理想を実らせて ~金の星形ペンダント3~
作:夏目彩香(2012年12月25日初公開)
根岸光太郎(ねぎしこうたろう)と相田愛海(あいだまなみ)の結婚式が行われる当日、二人の門出を祝うかのように澄み渡る青空となった。結婚式に出席しないものの河原悠大(かわはらゆうだい)はいつになく早起きをしていた。普段なら眠っている時間なのだが、今日この日のために立てておいた計画を実行するのが楽しみだったからだ。急いで身支度を済ませると、実家を普段着で出た。 まだ薄暗く新鮮な空気を補給しながら悠大は昨日と同じ場所へと向かっていた。堂々とした門構えには相田という表札が掲げられている。悠大は金の星形ペンダントを首に掛けると、いつものように存在感を消していた。透明人間になったわけでは無いので物理的な障害を素通りすることはできないが、このまま扉を開け閉めしても誰にも見つかることは無いのだ。俺は堂々と相田家の門をくぐり抜けた。 玄関では鍵穴にこのペンダントを近づけた。すると自然と鍵が回り玄関の扉を開けることができたのだ。すんなりと相田家に忍び込むことができた悠大だが、玄関に入った途端にパジャマ姿のすっぴんの梨桜(りお)がいてドキッとしてしまった。まだ重たそうな瞼の様子からすると起きたばかりに違いが無い。もちろん悠大のことは気づくことも無かった。 悠大は靴のまま相田家にお邪魔した。ペンダントの力によって存在感を消している際には靴も特殊な力が働いているために床が汚れることも無いのだ。愛海さんの妹、梨桜のことも気になるものの、悠大は愛海さんの部屋の前まで来ていた。扉を開けるとまだ夢の中にいる愛海さんの姿を見つけた。愛海さんとして卒業式に行って来た以来、6年ぶりに愛海さんの体を操ることができることでドキドキしていたのだ。愛海さんの晴れ舞台を悠大はどうしようと言うのか、まだわからなかった。 結婚式の会場にはすでに招待された人が集まって来ていた。二人の希望もあり、できるだけ少ない人数で式を挙げ披露宴も行うことになった。少ないとは言っても親族と友人だけで両家合わせて40人ほどの規模は集まっていた。新婦の控室に純白のウエディングドレスの着付けに真っ最中の愛海がいた。コーディネーターから首に掛けられている金の星形ペンダントを外して用意したものに交換しまますと尋ねられた。 「いいえ、これは光太郎と私にとって大切な物なんです。また大事な日が来た時には身につけよう心に決めていたんですよ」 そう言って、愛海はやんわりと断っていた。用意されていたダイヤがたくさん輝いているきらびやかなネックレスは、身につけることが無くなるとなんだか寂しそうに見える。このタイミングで白いタキシードスーツに身を包んだ光太郎がやって来た。 「愛海!今日の君はいつもよりも一層きれいになったね!」 「ありがとう!」 そうやって、愛嬌を振る舞う愛海、心の中ではしてやったりと思う気持ちもあったが、ただ最高の笑顔で振舞ってあげていた。 「ねぇ。光太郎、これ覚えてるかしら?」 そう言って愛海は光太郎の反応を試しているようだった。胸元の金の星形ペンダントを見せている。 「大事な日に首から下げてくれるって言ってたよな。出会った時の大切な品、ちゃんと取っておいたんだな」 結婚式の会場は屋外だった。挙式が終わるとすぐに披露宴パーティーを開くことができるようになっている。光太郎のスタンバイが完了すると、いよいよ新婦の入場が行われるのだった。建物の扉が開くと眩いほどに美しい愛海の姿が出てきた。ティアラの輝きと白いベールに包まれて父親に手を引かれて、赤い絨毯が敷かれているバージンロードをゆっくりと歩いて行く。まるで夢のようなひとときだった。 新郎と新婦のが横に並ぶと、お互いに結婚の誓約を結び、大勢の前でキスをすることになったのだ。光太郎がなかなか乗り出せない中で愛海が身を屈めて、光太郎の唇をしっかりと掴んだ。軽く終わるかと思いきや少し長めの時が止まっていた。お互いの友人たちから大きく拍手が湧き上がると、結婚式は一層盛り上がっていた。 