は維持できますが物体である聖剣を持っていく事は出来ません。 戦いにおいて聖剣の加護が得られないというのは致命的です」 大神官にそう指摘されて勇者はベッドの脇に立てかけられている自分の愛剣に目を移す。 「たしかに……」 「それに転生する世界が判らないというの問題です。 魔王は自らが生みだすマナによって能力を行使しますが、我らの神聖魔法は自然界にあるマナを使って治癒、浄化、解呪を行いますが、その世界にマナが少なければ、ほんのかすり傷程度の治癒しかできないかも知れません。 魔王達との戦いにおいて勇者の使う治癒は必須だった筈……」 そう言って大神官は勇者を見つめる。 「つまり…… 俺は最悪、強大な魔力を振るう硬い鎧のような皮膚を持つ魔王に剣技だけで立ち向かわなければならないワケか……」 「ムチャです。 やめて下さい、勇者様」 「我々の知らない世界のことじゃないですか?」 「その世界にも勇者がいるかも知れないじゃないですか?」 「そうですよ、なにも勇者様が行かれる事は……」 神官達が口々に勇者をとめる。 「それでも…… この世界の魔王を取り逃がしたのは俺だ。 確かに無謀な挑戦になるかも知れない。でも、俺がやらなくちゃ……」 「勇者殿……」 「それに、転生する世界が俺に有利な世界かも知れないじゃないか? 魔王が妖精に生まれ変わっていて俺は強力な魔力を持つ魔神に生まれ変わってるかも知れない。」 そう言って力なく笑う勇者。 「確かに記憶や能力を維持しているとはいえ、生まれ変わった世界の生物の特性や性質が大きくその身に影響される事は確かですが…… 」 「だろ? いくら強力な魔力を持っていようが魔王が臆病で平和主義の妖精なら勝機はあるだろう? 頼む! 俺に魔王を追わせてくれ! このまま為す術もなくベッドの上で朽ちていくなんて俺には耐えられない。 例え勝機が未知数であろうと何もしないまま死にたくはない!!」 勇者が気力を振り絞って神官達に訴える。 顔を見合わせ、再び相談しあう神官達。 * 「意志は変わりませんか? 勇者がこの世にもたらした平和の功績は大きい。 このまま安らかに精霊様の下に旅立てば、魂は浄化され次に生まれ変わった世界では優しい人生が待っているのですよ? しかし、今、勇者が旅立とうとしている世界は今より、より過酷な人生である可能性が高い……」 「俺の意志は変わらない」 きっぱりと宣言する勇者。 「わかりました。 転生の法を執り行いましょう」 大神官が厳しい顔で宣言する。 「悪いな、大神官に神官達。 俺の最後の我が儘を通させてくれ」 勇者を囲む神官達の顔は暗い。 この先、勇者にどのような旅が待っているのか…… 「言っておきますが、向こうの世界に行ったからと言ってすぐに覚醒できるわけではありません。 その世界の生物の特性にもよりますが、人間だったとして4から5年…… 精神的に安定しないうちは覚醒は無理です。 魔王は一年余り先に転生を済ませている筈です。 幼児期の一年は致命的かも知れません。 その時期に襲われたらひとたまりもない。 用心しろと言っても無理な話ですが……」 「…………」 「それと転生先の生き物の特性、性格が反映されるのは勇者殿も同じです。 転生する世界によっては、魔王を倒すという意志も薄れてしまうかも知れません…… どうか、意志を強く持って行ってください」 「大丈夫だ。 俺の魔王に対する打倒の意志は揺るぎない」 「それと転生先は魔王に強く意識を向ける事で決まります。 弱ければ同じ世界に転生できるかどうかも危うい。 しかし、意志を強く持てば持つほど、同じ大陸、同じ国、同じ都市と魔王の転生先に近づいていきます。 ただ、これは誰も確かめた者が居ないので我らの推測で忠告しているのですが……」 「判った、意志を強く持てばいいんだな。 それなら俺は大丈夫だ」 ベッドの上で強い意志を宿した燃える目で答える勇者。 そして…… 二ヶ月後、勇者の魂は神官達に見送られてひっそりと旅だって行った。 * 勇者の墓標の前で神官達が葬儀を執り行う。 勇者の死は秘匿され、周りには転生の法を執り行った神官達だけが参列している。 「勇者様の魂は無事に魔王の魂を追えたのだろうか?」 「どんな世界に転生するのだろう?」 「願わくば、勇者様が有利に戦える世界だといいが……」 「同種族同士に生まれ変わっていても不利かも……」 「いっそ、魔王が女にでも生まれ変わっていれば、男である勇者がスキをつくチャンスも……」 「魔王が女に? そう言えば、性別が変わる可能性もあったか……」」 「しかし、勇者に転生した魔王を見つける手段はあるのか? 誰に、何に、転生するのかわからないのだろう?」 「それは大丈夫な筈だ。 異世界から転生した者同士は異質な存在だから勇者ほどの者なら出会えば勘でわかる」 神官の疑問に大神官が答える。 「どうか勇者殿が目的を果たし、その魂に安寧が訪れますように」 大神官が青く広がる空を見上げてつぶやく。 それは大魔王が勇者に討たれて一年後の事だった。 * * * * * * * * * * 「優、がんばれ〜!」 女子マネージャーの田中歩美が手でメガホンを作って声援を送る。 剣道の防具を付けた優と呼ばれた選手が竹刀を持った片手を軽く上げて応え、会場の中央に進み出る。 反対側からも同じように防具を付けた選手が進み出る。 ここは高校の剣道大会が行われている総合体育館。 「はじめ!」 審判の合図と共に試合が始まる。 始まってすぐ、まさに瞬く間の出来事だった。 「胴〜っ!」バシッ!! 優と呼ばれた選手が掛け声と共に神速の速さで相手の脇を抜ける。 「胴一本!」 一瞬遅れて審判達の旗が上がり、観覧席から女子の歓声があがる。 次の勝負も瞬殺だった。 「胴一本!」 竹刀を構えたまま何もできずに終わり、呆然とした様子の相手選手。 女子達の歓声の中、優は何事もなかったかのようにゆっくりと他の選手達が待つ場へと帰る。 「三対二で優勝、北高校!」 審判が相手高校の勝利を宣言する。 『ありがとうございました!!』 