『化けの皮』
 作:嵐山GO


*************(最終回)********

「ふー、いっぱいイッたよね。満足した?」
 縛りを解くと、上気した顔に恥じらいを隠した表情が何とも
可愛らしい。
「うん、最高の気分さ。一生忘れられないかもな」
「うふっ、もう大げさなんだからー」
 ちゅっ!
 由真がオレの唇にキスした。
 甘いクリームの香りがした。 

「あ、もうこんな時間…帰らなくっちゃ。化けの皮が剥がれ
ちゃう」
「え?半日じゃないの?」
「そうよ。だから今日のお昼まで」
「あ…そういう事か…でも別にいいじゃん元に戻っても。女の
服を着て来た訳じゃないんだし」
「そうだけど、何となく気まずいでしょ。その…しちゃった後だし」
「まあ、確かにそうだけどさ」
 何故だろう? 本物の由真じゃないって分かってるのに、
もう少し側にいて欲しい気持ちでいっぱいだ。

「なんだ?男に戻るまでいて欲しいのか? 俺は別に構わない
けど、おばさんが帰ってきたら、まずいことにならないか?」
 突然、由真が男言葉で話し始めたので驚いた。
 「そ、そっか。そうだな。じゃ、シャワーくらい浴びれば?」
「うん、ありがと。優しいね。そうする。そんで、そのまま着替えて
帰るね」
 再び、由真に戻る。 
 どうやら勝手に帰るから送らなくてもいいと言いたいようだ。
「分かった。妹の服は適当に洗面所にでも置いといてよ。
後でオレが片付けるから」
「ゴメンね」
 由真は自分の着てきた服と、妹の制服などを手に持って
ドアへ向かう。

「あのさ…」
「なあに?」
「近いうちに森田の姿で遊びに来いよ」
「もちろん。次の土曜日なんかどう?」

 由真がもう一度森田に戻るとオレらは最後に男同士で
会話し合った。
「分かった。空けとく。でも何だか顔、合わせづらいよな」
「それは俺の方も同じさ。じゃーな」
 「じゃあまた」
「あ…そうだ」
「何?」
「いや…あのさ、余計な世話かもしれないけど、今度学校で
由真に会ったら挨拶くらいしてみれば?」
「ううーん、そうだなー。ますます顔、合わせ辛くなった感じ
だけど…それに、きっと無視されると思うよ」
「だから、それはお前の考えすぎだって。それにお前と由真に
接点が出来れば、また3人で遊べるじゃんか」
「自信ないけど…まー、そこまで言うなら考えておくよ」
「約束だぞ。じゃーな」
 バタンッ

 森田が部屋を出ると疲れが出たのか、オレは少し眠り込んだ。
 目が覚めると30分ほど経過したようだ。
「森田のヤツ、帰り着いた頃かな…さてと、それじゃオレも
シャワーを浴びるか…」
「んっ!これは何だ?」
 ベッドから降りると足元にパスケースのようなものを見つけた。
 帰るときにジーンズのポケットから飛び出したのだろう。
「おいおい…定期が入ってるじゃないか…由真のか。んん!?
待て!由真の定期だって?」
 
 他に何か入ってないか探った。そして中から出てきた一枚の
紙切れ…。
 それはウチには無い、幼稚園の頃のオレの写真だった。
 10年以上の時を経過し、黄ばんでしかもボロボロだ。
「こ、これは…どういうこと…?」
 もう何がなんだか訳が分からない。気が動転し始めた。
さっきまで、ここで起きていた事は何だったんだ?
真夏の白日夢?オレは夢を見ていたのか…?
 
 再び、ベッドの端に座り目を閉じ会話を思い出そうとする。
「そ、そんな…まさか…嘘だろ…」
 そう、オレは遠い遠い記憶の中、たった一つ思い出した事が
あった。
 それは狂犬病の注射を打たれ、大泣きしているオレに
母親が言った言葉だ。

<泣いたら駄目でしょ。あんたはね、ヒーローなの。女の子を
救ったのよ>

「ちょっと待て!そ…それじゃぁ…さっきまで、ここにいたのは…」
 独り言のように漏らすと、玄関のチャイムが耳に届いた。
 ピンポーン
「こ、これを取りに戻ったんだよな…?」
 定期入れを持ち、何とか立ち上がったもののオレの両方の
膝はガクガクと震えていた。
 ピンポーン…


 (終わり)  



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