無事に式が終わると写真撮影やらブーケトスをして祝賀パーティーへと移り変わっていた。挙式は何事も無かったようだが、パーティーこそが悠大の本領発揮となるようだ。パーティーでは愛海は白のウエディングドレスから趣きを変え、胸元が大きく開いたピンクのウエディングドレスにお色直しをして登場した。 新郎新婦のために用意された大きなテーブルに光太郎と一緒に座ると、愛海は幸せな表情に満ち溢れていた。食事を始めるとしばらくは二人きりで食べることができたが、新郎新婦の元には招待した親戚や友人たちが集まってきた。愛海のことをよく知る人たちの中にいても誰も他人が愛海として行動しているということには気づかないでいたのだ。悠大にとってはそれが何よりも嬉しいことであり、その喜びがさらに大胆な行動に出ることができるようになるらしい。このタイミングに愛海の高校時代の親友である坂上千里(さかうえちさと)ともう一人の女性が新郎新婦の元へとやって来た。 「愛海!おめでとう!」 千里に連れられてやって来たのは、なんと悠大とたまたま同じ飛行機に搭乗していた水上絵奈だった。すかさず愛海の記憶を読み込むと千里と絵奈は大学が一緒だったのでそれから親しくなったのだ。そのため、愛海も絵奈とは仲が良かったのだ。愛海として必要な情報をその都度引き出しているだけだったので、悠大は絵奈が愛海の知り合いとは思いもよらなかった。 「絵奈に続いて、愛海も先に行ってしまうなんてね。私は取り残されたのね」 グレーを貴重にしたバルーンスカートが印象的なパーティードレスに身をまとい、胸元にはピンクゴールドのハート形ペンダントを首からかけた千里がそういうと三人で笑い声をあげていた。どうやら女子の話についていくことのできない光太郎は会釈をすると席に戻った。ラメの入った黄色いチュールスカートが目に残るパーティードレスから美脚を輝かせていた絵奈の三人が揃うのは久しぶりのことなのだ。 「そういえば、絵奈は新婚旅行に行って来たんだよね?どうだったの?」 飛行機の中で起きた出来事は知らないフリをして愛海が言った。 「オーストラリアへ行って来たんだけど、とっても良かったわよ。でも、航平が頼りなくって帰りの飛行機の中では成田離婚寸前の状態になっちゃってさ」 「えっ!?うっそー!ご主人って逞しく見えるんだけどなぁ。なんか、愛海の結婚式なのにこんな話をしていいのかなぁ」 すかさず千里が言ったが、愛海は二人の話をじっと聞き続けていた。 「確かに体格はいいんだけど、あぁ、見えても臆病なのよね。新婚旅行を通して航平の悪いところが見えちゃったみたい」 「でも、仲直りできたんでしょ?」 今まで黙っていた愛海の質問にどう答えようか絵奈は一瞬迷った。 「うん」 「喧嘩するほど仲がいいって言うものね。ちゃんと仲直りできたんだから、これからも大丈夫よ。ちょっとお化粧直してくるわね」 千里は相変わらず楽観的な言葉を残すと化粧室に向かってしまった。 「仲直りしたにはしたんだけど、どうして私があんなに暖かい気持ちになれたのかはわからないのよね」 「へぇ、不思議なこともあるのね。自然とわき上がって来たのかな?」 「飛行機の中でそばにいるのが嫌になって空いている席があったら、そこに移りたいってCAの人に伝えたら、エコノミーだけ空き座席があるって言われて、そこに座って休んでから心が変わったの」 「それって、自然と心が変わったってことなの?」 愛海にとってとても気になることだった。 「私の中では記憶が定かでは無くて夢の中にいたような気分だったわ。私の心の中にあった彼に対する否定的な思いがいつの間にか消え去って、飛行機が着陸する頃にはお互い喧嘩をしていたことも忘れたぐらいだったわ」 「じゃあ、仲直りをした時の記憶は無いってこと?」 「記憶が無いというよりも、しっかりとした記憶が無いって言うのが正しいかな」 「もしかして、誰かが絵奈に取り憑いていたのかも知れないわよ」 「そうかもね。自分の体から離れた感覚がしたから」 「そんな感覚なの!?」 