私とワタシ

作:夏目彩香(2009年10月28日初公開)


気がつくと目の前には私がいた。赤茶色に染めた髪、茶色のセーラー服、白いスカーフ、いつもの私よりも短いスカート、黒のハイソックス、学校指定の黒のローファー、手には黒の学生カバンと命の次に大切な携帯電話。それはまさしく私の姿そのものだった。
「この姿、どうかしら?どこから見ても室田奈緒美(むろたなおみ)にしか見えないよね」
目の前のワタシがそう言っても私はそれに反論することができない、口は縄でしっかりと絞められているからだ。私も赤茶色に染めた髪、茶色のセーラー服、白いスカーフ、プリーツスカート、黒のハイソックス、学校指定の黒のローファー姿で縛られているのだ。周りの雰囲気からしてレンタル倉庫みたいな場所に閉じ込められていた。

「むぐぐぐ、ぐぐぐぐ……」

何か言おうとしても、やっぱり声にならない。

「とにかく、室田奈緒美が二人もいるのはまずいのわかってるわよね。ワタシがあなたの代わりをしてあげるんだからお礼を言ってるのね。ありがと」

そういうと、目の前のワタシは私の携帯電話で電話を掛けはじめた。相手はきっと彼氏に決まってる。私に成り代わって、彼氏を陥れようとしているはずだ。コソコソしゃべっているので何を話しているのかはよくわからない、ただいつもの私とは違って携帯電話に向かってキスをしたりしている。彼氏に対する私のイメージってそんなんじゃない、私はそう口に出したかったが無駄だった。通話が終わるとワタシは私に近づいて来た。

「じゃあ、行って来るわね。これから、あなたの代わりにマー君と勉強して来るからね」

勉強?ワタシから出たのは意外な言葉だった。

「マー君からどうしても聞きたいことがあって、あなたの体コピーしたのよ。特に他の理由は無いからね。じゃあ、すぐに戻ってくるからお留守番頼んだわよ」

そう言うと、ワタシはこの部屋の電気を消して外へ出て行った。取り残された私、カバンと携帯電話を持ってかれたことで、私は自分を証明するものが何も無いんだと思った。私は誰か助けが来るのを祈ることしかできなかった。

そして、しばらくすると部屋が急に明るくなって、目を開けた。祈り続けながら眠ってしまったらしい。スイッチの方に目をやると、そこにはやはりワタシの姿があった。

「ただいま!ワタシね〜マー君とずっと図書館にいたわよ」

そう言って、携帯電話の写真を私にた。それは、彼氏とツーショット写メだった。図書館が背景の写真となっていて、ラブラブな様子を見せている。

「マー君って本当にいい人よね。そして、ワタシの前だと更に優しいんだ〜、いろんなこと話しちゃった」

「ぐぐぐぐ……むむむむ……」

私は言葉を出そうにもやっぱり声が出なかった。

「じゃあ、ということで次の作戦でもいきましょうか?」

ワタシがそう言うと、ワタシの体が徐々に変化して行くのだった。


あれは数時間前、放課後のことだった。いつものように仲間同士でいつものようにくだらない話をしていた。それが終わると部活に行くみんなと別れ、私は一人で帰宅することになった。

学校の周りはのどかな田園風景が続いているといえば例えが良くて、要するに畑の真ん中にポツンと学校がある。私はいつものように畑の間を歩いて家に向かっていた。

その時、畑の中から突然全身タイツの男(体格からしてたぶんそう)が現れた。催涙スプレーのようなものを浴びせられ、私は気がついたら倉庫のようなこの場所にいた。

椅子にしっかりと縄で縛られているので、全く身動きが取れない。そして、そんな状態になった私の目の前にいたのがワタシだった。肉体的な特徴は全く私と変わりがなかった。ワタシの持っているカバンとその中身は私のものを勝手に使っているだけだが、それ以外に身につけているものは私のものよりも古めかしかった。私のスカートにはまだ無いテカリもある、誰かのお古を着ているのかもしれない。真っ暗な部屋に閉じ込められた私はそんな風に捕らわれた出来事を何度も何度も繰り返し考えていた。

今までの出来事が頭の中をよぎりながら、目の前にいるワタシは、セーラー服の横のファスナーを上げて上着を脱ぎ捨てると、スカートのウエストにあるフックを外しパサリとコンクリートの床の上に落ちた。下着姿になったワタシは、白のTシャツとシンプルなブラとショーツを脱ぎ捨ててしまう。私の目の前で自分のストリップを見ているという不思議な光景が広がっていた。

