『肉体交姦』
 作:嵐山GO


最終章 パンドラの匣(はこ)

 ついに、この日がやってきた。
 オレは朝から慌ただしく動いて身の回りの整理、片づけをしていた。
(この機械、なんだかんだで一ヶ月以上持っていたことになるのかな? 
…さてと、そろそろ出るか)
 『人体記憶交換機』を鞄に入れ、部屋を出た。
 所長には昨日、今日返しに行くことを電話で告げてある。
 レポートを一緒に提出すればオレのバイトはこれで終わり、という事になる。
(最後だから理沙の身体で返却に行って所長を驚かしたいところだが、
機械を返してしまうと元に戻れなくなってしまう…やはり、それは
まずいな)

(そういえば今日は電話が繋がらなかったなー。まさか電話料金滞納で
止められてるなんてことはないだろうな?ま、今日行くって言って
あるし、場所も分かってるからいいか)
(それにしても女の子の洋服なんかはどうしようか?捨てるのは
惜しいし、オレ…じゃなかった、理沙に似合うものを買ったつもり
だけど、あいつの趣味じゃないみたいだ。美保子ちゃんにサイズが
合えばあげようか?…問題は下着類だけど…ま、こっちは
捨てちゃってもいいか)
 
 色々と考えながらバスに乗り込み、外の風景に目を移す。
 秋が近いとはいえ、まだまだ気温は高く女性たちは惜しげもなく
素肌を露出しているのが見える。
(いいなー、羨ましい。おっ、あのスカートは可愛いぞ。どこに
売っているんだろう? おおっと、あっちの子も凄いぞ。この
暑いのにニーソックスなんか履いて…でも似合っててイイぞ…)
 夏の気温や人の視線など気にもしない若い少女たちのファッション
が痛いほど目に付き刺さる。
(まだ着てない服装が沢山あるなー…セーラー服やブレザー、ゴス
ロリの服やパーティドレス、ビキニの水着もスクール水着も…
ヒールの高いブーツにもチャレンジしたかったな…)
 想像していたら股間が痛いほどに膨らんできた。
(うー、駄目だ。見ているとまた女の子に変身したくなってくる。
駄目だ、駄目だ)
 オレは目的地まで、余計なものを見なくても済むように目を閉じる
ことにした。
 

 かろうじて理性を保ちながらも、なんとか目的地に辿り着いた。
 バス停を後にして、しばらく歩いていると目指す方角に何やら
人だかりを発見した。
「何だ?あっ、あれ!?ま、まさか…嘘だろ」
 研究所は無くなっていた。いや正確を期すなら僅かに焼け残って
いたという表現が正しいのか?
 真っ黒に焼けた柱が数本立ち残り、至る所に瓦礫が散乱している。
「か、火事…ですか?」
 オレは人混みをかき分け、最前列まで出ると側にいた警察官に
尋ねた。
「ああ、だが本官が聞いた話によれば火事というより爆発に近かったもの
らしいね」
「爆発…そうですか…それで、所長…あ、いえ、ここに住んでいた
人は無事なんでしょうか?」
「君は?」
 その若い警官はオレの質問には答えず、逆に質問を返してきた。
「僕はその、ここの人にバイトを頼まれていて、あるものを預かって
いたもので、今日はそれを返却しに来たんです」
「バイト?あ、そう…ちょっと悪いけど、君ここにいてくれるかな」

 彼はそう言うと無線機のボタンを押して、何やら上司らしき相手と
会話を始めた。
「君、少し時間あるかい?聞きたいことがあるんだけど、こっちに
来てくれるかな?」
 オレは彼に連れられ、離れた場所に停めてあった警察仕様のバスの
ような車に乗せられた。
 中には幾つもの机や機器類が所狭しと並べられ、その中を縫う
ようにして奥へと連れて行かれる。
 「主任、お連れしました」
「おう、ご苦労さん。君は持ち場に戻ってくれたまえ。さて、君は
ここに掛けて。名前は何て言うのかな?」
「飯島です。飯島孝一、免許証を持ってますけど出しますか?」
「ああ、そうだね。見せてもらってもいいかな」
 主任と呼ばれたその中年男は、オレの免許証を見ながら何やら
写し取っている。


「バイトを頼まれたんだって?」
 免許証を返しながら、男は聞いた。
「ええ、そうです。新型の機械の試作テストで、僕はそのレポートを
作成し、提出することになっていて今日、持ってきたんです。それも
出しますか?」
「いや、それはいい。亡くなったあの老人は近所でも有名な変人だった
らしいが、君は彼を良く知っているのかい?」
「亡くなった? …死んだ…んですか?」
 言い直してみても意味は同じだが、確信するつもりで聞いた。
「ああ、即死だろうね。大きな爆発だったらしい。で、君は老人とは
どんな関係だったのかな」