「愛海にそう言われてよく思い出してみると、自分の体が勝手に動いているのを端から見ていた感じがするわ」 「やっぱり、誰かが絵奈の体を動かしていたのかもね」 「そうだったら、仲直りができたその人に会ってみたいわ」 「そう?私だったら絶対に嫌だなぁ。自分を勝手に動かした奴なんて許せない!」 「だって、私の代わりに彼に謝ってくれたんだよ。たとえ勝手に動かされたと言っても私ができないことをやってくれたんだから、感謝するべきじゃないかな?」 愛海として絵奈に接している悠大にとっては、なんだか不思議だった。体を乗っ取られた絵奈は乗っ取った相手がいたとしても、決して憎まず恨まないということだった。絵奈の前に悠大として面と向かって告白することはできないが、悠大の心は複雑に動き始めていた。 「ねぇ、絵奈。もし、私が誰かに操られているとしたら絵奈はどう思うかな?例えば、今のこの時も絵奈と話をしているのは本当の愛海じゃないとしたら」 絵奈は右手の人差し指をあごに軽くあててから話始めた。 「愛海が誰かに操られているとしたらねぇ。私はその人には何か目的があると思うわ。きっと、私の心を変えたみたいに、何かを変えたいと思っているのよ。だから、目の前にいる愛海が本当は愛海では無いとしても、私は愛海として接してあげるわよ」 「本当!?」 「もちろん!だから、正体を現さなくてもいいわよ」 「えっ!?」 絵奈は愛美を連れて、パーティー会場の中でもひと気の無い場所へと誘った。緑に囲まれたパーティー会場の隣は森林が広がっているので、パーティー会場から主役が抜け出しても見つかることは無かった。二人は木に囲まれた場所に来ると、何だか楽しそうに見える。 「これを見て欲しいんだけど?」 絵奈はそう言って、銀の月形ペンダントを見せた。それはまるで、愛美の胸元にある金のペンダントとお揃いではないかと思うほど、デザインが似ていた。 「この銀のペンダント愛美の胸元にある金のペンダントと同じ人がデザインしたものなのよ」 「えっ!?それって、絵奈は何が言いたいの?」 何かもったいぶっているような感じの絵奈に愛海の神経が立っていた。ピンクのウエディングドレスを着たままここまで移動して来たのも、絵奈の言動がおかしいことに気づいたからだった。黄色いドレス姿の絵奈が森の中にいるのもなんだか、どこかのアニメーションにでも出て来そうな雰囲気だった。 「まぁ、いいかな。全ては時が満ちたんだもの、いいわよね」 「言うなら早く言ってよ!」 話そうとしていることをなかなか話してくれないもどかしさから、愛海はついに堪忍袋の緒が切れてしまった。それをゆっくりと絵奈はなだめ、おとなしくなってところで大きく深呼吸をした。 「このペンダントの共通のデザインって何だと思う?」 「月と星よね」 「そう!月と星なの、このデザイナーって誰かしら?」 「なんだかどこかで聞いたことがあるような?ないような?月とか星にデザイナーなんているの?」 「当然、いるわよ。まぁ、この話はその辺にして、本題に入るわね」 すると、絵奈は手に持っている手提げバッグの中から直径3センチほどの金と銀がらせん状に絡まったデザインのリングを取り出した。 「これは、こう使うものなのよ」 そう言って絵奈はこのリングを通して自分の胸元に飾ってある銀の月を眺めた。リングの中には銀のペンダントから浮かび上がるようにして絵奈の顔が見えた。 「これってどういう意味なのか、愛海ならわかるわよね」 このリングはどうやらペンダントの中に閉じ込められた人物の顔を映し出すものらしかった。 「このペンダントは絵奈の物だってこと?」 愛海ははぐらかすようにして答えてみた。 「じゃあ、そっちの金の星のペンダントは愛海の物ってことよね。でもね、このリングの使い道ってこれだけじゃないのよ」 すると、絵奈はリングを通して愛海を眺めた。 「やっぱりね。そうだと思ったわ。じゃあ、このリングを通して私を見てくれない?」 愛海は絵奈に言われた通りに小さなリングを通して絵奈の姿を見てみた。 「えっ!?