双方の代表選手が頭を下げて自分達の席へと帰っていく。 「すまないな、近藤。 せっかく、無理を言って来てもらったのに」 更衣室で剣道着から制服に着替えながら主将が優にそう言って苦笑いで頭を下げる。 「済みません、主将。 私達が不甲斐なくて。 私達の誰か一人が勝っていれば……」 他の三人の代表選手達がそう言って主将と優に頭を下げる。 「仕方が無いさ。 初戦からいきなり優勝候補と当たるのは私のくじ運の悪さだし。 相手は全国レベルの強豪校だったんだし。 私が勝てたのだって奇跡みたいなものだよ」 そう言って微笑む主将。 「まぁ、ほとんど幽霊部員の私に皆をどうこう言う資格はありませんから」 そう言って微笑んで制服のスカートのホックをはめる優。 「しかし、なんで幽霊部員なんです? あれだけ強いのに?」 下級生の鈴木尚美が優に尋ねる。 「そうですよ。 相手校の主将、呆然としてましたよ? 何もできないまま二本取られたんですから」 「すごかったよね? ちょっと竹刀の先が触れあったかと思ったら一瞬だもん」 「まぁ、私の戦ってきた相手は一対他数の上に火は吹くは、酸は飛ばすは、エネ弾打ち出して空を飛ぶはだったからねぇ…… それに比べれば……」 優がそう言って笑う。 「なに? また優の厨二病?」 田中がそう言って笑いながら腰を折り、覗き込むように女子にしては長身の優の顔をからかうように下から見上げる。 「うるさいなぁ」 そうやってからかわれる事になれているのか、苦笑してロングの髪をまとめる優。 「なんですか? 厨二病って?」 先ほどの鈴木が田中に尋ねる。 「あぁ、下級生達は知らないか? 優はね。どこかの世界の勇者の生まれ変わりで、同じくこの世界に生まれ変わった魔王を倒す為にこの世界にやってきたのよ?」 優の顔を眺めながら面白そうに下級生に答える田中。 優は渋い顔で笑ってそれを聞いている。 「あはは、なんですか。そのありきたりな設定は? 今のアニメでももう少し設定にこりますよ?」 鈴木がそう言って笑う。 「近藤もそれがなければなぁ。 "私の剣は魔王に向けられるもので人に向けるものではない"なんて本気で言うからなぁ。 ちょっと設定を変えて、アタシの前世は剣の達人で志半ばで倒れた無念を晴らす為に世界一の剣士を目指す、とか言ってくれればねぇ」 主将が苦笑する。 「設定とか言わないでよ。 誰も信じないけど本当の話なんだから……」 そう言って苦笑して、着替え終わった優は見だしなみをチェックする エンジにチェックの短いプリーツスカートの太腿から伸びるスラリと長い足。 細い腰とスリムな身体に制服のブレザーの上からでもハッキリとその豊かさを主張する二つの双丘。 胸元にはグリーンのリボンタイがよく似合っている。 剣道は正式に習った事がないくせに天性の才能だけで負け知らず。 明るい性格で人の面倒見がいい。 それが近藤優という少女の今の容姿と性格だ。 「それで、勇者様はこの世界で魔王を見つけられたんですか?」 話に興味を持った鈴木が笑って優に尋ねる。 「見つけたのよねぇ、優?」 田中がそう言ってからかう。 「いいよ、もう」 笑ってそう言って誤魔化すように手を振ると、帰り支度が出来た優は荷物を背負って更衣室を出る。 それに着替え終わった皆がぞろぞろとつづく。 * 顧問の先生が運転するマイクロバスで学校に帰ってきた優達は軽いミーティングを終えて解散になる。 陽はまだ落ちていないが時間はもう17時を過ぎている。 優と、同級生でマネージャーの田中、下級生の鈴木の女子三人が廊下を歩いている。 「それで先輩。 魔王はどうなったんですかぁ?」 歩きながら先ほどの下級生、鈴木がなおも優に尋ねる。 「あのね、その魔王というのが傑作なの」 前を歩いていた田中マネージャーが二人を振り返り、面白がってまだ話を繋ぐ。 「だからいいって。 私の話は忘れてよ」 「いやいや、こんな面白いネタを披露するチャンスをムダにするわけには……」 話を続けようとした時、前から長身、美貌の男子生徒がやってきた事に気づく。 優の顔に喜色が浮かぶが、周りの二人に気づくと誤魔化すようにすぐに消える。 「あ、生徒会長」 鈴木も近づいて来る男子生徒に気づく。 「ほら、あなたの恋人の登場よ?」 優のお腹を肘でツンツンと突く田中。 「別に恋人なんかじゃないわよ」 照れたように笑う優。 「何を言ってんのよ? 学校中の公認のリア充カップルが」 そう言って笑う田中。 「そうですよ。 学力優秀、誰もが認める三年のイケメン生徒会長、佐々木真生先輩と文武両道でモデル体型の二年の近藤優先輩は誰もが認める公認カップルじゃないですか?」 鈴木もそう言って田中の言葉を肯定する。 「だから、それは誤解なんだって。 真生兄ぃとはただの幼なじみなだけで……」 優がそう言ってイイワケをする。 「いやいや、幼なじみなだけでは学年も違う相手と毎日仲良く登校はしないでしょ?」 「いや、それは家が隣同士だし……」 「素直じゃないなぁ、優は」 そう言ってる間にも真生が目の前にやってくる。 「やぁ、大会は初戦で敗退してしまったんだって?そこで主将に聞いたよ。 残念だったね」 そう言って優の顔を見て、嫌味のない笑顔で口を開く真生。 「まぁ、団体戦だから……」 真生に見つめられ少し顔を赤らめて答える優。 「そう言えば、近藤先輩は個人戦には出られないんですか? 出たら優勝を狙えるんじゃ……」 鈴木が疑問を口にする。 「狙えるどころか、優勝確実なんだけどねぇ」 田中は事情を知っているのかそう言って苦笑する。 「私にはやらなくちゃいけない事があるから個人戦にまで出る暇が……」 「はいはい、団体戦に出てもらえただけでもありがたいですよ」 田中マネージャーがそう言って笑う。 どうやら優は試合に出る事自体、気が進まなかったようだ。 「やらなくちゃいけない事?」 鈴木が問いかけるように優を見る。 「あぁ、それはね。 優は世界を守る為に常に魔王の監視をしなくちゃいけないからなんだよ」 生徒会長の真生が笑いながら優に代わって答える。 