『皮り種』
作:嵐山GO

別章

 私、葵瑞希16歳。本当なら高校生なんだけど、今は家出中だから
何の肩書きも無いの。
 だからフリーターかな? それとも無職? うーん、ニートかも?
 ああ、健康な若者が家にじっとしてるってホント身体に悪いわ…
 もう家を飛び出してから3ヶ月以上経つけど…
 孝明君はどうしてるかしら? 心配してるだろうな…あと、
恵子にはすべて話してあるけど。お母さんと二人で家を出る事も、
父親とは上手くいって無かった事も。あーあ、近所の人とかも、
みんな心配してるよね…

「ふぅー、ママには嘘ついて出てきちゃったけど、気づいて
るんだろうなー」
 私は久しぶりに帰ってきた地元の町を足早に進んでゆく。
 行き先は孝明君の家。
 中学3年生の時、受験勉強で何度か行ったから場所はしっかり
覚えている。

「驚くかなー…それとも怒ってるかしら?エッチしようって約束
したのに守らないどころか、何も言わないで姿を消しちゃったから」
 目的の家に着いた。辺りを見回す…何も変わっていない。
 ただ人も車も通らず、騒音も何も聞こえない。ゴーストタウン
みたいだ。
「孝明君、居なかったらどうしよう…でも次はいつ来れるか
分からないし。いいわ、居なかったらずっと外で待っていよう」
 
 玄関のインタホンのボタンを押す。
 ピンポーン
 遠くで音が聞こえ、暫らくして返事があった。
「はい。どちら様ですか?」
 孝明君の声だ。嬉しくて涙が込み上げてきそうになる。
「孝明…くん、私…分かる? 瑞希です…」
 何故か「ごめんね」と言いそうになって言葉を飲み込んだ。

「瑞希? ああ、もう帰ってきたの? 随分早いね。ちょっと
待ってて。今、開けるから」
 瑞希って呼び捨てで呼ばれた…それに「もう帰ってきたの」って、
どういう事?
 何だか一気に昔に戻ったような、突き放されたような不思議な
気分…

 ガチャリ
 玄関の扉が開いた。
 彼が顔を出す。彼、何も変わっていない。ううん、ちょっと大人っぽく
なったかも…
「孝明君! ごめんね、ごめんね。ううっ、ぐす、ぐすん」
 さっき飲み込んだ言葉が吐き出すように漏れる。
 彼の身体に抱きつくと、堪えていた涙も溢れた。


「ど、どうしたの? 向こうで何かあったの?」
「ごめんんさい、ごめんなさい…うえーん」
 他の言葉が見つからなかった。何か別のことを言おうとしても
嗚咽が込み上げ、言葉にならなかった。
「ああ、中に入って。僕の部屋に行こう」
 彼は優しく私の肩を抱き、家に入れてくれた。

「グスン…ね? おウチには誰もいないの?」
「ああ、いつも通りだよ。両親とも暗くなるまで帰ってこない。
兄は引っ越してからというもの一度も家に帰らないよ」
「そう…なんだ…」
(なんだか孝明君、落ち着いてる…私と久しぶりに会ったのに
嬉しくないのかな。それとも新しい学校で彼女作ったのかしら?)

 ガチャリ
「中で待ってて。冷たいものでも持ってくるよ。アイスコーヒーで
いいんだったよね?」
「え?ううん…いらない。孝明君、お願い。今は一緒に居て」
「いいけど、どうしたの? さっきは急に泣いたりして」
 私たちはベッドの端に一緒に腰を下ろした。

「ねぇ、聞いていい? 孝明君…もしかして彼女とか出来た? 
私が来て迷惑とかじゃない?」
「ええっ!? 何を言い出すんだよ、急に。作るわけないじゃん。
だって瑞希がいるんだもん」
「あ、…うん」
(また呼び捨てだ…でもなぜか一向に距離が縮まった気がしない)