まさか」 リングを通して覗くとそこには、黄色いドレスに身をまとった絵奈では無く梨桜が立っているのが見えた。 「このリングを通すとね。その中に閉じ込められている人物が写るってわけ」 「あっ、ごめんなさい。この姿になっているのは……」 何か謝ろうとした愛海を絵奈は制止させた。 「だから、正体を現さなくてもいいって言ってるでしょ。私の正体はリングを通してわかったと思うけど、実は愛海の正体はリングを通す前からわかっていたのよ」 「どうして?」 「だって、このペンダントとリングを作った人は私の知り合いなのよね」 ピンクのウエディングドレスに包まれている愛海の表情は今にも泣き腫れてしまいそうなほどだった。 「愛海ったら。そんなに泣きそうな表情にならなくてもいいんじゃない?それともお互い、元の姿に戻って話しましょうか?」 「じゃあ、そうしようっか」 愛海と絵奈は気がつくとなぜか森の中に立っていた。ここまで来たことについてはあまり覚えていない。一緒にパーティー会場に戻ると、心配した表情で千里が近づいて来た。 「二人ともどこ行っていたのよ」 「まぁ、ちょっとね」 どうやら二人ともどうして森の中で会話をしていたのか、はっきりとわからないようだった。 結婚式の披露パーティが続く中、新郎の友人である悠大と新婦の妹である梨桜の二人がパーティー会場から外へと出て行った。パーティー会場に似つかわしくない普段着姿の悠大と水色の花柄シフォンのパーティードレスに身をまとった梨桜の二人が揃って歩く姿はちょっと不釣り合いにも思える。 「まさか、梨桜がこのペンダントのことを知っていたなんてな。思ってもいなかったよ。6年前、俺が愛海さんに入り込んで動かしていることもわかってたんだろ?」 「そうよ。あの時、私が制服姿であの場所にいるのが変だと思わなかったかしら」 「夏休みでも登校日だってあるし学校に行くことはあるから、あんまり不思議に思わなかったけど」 ゆっくりと歩きながら話を続け、パーティー会場からほんの少し離れたところにベンチがあるので、ここに二人で座ることにした。 「まぁ、そうだよね。普通はあんまり深く考えないよね。あの日は、この銀のペンダントを取りに学校に行ってたのよ。金のペンダントを手に入れた時のこと覚えてるかしら?」 「金のペンダントを手に入れた時?あっ、覚えてるよ。あれは夏休みが始まったばかりの頃だったと思う」 「クラスに上杉健一(うえすぎけんいち)っていたの覚えているかしら?」 「もちろん覚えてるよ。ウザスギのことだろ」 梨桜の口から出て来た名前を聞くや悠大は当時彼につけられていたニックネームの「ウザスギ」が口から出て来た。 「ウザスギって、懐かしいわよね。実はこのペンダントもリングも上杉君に作ってもらったものなのよ。夏休みが始まるまでに全部作ってもらうはずだったんだけど、夏休みが始まってから金のペンダントができあがって、その後に銀のペンダントが完成したのよ。それで、金のペンダントと説明書を私が作って、封筒に入れて悠大の下駄箱にそっと入れておいたってわけ」 「あれにはホントびっくりしたよ。夏休みに学校に登校した時、下駄箱の中にラブレターのようにそっと入ってたからな。光太郎の奴も一緒にいたから、見つからないようにカバンに仕舞うのに緊張したって言うか」 悠大はまるで目の前にその手紙があるかのように鮮明に話していた。 「悠大に金のペンダントを受け取ってもらうことで私の最初の作戦は成功したんだけど、金の星形ペンダントを使ってお姉ちゃんの体に入り込むとは思わなかったわ」 「だって、説明書に『親友が片思いしている相手になって実らない恋を成就させてあげましょう』なんて書いてあったからね。それを真に受けた俺はさっそく光太郎の好きな相手になって告白してやろうと思ったから」 「本当は、銀の月形ペンダントも一緒に完成するはずだったんだけど、銀のペンダントが完成したその日、悠大がお姉ちゃんに入り込んだってことを私は知っていたのよ。