理想を飛び越えて ~金の星形ペンダント1~

作:夏目彩香(2012年12月17日初公開)





陽射しが肌に染みいるほど痛く感じる真夏の一日は僕にとって忘れられない日になった。



それは半年も前の出来事だった。



僕こと根岸光太郎(ねぎしこうたろう)は親友の河原悠大(かわはらゆうだい)と部活帰りの駅までの道を一緒に歩いていた。文化系の部活だから夏休みにわざわざ来る必要も無いが、活動予算を減らされないためにも週に一回ぐらいは不定期で集まっていたのだ。集まるだけが目的なので午前中を一緒に過ごすだけですぐに解散したのだ。

「なぁ、前からずっと思っていたんだけど、お前の理想ってどんな娘なんだ?」

生ぬるい空気が二人の間を通り抜けながら悠大は口を開いた。僕は涼しいところに移動するまではできるだけ会話をしないようにしようと思っていたので、答える気が無くなっていた。

「僕は年上のお姉さんに憧れてるんだって、前に言っただろっ」

「だから、その年上のお姉さんって言われたって、具体的にわかんないだろ。できるだけ名前で答えて欲しいんだけどな?」

悠大からはまるで何かを企んでいるような感じを受け取ったので、できるだけ遠回しに答えていくことに決めた。

「具体的にって言われても、僕の好みは名前も知らない人だからな」

「でも、その人って俺も見たことある人なんじゃないのか?芸能人や有名人だっていいんだからな?」

僕の具体的な理想の女性は芸能人や有名人では無いが、ある意味ではそれに近い物かも知れない。

「そうだなぁ、確かにお前も知ってるかも、本当に身近なところにいるんだよ」

駅のホームに到着すると、ものすごい勢いで冷房が吹き出ている場所に立っていた。理想の女性は身近なところにいるものの、ちょっとだけ高嶺の花かも知れない。話かけることができたとしても、学生服姿の僕に対しては恋愛感情が起こるような人では無い気がするのだ。

「じゃあ、ホームで立ち話するってのもなんだから、これからその人のいる所に一緒にいかないか?」

悠大がそう言い出したので、僕はその提案に乗ることにした。今の時間なら僕の理想の女性はたぶんあの場所にいるはず。

「なんか調子がいいよなぁ、しょうがない。行ってみようか」

僕がそう言うと、僕と悠大はホームに滑り込んで来た電車に乗り込んだのだ。



僕の案内で到着したのはショッピングモール、学校の最寄り駅とは5つ離れているが、乗り換え駅となっているため学校帰りに立ち寄ることは多かった。僕はさっそくインフォメーションセンターに目を向けた。二人の女性が淡い緑と白を基調にした制服に身を包んでいた。右側の肩よりも長い黒髪を乱れないように後ろでしっかりと留めている丸顔の女性を見つけると、僕はすかさず駆け寄った。

「あの」
「本日は来館ありがとうございます。どのようなご用件でしょうか?」

そう聞かれながら胸元についているネームプレートに相田愛海、下にはローマ字で Manami Aida と書かれていることをすぐに記憶した。

「ここからすぐのエレベーターはどちらにありますか?」
「お客様から見まして右手の通路をまっすぐ進みまして奥の突き当たりにございます」
「ありがとうございます」

そう言って、ベンチに腰をかけている悠大に近づき言葉をかける。悠大はキラリと光る何かを左手に包み込んだように見えたが、それが何かはわからなかった。

「何を聞きに行ったんだ?」
「あっ、悠大。今応対してくれたお姉さんが僕の理想だよ。名前の確認だけしようと思って適当なことを聞いてみた」
「えっ?そうなのか?確かに前にお前と一緒にここに来たときに親切に対応してくれたよなぁ」
「ここからずっと眺めているのもいいよな」
「そんなに好きなのか?お前の理想ってなんとなく良く分かったよ。ところで名前は?」
「ネームプレートには確か相田愛海(あいだまなみ)って書いてあったよ」
「相田愛海さんかぁ、しっかりと覚えておくからな。ところで、これからどうする?」

悠大は徐にベンチから立ち上がり学生カバンの長い紐を肩にかけながら、そう問いかけて来た。もう少しここで愛海さんを眺めていようと思ったのと、少し一人になりたくなったので悠大が行ってしまうことを引きとめようとも思わなかった。

「僕は、もう少しここで涼んで行くよ」
「そうか、俺はちょい用事を思い出したから、先に行くよ」
「あぁ、オッケー」
「じゃあ、また明日、学校でな」

明日も部活仲間と集まることになっていたのだ。モールの中へと消えて行く悠大の姿を見ていた視線を、すぐにインフォメーションセンターのほうに移した。愛海さんばかりじっと見つめているわけにもいかないので、隣の女性を時々見たのだが、僕の理想とは少し違っていた。左の女性は愛海さんよりも美人ではあるが、可愛さに欠けるのだ。

悠大が提案してここに来たって言うのに、先に帰ってしまった。あいつこのことだからまっすぐ家に帰るとは思えない、とにかく後でメッセージ送ればわかることだ。僕はもう少し「彼女」の様子を見守るために、インフォメーションセンターの目の前にあるセルフ式のオープンカフェへと移動した。