「はい? 魔王の監視?」 「そう。 優が目を放した隙に、魔王が他の女の子に色目を使ったり、先に帰ってしまったりしたら世界の終わりだろ?」 「いや、それが世界の終わりって………… え?ひょっとして魔王というのは?」 鈴木が佐々木の顔を見る。 「どうも僕の事らしいんだよねぇ?」 そう言って朗らかに笑う真生。 「…… えっと、上級生に向かって大変失礼ですが。 それって厨二病の要素を抜けばただのバカップルの惚気話ですよねぇ?」 「でしょ? 誰が聞いてもそう聞こえるわよねぇ?」 田中が笑って下級生の鈴木の言葉に同意する。 「ち、ちがう! 真生兄ぃの言い方が悪いの! それに真生兄ぃは本当に魔王の生まれ変わりなのよ! 誰も信じてくれないけど本当の事なんだから!」 顔を真っ赤にして説明する優。 しかし、誰も耳を貸そうとせずに笑っているばかりだ。 やがて真生が愉快そうに口を開く。 「ククク…… 正体を知られてしまっては仕方がない。 それでは……」 不気味な笑いと共に片手の手の平を上に向けて上げていく。 その手を見て顔から血の気が引く優。 「あぶない!」 腕を広げて二人の女子を庇うように真生に背中を向ける優。 「きゃ、なに?」 「え?」 二人が突然の優の行動に驚く。 「あはは、優はノリがいいなぁ」 二人を抱きしめる優を見て、手を下げた真生が大笑いをして優の頭を撫でる。 「あぁ、びっくりした。 何かのパフォーマンスですか?」 「優っていきなりあっちの世界にいっちゃうのよね。 さすが厨二病」 「違うんだって。 今、本当に真生兄ぃが手の平から火球を出そうと……」 「こらこら、普通、人間にはそんな事は出来ないって。 本当に優はノリがいいというか、面白いなぁ」 そう言って真生が優の頭をワシワシと撫で回すと、優は不満顔で黙ってしまう。 そんな二人を見て鈴木が結論を出す。 「えっと、つまるところ。 近藤先輩が少しでも佐々木生徒会長と一緒に居たいから、部活動や試合には出たくないと?」 「そう。 聞いての通り、そう言う事なのよ」 下級生の出した結論に大きくうなずくマネージャー。 「だから違……」 「で、優。 僕はもう帰るけど優はどうする?」 なおも否定しようとする優に真生が尋ねる。 「え?あ、ちょっと待って! 教室に鞄を取りに帰るから! 待ってて!」 そう言うと慌てて教室の方に走っていく優。 「はいはい、待ってるから廊下は走っちゃダメだぞぉ!」 真生の言葉に駆け足から早歩きになる優。 二年の教室に帰る優を見ながら生徒会長に話しかける田中。 「本当に会長と近藤先輩は仲がいいんですねぇ」 「まぁ、家が隣同士で昔から仲が良かったからねぇ。 ウチは母が居ないので、何かと優のお母さんにもお世話になってたし、家の行き来も頻繁だったせいでよく遊んだからね」 そう言って真生が笑う。 「でも昔から優は厨二病じゃなかったんでしょ?」 「う〜ん? 去年の今頃かな? 急に自分は異世界の勇者だったとか言いだしてね。 それによると僕は異世界を支配しようと魔物達を指揮して人間界に現れた魔王なんだそうだよ?」 そう言って苦笑する真生。 「会長が魔王ですか? まぁ、学力優秀で明るくて面倒見のいいカリスマ会長ですから魔王と言えなくも……」 「あはは、それは褒められてるのかな?」 「まぁ、褒め言葉です」 「よかったですね。 会長 ふふふ」 そう言って笑い合う三人。 「お待たせ!」 そう言って息を切らせて鞄とスポーツバッグを持って走ってくる優。 かなり急いだのかバッグには竹刀が裸のまま引っかけられている。 「あ〜あ、廊下を走るなって言ってるのに。 余程、僕が君たちに何かすると思っているのかな?」 そう言ってクスリと笑う。 「はいはい、それじゃ一緒に帰ろうか? 優ちゃん」 そう言って優の肩に手を回す真生。 「うん!」 明るくそう返事をする優。 それはとても魔王に対する勇者の態度には見えない。 鈴木と田中が顔を見あわせてクスリと笑い合う。 「それじゃ君たち。 お先に失礼させてもらうよ」 そう言うと真生と優は二人に軽く手を振ってわかれる。 「それにしても、ああやって二人が並ぶと本当に絵になりますねぇ」 鈴木が並んで帰って行く二人を見て感想をもらす。 「本当に黙って見てれば、長身で細身の優とそれより少し背が高い生徒会長は羨ましいくらいハマってるわよねぇ。 生徒会長なんかスポーツを何もやってないはずなのに引き締まった身体をしてるのよねぇ」 そう言って羨望の眼差しで二人を見てため息を付く。 「あれで優先輩が厨二病じゃなければ文句なしですよねぇ?」 「ホント、残念な娘……」 そう言って苦笑する二人。 * 二人で並んで校門を出ると生徒達はまばらになる。 周りを見渡して周囲に生徒が居ない事を確認すると優が口を開く。 「どういうつもりよ?」 「ん?何がだい?」 「さっき、歩美達に火球をぶつけようとしたでしょう?」 そう言って真生を睨みつける優。 「そんな事するワケないじゃないか?」 そう言ってどこ吹く風と笑う真生。 「あの二人は気づいてなかったけど、私は真生兄ぃの手の平から陽炎が上がってるのを見たのよ?」 「陽炎だけだろ? 手の平を少し暖めただけだよ?」 「嘘をつきなさい。 そんな事をなんの為に?」 「ああすれば優が二人を庇おうとするのは判ってるからね。 鈴木さんだっけ?優の厨二病の事を知らないみたいだから、君に厨二な行動を取ってもらって一年生の間にも噂を広めてもらおうと思ったのさ」 そう言って笑う真生。 「軽い悪戯だよ? 普段からそうやって、優の厨二病を喧伝しておけば、君の言動が多少常軌を逸しても"あぁ、またか"で済ませてもらえるだろう?」 ククク、と面白そうに笑う。 「僕は君が覚醒した1年前に言ったはずだよ? 今のところ、人類に手を出す気は無いと。 この人間の身体で転生したせいで魔力の行使力が多少下がっている。 今の僕の全力では……」 そう言って、先ほどのように手の平を上に向ける真生。 