それが、モールで光太郎に会った時のこと」 「ということは、その時、俺が愛海さんに入り込んでいたことを梨桜は知っていたってこと?」 「そうよ。私は悠大に悟られないようにお姉ちゃんとして接していたってわけ」 「金のペンダントによって愛海さんと光太郎が付き合うことになり結婚するっていうのは梨桜のシナリオでは考えてもいなかったってことだったのか?」 「そうじゃないわよ。そうなることもなんとなくわかっていたの。お姉ちゃんが仕事をしている時にジロジロ見つめてくる男子学生がいるって話をよく聞いていたから、話の内容からその男子学生が光太郎君だってことがわかってたもの」 「じゃあ、どうして金のペンダントと銀のペンダントなんてわざわざ2つの物を作ったんだ?」 「実はこの2つのペンダントは1つで使う時には同じ効果があるんだけど、2つが揃うとまた違った効果を生むのよ。予算の都合上、これよりも大きなペンダントは作れなかったんだけど、材料費も結構かかってるのよ」 「金のペンダントも銀のペンダントも基本的には同じってこと?」 「基本的にはそうなんだけど、まだ恋愛が成就されていない両方の相手になった場合は、その恋愛を成就させることで中に入り込んだ二人もいずれ恋愛が成就するようになるのよ」 「ん?それってどういうこと?」 梨桜が何を言いたいのかよくわからない悠大はそうやって聞き返した。 「悠大が愛海として告白した相手って誰だった?」 「光太郎に決まってるだろ。その恋愛が続いて今日の結婚式に至ったわけだし」 「光太郎くんよね。その時のことよく覚えてないかな?」 「告白した時のこと?」 「そう、首から何か掛かっているのが見えなかった?」 「光太郎が首から何か掛けていたかな?」 「服の上に掛けていたわけじゃないから、よく見えなかったかも知れないわね」 「あっ、告白した後にキスをした時、光太郎の首に何かペンダントが掛かっていたような。あっ、それってまさか!」 「フフフ!ピンポーン。その時の光太郎って私が入り込んでいたのよ」 悠大はベンチから立ち上がると、なぜか頭を抱えてしまっていた。 「ということは、あの時の光太郎は梨桜が入り込んでいたってこと?」 「そういうことよ。金と銀のペンダントで告白した場合に、それが成就した場合には中に入り込んだ私たちの恋も成就するってわけ!」 「それって、梨桜が俺のことを好きだってこと?」 「そういうこと。かなり遠回りしたけど、悠大は私から離れることができないわ!」 「どうして?」 「それは、金と銀のペンダントに秘められた力があるからよ」 「秘められた力?」 「じゃあさ。手に持っている金のペンダントを私が持っている銀のペンダントにくっつけて、いつもの呪文を一緒に唱えてみない?」 「ソンジェプシ」 梨桜に言わるたまま悠大は金のペンダントを梨桜の銀のペンダントにくっつけ、二人で一斉にいつもの言葉を唱えていた。 「こうやってくっつけてこの呪文を唱えると私たち2人だけはお互いの存在を感じることができるの、このまま私は悠大と一緒にいたいの」 「梨桜。それって本気なのか?」 「もちろん!こんなまわりくどいことをしちゃったけど、時間が経って自然と告白できるとは思ってもいなかったけどね」 「俺もお前と再会した時にお前と付き合いたいって思ったんだ。これからよろしくな」 そう言って悠大は梨桜の上に覆いかぶさって唇を奪った。二人の心の中では愛美として光太郎にキスをした時の思いが重なっているようだった。周りは二人の存在に気づかないため、年配の男性が犬の散歩をしていたり、若い女性がジョギングしても全く恥ずかしいことがなかった。 「そろそろ、パーティー終わるわよ。会場に戻らないとね」 しばらくお互いの思いを重ねた後、梨桜の一言により二人はパーティー会場へと戻って行った。 パーティー会場では光太郎の父親が来客への挨拶をしていた。エメラルドグリーンにラメがちりばめられたウエディングドレスにお色直しをした愛海の目にはうっすらと涙が流れていた。光太郎はハンカチでその涙をそっと拭き取るそんな光景が広がっていた。 