そして、裸になったワタシの首から下がゆっくりと変化していった。丸い肩はがっちりとした肩幅に広がり、白くて細かった手も黄色みがかって毛が伸びていた。股間のピンクの割れ目はがだんだんと膨らんで、私の体には無いものがそそり立った。脚にはすね毛が生えている。これはまるで男の体に変わっていくようだった。体には変化があるものワタシの顔は私と同じだった。

「あなたならこの体が誰のものかわかるんじゃない?」

顔は私と同じで、首から下が男の体というワタシは妙なことを口走った。しかし、私にはその体が誰のものなのかは見当がつかない。

「おへその下の辺りにあるほくろがあるんだけど気づかない?」

ワタシにそう言われてよく見ると、どこかで見たことのある体だということに気づいた。これってマー君の体だ。縄で縛られている私は言葉を出すことができない。

「あっ、しゃべれなかったのよね。ここで大声出してもらうとやばいから、そのまま大人しくしていて」

私の前にワタシがやって来ると、縄をきつく締め直した。

「もう、わかったわよね。この体ってマー君の体そのものよね。奈緒美の体で彼に近づいたから、マー君も油断しちゃったね。さっき会ったときに、マー君のDNA情報をもらってきたの、でもって、もらったDNA情報を反映させたので、こんな風になったのよ」

ワタシはとても信じがたいことを言っていた。DNA情報を自分の体に適用できるとでも言うんだろうか?

「せっかくだから、あなたに教えてあげるけど、ワタシは特別な全身タイツを着ているだけなのよ。全身タイツにDNA情報を読み込ませると、そのDNA情報から体を再現できるようになるの、それでもってあなたに成りすまして、マー君のDNA情報ももらったのよ。今はそれをわかってもらうために、体だけあなたの彼氏のマー君にしてみたのよ。じゃあ、次の作戦に進むためにあなたの体に戻すわね」

体が再び変化して行くと、全裸姿の私の姿と全く変わりのないワタシがいた。脱ぎ散らしていた下着とセーラー服を再び身につけていく。スカーフを結び直すとワタシは私の姿に完全に戻っていた。

「室田奈緒美で〜す。どう?やっぱり完璧よね。部分的に体を変化させるのはすっきりしないから、次のターゲットを誰にしよましょうか?」

そう言う目の前のワタシは次なるターゲットを携帯電話のアドレス帳をいじりながら探し始めていた。

ワタシはどうやらターゲットとなる相手を決めると、どうやらメールを打ち始めた。驚くべきことに、いつも私が携帯メールを打つのと同じように、両手を使ってキーを打っている。なんと速度や文章を打つ時の間合いまでも全く私と同じだった。

ワタシは打ち終わったメールをわざわざ見せると、宛先には親友の紗香の名前があるのだけはわかったが、内容まで確認することはできなかった。ワタシは携帯をカバンに入れると口を開いた。