その手の上には明らかに輝くような火球が浮かんでいる。 慌てて真生の腕にむしゃぶりつく優。 その衝撃で手の上で浮かんでいた火球が消える。 「あはは、だから人類にまだ手は出さないって。 それにあの火球では精々、あのマンションを粉々に崩すのが精一杯だ」 そう言って前にある二十階建てのマンションを見上げる真生。 「向こうの世界では暴力と強大な魔力さえあれば世界の支配は可能だった。 しかし、この世界は魔力の元となるマナがない代わりに、恐ろしい程の科学力がある。 俺が大量のマナを使ってあのビルを破壊する事さえ、ボタン一つ押してミサイルを撃ち込めば可能だ」 「…………」 真生の言う事を黙って聞いている優。 「我が魔力でこの街を破壊する事は可能だ。 しかし、そうすると警察が…… いや、自衛隊が出て来るだろう。 ミサイルの一発や二発でどうにかなるモノでもないが、連発されれば我とてどこまで持つか判らん。 なにせ、この人間の身体は元の身体と違って脆いからな」 魔王の頃の口調に戻って語る真生。 「……ミサイルの直撃に耐えられる自信がある脆い身体ねぇ」 複雑な顔でつぶやく優。 「それでも頑張ってこの国を支配すれば次は世界が敵だ。 最悪、核が投入されるだろう。 そうなると我も持つまい。 爆発に耐えられたとしても放射能が我の身体にどう影響を及ぼすかも未知だしな」 そう言って不敵に笑う真生……いや、魔王。 「だから、この世で世界を支配しようとするなら戦略を練らねばならない。 暴力に訴えない平和な戦略をな。 だから我が世間に正体を表すのは最終手段だ。 こんな所で安易に正体をバラしてどうする?」 からかうように優に笑いかける魔王。 「世界征服はまだまだ先の話だ。 我は三十年、四十年先を見据えて戦略を練っている。 なにしろ、我はこのマナが有る故、人間の本来の寿命より長命だからな。 くくく…… それに……」 「それに?」 「今はお前という興味を引く良い存在が身近にいるからな。 くくく……」 そう言って愉快そうに優を見る魔王。 「私?」 「そうだ。 お前は実に興味深い。 この国には"可愛さ余って憎さ百倍"と言う言葉があるが、その逆もアリだな。 "憎さ余って可愛さ百倍"。 我を慕う余り、転生先まで追い掛けてくる健気さ。 愛しい男の為に危険を顧みず、その魂を追い掛けてくる一途な女。 可愛い奴ではないか?」 魔王のその言葉に優が本来の自分を思い出す。 「ふざけないで! 私は…… ゴホン、 お、俺はお前を倒す為にこの世界に転生してきたのよ、いや、きたんだぞ!!」 「くくく…… おいおい、無理に男言葉を使おうとするな。 お前は女の子なんだぞ? この世に生を受けて十七年、優しい父母の愛情をその身に一身に受けて育ったお前は身も心も完全に女性、……と言うかお年頃の女の子ではないか? 現にお前は幼き頃より共に育った隣の男子に恋心を抱いておる。 先ほど我がお前の前に現れた時にその顔に表れた喜びの表情。 我が見逃すと思っているのか?」 そう言って不敵な笑顔を見せる魔王。 「喜びの表情なんかしてない!」 魔王の言葉を受けて睨みつける優。 「お前は向こうの世界で幼き頃に家族を戦乱で亡くし天涯孤独だったと聞いた。 この世界で受ける父母の愛はさぞや甘露であろう?」 魔王の言葉に勇者として覚醒した目的をハッキリと思いだした優がカッとなり、スポーツバッグに差していた竹刀を袋から素早く抜き出すと、電光石火の抜き打ちで魔王の頭に叩きつける。 バシッ 魔王の頭上、触れるかどうかの寸前で竹刀が止まる。 決して優が止めたわけではない。 魔王の魔力による防御壁が紙一重の隙間で竹刀を止めているのだ。 「おいおい、我が魔力で防御を張っていなかったら今頃殺人事件発生だぞ? 少しは考えて行動しろよ、優ちゃん?」 魔王が笑って竹刀の端を手で持ち、ゆっくりと脇にどける。 「…………」 「いいか、優ちゃん。 ここで我が死ねば、優ちゃんは殺人事件の犯人になってしまうんだぞ? そうなれば苦しむのは優ちゃんじゃない。 優ちゃんの父母だぞ? いいのか?あんなに大事に育ててくれているオジさんやオバさんを苦しめて? 我が魔王だからと言うイイワケは余計に父母を苦しめるだけだぞ? なにしろ我はこの世界で何も悪事を行っていないどころか、近所でも評判の優等生で優ちゃんの恋人なんだからな?」 そう言って勇者の頭を魔王と思われぬ優しい顔でワシャワシャと撫でる。 「優ちゃ、優ちゃ、と言うな! 魔王の口調でそう呼ばれると勇者を小バカにしてるように聞こえて腹が立つ」 魔王の手を払い、魔王の理屈に屈する悔しさに精一杯の言葉をつぶやく勇者。 「くくく…… 幼い頃から真生兄ぃ、優ちゃんと呼び合った仲じゃないか? 優ちゃんは未だに我の事を真生兄ぃと呼んでくれるのに…… 寂しい事だな?」 「それとその笑い方もやめろ!」 苦い顔で魔王を睨む勇者。 「く…… まぁ、いいか」 そう言って笑って口調を元に戻す真生。 「僕は優の事を気に入っているからね。 勇者が転生をして女の子になったように、僕も転生したせいで魔物としての感性が人のモノになってしまった。 向こうの世界では人間の女なんて柔らかくて弱いばかりで獣人系の魔物の餌くらいにしか思っていなかったが、人間の男の目で見てみると……」 そう言って優の顎を手で軽く持ち上げる。 「女というものはなかなか愛しいものだね? とくに優はスタイルもいいし、顔もいい。 そして強気なその性格は実に僕の好みだ。 どうだ?世間の評判通り、僕たちは実にお似合いのカップルだと思わないかい?」 真生の言葉に優の顔が曇る。 心の中では魔王の愛の言葉に女として嬉しさを感じてはいるが、勇者としての使命も強く感じている自分がいる。 いつもそうだ。優の中ではその二つの相反する心がせめぎ合う。 「俺には魔王を倒す使命が……」 「どうやって? 僕は自分自身でマナを大量に行使できるけど、自然界にマナがないこの世界では優に使う事が出来る魔力は殆ど無い。 僕の魔力を封じ込める聖剣もなければ、神聖魔法も使えない優はただの剣の達人にすぎない。 