カフェに入ってから30分ほど経っただろうか、勉強する素振りをしながら、愛海さんの姿を観察していたが、かなりの頻度で接客を続けていた。色々な人と話をしなくてはならない職業だけに、時には大変そうにも思えた。同じ制服に身を包んだもう一人の女性がやって来た。黒のシンプルなデザインをしたヒールが大きめのパンプス、膝丈の淡い緑色のタイトスカート、緑の衿が印象的なクリーム色のカットソーブラウスといういで立ち、手に提げていた透明なカバンをカウンターに置くと、簡単に引き継ぎを行ったようだ。

愛海さんは持ち場を離れるため、カウンターから立ち上がり、透明なカバンを手にしてどこかへ行ってしまった。三人のやり取りからして、愛海さんは退勤時間になったのではと思った。歩く姿もなんだかウキウキしているように見えるからだ。そう思うと、もう少しここでゆっくりと言うわけにはいかなかった。すぐに身の回りの整理をして帰ろうと考えたのだ。

その時、視界に突然ある人物が飛び込んで来た。2本の紺のラインが印象的な大きな白衿のセーラー服、紺色のスカーフは外されている。ひざ丈の紺色ヒダスカートという制服に包まれたクラスメートの梨桜(りお)が、僕の存在に気がついて手を振りながら近づいて来た。

「なんかさ、学校帰りにこんな所で会うなんて奇遇だよね」

見るからに冷たいフラペチーノを手に持ち、梨桜は僕の隣に座って来た。クラスメートとは言っても普段はそんなに話したことも無いのに、隣に座っているだけでなんだか緊張して来た。梨桜だってやはり異性なのだ。梨桜も夏休みだって言うのに学校へ行って来たらしいが、確か部活はやっていないはずなのでなぜか制服姿というは気にかかった。

「実は私のお姉ちゃんが、あそこのインフォメーションで働いているんだぁ、今日の仕事が終わってから一緒に帰ろうと思って、ここに来たの」
「あっ!まさか、相田愛海さんって、梨桜の?」
「えっ?どうしてお姉ちゃんの名前を知ってるの?まさかストーカー?」

僕は手を大げさに左右にフリながら真剣な眼差しで梨桜に釈明を求めていた。

「そんなんじゃないよ。さっき応対してもらったから名前を覚えていただけだって、それに梨桜と同じ苗字だからピーンと来ただけだよ」
「なんかそれだけじゃない気がするけど、なんでも無いってことにしておくわ」
「それにしても全然似てないんだな。梨桜と姉妹だったなんてすぐにわからなかった」
「まぁ、それは年が離れているからだと思うけど、一緒にいても姉妹として見られるよりはお母さんみたいな所があるかも」
「オムツも交換したのよ的な感じかな、それもなんかわかるような気がする」
「そう?どうしてかなぁ」

梨桜はストローに口を含んでフラペチーノを飲み込んだ。画面の光ったスマホを確認したかと思うと、その場から梨桜が立ち上がってカバンを手に取りスカートの裾を揃えていた。

「そろそろ、お姉ちゃん来るって、良かったら紹介してあげよっか?」

こっそり軽く舌を出しながら梨桜が笑う姿に一瞬ドキッとした。インフォメーションで見せてくれら愛海さんの笑顔とどことなく通じるものがあった。

「お姉ちゃんにクラスメートとして紹介するだけだよ。でも、今は彼氏がいないから根岸くんにその気があればうまく結びつけるのもいいかもね」

梨桜は僕を動揺させる言葉を畳みかけて来る。それも悪くないと思っている僕の心を見透かしているようだ。そう言いながら僕たちは店の前に出た。

「とにかく、梨桜の姉さんが来たら僕行くから」
「なんかわかりやすいなぁ。お姉ちゃんが理想のタイプなんじゃない?もう少し待ってくれたら私も同じようになるのに」
「同じようにはならないじゃん、同じ血が流れているだけ、姉妹はやっぱり違うって」
「冗談よ。とにかく、お姉ちゃんにはしっかりと紹介してあげるね。案外年下好きかも知れないから、その時は応援してあげる」

応援してあげるだなんて言われると恥ずかしくなってしまった。できるだけ悟られないようにしなくてはと思って、梨桜の前ではできるだけ堂々としているように見せた。

「梨桜、お待たせ!あれっ?この子は誰なの?まさかあなたの彼氏!」

カフェの前に私服に着替えた愛海さんがやって来た。制服姿の時とは違って、淡いピンクのブラウスからはわざと下着のラインが見えていた。オフホワイトのチュールスカートは表の生地を通して裏地が見えるデザインだった。ヌードカラーのピンヒールパンプスという姿はさっきまでとは違う人のようにも見えた。さっきとは違って金の星形ペンダントが印象的なネックレスが揺れていた。軽く香水のかぐわしい香りが漂ってきたこともあって、さらにドキドキして来た。

