SKIN TRADE2
作:嵐山GO

(その19)

「あのぉ、ここ…いいですか?」
 青年が去った後の空いた座席を、制服の少女が指を指して聞く。
「え? あ、うん。いいわよ。どうぞ」
 僕は慌ててニヤケタ顔を消すと、笑顔で答えた。
 少女が座る。中学生だろうか…小柄で華奢な感じ。髪は自分より
少し短いが、細くしなやかで少しでも風が吹こうものなら、すぐにでも
舞い上がりそうだ。

「ええと…胡桃谷美穂さんですよね?」
 少女が、こちらを振り向き言った。
「ええっ!? わ、私のこと知ってるの?」
「はい! と言っても少しだけですけどね」
 笑顔がキュートだ。後輩の白石真由とはまた違った可愛さがある。
上手く言えないけれど、まるで作られた人形のような気品すら感じる。
ブラウン管の中の決して触れることの出来ないアイドルのように…。
「えと…私、実は最近、ちょっと軽い記憶喪失になって…過去の事を
思い出せないの」
 この少女が僕の、いや胡桃谷美穂の何を知っているというのだろう。

「そうなんですか。ごめんなさい。でも私も沢山知ってるわけじゃ
ないんです」
 憂いを持った表情も素敵だ。こんな可愛い子が普通に町を歩き、
電車に乗っていることが信じられない。
「そ、そうなんだ…でも何か、小さな事でもいいから知ってる事が
あったら、教えてね」
「はい。もちろんです。私たち、お友達になれますね」
「うん…」
 なんとも不思議な会話。どう解釈すればいいんだろう? 何かが
欠けてる気がする。
(若い子って皆、こうなのかな?)

「携帯のアドレス交換する?」
 とりあえず探ってみる。
「大丈夫ですよ。きっとまた、すぐに会えますから」
 まただ。なにか変だ。この子は何が言いたいのだろう…。
「あ、いけない! 私、この駅で降りるの。ホントに、
また会えるかしら?」
 僕は早口で言った。
「もちろんですよ」
「そう…じゃ、またね…」
 鞄を手に立ち上がった。電車がホームに入る。
「はい。美穂先輩、またね。バイバイ」
 最高の笑顔で僕を見送ってくれる。
「うん。バイバイ」
 電車が止まって扉が開いた。
「そうだ。美穂先輩っ!」
 少女が僕を呼んだ。僕は振り返る。でも急がないと扉が閉まって
しまう。

「なに?」とりあえず、ホームに下りて、振り返りすぐに聞く。
「理事長さんに、よろしくとお伝え下さい」その一言を聞いて扉は
閉じられた。
 電車が動き出す。僕は呆然と立ち尽くしたまま。
(あの子、理事長と僕の関係を知っている? まさか? はっ! 
そういえば名前も聞いていなかった。どうしよう? よろしくって、
言ってたけど…理事長に、今日のこと伝えるべきだろうか…)
 僕はまるで魔法にでも掛けられたかのように動けない。
(考えすぎだ。理事長だって僕以外の女の子と付き合っていたって、
おかしくはない。きっとそうだ。そうに違いない。だったら次は、
あの子を含めて3Pかもしれないぞ。へっへっ)
 僕は漠とした不安を断ち切るために、わざと煩悩にすり替えてみる。

 ホーム内を一陣の風が横切る。
 僕は髪に頬をくすぐられ我にかえると、ゆっくり歩き始めた。
(30歳を過ぎた僕だけど、新しい人生が始まったんだ。クヨクヨ
するんじゃない。しっかり前を見て歩こう。きっと明日もいい日になる…)
「うん。頑張らなくっちゃ。私は胡桃谷美穂なんだから」
 誰にも聞かれないよう、小声で自分に激を飛ばす。早くも次の電車が
入ってくる
 風が吹き込み、僕の短いスカートを捲り上がらせる。
 
『3番線到着の電車は快速XX行きです。ご利用のお客様は…』 
 アナウンスが流れる。また大勢の人が吐き出された。僕もスカートを
押さえたまま、その大勢の中に混じって階段を降り始めた。
 何も変わらない…そう、少なくとも傍からは、何も変わって
いるようには見えないんだ…。


  『SKIN-TRAD2・完』  



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