「じゃあ、また行って来るね。すぐに戻って来るから。待っててね」

ワタシが電気を消して部屋を出て行くと、私はさっきまでと同じように真っ暗な部屋の中を身動きが取れない状態で待つしかなかった。

辺りが急に眩しくなったかと思うや人影が見えた。目が明るさに慣れて来て目をぱちくりすると紗香がいることに気づいた。私に近づきながら声を掛けてくれたようだ。

「奈緒美、大丈夫?」

明るくなった部屋に紗香の声が響いた。

「むぐぐぐ……ぐふふ……」

私は声を出したくても、口を縛られているため何も言えないのだ。嗚咽だけが紗香に届く。

「奈緒美、私がほどいてあげるからね」

そういうと紗香は自分のカバンからハサミを取り出した。

「これ持ってきたから大丈夫よね」

少し手こずりながらも、ハサミを入れて行くと縄が切れた。

「助かった〜!」

縄の締め付けから口が解放されると、いつものように口から新鮮な空気を取り込んだ。おいしくはないはずの倉庫の中の空気でさえも心地よい。

「奈緒美、良かったね」

紗香は私に抱きつきながら言葉をかけた。

「紗香ったら、どうしてここに監禁されているのがわかったの?」

私はさっきまで拘束されていたことも忘れ、紗香がここに来てくれたことが気になった。紗香は大きく深呼吸をしてから話し出した。

「さっき、奈緒美から私にメールがあったんだけど、それって奈緒美からのものじゃ無かったって気づいたの。いつもの奈緒美なら絵文字いっぱいじゃん。いつもより絵文字が3割減だったもの、実際に話をしても、奈緒美なんだけどなんかおかしくて、誰かが奈緒美に成りすましているかのようだったもの。正体までは突き止められ無かったけど、向こうに気づかれないフリをしながら、奈緒美の携帯を見せてもらって、この倉庫の写真があったから、まさかと思って来てみたわけ。あいつはあたしんちで眠らせておいたわ」
「えっ、眠らせたの?」
「うちのお母さん不眠症だから、その睡眠薬を拝借しただけどね」
「へぇ、紗香ったら、勇気あるわよね」
「マー君にも連絡してあたしんちに来るように言っておいたから、これから一緒にあたしんちに向かわない?」
「わかった」
私がそう言うとお腹がグーと鳴り響くと、続けて二人の笑い声が響いた。
「監禁されて何も食べてないんだよね」
私は紗香の前で軽くうなずいていた。
「ねぇ、紗香、そういえば警察に連絡した?」
「してないよ。もう少し様子を見てからでもいいじゃない」
「紗香って優しいんだよね。私もとりあえずはそう思ってんだ」
「優しいんじゃないよ。こんなことをするのは何かわけがあるはずだもの、それを聞いてから判断しようと思ってね」
「だから、それが優しいって、私ならギッタギタにしてやるわよ」
「拉致監禁されたって声を高らかにするのもいいけどね。そんなんじゃ、いつまで経っても裁き合いにしかならない、本物の愛を持ちたいなって思うの」
そう言うと、紗香は一緒に持って来た私のカバンを私に手渡してくれた。
「あっ、私のカバン」
「カバンだけじゃないよ」
中からは私の携帯も無事に出てきた。
「紗香、ありがとう!」
私はまた紗香に抱きついていた。紐から解放されていた時と同じように嬉しかったからだ。私が身なりを整えると、いよいよあいつが待っている紗香の家へと向かっていた。
倉庫から紗香の家までは以外にも近かった。こんなにも近いのだから紗香は写真を見ただけでもすぐに場所がわかったのだ。ずっと監禁されていたため外はすでに真っ暗だった。携帯を確認すると夜の8時を過ぎたところだった。
「意外よねぇ。小さい頃によく遊んでいたあの倉庫で監禁されていたなんて」
紗香は家に入るやポツリと呟くように言った。紗香の部屋は一戸建ての3階でリビングを通らなければ自分の部屋に入ることはできない、私は紗香の両親に見つかるんじゃないかと思ったが、紗香はそんなことを臆することもなく、3階へと駆け上がっていった。
「ねぇ、紗香。おばさんたちはどうしたの?」
私は階段を上がりながら紗香に聞いてみた。
「今日は二人とも仕事が終わってからそのままデートして来るって、さっきもメール来てたけど遅くなるって言うから、深夜になるんじゃないかなぁ」
その言葉を聞いて安心した私。紗香が部屋の扉を開ける。
「奈緒美、どうぞ」
この時、私はいつもの紗香よりもなんだかよそよそしい感じた。そして、ベッドの上に眠っている人の姿を見つけた。ワタシがぐっすり寝ていると思い安心すると、紗香の部屋にある小さなソファに2人で腰をかけた。
「ねぇ、紗香。ワ・タ・シは起きないよね」
「よっぽどうるさくしない限りは起きないはずよ。あっ、そうだ。奈緒美ったらずっと監禁されていたからのど渇いてるわよね。飲み物持ってくるね」