「いえ、私は機械のほんの一部分を借りて、その起動テストを
しただけです。夏のバイトの為に始めたんで、あの人と会ったのは
今回が初めてです。でもそれが、最後になってしまいましたが」
「何の機械と言ったかな? 爆発と関係がありそうかい?」
「わかりません…ただ…」
「ただ?」
「大部屋に沢山の機械類があり、それらはおそらく大容量の電気を
必要としたはずです…コード、というか配線類は素人工事でした。
おそらくあの人が繋げていっただけだと思います。電気が関係した
爆発なら、それが原因と考えられます」
 オレは、初めてあの家を訪れた時の事を思い出しながら話した。

「君の預かっていた物は大丈夫なものなのかい? テストしたんだ
ろう。それと、もう一度聞くけど老人が何の研究をしていたのか
知っているかね?」
「僕は簡単な通電テストのようなものをしただけです。それと、
あの人が最終的に何を作ろうとしていたかまでは判りません」

「そのテストは老人には出来なかった?」
「いえ出来たと思います。ただ時間を惜しんでいたのと、僕が電気に
精通していたこと、それとこれが重要なんですが…どうも、
レポートの類を制作するのが苦手なようでした」
 オレはとにかく適当に嘘を織り込んで喋った。老人の為にも、
いやもしかしたら自分の為かもしれないが真実は述べない方が
懸命だろうと判断した。

「あの老人、神宮寺というんだが身寄りがいない。我々としても
色々と困った事が多くてね。いや、正直困っているんだよ」
「と言いますと?」
「うん。細かい事後の仕事の件はこちらの領分だから君に話しても
仕方ないのだが、問題は…」
 
 男は傍らの引き出しを引き、中から見覚えのあるアルミ製の
ボックスを取り出した。
「…これ、なんだが」
 オレはボックスを受け取った。それにはダイヤルが付いており鍵が
掛けられている。
「昨夜、爆発のような大きな音がしたと言う、110番通報が
あってね。駆けつけてみると殆どのものが焼けるか溶けるかして
消失したんだが、これだけが大型の金庫の中に無事に残っていた。
これが何だか判るかい?」

「さぁ、なんでしょう? あのー、大型の金庫の方は簡単に開いた
んですか?」
「そっちは鍵は掛かっていなかったらしい。レバーを引いたら
開いたんだそうだ。中には他に書類の類が入っていたようだが、
それらはあらかた黒焦げになっていた。ま、耐火金庫といっても
燃える物は燃える。だがそれだけは残った。一体何だろうね」
 オレは一ヶ月前に所長が回していた番号を記憶していたので、
その通りに回してみた。

 カチリ…
「ほう、開いたね」
 小さな音がして箱は開錠された。オレはそのまま主任と
呼ばれる男に箱を返す。
「これは何かな…?」
 何枚もの耐熱紙に包まれたものを取り除くと、何やら
ジョイント部の付いた小型のパーツが現われた。
「あ、もしかしたら」
 オレはバッグから『人体記憶交換機』を取り出した。
「それは?」
「あ、これが今回、バイトの仕事で預かっていたものです。
ちょっと、それもう一度、借りていいですか?」
 オレは携帯電話ほどの大きさの機械を借り受け、もしや
という思いで『交換機』の後部差込口に差し込んだ。

「ぴったりだ!」
「なるほど…で、もう一度聞くが、それは何の機械かね?」
「たぶん…僕が預かっていた機械のアップグレード・パーツか、
あるいは追加機能を加えた何か、だと思います」
「爆発物とか危険なものではないだろうね?」
「それは誓って違うと言い切れます。効率的な
変圧器の類です、多分…ですけど」

「まあ、いいか。ではそれは君が処分してくれたまえ」
「え? 僕がですか?」
「ああ、君が今日、返却しようとしているソレも受取人は、
もうこの世にはいない。この機械だかパーツも同様だ。
君が神宮寺の老人に本体を託されたのなら、そのまま君が
引き取っても、いいんじゃないか。バイト代も貰って
ないんだろう?」
「は、はぁ」
「もっともかえって迷惑ならこちらで処分しても構わんが。
どうするね?」

 この男の提案に拒絶する理由などオレにはない。むしろ喉から手が
出るほど欲しいモノなのだ。
「…はい。わかりました。では一旦、預かっておきます。もし必要
でしたら連絡を下さい」
「ま、そんな事はないだろうがね。それじゃ、この書類をよく読んで
サインしてくれ。印鑑を持っていなければ、この部分に拇印を
押して終わりだ」

 オレは帰りのバスの中で喜びを隠せず、バッグの中なら先程の
所長の遺品を取り出した。 
  [PANDORA'S BOX]  ひっくり返すと底の部分に小さく刻印が
打たれている。
(パンドラの匣…神様が残してくれたたった一つの希望…か。たぶん、
これは…アレかな…フフフ)
 オレはその機械の用途について、ほぼ確信を持っていた。
(オレの夏休みは、まだまだ続きそうだな…)
 3時を回ったというのにまだ陽が高い。少女達が笑いながら
走っているのが見える。
 だが同時に、遠くでは黒い雲が近づいているのも見えた。
(明日は雨…か)
 
 それでもバスは走り続ける…。    






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