田中さん総合

 入れ替え教室
 作:田中

 いついかなる時でも『それ』が起こっても動じないようにと言うのが、その教室のモットーだった。
 その授業を待ちに待ったと言った様子で、男子たちが貧乏ゆすりを繰り返す。一方の女子は、そんな男子たちを呆れた目で見ながらも、これを機に、良い男を捕まえてやろうと舌なめずりしている(よう)だ。
「はいはい、着席……って。してるか」
 担任はそう言って、教室をぐるりと見まわした。
「知っての通り、あの入れ替わり事件が起こるようになってから、政府側も対策を続けるようになった。複数の識者によれば、入れ替わりは一度起こると、自然発生は難しくなるらしい。そこで、政府側は入れ替わりマシンを開発した。入れ替わりマシンを使用して、入れ替わりを経験させるのは、まあ要するにワクチン注射のようなものだ。それと、仮に発生した場合に備えて、異性の体にも柔軟に対応できるようにするというのが趣旨らしい」
「それ、ソースはどこなんです?」
 眼鏡をかけた相田さんが、神経質そうに顔を歪めて尋ねると、担任は笑った。
「識者は身を以て体験したらしいから、お墨付きだ」
 さて。と担任が教室のドアを開く。
 入れ替わりマシンというのはカプセル状の壮大なものなんかではなく、頭に乗っけるタイプの簡単なものだった。男子たちが一斉に生唾を呑み込む。
「まあ、習うより慣れよだ。飯田。上村」
「はい」
 呼ばれたのはクラス委員長の飯田君と上村さんだった。二人とも真面目でおとなしいタイプだから、入れ替わってもそこまで混乱することはないだろう。
「ちょっと二人で入れ替わってみろ」
「はい」
 一見何のためらいもないように見えたけれども、二人は確かに緊張しているようで、恐る恐る頭の上に入れ替わりマシンを乗せた。
「ハイ、チーズ」
 おどけた声で担任が呟いた瞬間、まばゆい光がクラス中を覆い、教室のあちこちで悲鳴が上がった。けれどもそれはもちろん一瞬のことで、すぐに僕らは目を開き、何が起きたのか確かめようと目を開いた。
「ゲッ、なんだこりゃ!?」
 隣の『僕』が大声で叫び、夏服の半袖シャツを引っ張っている。僕の血の気が引いていくのがわかった。
 なんということだろう。僕は、あの『音無』になっていた。
「おお、すげえっ」
 いつもは教室の隅で、大声で男子をけなしている吉田は、ボタンを引きちぎるようにしてブラウスを脱ぎ、自分の貧弱な胸を見下ろした。
「……って、なんだ。洗濯板じゃねえか」
「何言ってんのよ! それアタシの体! 返しなさいよ!」
 掴みかかった香川の手からするりと逃げながら、吉田は初めて自分のブラに気付いたらしい。
「ムラサキぃ? こんなもん、無駄だろ!」
「なんですって!?」
 狭い教室で仲良く追いかけっこが始まる。元男子はそんな二人を生温かい目で見つめながらも、ブラやショーツの中身を確認したくてうずうずしている。一方の男子になった女子は、未知なるペニスの膨張に気を取られているものの、一方で、自分の体を舐め回すように視姦している。
「先生! これはどういうことですか!?」
 叫んだのは相田さんの隣の席の、横島だったけれども、もちろん中身は相田さんだろう。本人そっくりの(という言い方も変な話だけど)神経質そうな顔は、完コピと言ってもいい。
「ああ?」
 担任は面倒くさそうに髪を掻き、
「いや、面倒くさいから一気に入れ替えたんだよ」
「そんな!」
「別に大したことじゃねえだろ。IQと成績で、近い連中同士で入れ替えてんだから。ホラ、だからそのためにわざわざこの席替えにしてたんだよ」
「これ、ちゃんと戻れるんですよね!?」
「はぁ?」
 と、相田さんが心底馬鹿にしたような顔で、横島の方を振り向く。
「お前、俺の体になんか不満でもあんのかよ?」
「私、坊主頭なんかゴメンよ!」
 よほど横島になるのが嫌だったのか、相田さんは内股でその場に崩れると、さめざめと泣き始める。一方、相田さんの体になった横島は、なんと慰めたものかおろおろとするばかりだ。
「よかったじゃないか。ちゃんと戻せるときに入れ替われてよ」