「あのね」私は思い切って顔を上げ、彼の顔をじっと見ながら
言った。
「私たち、久しぶりに会うのに孝明君はちっとも嬉しくないみたい」
「久しぶりって、三日前に会ったばかりじゃないか」
「え? 孝明君、どうしたの? 私、葵瑞希だよ。誰かと勘違い
してる? それとも私をからかってるの?」
「からかってるだなんて瑞希こそ、どうしちゃったんだよ。
海から帰ってきたかと思えば急に泣きだしたり、それに久しぶり
だなんて。変だよ」


苛立ちにも悲しみにも似た感情が込み上げる。
「ねぇ、私…怒らないから正直に話して。家出して3ヶ月も経っ
ちゃったし、その間なんの連絡もしなかったのは悪いと
思ってるわ。それに卒業したら、初体験しようって私から
言ったのに、その約束も破っちゃったし…。
 だから、その…孝明君が怒ってて私を懲らしめようとしてるん
だったら、私、謝るから。本当にごめんなさい。だから本当の事、
話して。新しい彼女が出来たんでしょう?」


「だから彼女なんていないってば。それに瑞希、家出して
3ヶ月経つってどういう意味? 一学期は毎日、ちゃんと
高校に通ったじゃないか」
「ええっ!? な、何を言ってるの? 私はママと…
お母さんと一緒に家出したのよ。3月の終わりに家を
出たの。それなのに私が高校に通ってるってどういう事?」
「どういう事って、だって…瑞希、毎日、自分の家から
バスに乗って通学してるじゃんか。じゃあ、あれは誰
なんだよ? 双子の妹か姉でもいるって事? おかしいよ」
「私にそっくりな人間がいるって言うの?」
(私と同じ顔の人間? ありえない…そんなのありえない)

「そんな馬鹿な! 顔も声も背格好も性格も、すべて同じ
なんて、この世にいるの?」
「すべて同じ…って?」
「それじゃあ、聞くけど君が葵瑞希本人であるという証拠か、
あるいは僕をからかって嘘をついてないっていう証拠はあるの?」
「証拠? だって、まさか…こんなことになるなんて」
(どうしよう…今度は君って言われちゃった。私こそが
嘘を、でっち上げてるって思われたのかしら?)
「僕のことや中学の頃の友人達のことは言える?」
「もちろんよ。孝明君のことなら誕生日も血液型も、それに
ほら。今日だって、ここのおウチに来れたでしょ?」
「そうだけど…でもそれじゃ、僕をからかってないっていう
証拠にはならないよ」

「そうね…いいわ。分かった。証拠を見せる」
 私は立ち上がって、半袖ブラウスのボタンを外し始めた。
「何をするつもり?」
「果たせなかった約束を守るの。最初から孝明君に私の
ヴァージンをあげるつもりで来たんだけど、ちょっと
意味合いが変わっちゃった。でもいいわ」
 ホックを外すと床にスカートが、すとんと落ちた。

「孝明君も脱いでよ…私だけじゃ、恥ずかしい」
 ブラを外し、両手で胸を隠すとベッドに横になり目を
閉じた。
「あ、ああ」
 しゅるしゅると布が擦れる音が聞こえる。彼が脱いで
いるんだ…。
(まさか、こんな形でヴァージンを失うなんて。でも時間も
無いし…仕方ないよね)

「来たよ」彼が隣りに添い寝するようにして声を掛けてくれた。
「うん…じゃあ最初はキスして」
 少しだけ瞼を開けて彼の首に両手を回した。


 チュッ
「あん…嬉しい。久しぶりのキスだから、また泣いちゃいそう。
ごめんね」
「本当に瑞希なんだ」
「ぐすん…だから、さっきからそう言ってるじゃない」
「じゃあ今、家にいるアイツは誰なんだ?」
「その話は後で、ね? 今は…お願い。私のことだけ見て」
「う、うん。そういえば瑞希、髪切ったんだね」
「うん、少しね。変?」
「ううん、そんなことない。可愛いよ」