ただの女の子である優が、少しばかり弱体化したとは言え、この魔王に太刀打ちできるワケが無い」 「…………」 改めて無力な自分を魔王によって自覚させられる勇者、優。 「唯一、僕に対して対抗する手段があるとするなら……」 そう言って魔王、真生の指が勇者、優の胸の双丘の間をトンと軽く突く。 「魔王と勇者を結ぶその痣。 僕が向こうの世界で勇者に付けた呪いの傷の名残に僕自身がマナを供給する事。 それによって優は神聖魔法を行使できるようになるだろう。 邪法だの神聖だのと言っても根源となるマナは同じだからね」 魔王の言葉と共に優の胸の間へと暖かいものが流れ込んでくる。 優の胸の間には魔王が言ったように赤い小さな星のような痣がある。 真生が言うにはそれは魔王と勇者を結ぶ証だそうだ。 そこに真生が優に対してマナを供給したのだ。 「どうだい? これで少しの間なら神聖魔法を使えるようになっただろう? もう一度打ち込んでみるかい? たかが竹刀でもこの世界の並の武器よりは僕にダメージを与えられるようになった筈だよ?」 そう言って挑発する様に笑う魔王、真生。 「今はやめとく。 マナの絶対量に差があるし、確かにここで真生を殺すのはマズい。 完全犯罪の準備が整ってから…… って、あれ? 今の魔王の死体って塵に還るのか?」 「残念ながら僕の身体はただの人間だ。 魔物の頃と違って神聖魔法の影響で塵に還ったりはしないだろうな」 「やっぱり死体の始末法も考えないといけないか……」 そう言って顎に手を当てて考え込む。 知らない誰かが聞いたら恐い事を平気で言う女子高生だった…… 「ふふ、まぁ、僕の命を狙うのは勝手だけど、よくよく考えて実行に移す事だね。 女にとって愛する男の命を奪うのは覚悟が居るらしいからな」 「誰が真生を愛してるっていうんだ?」 「確かに勇者は魔王を愛してないかも知れないが、近藤優は佐々木真生を愛してる」 「その自信はどこから来るのかしら?」 顔を赤くして真生を睨みつけて尋ねる優。 「この僕が覚醒して15年、勇者の魂を14年間封印して見守ってきたからな。 それくらいわかる」 自信ありげに宣言する魔王。 魔王の言葉に引っ掛かるものを感じた優が尋ねる。 「それはどういう事だ? 俺の魂を14年間封印した?」 「教えようか? 僕は三歳の時に魔王として覚醒した。 そして驚いた。 まさか隣の家の優ちゃんの中に二度と会う事のない筈の勇者の魂が眠っていたのだからね。 そして対策の必要性を感じたんだ」 魔王が幼い頃の出来事を話し出す。 「対策の必要性?」 「そう。 力において我は幼いとは言え勇者などものの数ではない。 しかし、我が家は父親と二人だけの家族。 その上、我が父親は出張が多い。幼き人間の身としては今まで通り隣の若夫婦の手助けが必要となる。 だが、その家の娘が僕を嫌っていると言う状態は些か具合が悪い。 かと言って短絡的に娘を消してしまうと言う選択肢もマズい。 一人娘が亡くなったと言う状態で隣の娘と同い年の子供を預かる心境にもならないだろうからな」 「なるほど、たしかに。 俺が目覚めれば魔王である真生に敵対心をむき出しにするだろう」 複雑な顔で真生の言葉を認める優。 「娘に毛嫌いされていたりすると僕も世話になるに居心地が悪いからな。 だから、僕は魔力によって隣の娘の中の勇者の魂を封印した。 僕が問題なく成長できるように勇者の魂には大人しく眠っていてもらおうとな」 そして思いだしたように笑う。 「ふふふ、おかげで優は勇者として覚醒する事無く、ただの少女として17の歳まで父母に愛されて育ったわけだ。 よかったね、優。 僕のように三歳か四歳で勇者として目覚めてしまっていれば今のような幸せは手に入れられなかったぞ?」 「今のように幸せって何よ?」 「もし、四歳の時に勇者として目覚めていたなら優は今頃、いや、目覚めたその日からずっと勇者として無力な自分に歯がみし続けていただろう。 精神が女として成長する事も無くな。 魔王がすぐ手の届くところにのうのうとしている所か、我が家に気軽に出入りしている。 なのに自分はその魔王を倒す為の聖剣もなければ神聖魔法の欠片も使う事ができない。 勇者として転生までして追ってきた意味がない、これほど悔しい事はないだろう」 「しかし、勇者として目覚める事なく十六歳の誕生日まで近藤家の一人娘として育った優は、こうして目覚めた後でも僕と普通に会話しているどころか、ほのかに恋心さえ抱いている。 16年間、近藤家の娘として育った優は先ほども言ったように身も心もこの世界の女の子になっているのだ」 そう言って微笑む。 「どうだ? 楽しいだろう、この世界は? 娘として父母に愛され、親しい友人とアイドルの話やファッションについて語り合う。 甘いスイーツに舌鼓を打ち、可愛い服を着て友達と街を歩く」 「…………」 優に否定の言葉は出てこない。 真生が口にした言葉は全てが真実だからだ。 今の優には前世の世界の勇者としての強い意志が薄れていて、女性いや女子高生としての意識が強く、毎日が充実している。 「いまや、優は"魔王に戦いを挑み倒す勇者"ではなく"魔王に見初められた純潔の乙女"というわけだね」 そう言って再び優の頭を優しく撫でる魔王。 「誰が純潔の乙女よ!」 「あぁ?そうだ、優はもう純潔の乙女ではなかったか?」 面白そうに優を見つめる魔王。 「バ、……」 羞恥に顔を赤らめて絶句する優。 「どうだ、勇者よ。 愛する者の子を宿す事ができ、育てる事が出来るのその身は? 女の幸せを感じたくはないか?」 「うるさい……」 つぶやくように逆らう優。 「この我のものとなれ、勇者よ。 性的な意味で!」 「断る! と言うか性的な意味って何だ!性的な意味って!」 「いや、この世界では一度ヤってしまったらその女の所有権は最初の男に…… おっと、悪かった」 のど元に放たれた電光石火の突きを微笑みながら素手で受け止める真生。 「誰が女はヤった男の物だ! あれは一時の気の迷いだ!」 