父親の挨拶が終わるとパーティーもお開きとなり、新郎新婦はパーティー会場の入口に移動して帰ろうとする来客一人一人に声をかけたり写真を撮ったりする時間へと移って楽しい一時が役目を果たしたのだった。そして、二人の胸元には金と銀のペンダントが仲良く揺れ動いていた。 あれから二ヶ月後。 ───── ピピピピ ピピピピ ピピピピ ピピピピ まだ暗い寝室に目覚まし時計の音が鳴り響き、布団の中から伸びた手によってその音は停止した。むくりと起き上がるとすぐに枕元に置いてあるスマートフォンを手に取った。画面の上で指をスライドさせると、暗い部屋を明るく照らし始めた。 『上杉くん。ありがとうね、ついに悠大からプロポーズしてもらったわ。返事はちょっと待ってもらってるけど、もちろんオーケーしようと思ってるわ。これも上杉くんの発明品のおかげよ』 アプリを開くと梨桜のプロフィール写真と共にそんなメッセージが届いていた。それは、5分前に届いたばかりだった。 『それは良かった。二人が結ばれることになったんだね。おめでとう』 メッセージを送るとすぐに「開封済み」の表示が出現した。 『お礼として、上杉くんが望む通りにしていいわよ』 『そうだったな。だから、今日はこんな時間に目覚めたんだからな。ところで、金と銀のリングの効果はどうだった?』 『そりゃ、バッチリだったわ。リングを通すとピンクのウエディングドレスを悠大が着ている姿が見えて可愛かったけどね』 『そうだったのか、俺も見たかったなぁ』 『何言ってるのよ。上杉くんもグレーのドレス姿で会場に潜り込んでいたことを知ってるんだからね』 『あっ、バレてたんだ。お前の姉さんの親友の坂上千里さんとしてあの場に入り込んでいたんだよ。胸元に光っていたもの覚えてるか?』 画面の上で指を軽快に滑らせながらメッセージやり取りが続いた。 『あっ!そういえば、胸元にピンクゴールドのハート形のペンダントがかかっていてたわよね』 『まぁ、金と銀のペンダントをお前のために作ってやったけど、最近になって一番新しいペンダントを作ってみたんだ。金と銀とはちょっと違って恋の成就のためじゃなくても使えるようにしたんだよ。本人らしくない素ぶりはできないけどね。これは俺の発明ポリシーだから』 『わかってるわよ。また直接面と向かって会った時に話しましょう。とにかく、今日は上杉くんにお礼をする日として使っていいわよ』 『あっ、そうだった。じゃあ、一泊二日はどうかな?』 『う〜ん。まぁ、いいわよ。じゃあ、待ってるわね』 メッセージのやり取りを一旦終えると、スマートフォンをテーブルの上に置き、シャワーもせずにすぐに着替えて一人暮らしのアパートを飛び出した。 ジジジジ ジジジジ ジジジジ ジジジジ ピピピピ ピピピピ ピピピピ ピピピピ ガガガガ ガガガガ ガガガガ ガガガガ …………… カーテンの向こう側はだいぶ明るさを取り戻し始めていた。寝室に目覚まし時計の音が鳴り響くと、ますます布団の中から出ることができなかった。しかし、掛け布団を思いっきりはぎ取られてしまった。 「ねぇ、悠大ってば!起きなさいよ!今日は私とのデートする日でしょ!」 梨桜はさっそくもらった合鍵を使って朝から悠大の新居にお邪魔していた。オーストラリアでの生活を整理して日本に戻って来たばかりだったが、昨日のデートで遂にプロポーズを果たした。返事待ちとなったものの、ここの合鍵を渡すことには成功したが、こんなに早く使われるとは思ってもいなかったのだ。梨桜に急かされると、悠大はさっそく起き上がるとシャワーを浴び始めた。 「女ってイイわよね。上杉くん、ありがとう」 一人部屋に残された梨桜はそう独り言を呟いた。梨桜はカーテンを開けると、太陽の光によって胸元に飾られたピンクゴールドペンダントが輝いていた。それは二人の微笑ましいやり取りを見ているかのように嬉しそうに、そして、優しく揺れ動いていた。 (完) |
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