「嬉しい。ね、抱いて。時間が無いの。私また帰らなくちゃ
ならないの」
「家に行って確かめてみなくていいの?」
「そんなこと出来ない。黙って家出してきたから誰とも会えないし、
お母さんにも口止めされてるの。誰とも連絡取っちゃ駄目だって」
「そうなんだ…でも」
「駄目…早く来て。少しでも長く孝明君の肌を感じていたいの」
「分かった。じゃ、後で少しだけ話しの続きをしよう」
「うん」

 もう一度キスをする。さっきよりも長く深く大人が
するみたいなキッス。
 彼の大きな手が私の乳房に触れ、乳首にもキスしてくれた。
「あっ…あん」
 ショーツの中に、もう一方の手が入り込んでくる。
 滑るように下り、早くも秘裂を捕らえ指をあてがわれた。
「ん…んんー」
 随分慣れた手つき…完全に私はリードされてる…

「ねぇ、孝明君…聞いていい?」
「いいよ。何?」
 私は心臓が飛び出しそうなくらい緊張しているのに、
彼はすごく落ち着いた面持ちで返答した。
「ううん、いい。なんでもない」
(孝明君が、もう誰かと体験済みだとしても私には関係ない事だわ。
また以前のように付き合えるわけじゃないし。それに今、
そんな話を切り出したら、せっかくの初体験が台無しになっちゃう)

「指で直接触れるけど、いい?」
「うん…孝明君の好きにしていいの」
 彼はその言葉を聞くと右手で抱きしめるようにしながら胸を
揉み、左手の指は器用に秘裂を開きながら、クリトリスの皮を
剥いていく。
「はうん…そこ…感じちゃう」
 私はオナニーの経験はあるけれど指はまだ入れたことがない。
(やっぱり最初は痛いんだろうなー…)

 中指が静かに埋もれてくるのが分かる。痛みを散らす為なのか
分からないけれど、いずれかの指がまだクリトリスを擦り続けて
いる。
 すごく手際よく私の感度は高められていき、気づけば膣内には
すっぽりと指が収まっていた。
(奥まで入ってるのが分かる。思ってたほど痛くなかった…でも、
やっぱり孝明君はもう童貞じゃないんだ。ちょっと悲しいけど、
仕方ないよね)
 彼のテクニックは、私を安心させると同時に悲しみをも生んだ。

「痛かった?」
「ううん、平気。孝明君が…優しいから」
 上手いから、と言いかけて慌てて修正した。
「じゃ、いい? 挿れるよ」
「うん…いいよ」
 優しくしてとか、ゆっくり挿れてとか、言いたかったけど多分、
彼は分かってるみたいだった。
 不思議な事だけど、3ヶ月ぶりに会うというのにまるで、毎日
セックスしてるかのように波長は噛み合った。

 ず、ずず…ぬぷぷ
 狭い膣道内を彼の逞しいペニスが襞(ひだ)を押しのけながら
突き進んでくる。
「んっ! んんーっ…くっ」
「大丈夫? 痛い?」
「平気だから…やめないで。ここでやめたら一生恨むから」
「分かったよ。でも無理しないで」
 
「う…ううっ…ねぇ、もう全部入った?」
「…うん。入ったよ。少しじっとしていようか?」
「ううん、いいの。孝明君の好きなように動いて」
「でも瑞希ちゃん、まだ痛いんじゃない?」
「ううん…大丈夫」
(あ、初めて瑞希ちゃんて呼んでくれた。嬉しい…昔に戻った
みたい。でも…)
「いいよ…瑞希って呼んでも。いま二人は繋がってるから、
その方がしっくりくるの」
「分かった…瑞希、動いてもいい?」
「うん。いいよ」

 ぬちゅ、ず、ずず…にゅ、くちゅ
 やはり慣れた腰つきで抽送を始める…でも、そんな中でも彼の
優しさには一分の疑いも無い。
「はん…んっ、あんっ!」
 彼のテクニックは慣れているというより、それは本当に
不思議な事に私の性感帯を全て知り尽くしたような動きだった。
 そのお陰で私は破瓜の痛みを記憶するより早く、快感に目覚めて
しまった。
「あ、そこ…イイ…感じちゃう。やだ、初めてなのに…恥ずかしい」

