『皮り種』
作:嵐山GO


終章

「孝明…?」
 オレはバスから降りた後、マンションの前で待つ孝明の元へ急いだ。
「お前、一体何者なんだ?」
 あまりの唐突な言葉にオレは驚き立ちすくんでしまった。
「え?」
「お前、偽物なんだろう? 知ってるよ。何故、瑞希に化けてるんだ。
教えてくれよ」
「ど、どうして…何故それを」
 彼の短い言葉の中には反論の余地が無かった。問題は、どうやって
知り得たかだ。

「今日、本物の瑞希に会ったんだ。家出した話しも聞いたさ。
今ここに瑞希本人がいないのが残念だけどね」
「瑞希が帰ってきた?」
「ああ、でももうお母さんのいる所へ戻ったよ。どこなのか場所は
知らない」
「そ…そうなんだ」
(帰ってきたのか…恋しいボーイフレンドに会いたい一心だったの
だろうな)
 オレは瑞希が母親の元に戻った事を聞いて安心すると同時に、
この場をどうやって取り繕うかを懸命に考えてみた。

「さぁ、説明してよ。僕や周りの人たちを騙し続けている訳を」
 怒りを込めて真剣に見つめるその眼差しは、嘘をつかれた事への
憤怒と瑞希への愛の表れなのだろう…。
「分かったわ。説明する…部屋に来て。ここじゃ、他の人に
聞かれちゃうから」
「部屋には、お父…いや、オジサンがいるんじゃないの?」
「今はいないわ」
「分かった。じゃあ、部屋で聞くよ」

 オレは再び荷物を手にし、エントランスを抜けてエレベーターに
乗った。
 普段なら優しく持ってくれる荷物も、今日は背を向けたまま
一人で持っている。
(今のうちに喋る事を考えておくか…幸いバレているのはオレが
瑞希の偽物だという一点だけだ。正体が誰で目的は何なのかを
疑問に思っている、それだけの事だ)

「さ、この部屋よ。入って」
 玄関の鍵を開け、家に招く。
 リビングに通して向かい合うようにソファに腰を下ろした。

「何から話せばいい? 知りたい事を言って」
 下手に自分から話し始めてボロを出すより、相手の疑問を
一つずつ消し去ってやろうと考えた。
「お前は誰なんだ? 何のために瑞希に化けてるんだ?」
「うん、分かった。じゃあ、順を追って説明するわね」
(やはりな。なら造作も無い)
「…」

「まず、そうね。今回の事は…私はこの家のオジサンに依頼された
事なの。瑞希ちゃんと、お母さんが家出をしパニックになった
オジサンがウチの会社に相談に来たって訳。何でも屋みたいなもんね」
「そんなの嘘だ!」
「ウチの会社は、お金さえ貰えれば犯罪以外は何でもやるのよ」
「じゃ、なんで瑞希と同じ顔なんだよ?」
「私が一番似てるから選ばれたの。あとは、まぁちょっと整形も
したけど。そっくりでしょ? だって全然分かんなかったもんね?」
「ちくしょー、でもそれって立派な犯罪だろう」

「どうして?私は頼まれたから仕事してるだけ。誰にも迷惑は
掛けてないつもりよ」
「そんなの僕は嫌だよ」
「でも私がこの仕事を降りたらオジサンも困るし、学校だって、
ご近所さんだって
みんな困るわよ」
「お前…いや、あんた本当は幾つなんだ?」
「レディに年を聞くの? うふ、まあいいわ。君より少しだけ上
(うえ)って事にしておいて」

「僕と付き合うのも仕事の内だったんですか?」
 彼は年上と聞いたせいか、口調を改めた。
「そうね…お友達として付き合っていければ何かと便利でしょう?」
「利用したんですね?」
「そんな言い方やめて。でも怒ってるなら謝るわよ。ごめんなさい。
でもね、私のヴァージンをあげたのは事実よ。あれは演技でも
何でもないわよ。今だって仕事抜きにして君のこと好きだと
思ってるわ。本当よ」
「やめてください! 僕には瑞希が…」

「瑞希ちゃんを抱いたの?」
「え…?」
「私のことは話した? 身体の関係を持ったって」
「そんな事…言えるわけないじゃないですか」
「ふうーん、じゃあ私、君の弱みを握ってる事になるわね」
「脅迫するんですか?」
「違うわよ。取引よ」
「取引?」

「ええ。君が黙っててくれるなら私も黙っててあげる」
「誰にですか?瑞希なら、もうお母さんの所へ帰りましたよ」
「きっとまた、ここへ戻ってくるわ」
「どうして、そう言い切れるんですか? 会ってもいないのに」
「分かるわ。同じ女ですもの」
(女じゃないけどな。家族だから分かるのさ)