 先生は呆れたような口ぶりで言う。
「あたしなんて苦労したぞぉ? 幸い異性の体じゃなかったけどさ、よりにもよって中学の時の同級生の体。しかも、ソリが合わなかった奴とだ。ソイツの男の趣味もサイアクで、イケメンのマゾだった。毎日毎日ボンテージ着て、蝋燭を尻に突っ込むこっちの気にもなってみろってんだ」
 そう言って先生は壇上の二人のクラス委員の肩をぎゅっと抱き寄せる。たぶん、この二人は教室の中で一番反応が穏やかな方だった。互い互いに手を伸ばし、互いの腕や顔をペタペタと触る。それだけだった。
「んじゃ、次の段階だけど、これは希望者だけな」
 口元の端を歪めるようにして、先生は笑った。
「あくまでも、男女合意の下の入れ替わりセックスだ。どっちかが拒否した時点でこれは成立しないから」
 その言葉に元女子が一斉に手を上げようとしたけれど、何故かその手は途中で弱々しくなり、ぱったりとやんだ。反対者は誰もいない。
「言い忘れてたが、入れ替わった直後は、性別の変化に体が混乱して、性欲が高ぶる。あたしもマゾの男とのセックスは、初めは嫌だったけどだんだん慣れてなぁ……。ソリが合わなかった、元自分の同級生をペニバンで犯しまくってやって、今じゃメスブタ扱いできるくらいには慣れたもんだ」
 ほら、セックス。と先生がパンパンと手を叩くと、促されるまま飯田君と上村さんが動いた。上村さんの体になった飯田君は経験者なのか、リードしようとしたけれど、上になるか下になるべきかわからなくなったところに、上村さんが抱き着くようにして覆いかぶさった。
「飯田君、いい?」
 と、飯田君は顔を紅潮させ、女の子のように下半身をもぞもぞと動かす。
「いいけど、あんまり慣れなくて」
「うん、あたしがリードする」
 慣れた手つきで飯田君は上村さんの服を脱がしていく。目の前で行われる模範セックスに、教室中が魅入られたように動けなくなる。唇を突き出すようにして、飯田君が上村さんの股に顔を埋める。赤い舌がゆっくりと白い肌を舐め回す。
 上村さんは女の子のような悩まし気な吐息を吐き出し、喘ぐ。
「ご、ごめん、上村さん……っ!」
 飯田君は口に手を突っ込んで喘ぎ声を殺そうとするけれども、飯田君はそれを許さず、無理矢理手を引きはがした。
「はあーっ、はあーっ、はあーっ」
 荒い息の飯田君は両手でペニスを抱えるようにして、ベルトに手を掛けるが、うまくいかない。けれど、そこは上村さんがリードした。互いが互いの服を脱がせるようにして、二人は半裸になった。
「おい、飯田コンドームを……って遅かったか」
 互いの体の感触を確かめるように抱き着いて、腰だけをいやらしく動かしていく。ペースが速すぎて、すぐにでも射精してしまいそうだ。
 一方、教室の他の連中は、もう見ているだけでは我慢できなかった。
 不良の石山がクラスのマドンナを後ろの棚に押し付けるようにして、ズボンの上からマドンナの尻に押し付けていく。普段から遊び慣れているはずの山岸は、一度やってみたかのよねえ、とか言いながら嗜虐的な笑みを浮かべるいじめられっ子、檜山にフェラを強制させられて涙を浮かべている。
「イテッ、歯を立てんなっての!」
 檜山が太った体を震わせながら、山岸のカールされた髪を乱暴に掴む。
「ねえねえ、入れて良い?」
「痛くしないでね」
「わかってる。オレに任せとけ」
「きゃーっ」
 普段から仲のいいカップルは、互いに互いを演じるようにして丁寧に服を脱がし、机の上で性行為を始める。けれど、自分の体の快楽に押し流され、すぐにつたない演技が終わった。
「すげっ、俺のチ〇コデカッ!」
「マ〇コしまるうっ!」
「ちょっ、暴れんなって! 見られたらどうすんだよ!」
「はぁ? ビッチのくせに!」
 暴れる体を押さえつけようとして、女子が窓ガラスに衝突する。窓枠にしがみついた自分の体を何とか引きはがそうとしているのは、羞恥プレイを見られたくなかったのだろう。けれど、そのうち性欲が羞恥を上回ったのか、ああもうめんどくさい、と叫んだ男が、前戯なしにスカートに突き立てた。すぐに男根が血で赤く染まっていく。