「ねぇ、お姉ちゃん。彼氏じゃないわよ。ただのクラスメートの根岸光太郎くんよ。私になんか興味なくて、お姉ちゃんみたいな人が好きみたいなの」

どうやら梨桜は余計な言葉を付け加えていた。

「えっ?私!?」

愛海さんはそんな風に叫びながらも何か嬉しい様子だった。それでも、僕は必死に弁明することにした。

「そんなんじゃありません。梨桜さんのクラスメートなだけです。ここに来たらたまたま会っただけですよ」
「本当かしら?学校帰りにわざわざ来る場所でも無いわよねぇ」
「それもそうですけど、とにかく梨桜と会ったのは偶然です」
「お姉ちゃん、根岸くんをからかうのはこの辺で止めて、一緒に帰ろうよ」
「それもそうねぇ、せっかくだからどこかでお茶でもしてから家に帰らない?」
「いいわよ。じゃあ、駅前に行かない?」

二人きりの会話が淡々と続いていたが、僕はこの場から離れようと思った。

「あのぅ、僕帰りますね」

途中に割り込んだこの言葉でようやく突破口を見つけた。

「あっ?帰っちゃうの?良かったら根岸くんだっけ、一緒にどう?」

突然、愛海さんは思ってもいなかったことを口にして来たので驚いた。

「姉妹水入らずの時間だっていうのにいいんですか?」

慌てながらも落ち着いて訪ねることができた。

「いいわよ。もう少しあなたと話してみたいから」
「お姉ちゃん!まさか、こいつ。。。根岸くんのことが気になってるの?」

梨桜は嬉しそうな表情でこんなことを言って来た。やっぱり応援するというのは本当のことなのかも知れない。

「そんなの、いいじゃない。梨桜のクラスメートだから興味があるだけよ」

そう言いながら愛海さんはショルダーバッグを肩から下ろした。

「私はまぁいいよ。あとは根岸くんの気持ち次第」

確かに梨桜にとってはどうでもいい話だろう。僕が二人と一緒に過ごすことができるだろうか、ちょっと考えてしまう。そんな風に考えている時、愛海さんの胸に揺れていた金の星形ペンダントが赤く光り輝いた。すると、愛海さんはペンダントを手に握ったかと思うと軽く振ってみせた。

「あっ、お姉ちゃん。胸元のペンダントが今光った気がするんだけど、それって気のせいかしら?」

妹の梨桜に聞かれると姉の愛海は手のひらを開き、その上に載せてじっくりと見せた。さっきまで赤く光っていたはずなのに、どうやら元の金色に戻っていた。

「このペンダントは普段は金色なんだけど、時々、発色することがあるらしいの、ちょっと変わった物らしくってね。そんなに気にしなくてもいいのよ」
「へぇ、そうなんだ。さすが私のお姉ちゃんだけあるわ。今度、私も首から下げていいかな?」
「うん。考えておくわね」

二人だけの会話が続いていしまうと、すぐについて行くことができなくなってしまうので、僕はまた割って入ることにした。

「年の差がずいぶんあるのに本当に仲がいいんですね。羨ましいなぁ、僕なんて一人っ子だから兄弟すらいなくてよくわかんないから」

そう、僕には兄弟もいなかった。こんな風に姉妹の会話が交わされると、どこで話を入れたいいのかそのタイミングすらわからなかったのだ。

「そうかしら?そんなに仲がいいとも思わないけど?まぁ、当たり前の感じかな、違いがあるなら赤ちゃんの頃にオムツ交換したことがあるくらいよ」
「お姉ちゃん!」

梨桜は愛海に手で背中を叩きながら、恥ずかしそうに叫んだ。歳が離れているから、姉妹の関係だけでなく親子のような関係になってしまうものかも知れない。

「冗談よ。とにかく、根岸くんだったわよね。私たちと一緒にお茶して行くかしら?」

愛海さんが僕の目を見つめながら話しかけて来たので、僕はつい視線を梨桜の顔にそらしてしまった。梨桜は相変わらずどっちでもいいけど早く決めて欲しいという表情をしていた。

「じぁ、ご一緒させていただきます」

視線を愛海さんの目に再び合わせてから大きく宣言した。愛海さんはホッとした表示を浮かべると、星形ペンダントを握りしめていた。

「良かった。まずは駅前のいつも行っている所へ行きましょう」

モールの中に甲高く響くヒールの音に導かれるように、僕たちは後を付いて行った。



愛海さんと梨桜がよく行くらしい駅前の喫茶店、昔ながらの席で落ち着いて注文ができる店だったが、とても居心地のいい空間だった。ボックス席で革張りのソファに腰を降ろすと、ゆったりとした時間を過ごせてしまいそうだった。僕の目の前には愛海さんと梨桜が並んで座っている。きっとこういう状態を両手に花と言うのだろう。

「それにしても、まだまだ残暑が厳しいわよね。私よりも若い二人が羨ましいわね。まだ夏休みが残っているんだからゆっくりと休めるわよね」
「まぁ、そりゃあ。まだまだ僕たちは高校生ですからね。数日経つとすぐに二学期が始まるってわけで、宿題も大量に出ているしそんなに楽なもんじゃないですよ」
「でも、お姉ちゃんに較べれば、私たちはまだまだ子どもの域なのよね。私は早く大人になりたいって思うの、もちろんお姉ちゃんみたくステキな人にね」