優が真生に処女を捧げてしまったのは先月の事だった。 父親が出張中の真生の家で勉強を見てもらっていた優はその場のムードに流されて、真生に身体を許してしまったのだ。 その時の二人は魔王と勇者ではなく、ただの幼なじみの男子高校生と女子高生だった。 事が終わって"それ"の重要性に気づいたのは真生の腕枕の中だった。 魔王に攻められ歓喜の涙に目を滲ませながら真生の背中にしがみついている自分、真生と一つになれた喜びに浸っていた自分。 それは勇者としての自分にとって有ってはならない事だった。 背後から両腕を取られ、身動きできない状態で魔王の股間の剣で身体の中心を貫かれ喘ぎ、悲鳴を上げる勇者。 それは魔王に屈する勇者の姿に他ならない…… 勇者として絶対に忘れてしまいたい、女として忘れられぬ思い出…… 「気の迷い? ショックだなぁ。 お互いの合意の上での行為だと思って僕は嬉しかったのに」 「大体、あんな…… ん?ちょっと待て? 今までの話だと俺をこんな風にしたのはお前だと言う事?」 「こんな風? こんな風って?」 「俺を、魔王を倒す闘志に燃えていた勇者じゃなくって、恋愛に浮かれる女子高生にした張本人はお前なのかって言ってんだよ!」 今風の女子高生に制服に身を包んだ優が真生を糾弾する。 「それはちょっと違うな。 確かに勇者の魂を封印したのは僕だけど、後は優が勝手に今の優を形作ったんじゃないか? 少なくとも僕は優に対して精神操作の類は施してない」 「本当に?」 疑いの目で見る優。 「少なくとも、優の精神を操って僕の事に好意を抱かせたとしても、僕はそんな傀儡のような女を愛する気にはならない。 それに今の原因を直接作ったのは優自身だろう?」 「? どういうことだ?」 「僕はあっちの世界の人間の転生術を詳しくは知らない。 だが、生まれつきマナを自分のものとして操れる魔物の僕と違って人間は術を行使するのに手順や儀式を必要とするのだろう? そんなあやふやな術でよく僕を追えたものだ? 僕でさえどの世界に生まれ変われるかは判らなかったというのに」 「勇者だった俺は魔王を追う執念だけは病床にあっても誰にも負けないほど持ってたから。 大神官様は言った。 "勇者の強い意志が魔王の魂を追える"と」 「やっぱりね。 かなりの執念だったんだろうね。 同じ世界どころか隣の家の娘として転生してきたくらいだから」 「そうだ。 俺には魔王を倒す為に世界をも飛び越えていくだけの堅い意志があった」 優がそう言って胸を張る。 「それが失敗だったな」 「えっ?」 真生の言葉に驚く優。 「優の失敗は魔王を憎む執念が強すぎた事だ。 追うには充分な意志だったが、生まれ変わる時にはそれが裏目に出たね」 そう言って優しげに笑う真生。 「裏目に出たってどういう事だ?」 「まず、勇者の誤算はこの世界には"人間"という一種の知性種族しかいなかった事だ。 魔物はおろか、妖精、精霊、亜人種すらいない。 しかし、勇者の魂は魔王と同じ種族に生まれ変わる事を良しとはしなかった。 だったらどうするか?」 「あ?」 優が魔王の言わんとする事に気づく。 「そうだ。 魔王と同じ"人間”に生まれ変わりたくないのなら更に細分化して"人間の男性"以外の種族に生まれ変わればいい。 勇者の魂はそう判断した。 後は判るよね?」 「"人間の女性"という種族への生まれ変わり…………」 「その通り。 勇者の魂は自身の意志で女性へと生まれ変わったのさ」 そう言って明るく笑う真生。 「男と女は解り合えない、確かにそうかも知れない。 でも男と女は惹かれ会うのも事実。 そして僕と君は惹かれ合った。 皮肉なものだね。 本来なら殺し合うべき僕たちが人として転生した為に愛し合ってしまったんだから」 そう言って優の頬を両手で挟むようにして見つめる真生。 「じょ…… 冗談じゃないわ!」 真生の胸を両手で突いて離れると下に落としていた竹刀を拾う優。 「私達が愛し合う?冗談じゃないわよ! 私は近藤優である前に勇者なのよ! 魔王を倒す為に私は転生したのよ!」 そう言って片手で竹刀を振り上げると真生に向かって打ち下ろす。 しかし、真生には魔力による防御が働いているからダメージはない。 「わかってる?私は魔王を倒しはしたものの魔王の呪毒によって一年近くをベッドの上で過ごして死んだのよ!」 更に竹刀を振り下ろす優。 興奮の余り、本来の地となってしまっている女言葉に口調が戻っている。 「勇者である私があなたの事を恨んで恨んで…… 大神官様と神官達にひっそりと看取られて、誰に知られる事も事もなく…… わかる?世界を救った勇者の最後がどんなに惨めだったか?」 そう言って目に涙を溜めて幾度も幾度も真生に竹刀を振り下ろす優。 真生は黙ってそれを頭の上に掲げた腕で受けている。 「それを何? 私が女に生まれ変わったのは私の責任? 冗談じゃないわよ! それでも貴方が私の魂を封印しなければ私は勇者としての自覚を持って成長できた! それなのにあなたが……」 「貴方が私をこんなにしたんじゃない! こんな思いをするなら転生なんかしければよかった! なんでアナタなんかを……」 泣きながら振るう優の竹刀がバシッと真生に向けて振り下ろされる。 それを真生が片手で受け止める。 「その女の身体で勇者として生きたかった? さっきも言ったように無力な自分に歯がみしながら?」 そう言って優を抱き寄せ、その手からいとも容易く竹刀を取り上げ抱きしめる。 「優が女の子として転生した時点で勇者の負けは確定している。 後はその人生を歯がみして生きるか、楽しんで生きるかの二者択一だ」 「でも、私は大神官様に魔王を必ず倒すと……」 真生に抱きすくめられ、その見かけによらない力に逃れる事も出来ずに優は顔を逸らせて答える。 「大神官だって勇者が魔王を確実に倒せるなんて思っていないさ。 それに転生してまで僕を討つ理由はないだろう? あの世界で僕は勇者に討たれた。 その時点で僕の禊ぎは済まされた。 勇者だってあの世界で僕に殺されたのなら勇者の力量がそこまでだった、それだけの話だ。 