 にゅる…ぐちゅ、くちゅ…ぬるーり
「やん! エッチな音が聞こえるよぅ…私、いっぱい濡れてる」
「いいよ、いっぱい感じて。瑞希の身体に僕の想いを刻んであげる」
「うん! うん。いっぱい突いて! 想い出を頂戴っ!」
(あー、凄い! 初めてなのに感じすぎちゃう。エッチな声が
出ちゃう)

 ずばん! ずばんっ!
「いやーーん!すごいの。溢れちゃう…そんな激しいの、
駄目ぇー」
「瑞希、イキそうなの? もしイクなら二人で一緒にイコうよ」
「うん、イキたい。孝明君と一緒にイキたい!」
 今までにオナニーの経験はあるしイッたこともある、だが
こんなにも激しくて噴きあがる様な快感は初めてだった。
 
 ぬるーり、ぐちゅっ、ぐちゅ、ばんっ、ばん、ずばん!
 一定のリズムを持った激しい腰の打ち付けに、目の前が
真っ白になった。
「あ、来る…やん、怖い…駄目ーぇ!! イキそう!」
「僕もイクよ。出すよ」
「出してぇ、お願い!膣(なか)に欲しいの! あ、もうイク」
「出すよー! うんっ!!」
「イクーーーっ!!! やんっ!!!」
 彼がイって私の上に覆い被さってきたのが、失神直前の最後の
感覚だった。


「う…うーん…私、寝ちゃってたの?」
 私が目を開けると、すぐ傍らには彼がいた。
「寝てたっていうか、1分くらい気を失ってただけだよ」
「あ、そうなんだ…恥ずかしい。でも、すごく気持ち
良かったから」
「痛い思いをしなくて良かったよ」
「うん。あ! シーツに血、付いちゃってる。ごめんなさい!」
 私はシーツに残した赤いシミを手で隠しながら詫びた。

「いいよ。それくらい。瑞希が残した大切な証拠だもん。それより
シャワーを浴びてきたら? 階段降りたら、すぐ隣りに浴室が
あるよ」
「うん…でも、どうしよう。シャワー浴びてたら、お話しする
時間がますます無くなっちゃう」
「お母さんの所へ帰るんでしょう? 駅でいいんだったら送るから、
その途中で話そうよ」
「う…ん、そうね。分かった」
 私はタオルを借りて、急ぎバスルームへと向った。

 シャーッ!!
 私は目の覚めるような水を背中から浴びて、汗と愛液を洗い
流した。

「ゴメンネ。孝明君。先に浴びちゃって」
「僕は帰ってから浴びるからいいよ。それより時間はどう?」
 私は壁に掛かった時計を見て、時間を計算した。
「え…と、10分くらいなら」
「そう、じゃあ僕の方から話すよ。瑞希がシャワーを浴びてる間に
思いついた点をまとめてみたんだ」
 
 彼は短い時間の中で、葵瑞希を騙(かた)る女の子の話しを
始めた。
 その子はまったく私と瓜二つで、まるで区別はつかないという。
 それでも彼が思い出しながら言うには、不審な点もなかった
わけではないようだ。
 まるで一時的な記憶喪失にでもなったかのように学校の事、
友人の事を忘れ、そのたびに何度も注意したらしい。
 それでも日が経つにつれ、次第に不信感も心配事も消えて
いったという。

「喋り方とか、学校の成績とか、外見以外で何か気づいた事ないの?」
「うーん…無いなあ。成績はまったく問題ないし、喋り方も今の
瑞希と何ら変わりないよ」
「仮に完璧なそっくりさんが居たとしても、そんな風に真似は
出来ないよね?」
「うん…でもウチには兄がいるんだけど、よく電話に出ると、
どっちが出てるか分からないって、よく相手に言われるよ」
「一つ屋根の下に住むと口調が似るからね」
「でも瑞希は一人っ子で姉妹がいないんでしょう?」
「うん…あ! もうこんな時間だわ! 行かなくっちゃ」