この姉妹は本当に仲がいいことが伝わって来る。一緒に育つとこのようになるんだろうか、僕はふと思った。

「梨桜のお姉さん」

リラックスした雰囲気の中、僕は愛海さんに対して気楽に呼びかけることができた。

「なんなの?光太郎くん」

そう言われてしまうと、また恥ずかしさが込み上がってくる。思わず下を向いてしまった僕は、愛海さんの顔を見ることができなくなった。

「根岸くんって、なんか可愛いわね。私が名前で呼ぶと恥ずかしくなっちゃうなんて、それに、愛海って呼んでいいわよ」
「お姉ちゃん、クラスではこんな感じじゃないのよ。もっとハキハキとした感じがあるんだけど、やっぱり男の子なんだね。うぶなところは私も可愛く思える」

そう言って二人はお互いの方に向いて、微笑み合っていた。恥ずかしさが少し落ち着いた僕はようやく次の言葉を続けることができた。

「愛海さん」

きっと、このまま目の前に置いてあるカップを手に持ったらブルブルと身体が震えていることがわかってしまうだろう。それぐらい緊張感が高まっていた。

「光太郎くん。な~に?」
「胸元に飾られている金の星形ペンダント、よく似合っていますね」

なんとか思っていたことが言えたので、ホッとした。愛海さんは右手を胸元に持っていってペンダントを手の平に載せると、僕の目の前にかざしてじっくりと見せた。

「最近、ある人からもらったのよ。とっても可愛いでしょ。この素材がちょっと特殊で光の角度とかによって時々光って見えるのよ」

光の角度とかによって時々光って見えるというのはちょっとよくわからない。そう思っていると星形の中心部分が赤く光り始めていた。

「お姉ちゃん、また赤く光ったよ」

赤く光ったことには梨桜も気づいていた。すると愛海さんはさっとペンダントを握ると、軽く振りながら手を離した。ペンダントは再び胸元で揺れ動いていた。

「えっ、そう?さっきも言ったけど、これは赤く光って見えることもあるのよ」

さっきまでの赤い光はまたどこかへ行ってしまったようだ。ブラウスの空いた空間から見える胸元で揺れているのでじっくりと見つめることができない。

「お姉ちゃん、私トイレ行ってくるね」

そう言って梨桜が席を立つと二人きりになってしまったので、ますます緊張してきた。この状況を打ち破ったのは愛海さんの方からだった。

「ねぇ。光太郎くんの理想ってどんな人なの?」

それはまさに学校から駅に向かう時に悠大から言われた質問だった。とりあえずこことは誤魔化して凌ごうと思った。

「それって、理想のタイプを聞いているんですか?」
「えっと、そうなんだけど、具体的にどんな人かな?」

僕の理想は具体的に言うと、目の前に座っている愛海さんのような人だなんて言えない、目線を合わせるのは厳しいので胸元に揺れているペンダントへと視線を移した。

「ねぇ、そんなにこのペンダントが気になるの?」
「そんなんじゃないです。ちょっと考え事しているだけですから」
「もしかして、さっき梨桜が言っていたように私が理想のタイプだったりするの?」

愛海さんは、覆い被せるように言葉を畳みかけて来た。

「……」

(何も返事を返せない)だまったままでいるしかできなくなってしまった。ここで愛海さんが理想のタイプだなんて、今は言えないと思った。

「本当のことを打ち明けてもらっていいのよ。私が理想だって言うなら現実を教えてあげるんだから」

いっそのこと本当のことを言ってしまう方がいいんじゃないかという気持ちが半分、いや言わずにごまかそうという気持ちが半分となって心の中が揺れ始めていた。

「僕の理想は……」

意を決して声を出そうとしたところで、梨桜が戻って来てしまった。

「お待たせ~!」

結局、この会話は雰囲気的に一旦流れることになってしまった。

「お姉ちゃんったら、根岸くんと二人っきりで何を話していたのかなぁ。遠くから見ていると根岸くんが困った表情していたから」

どうやら、梨桜は二人で会話しているところを遠くから少し観察していたようだ。

「別に何でも……」
「梨桜!」

僕は話の流れを完全に断ち切ってしまおうと思ったが、それは愛海さんによって遮られてしまった。

「根岸くんに理想のタイプを聞いていたのよ。私が理想のタイプだって言うのなら現実を教えてあげたいの」
「フフフ。そうだったんだ。困った表情をしていたのにはそんなわけがあったんだね」
「はっきり言ってしまったらどうかしら?私が理想のタイプだって言えば楽になるでしょ」

愛海さんにそう言われた瞬間、僕の中で今までしっかり守っていた一線が切れた。

「愛海さんこそまさに僕の理想のタイプにピッタリなんです!」
「やったー!」

この場面に立ち会った梨桜は一気に手を突き上げていた。

「光太郎くん。ありがとう、あなたの気持ちは嬉しいんだけど、妹の梨桜がいる前で言われた以上はね……」
「ただの理想の話ですから忘れてください」

愛海さんは右手を顔の下に持って行くと、何かを考えているようだった。そして、コーヒーカップを手に取り、一口飲んでから落ち着いた声で語り始めた。

「私ってあなたのクラスメートである梨桜の姉だけど、ちょっとだけ付き合ってみる?」
「えっ?それってマジっすか?」

僕は思わず本音が飛び出していた。

「今のは冗談よ。付き合っている人はいないからもう少しフリーでいようと思ってるの」

そう言うと愛海さんはバッグの中からポシェットを取り出しすっと立ち上がった。

「そろそろ帰りましょう。その前にお手洗い行って来ますね」

トイレに向かう愛海さんの後ろ姿がとてもステキで、視界から消えてしまうまでずっと後を追って見てしまった。



夕焼け色が窓に映し出されていた。自分の部屋に入るといつもの場所にカバンを置き、ベッドの上にダイビングした。やっぱり理想は理想に過ぎないのだ。もっと現実を見よう、僕にとっての現実はやっぱり年上のお姉さんではなく、クラスメートか年齢の近い人がいいんじゃないだろうか。家に帰宅するや否や、いつもよりも遅くなってしまったこともあって、母親から色々と小言を言われてしまった。