転生先まで追ってきてまで二度も殺される理由はない。 生まれ変わったこの世界で僕は殺されるような行いはまだやってないはずだと言ってるだろ?」 肩を抱き寄せて優の耳元につぶやくように話す真生。 端から見れば高校生バカップルがイチャついているようにしか見えない。 最もその前に優が竹刀で真生を滅多打ちにしているのだが…… 「だったら、この後も私に殺されないように品行方正に生きていく?」 「それは無理。 世界支配は魔王の魂を持つ者としての存在意義だから。 綺麗事だけで世界は支配できないよ?」 そう言って微笑む真生。 「だったら私も魔王を討つのは勇者としての存在意義よ!」 ポツリとつぶやく優。 勇者として目覚めて一年。 これまで一体何度、優は似たような言い争いを真生としただろう…… 転生して17年。少女に染められてしまった勇者の魂は魔王を討つ使命と真生を愛する心の間で揺れ動く。 「まぁ、いつものように堂々巡りだね」 そう言って優の体を放して竹刀を優に返し、地面に落とした鞄を拾う真生。 優も返された竹刀を鞄に挟む。 「一つ聞くけど、本当に真生は世界を支配出来ると思っているの?」 改めて真生の顔を見て尋ねる。 「できるさ。 時間を掛けてじっくりとやればね」 「たった一人で世界を支配できるわけがないでしょ?」 「たった一人で世界を支配するなんて無理な事は判ってるよ。 そうだな、手足がいるね。 二人、三人うん四人くらいは要るね。 魔王と四天王、いい響きだ」 満足気にうなずく真生。 「四天王と言うのは魔王の軍団の中では最弱じゃなかったの?」 そう言って精一杯に皮肉っぽく笑う優。 「うわぁ、古い事を良く覚えてるね? 大丈夫、次の四天王は優には絶対に倒せないから」 そう言って真生が微笑む。 「妙に自信がありげね? ひょっとしてすでに見つけてあるの?」 真生の笑顔に不審を抱く優。 「見つけてはいない。 でも、どこにいるか目星は付けてる」 そう言って優を見てクスクス笑う。 それは悪だくみを企む悪戯っ子の顔だった。 「会ってもいない四天王に私が勝てないとどうして判るの?」 「う〜ん?どうしてかな? 勘?」 笑ってとぼける真生。 「まぁ、いいわ。 確かに魔王である真生には勝てないかも知れないけど、四天王がこの世界の人間なら私にだって充分勝ち目がある。 真生の手足を奪って世界の征服を阻むという手もあるわね? 一人では世界の支配は無理だという自覚はあるんでしょ?」 名案を思いついたとばかりにニヤニヤ笑いで真生を見る優。 「そうだね。 彼らは普通の人間の筈だから、君に倒されたら僕は世界の支配ができなくなる。 これは困った事になった」 そう言ってまったく困ってない風に笑う。 「見ていなさい、魔王。 私は何があろうと貴方の野望を打ち砕いてやるわ!」 魔王の計画に付け入る勝機を見つけ明るく宣言する優。 「あれ? 僕への愛はどこへ行ったのかな?」 「そんな物は初めっからないわよ!」 さっきまでの消沈ぶりはどこへやら。 優はそう言って真生の言葉を笑い飛ばす。 「うわぁ、さっきまでベタベタだったのに?」 「しらなぁい。 私が真生兄ぃを愛してる? そんな証拠でもあるの?」 腕を腰に当てて居直る優。 「言ったな?」 「言いましたよ? 私は学校では真生兄ぃを見張る為に仲が良い振りをしているだけで本当はこれっぽっちも愛情なんて持っていませぇん」 「これを見てもそれが言えるかな?」 そう言って手を、持っていたバッグの中に入れる。 「な、なによ?」 「今日も美味かったよ、愛妻弁当」 にこやかな笑顔で差し出されたその手の先には子猫の絵がデザインされた風呂敷に包まれた三重の重箱が下げられていた。 「な……」 差し出された弁当を光速でひったくる優。 「タコさんにデザインされたウインナーに優の愛情を感じるね」 「あ、あははは、ひ、引っ掛かったわね? これは魔王を油断させる為の罠よ? いつかこの中に毒を入れて魔王を毒殺しようと目論んでいるのよ! み、みてなさい、いつかこれで真生兄ぃを毒殺してやるんだからね!」 冷や汗を垂らしながら挙動不審に言い訳をする優。 「いや、今ここで毒殺を宣言しちゃったら用心されるだろ? てか、優? 君が勇者として目覚めて一年、ずっとお弁当を作ってくれてるわけだが?」 「そ、それがどうしたのよ?」 「いや、その間、いくらでも毒を入れる機会はあったよね?」 「だ、だから、もっと確実に殺る為に……」 「あら?優。 今、帰り?」 突然掛けられた声に振り向く優と真生。 「あ、ママ」 「おばさん、こんにちは」 そこに立っていたのは優の母親だった。 「あんた達は本当に仲がいいわね」 「そ、そんなことはないわよ。 別に真生兄ぃとは仲良くなんか……」 慌てて手を振って否定する優。 「ん? どうかしたの? ひょっとして真生君と喧嘩でもした?」 母が真生に聞く。 「いえ、今、勇者が魔王に打倒宣言してたんですよ」 そう言って笑う真生。 「あぁ、そうなんだ。 ゴメンね、真生君。 こんな変な子で」 そう言って母が笑って真生に謝る。 「いえいえ、優はそこが可愛いんですから」 笑って答える。 「違うの! 真生兄ぃは本当に魔王で将来は世界を征服するんだから!」 優が母親に抗議する。 「よかったじゃない」 笑って母が優の肩を叩く。 「何を言ってるの、ママ?」 母の言ってる意味がわからずに尋ねる。 「だって、魔王は勇者に世界の半分をくれるのよ? いい、優。 真生君が世界の半分をお前にやろうとか言って来たら素直にもらっておきなさい?」 「いやいや、おばさん。 優にだったら世界の全てを上げちゃいますよ」 「よっ、真生君って太っ腹」 両手をメガホンにして笑って真生を褒める母。 まったく娘の話を信用していない。 「いやぁ、そうか。 僕は勇者様に世界を献上する為に世界征服するんだ? って、事は魔王の世界征服の原因は勇者のせい?」 手を打って、優を見てニヤニヤと笑う真生。 「って、人に責任転嫁してるんじゃないわよ! ママも! 