「どういう意味ですか?」
「わざわざ君に会うために来たんでしょう? それとも、あの約束を
果たしに来たのかしら? どう? 図星? どっちにしても君が
突き放したんでは無いのなら彼女、必ず帰ってくるわよ」
「だったら…いや、だとして、あんたはどうするんだ?」
「あんたって呼ばれ方、好きじゃないなー。せめて葵さんて呼んでよ」
「くっ!」
「帰ってきたら? その時は私の仕事も終わり。私は顔を戻して元の
職場に戻るの。それで全て丸く収まるって訳。でも、それも君次第
かなー」

「でも、僕は…あんたが瑞希に化けてるのが許せないっ!」
「仕方ないじゃない。お仕事だもの。顔を見るのも嫌だって言うんなら
なるべく会わないようにすればいいわ。難しいことじゃないでしょ?」
「そ、それは…そうだけど」
「でもお付き合いを続けてくれるんなら、今まで通り私の身体を好きに
していいわよ。もちろん瑞希ちゃんにも黙っててあげる」
 オレは足をわざと組みなおし、ミニスカートから伸びた生足を
見せ付けた。
「バレるよ、そんなの。今日だって多分…」
 孝明はそこで言葉を切った。何かバレそうな発言をしたか態度を
取ったのだろう。

「瑞希ちゃんとは連絡取れるの?」
「いや、それは今は無理…です」
 喋り方に怒りが薄れ、落ち着きを取り戻し始めていた。

(年頃の男の子だからな。いくら騙されていたとはいえ、いきなり
セックス出来なくなるのはキツイだろう。毎日でもしたい年頃だ。
しかも、今回はこの位の年齢には最も弱い年上という設定だ。今は
答えが出なくとも、いずれ欲望に負ける日が来る)

「ならイイじゃない。それとも私とは単なるセックスフレンドでも
いいけど。どお? 条件付きだけど」
 もう一度足を組みなおす。今度は下着が見えるように大胆に動いて
見せた。
(そういえば昔見た映画で、こんな風に足を組み替えて男を誘惑する
シーンがあったっけ…)
 ゴクン
 彼が生唾を飲み込む。
(いいぞ。もう一押しだ。所詮、十代のガキなんかオレの手に
掛かれば、こんなもんさ。会社では何百人という部下を持ち毎日の
ように指示していたのだ。子供の洗脳なんて赤子の手を、ひねるより
簡単だ)
「今は…か…考えさせてください」
「いいわよ。今晩、ベッドの中でゆっくり考えてみて」

(姿形は瑞希のまま、しかも中身は年上の女という設定。おそらく
瑞希とは出来ないであろう、先日のような変態プレイが、いつでも
出来る。こんな御馳走を、飢えた若者が手放すわけがない)

 孝明は暫らく黙って俯いていたが、ふいに顔を上げ時計を見て
言った。
「僕…帰ります」彼が立ち上がった。
「そうね…暗くなる前に帰った方がいいわ」
 オレはなるべく、お姉さん口調で優しく囁いた。
「最後に、もう一つ教えてください。僕にヴァージンをくれた事、
後悔してないんですか?」
「してないわ。さっきも言ったでしょ。君の事が好きになっちゃった
って」
 側に行き、後ろから両手を回し自分のおでこを背中に当て答えた。

「分かりました…じゃ、帰りますから」
 彼が玄関に向って歩き始める。
「下まで送りましょうか?」
 オレはあくまで年上女性を演じ、彼を案ずるように声をかけた。
「大丈夫です。あ…そうだ。瑞希、今は髪を少し短くしてます」
「そうなの? なら私も切ったほうがいい?」
「それは分かりません…任せます。じゃあ、さようなら」
「はい、気をつけてね」
 ガチャリ、バタン

「ふぅー、帰ったか…何とかなりそうだぞ。それにしても瑞希が
帰ってきたとは驚きだったな」
 冷蔵庫へ行き、ビールを取り出して再びソファに座った。
「仮にあいつが何かを喋るとしても、本物がいない限り何の証拠にも
ならない。
オレはいつでも、この部屋で瑞希と父親を演じ続けられるのだ。
いつ誰がここに来ても、何も不審には思わないさ」
 冷えたビールを乾いた喉に流し込む。
「せっかく得た女子高生活だ。今は楽しませて貰わないと」

 ピロロロロロ…
 携帯電話が鳴った。
「はい。葵です…あ、チヨ? どうしたの? うん…そうなんだ…
へぇー」
 オレは市合から掛かってきた電話をいつもと何ら変わらぬ声で
対応した。
(何の問題も無いさ…あのカメラさえあればな)
 ベランダ越しに陽が沈みゆくのが見える。だがオレの新しい人生の
夜明けは始まったばかりなのだ…


(続く)





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