ベッドに仰向けになったまま目を瞑りながら今日の出来事を振り返ってみると、愛海さんの姿を間近で見ることができたり、話ができたりしたのは喜ばしいことだった。しかし、愛海さんは結局、僕のような年下には興味が無いと言うことも感じた。それにしても、クラスメートの梨桜が妹だったなんて少しも気づかなかった。そういえば、普段は梨桜と話をすることもなかなか無かったけど、梨桜と会話ができたことだけでも良かった。

とにかく、いつまでも制服のままでいるわけにはいかないので、白のポロシャツとジーンズに着替えた。そういえば、悠大の奴どうしているかなぁ。モールで別れてから何も連絡をしていなかったので、スマホからメールを送っておいた。メールには愛海さんと直接会うことができたこと、そして、会話ができたこと、梨桜が愛海さんの妹だってこと、そんな内容を書いておいた。送信ボタンをタップすると、スマホを机の上に置いて、ベッドに腰をかけた。ふうっ~というため息と共に背中を伸ばしながらベッドに横たわったのだ。

ピーンポーン、ピーンポーン

一階でインターホンが鳴り響いてた。母さんが応対したらしく、しばらくすると玄関を開ける音が聞こえた。二階の僕の部屋へと階段を上がる音が聞こえたかと思うと、その音は僕の部屋の前で止まった。ドアをノックして母さんが扉を開けて来た。

「光太郎!あなたお客さんよ」

部屋のドアが開くと、驚いたことに母さんと一緒にいたのは愛海さんだった。さっきと同じくピンクのブラウスとオフホワイトのスカートに包まれている姿はやはり可憐だった。

「こんばんは、ちょっと話したいことがあって、来ちゃった」

右肩に掛けていたバッグを両手で真下に抱えた状態で挨拶をして来た。愛海さんの胸元にはさっきと同じ金の星形ペンダントが揺れていた。さっきよりも親しい感じだったので、急にドキドキして来た。

「そもそもどうして僕の家を訪ねて来たんだよ。愛海さんってどうかしてるんじゃないの?」

部屋の中に愛海さんを通し、勉強用の椅子に座ってもらった。愛海さんの留めていない長い髪が風に靡くと香水のかぐわしさをはっきりと感じ取ることができた。

「そうなのよ、私ったらどうかしちゃったみたいなの。根岸くんのことを思い出していたら、こんな夕方なのに会ってみたくなったの。梨桜に無理やり住所を調べてもらって、ここに来たってわけ」
「でも、うちの母さんがよく入れてくれたね。他人をうちに入れのはけっこう嫌がるんだけど、珍しいや」

愛海さんは右手の指を自分のあご元に立てた。

「そこなんだけど、きっと、根岸くんの彼女だって言ったからよね。びっくりしてたけど、すぐに部屋まで案内してもらったわ」
「そんなこと言ったの!?」

なんだかさっき会った時よりも僕に対して積極的な感じを受けた。

「まぁ、いいじゃない。私、やっぱり根岸くんと付き合おうと思って。せめて今夜だけでもちょっとだけお話させてくれないかな」
「いいけど、ここだと母さんもいるし、もうすぐ父さんも帰ってくるし、落ちついて話すには適切な場所じゃないかも」
「じゃあ、外に出ることくらいできないかしら、お母さんを説得したら大丈夫よね」
「説得なんてできるかなぁ」
「大丈夫よ。私が話してみせるから、外に出かける準備をしてね」

そう言われて、僕はポケットに机の上に置いてあるいつものセットを突っ込んで準備を終えると、一緒に玄関に降りて行った。降りる途中で母さんが出て来ると、なんとも親しそうに愛海さんが母さんに声をかけた。

「お母さん。ちょっとだけ根岸くんをお借りしますね。外で食事でもして来たいと思います。21時までには帰しますので、よろしくお願いします」
「愛海さんが一緒でしたら安心です。あんまり遅くならないようにお願いしますね」

こんなにすんなりと承知する母さんの姿を見るのは初めてのことだった。

「ありがとうございます。それでは、一緒に出かけて来ますね」

愛海さんは9cmはあるピンヒールパンプスにゆっくりと脚を流し込み、僕は白のスニーカーを履いて、薄暗くなってきた表へと出て行った。



さっきまで残っていた夕陽もすっかり沈んでいて、僕たちは街灯を頼りに駅の方へと向かっていた。愛海さんのヒールの音だけが静かな道に響いていた。交通量は少なくて薄暗いので女性の一人歩きには危ない場所かも知れない。