 叫び声が上がり、爪が立てられ、甘い吐息が溢れる。
 そんな中、僕と音無は睨み合うようにして座っていた。互いに相手が好かないのは百も承知だ。
 なんせ、幼馴染なのだ。
 ぶすっとした顔で膨れる『僕』は、鏡で見るよりもはるかに子供っぽかった。
「なんだよ?」
「授業だろ? やらないと」
「はぁ? なんでお前と」
 大げさに驚いた『僕』だったけれど、ズボン越しにわかるくらい男根はそそり立っていた。
「何やってんだそこ。早くやらないと戻れんぞー」
「だってさ」
「なんでだよ! ふざけんな!」
 こういう時だけ妙に女っぽく、胸元で手をクロスする音無だったけれど、それが見かけだけなのは僕がよく知っている。
「早く体返せよ。僕は、お前の体なんか嫌だよ」
「……ふうん、いやか」
 おかしなことに、それを言った瞬間、『僕』の体から張り詰めていた何かが消えていった。その時にはすでに僕は、『僕』の股に顔を埋めるようにしてズボンをずり下していたけれど、自分の性器が萎えていくのがよく分かった。
「な、なんで?」
「お前の体は戻りたくないんだとさ」
 にやにやする『僕』に対して反感を抱きながらも、僕は音無の体が発情するのを堪えきれない。込み上げてくる熱い思いに体をよじれば、摩擦がさらなる快感を呼び起こす。
 隣ではツインテールの石川が既に二回戦に突入していた。頬を真っ赤にしてアヘ顔をしている石川を襲っているのは細マッチョな立岡で、彼の口から漏れるのは、短い息遣いだった。
「何なら舐めてみるか?」
「何で僕がそんなことを」
「あぁ?」
 『僕』は卑猥な笑みを隠そうともせず、
「『音無』はビッチなんだろ? 男をその気にさせるやり方も、良く知ってんだろ?」
「そんなわけ……」
「ほら、やってみろよ」
 言っている間に『僕』は興奮してきたのか、徐々に首をもたげたそれが回復していく。それに気づかれるより早く、僕は『僕』の男根を掴んで、一気に腰を下ろした。
「〜〜〜〜っ!」
 言葉にならない激痛が走る。
「お、おいっ!」
 と、『僕』の焦った声が下から聞こえてくる。すぐに体を起こした『僕』によって、騎乗位から対面座位になる。
「なんでっ、いたい……」
「当たり前だろバカ! 処女なんだから!」
「処女……?」
「そうだよ、悪いか?」
 『僕』はふてくされたような顔で、僕の体をぎゅっと抱きしめる。
「スる時くらい、本当に好きな奴としたいと思ってたから……」
「そう、なんだ……」
 ひどい罪悪感が襲ってきた。いくら嫌いだと言っても、相手は女子だ。僕は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないかという後悔が胸いっぱいに広がり、破瓜の痛みに交じって涙となって零れ落ちる。
「っ」
 まるで痛みをこらえるように顔を歪めた『僕』が、僕のお尻に手を回した。一気にペニスを突き上げる。
「言っとくけどなっ! アタシが好きなのはお前だったんだよっ!」
「えっ、嘘っ、そんなあっ!」
「いい加減気づけ馬鹿ヤロウ!」
 まるで日頃の鬱憤を晴らすように、『僕』……いや、音無は腰を突き上げる。ふと気づけば、処女を散らした男子たちは、合わせたかのように騎乗位になって、散々自分を辱めた女子を翻弄している。普段文学少女として名高い日向さんまで、快楽に目をとろんとさせて、三つ編みを振り乱している。
 僕はニュースでよく見る光景を思い浮かべた。異性の体の快楽に身をよじる人々。
 あれは、嘘じゃなかったのか。
「はぁっ、若いっていいよなぁ」
 そんな先生の言葉は、もう耳に入らなかった。僕らは誰彼構わず、相手の唇を奪っていた。それが、互いの体の興奮を呼び起こすことは、もうわかりきったことだった。
 先輩の言葉を思い出す。
……ブスなら地獄、美人なら天国。
 どうだろう、と僕は思う。
 異性の快楽を味わえるなら、どんなブスでも、相手が自分の体でも楽しめるんじゃないかって。
 僕はその時、そんなことを考えていた。





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