『その後の英雄と悪漢』(その17)
 作:嵐山GO



さらに1ヶ月ほど流れ季節は、いよいよ冬を迎えようとして
いた。
 ピンポーン。コンビニの自動ドアが開いて、何人もの客が
入ってくる。
 昼間に入ってくるのは大抵、主婦か学生だ。
 カウンターに立って、ボーッと店内を見る。
 桜と別れた後は何だか気が抜けたようだ。
 自分を慕ってくれる者がいない、何も目的が無い、単調な
毎日…空虚な時間は退屈で、ただただ苦痛だった…。

「これ…お願いします」
 声を掛けられ、ふと見ると女性がカウンターの上にミルクや
洗剤を置いた。
「あ…すみません」
 品物を自分の方へ寄せながら、あらためて客の顔を見る。
「さ、桜…ちゃん…?」
 完全に時間が止まり、身体も硬直した。

「え?どうして、私の名前を…?」
 桜、本人だった。赤ん坊を抱いている。向こうも驚いたように、
こちらを見た。
「あ、いえ…ごめんさい。えーと、前に来店した時に一緒に
いた人が…確か、
そう呼んでたから」
「そうなの?きっと主人だわ。私たち、この上のマンションに
越してきたの。よろしくね」
「そうだったんですか。私の方こそ、よろしくお願いします。
私も上の部屋なんです。私は1人だからワンルームですけど」
「そう。1人は大変よね。何か困った事があったら言ってね。
遊びに来てもいいわよ。引越してきたばかりで知人もいないし」
「ええ?いいんですか?嬉しいなー」

 商品をレジ打ちし、袋に詰める。
「赤ちゃん、可愛いですね。なんて名前なんですか?」
「ありがとう。うふ、この子ね、[このは]って言うの。苗字が
木ノ下だから変でしょ?私は[桜]だし」
「そんな事ないですよ。とっても可愛い名前です」
(そうか結婚したから苗字が変わったんだ)
 桜を初めて見たときの感動、短い間だったが交際していた頃の
ドキドキが、また蘇ってきた。


「合計で1186円になります」
「はい。じゃ、これでお願いね」
 彼女がポーチから取り出したのはオレが昔、プレゼントした
財布だった。
(まだ大切に使ってくれてたんだ。でも、さすがに少しくたびれてる…
もし、このまま仲良くなれたら誕生日にまた財布をプレゼントしようか…)
「じゃ、またね」
 昔と変わらぬキュートな笑顔でオレに言った。
「はい!有難う御座いましたー!」
 答えるように深々と頭を下げる。
 異星人が化けた桜は、もう2度と会うことは無いと言った
けれど、全く思いもよらぬ形でオレたちは再会した。 

(神様っているんだな…ま、宇宙人がいたんだから神様くらい
いるか…) 
 
 今では自分より年上になってしまった桜の後姿を見送りながら、
オレはうっすらと目に涙を浮かべていた…。 


--------------------(終)-----------------------------



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