「ここは本当に住宅街なのね。こんな時間に歩くだけでもドキドキしちゃうわ」
「本当に静かな街です。僕がここに引っ越してからずいぶんと開発が進んだものの、夜が静かなのは以前と全く変わってません」
「ねぇ。これからどこへ行こうかしら?お腹空いたでしょ」

とにかく駅まで行ってから考えることにしたが、小さな駅なのでそんなに色々とある訳が無いことも分かっていた。いつもなら7分ほどで到着する道をゆっくりと15分くらいかけて前へと進んでいた。お互いのことを少しずつ話しながら歩いていたので、そんな時間もあっという間に過ぎ去っていた。僕たちは結局、駅前のハンバーガーショップに入って食事を取ることに決めた。



天井までの高さがある大きな窓からは、駅とのどかな夜景が広がって見えた。遠くの方にポツポツと明かりが見えるだけ、ここでは騒がしい明かりが無いのだ。この窓のすぐそばにあるテーブル席に二人で陣取った後、注文するためにレジカウンターに向かうと、笑顔がとってもステキなショートカットの女性が対応してくれた。

この時、僕らはセットメニューを頼んだ。大きなハンバーガーとフライドポテト、それにドリンクという典型的なセットメニューだ。愛海さんのトレイにはホットティー、僕のにはコーラが置かれている。愛海さんのトレイには実は違う種類のハンバーガーがもう一個載せられていた。愛海さんって見た目によらず結構大食いなのかな。そんなことをちょっとだけ思った。

席に着くと、愛海さんは右脚の上に左脚を載せて脚を組んでいた。右脚が上に来るのは僕と同じで、ほんのささいなことだけどほんの少し嬉しくなった。

「いただきま〜す」

そう言って、僕はさっそく大きなハンバーガーにかぶりついた。愛海さんはホットティーのティーパックを小さな小皿に載せてから、カップを柔らかい唇に当てながら、安堵の表情を浮かべた。

「それにしても、根岸くんって本当に可愛いわね。ここまで来る途中で思ったんだけど、私と興味のある分野が同じみたいね。さすが『理想の娘』だけあるなって」

そう言われると、僕は思わず紙コップに入ったコーラを、咥えたストローで一気に吸い込んでしまった。恥ずかしさを隠そうとするために分かってはいるもののオーバーアクションになってしまうのだ。

「わかりやすいですよね。さっき二人と別れて家に帰る時は現実を見ようと思ったんですけど、やっぱり理想を夢見るのもいいなって思い直しました」
「理想を夢見るんじゃなくて、理想を現実に変えていかないとね。理想を飛び越えてこそ、根岸くんの眠っているところが引き出されるんじゃないかしら」

愛海さんは日中に会った時とは違って、僕に好意を持っているのがひしひしと伝わって来る。目の前に座っている愛海さんは僕よりもいくつか年上のはずだが、こうやって正面からじっくりと眺めているとずっと若く感じた。トレイの上に載せたポテトに手を伸ばすと、愛海さんの指に触れてしまった。びっくりして、僕は思わず伸ばしていた手を引っ込めてしまった。

「先に取って、いいわよ。育ち盛りなんだからね。まさか、指を触れただけで何か感じちゃったかしら?」

図星だった。愛海さんの指に触れたことで電気が走ったのだ。愛海さんの手がポテトの上に無いことを確認してから、おとなしく一本掴んで口の中に入れた。少しリラックスして来た僕は愛海さんに思っていたことを聞いてみることにした。

「愛海さんって、梨桜とは全然違いますよね」

どうしても梨桜とのことが気になってしまうのだ。クラスの中にいるとそんなに目立つ存在では無かったが、愛海さんの妹ということを知った今となっては、これが最大の懸案事項となっていたのだ。

「そうかしら?これでも本当の姉妹なのよ」

年の離れた姉妹だけに僕としては愛海さんと梨桜と間に差が無ければならないと感じているだ。高校生の梨桜に較べることは無いのかも知れないけど、愛海さんにはやっぱり社会人の魅力があるのだ。

「だって、やっぱり大人だなって感じがします」
「私の高校時代も梨桜みたいにおとなしかったんだけどね。大人になると、ちょっとだけ社交的になれるのよ」

愛海さんは瞳を輝かせながら語って来た。そう言われると愛海さんだって高校生の頃があったのだ。みんなそうやって通過するものなのに、僕はまだ通過している途中のため考えたことも無かった。過去のことを振り返るよりもこれから先の人生の方が長く残っている気がするからだ。

「もしかして、高校時代の私について知りたい?ちょっと待ってね」

愛海さんの高校時代のことはそっとしておこうと思っていたが、愛海さんの方から話を持って行ってくれた。シャイニーピンクのケータイを開き、ピンクのマニキュアが塗られ銀色のライトストーンが散りばめられた指を高速で動かしていた。指が止まったかと思うと画面を僕に見せてくれた。

「これが、高校時代の私の写真よ」

ケータイの画面には焦げ茶色のブレザーに赤いリボン、そして、ギンガムチェックのミニスカートの制服に包まれている女子高生の姿だった。雰囲気はまるで梨桜とそっくりだった。セミロングの髪型も実は愛海さんと同じヘアスタイルにしているだけなのかも知れない。