魔王が世界の半分をくれるって言うのは魔王の罠に決まってるでしょ! というか、それってそもそもゲームの中の話でしょ!」 「それで真生君。 今日からお父さん、また出張でしょ? 晩ご飯を食べに来るでしょ?」 娘の抗議をスルーして真生に尋ねる。 「助かります。 でも、父が出張の度に晩ご飯をご馳走になっていいんですか?」 「いいの、いいの。 真生君が来てくれると優の晩ご飯の気合いの入り方が違ってくるからね。 この子、真生君が晩ご飯を食べに来る日は率先してお手伝いしてくれるから」 そう言って優の頭に手を乗せて微笑む母。 「ほぉ? 僕が行くと優は張り切るのかぁ」 真生のニヤニヤ笑いが止まらない。 「ち、ちがう! たまたま…… そう偶々、家の手伝いをしようと思った日に限ってお前がウチにくるんだ! 俺はお前の事なんか……」 「こら、優! 女の子が男の子に向かって"お前"なんて言うんじゃありません。 それに自分の事を"俺"なんて言っちゃダメでしょ? そんな事を言うのはこの口?」 そう言って優の唇を摘む母。 「いひゃい、いひゃい。 ひゃま、ごひゃんなひゃい!」 「いい?厨二病までは大目に見てあげるけど、あなたは女の子なんだから言葉遣いに気を付けなさい。そんな言葉を使ってると真生君に嫌われるわよ」 「いいんですよ、おばさん。 優はそういう所が可愛いですから」 笑って真生が優を庇う。 「そう? ゴメンね、真生君。 娘の礼儀がなってなくって」 母が真生に微笑みながら優の唇から手を放す。 「だから、真生兄ぃは魔王で」 「魔王でも何でも真生君はあなたの将来の旦那様でしょ? 旦那様をお前呼ばわりしちゃいけません」 「はぁ? 旦那様? 誰が旦那様?」 母に言われて優の顔が赤くなる。 「お父さんもお母さんも優と真生君の交際は認めてるし、真生君のお父さんだって賛成よ? それに当人達も好き同士なんでしょ? 結婚しない理由はどこにもないでしょ?」 「おばさん、僕たちの交際を認めてくれて嬉しいです」 真生が母に頭を下げる。 「ち、ちがうの。 私達は魔王と勇者で戦い合う宿命が…… け、結婚なんか……」 「何を言ってるんだか、この子は。 あのね?戦い合う、戦い合うって、戦い合う者同士が一緒に寝たりする?」 「は、はいぃぃ? ね、寝たりって何!?」 思わず声を張り上げる優の顔が更に赤く染まる。 「あのね?私はあなたの母親なのよ? 前にあなたが真生君に勉強を教えてもらうんだってあっちの家に行って遅く帰ってきた時、顔が真っ赤で私の顔を見ないようにしていたでしょ? それを見れば真生君と何があったかわかるわよ」 呆れたような顔で優を見る母。 すでに優の顔は臨界点を超えている。 「すいません、おばさん。 誘ったのは僕の方で……」 「いいの、いいの、真生君とだったら優が赤ちゃんを作っちゃっても許すから…… って、それでは学校を退学になっちゃうからマズイか?」 そう言って笑う母。 「…………」 そんな母の様子にあんぐりと開けられた優の口からは何も出てこない。 「だからね。 優。 私達は真生君とあなたがどうなろうと全て許すからね。 さぁ、帰って夕飯の支度を手伝いなさい。 愛しい将来の旦那様の為に。 それじゃ真生君、後でウチに来てね」 そう言って優の手を握ると真生に手を振って歩き出す母。 「違うの。確かに真生と何かはあったけど、あれは過ちで……」 母に言い訳をする優。 そんな母娘を見送る真生。 「しかし、あの勇者も本当に可愛い娘に育ったものだ。 ああやっていると仲睦まじいただの母娘にしか見えんな。 ククク…… 困ったものだ。 以前の我なら躊躇せずに殺してしまったものを。 今はあの勇者が愛しくてたまらん。 前世で我が野望を砕き、殺される寸前にあれほど憎んだ相手を。 この人間という生き物の身体は本当に……、この世界への転生は我にとっても失敗だったかもしれんな……」 そう言って魔王の口調で苦笑いを浮かべる魔王。 「まぁ、かと言って世界を手に入れたいという欲望は捨てきる事は出来んしな。 さてと。勇者を今後、どのようになだめながら計画を進めるか…… 困ったものだ」 苦笑して真生は自分のウチに向かって歩を進める。 エピローグ そして…… 数年後、大学生で投資会社を設立した真生はM&Aを繰り返す。 数年後、巨額の資金を得た真生はやがて政界に進出するもすぐに引退。その間には何人もの人間の不可解な死や事故が有ったと言うが、真生が拘わったと言う証拠が何も出る事 はなかった。 そして、どういうコネか国連に入った真生は数十年後、国連を「世界統一政府」と変え、そこの初代総長となる。 そして更に数年後。 不可解にも真生は永世総統の地位を手に入れる。 こうして真生は世界の統治に成功する。 そして数十年後、人々は気づく。 「こいつ、いつ死ぬんだ?」 言葉通り、真生はいつまでたっても不自然なまでに若々しかった。 真生の側近で「四天王」と言われる彼の子供達よりも彼ら夫婦は若く見えた。 人々はそんな彼を「魔王」と渾名した。 真生が総統の地位についておこなった最初の独裁は「妻に自分の殺人許可を与える」という不可解な法律であり、何を使い、どのような手段で、誰を介して行われようとも、真生一人に対して行われる妻の行為の全てが罪に問われない、と言う内容であった。 それまでに彼や彼の家族に対して暗殺やテロ行為は存在した。 しかし、全てが原因のわからない失敗に終わっていた。 人々は噂した。 彼には不思議な力があり、彼はそれ故に年を取らず、彼を害せないと。 そして思った、彼と同じく年を取らない彼の妻だけが彼を害せるのだと。 片時も彼のそばを離れようとしない彼の妻だけが彼を殺す事ができると。 そして彼の作った法律は彼自身の暴走を抑える為のストッパーになっているのだと噂したのだった。 実際、彼の妻が公の席で理不尽な事を実行させようとする魔王に日本刀で斬りかかる所を何度も目撃されているが、そのような行為を魔王は笑って許していたという…… E N D |