 私は彼に駅まで送って貰う事にし、再びバスの中で会話を
続けた。


「恵子って覚えてる? 彼女には家の事…お父さんとお母さんが
上手くいってなかった事とか、家出の事は話したわ。でも彼女は
まさか今回の件とは無関係よねー」
「うーん…やっぱり僕は瑞希を送ったら家に行ってみるよ。
直接、会って問いただして見る」
「そう…ね。それがいいかも…」
「何か分かったら連絡する?」
「駄目なの。お母さんには絶対に連絡先を教えないようにって
言われてるから。でも、向こうもだいぶ落ち着いてきたから私、
秋から通信制か定時制の高校に通おうかと思って」
「定時制って、じゃあ昼間は?」
「バイトを始めたんだ。いつまでもお母さんの蓄えだけに、
頼るわけにはいかないしね」
「そっか…」

「だから入学とかで書類とか必要になるから、又こっちに来れる
かもしれない。その時、何があったのか聞かせて」
「うん…でもそれまで連絡取れないなんて寂しいよ」
「我慢して。お母さんと約束したの。そうだ!私ね、家にあった
写真とかみんな持ってきちゃった。顔とか名前を忘れないように」
「へー、すごく多かったんじゃない?」
「そりゃあもう、大変な枚数だったわよ。でも洋服とかは買える
けど思い出はお金じゃ買えないからね」
「…うん。確かに」

「無理しないで。何かを変えようとしなくてもいいわ。だって仮に
正体や目的が分かったとしても、どうしようもないもの。私の姿で
悪事を働いている訳ではなさそうだし」
「ま、そうだけど…僕は嫌だな」
「孝明君」
「何?」
「私、きっといつか帰ってくるから待ってて。約束できる?」
「もちろん出来るさ」
「うふ、孝明君、高校でモテてるでしょう? 彼女の一人や二人
作ってもいいわよ。許してあげる」
 本当は彼の初体験について聞きたかったし、嫉妬もしていたが
今はそれについて話し合う時ではないと感じた。
「何言ってるんだよ。僕は瑞希だけだ。瑞希のことが大好きで、
あの高校を選んだんだぞ」
「そうだったよね。ありがとね、孝明」
(えへ、初めて呼び捨てで呼んじゃった。照れくさいな)

 バスが駅に到着し、私が切符を買って改札を通っても彼は、まだ
付いてきてくれた。
「もういいよ。ありがとね」
「電車が出るまで見送る」
「うん…ごめんね」
「もう謝らなくってもいいってば。それにしても、この電車に
乗るって事はだいぶ遠くまで行くんだね」
 ホームに停車中の列車のプレートを見れば終点の駅が分かる。
 途中停車駅も幾つもあるが、大半の乗客は終点近くまで行くのだ。
「うん…でもいい所よ。静かで景色もいいし…みんな優しいわ」
「僕もいつか行ければいいんだけど」
「うん、そうだね。来て。そしたら私が名所を案内してあげる」
「約束だよ」
「うん。約束。指切りしよ」
 私は彼の小指に自分の小指を絡ませながら、込み上げる涙を
堪えるのに必死だった。

 トゥルルルル…
 発射のベルが鳴ったので私は彼に抱きつきキスし、電車に飛び
乗った。
 プシューッ
 自動ドアが閉まり二人の間に冷たく硬い透明の壁が出来た。
「さようなら」
 私は慌ててドアに寄り唇を動かして、彼に最後のメッセージを
伝えた。
 
 彼も同様に「さようなら」と唇を動かしている。
 そしてそれに続くもう一つの言葉…電車が動き出したのでもう、
それを読み取る事が出来ない。
 でも彼はきっと、こう言ってくれたに違いない…
「待ってる」って。

                                   (終)




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