「なんだか、梨桜に似てる感じがします」
「そうでしょ。梨桜もそのうち私みたくなるのかなって思ってるわよ。学校ではおとなしいみたいだけど、本当は活発な子だから、もっと美人になるわ」

そういうと愛海さんはもう一つのハンバーガーに口を付けていた。僕のハンバーガーも跡形も無くなったが、あの小さな口で一気に詰め込んでいく様子は風貌から推測することができなかった。

「根岸くんは、やっぱり梨桜よりも私の方が理想なのよね?」

まるでアルコールでも摂ったのではないかと思うぐらい、はっきりと問いただしてくる。昼間に会っていた時には考えられないことだった。梨桜と一緒にいたので、自分の本当の気持ちは隠していたのかも知れないと思った。

「確かに、愛海さんが僕の理想です。でも、現実を見た方がいいですよね」

すると、愛海さんは半分ほど食べていたバーガーをトレイの上に置き、姿勢を正して僕の目をじっと見つめて肩に手を載せながら言った。

「そんなこと無いわよ。私は根岸くんと本当に付き合ってもいいと思ってるの。あなたが中途半端だから、私もどっちつかずにいるだけなのよ」

どうやら愛海さんは真剣に僕のことを思ってくれているようだった。なんだかわからないけれど、愛海さんの情熱が伝わって来る。ここでようやく僕も心の中にある一線を飛び越えたようだった。

「僕が決めればいいんですか?」

軽くうなずいた愛海さんを見て僕は心の中で決意したその通りの言葉を口から出していた。

「じゃあ、理想を現実にしてください。理想を飛び越えて現実に僕と付き合って欲しいです」

思ったよりも大きな声で告白していたので、回りに座っているお客さんから拍手が鳴り響いて来た。愛海さんの胸元に揺れる星形のペンダントもまるで僕らを祝福するかのようにきらびやかに光って見えた。

「わかった。今日から私はあなたの彼女。あなたは私の彼よ」

こうして、愛海さんと僕は結ばれた。目の前に愛海さんの顔が近づいてきたかと思うと、そのまま唇を奪われてしまった。ハンバーガーの味が口の中に残ったままという状況ではあったものの、これは僕にとっての初キスとして柔らかい感覚を忘れることができなくなってしまった。


夜になってもジメジメとした空気のため暑く感じるものの、川のせせらぎと秋虫の声でいくらか涼しく感じた。周りにはひと気が無いことを確認して僕たちは、河原の草むらに隠れて横に隣り合うようにして寝そべっていた。目の前に見えるのは満点の星空だった。街から少し外れただけでもこんなに星が見えるのだ。

僕が横目で見てみると彼女が空に向かって目を瞑っているのが見えた。一体何を思っているのだろう。何を考えているのだろう。僕みたいな年下で妹の同級生を彼氏にしようなんて、いくら考えてもどうかしているとしか思えない。でも、これはまぎれもない現実なんだ。

「ねぇ、光太郎。こんなに沢山の星があるけど一体誰が作ったんだろうね?」
「星って宇宙の中にあるチリや埃が固まって出来たって言うけど、誰が作ったなんてわかんないよ」
「それじゃ、偶然できたって?それなら私たちも偶然生まれて偶然死んで行くの?」

きっとそこには何か理由があるに違いない、そう言いたかったけど、この景色を見ていると言い争うのはやめるしか無かった。

「とにかく、私たちが出会ったのは偶然じゃないわよ。会うべくして会ったの、それだけは覚えておいてね」

彼女はそう言うと、体を抱きしめて欲しいと体で要求して来た。ギュッと抱きしめると、彼女の柔らかい体をしっかりと感じ取ることができていた。唇を交えること、ただそれだけではあったものの、とっても気持ちが良かった。



「ただいま~」

一人で玄関に入るや母さんがリビングから飛び出して来た。

「光太郎。さっきの人って本当にあなたの彼女なの?」
「ははは、まぁね」
「ずいぶんと年が離れてるけど、騙されてるんじゃないかと思ったわ」

そうやって交わしてみたが、彼女にメールをすると、騙してなんかいないという返事がすぐに届いた。それどころか、母さんに丁寧な挨拶文まで書いてくれたのでそれを見せるとすぐに納得してくれた。そして、自分の部屋に入りベッドの上に寝転がるといつの間にか眠りについてしまった。一日にあった様々な出来事によって僕の体はかなり疲れていたのだ。



数日後、部活の登校日のために学校へと向かった。

「なぁ、愛海さんとはうまくいったのか?」

駅で悠大と合流するとすぐにこんなことを言って来た。

「えっ!?なんでだよ。そんなこと……」
「だって、お前の顔に書いてあるよ」

どうやら嬉しい気持ちが僕の顔に出ているようだ。この気持ちは誰にも隠しきれなかったのだ。親友だから悠大の奴には教えてやってもいいだろう。

「僕たちが付き合ってることは、まだ公表できないから、黙っていて欲しいんだ」
「もちろん、約束したことぐらいわかってるって!理想を飛び越えて現実にするなんて、まぁ、俺が結びつけたようなもんだから、幸せに付き合ってくれよな」

そう言って悠大は僕よりも一歩前を歩きながら鞄の中を開けて何かを探していた。太陽光が悠大の鞄の中にある何かに反射して眩しく感じた。

確かに悠大に言われてモールに行くことが無かったら、何も始まることは無かった。とりあえず、僕が卒業するまでは年の差デートは危険だからモールに会いに行くのは禁止していた。休み明けに梨桜と学校で会っても愛海さんと付き合っていることは秘密、卒業するまではまるで遠距離恋愛のようにしてコソコソ付き合うしか無かった。そうやって彼女ができた残りの高校生活は充実した時間を過ごしていった。



高校の卒業式、母親には来なくていいと言っておいたので、講堂の父母席にその姿は無くてホッとした。僕は高校の卒業式に親が出席するのを恥ずかしいと思っていたからだ。しかし、父母席なのにひときわ若い女性が座っているのを見つけてしまった。それは、彼女の姿だった。僕が卒業するまでは公的な場所ではほとんど会うことができなかったが、卒業したら公表しても良いことにしていた。でも、卒業式に来るなんてことは考えてもいなかったのだ。

卒業式の後に最後のホームルームが終わった。悠大は卒業式だと言うのに高熱を出して休んだらしいので、僕は一人で正面玄関に向かった。コーラルピンクのフォーマルスーツに身を包んだ愛海さんが梨桜と立ち話をしている様子が見えた。梨桜の姉として出席しに来たのに気づきホッとした。そのままそっと校門を抜けようとすると、愛海さんが僕に向かって大きく手を振ってきた。

「ねぇ、光太郎!」

呼ばれている。これにはさすがに従うしか無いと思った。振り返って近づいて見ると、愛海さんは僕の腕をさっと組んで来た。胸元には半年ぶりに見る星形ペンダントが揺れていた。

「卒業したんだから、一緒に写真を撮りましょうよ」

さっきまで話をしていた梨桜はなんだか唖然としている様子。

「お姉ちゃん!?まさか、光太郎と付き合ってるの?」

妹に面と向かってそう言われると愛海さんは手を口に当てながら笑みをこぼしていた。

「ウフフ。そうよ、実は私たちってあの日から付き合い始めたのよ」

梨桜も半年前の情景を思い出したようだった。

「えっ!マジなの!どうしてそれを早く教えてくれなかったの?」

どうやら梨桜は驚きと共に寂しさを感じているらしかった。

「だって、光太郎が卒業するまでは公表しないってことにしたから、梨桜にも教えることはできなかったのよ。抱きしめてあげるから許してね」

愛海さんは梨桜を抱きしめながら、妹の門出を祝いつつ、実は自分にとっても新しい一歩を踏み出していたのだ。



ほのかに暖かい部屋の中で僕は卒業式の看板の前で撮影したばかりの写真をタブレット端末を使って映し出して見ていた。それは梨桜が撮影してくれたものだ。それを引っ越して来たばかりの愛海さんと一緒に眺めていた。他にも色々な写真を振り返って見てみることにした。それにしても、まさか僕が卒業するタイミングで愛海さんが一人暮らしを始めるなんてことは思ってもいなかった。とにかく、僕もこれからは時々ここに来ていいということで鍵まで渡されていたのだ。

「ねぇ、光太郎?」
「愛海さん、なんです?」
「そんな風に丁寧に呼ばなくてもいいのよ。愛海って呼んでくれなきゃ寂しいじゃない」

愛海さんも年上の理想の女性から卒業して僕の正真正銘の彼女となったのだ。だからこそ、こんな風に積極的に僕を誘ってくれるのかも知れない。写真を振り返っているとある写真を開いたところで愛海さんが大声をあげた。

「あっ、この写真に映っているペンダント!今日つけてきたのと同じよね。光太郎は私と初めて会った時のこと覚えてる?」

愛海さんは僕が告白した日の写真を見てそう叫んだのだった。愛海さんのことを初めて見たのはオープンしたばかりのモールに最初に行った時のことだった。そして、その後で愛海さんと直接話をする機会ができたのだ。インフォメーションセンターのお姉さんとしてではなく、年上の理想の女性として話をしていたのだが、いつの間にかこうしてつきあうようになった。

「覚えてますよ。愛海さん、いやっ、愛海」

愛海さんのことを呼び捨てで呼ぶには、まだ気恥ずかしかった。

「私は光太郎を初めて見たときは梨桜の彼氏かと思ったんだけど、全然そんなんじゃなかったわね」

愛海さんは遠い昔の日のことを懐かしむような表情でどこかを見つめていた。

「このペンダントはね。こうやって大切な日に首に掛けようと思っているのよ」

こうして何でもない、たわいもない恋人同士の付き合いが始まった。とにかく、半年前の出来事がなかったら、僕らはこうして付き合うことは無かったのだ。

高校を卒業して悠大の奴は海外に行って来るって言ってたから、次に会うときには色々と話してやろう、人生の恩人に報いられるよう大事に愛を育んでいこう、そんな気持ちが僕の中にはいっぱいあった。

宇宙に数ある星のように、僕も数ある人間の一人なのだ。きっと誰がが目的を持って作られたのだ。そんな誰かに感謝しよう。そんな事を愛海の傍らで思いながら、時は過ぎて行くのだった。

(完)








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