紗香はそう言うと2階のキッチンへと降りていった。冷蔵庫から適当にジュースを見つけて準備をしているよう。私は、ワタシが本当に寝ているのかどうか、気になり顔までかぶせてある布団を開いてそっとのぞいてみた。そして、ジュースとコップをお盆にのせた紗香が部屋に入ってくると、私は紗香の顔をじっと睨みつけるでき事が起きていた。
私が布団をそっとはがしてみると、そこにワタシの姿は無く紗香がスヤスヤ寝ているだけだった。すぐに布団を元に戻し、振り返ると紗香がジュースを持って来たところだった。紗香は私の好きな100%グレープフルーツジュースを持って来た。どうやら布団の中を覗いたことには気づいていないらしいので、悟られないように私はさっきまでと変わらない接し方をすることにした。紗香はグラスにジュースを注いでいる。
「奈緒美。これくらいでいいかしら?」
「あっ、ストップ」
私のタイミングがちょっと遅くなって、グラスにこぼれる寸前まで液体が満たされた。
「ごめん、ちょっと多すぎた」
「大丈夫よ」
そう言って私はグラスに口をつけた。私の喉が渇きに渇いていたのでまさに生き返った感じだ。
「そういえば、奈緒美ったら、お腹空いてるわよね」
「そうに決まってるじゃない。ずっと縛られて何も食べていないんだから〜」
「こんな時には私のお母さんがいたらいいって思わない?」
さっき、両親はいないって言ったはず。ワタシかも知れない紗香が何を企んでるのか、さらに気になるところだが、あえて分からないフリを続けた。
「紗香ったら、両親はデートして来るんって言ったじゃないの?」
「あっ、それは本当よ」
「だったら、ここに紗香のお母さんが来るわけ無いじゃない?」
「そうよ。奈緒美ったらワタシに隠してることあるわよね」
「えっ?何のこと?」
「とぼけたって無駄よ。ワタシに隠し通せるわけがないじゃん」
「まさか、そんなことないって」
「じゃあ、布団の中を覗いたのに何でワタシのことを疑わないの?」
「えっ!」
その時、私はやっぱりと思った。目の前にいる紗香は紗香ではなくワタシなのだ。
「ふっふっふ。ワタシももう少し分からないフリをしてあげようと思ったけど、ワタシが紗香なわけないじゃん。やっぱ、あなたってお人好しよね」
「じゃあ、やっぱり」
「そこで眠っているのが本物の紗香よ」
「さっき、次のターゲットって言ってたのが紗香だったのね」
目の前のワタシは紗香がいつもは見せることのない表情を作っていた。
「そうじゃん。ちゃんとメール見せたじゃない、とにかくお腹空いてるでしょ、ワタシが作ってあげるわよ」
「あなた、紗香のこと知らないんじゃない?料理なんてまるっきり駄目よ」
「もちろん知ってるわ。紗香が作るんじゃないわよ」
そう言うと目の前の紗香の体が変化し始めた。そして、紗香の母親の聡子(さとこ)おばさんの姿に変わった。聡子おばさんのセーラー服姿はなんだかコスプレをしているかのようにも見えてしまう。
「奈緒美ちゃん、これでどう?ワタシなら何でも作れるわよね」
「あんたったら、毒でも入れようと思ってるんじゃないの?」
「そんなんじゃないわよ。これは、さっきまで監禁したお詫びも兼ねてるの」
「お詫び?」
「あれは、ここにあなたを連れて来るための手段だったの」
ワタシの考えている計画というのがどんなものなのかわからないが、きっとこれもその計画の一つらしい、私の考えもきっと先を読まれているに違いない。
「なんかよくわからないけど、それって私を安心させようと思ったわけ?そういうことなの?」
私はこうしてワタシにひたすら質問攻めをするしかなかった。
「それもそうだけど、あなたをここに連れて来るためでもあったわ。もし、よかったらワタシと一緒に過ごしてくれないかな?」
私は自分を監禁したワタシからそんなことを言われたが、なぜか怒りは起きなかった。これもすべてワタシの計画の一つなのかも知れないが、
私はワタシがもっている心の弱さに触れたような気がした。
「私に危害を与えないって約束するなら、いいわよ」
「分かった。約束するわ」
ワタシの目を見ていると、どうやら本心から約束すると言っているようにみえた。ワタシは徐に立ち上がり部屋を出て行ったかと思うと、紗香の両親の部屋で部屋着である淡い黄緑色のワンピースを持って来た。
「これに着替えるわ」
そう言ってワタシは慣れた手つきで、セーラー服を脱ぎ捨て、ワンピースに着替えた。この姿ならいつも私が見ている聡子おばさんと変わらない姿だ。
「あなたからするとこの姿が落ち着くわよね」
着替えを済ませた目の前のワタシは私の目の前で軽くクルリと1回転した。そして、紗香のクローゼットを開けると、紗香のものとは思えないバッグから何かを取り出した。
「ねぇ、これ何だと思う?」
「黒いタイツみたいだけど」
「そう、黒い全身タイツよ。ワタシが着ているものより古いから1人分の情報しか保存できないけど、ワタシの全身タイツの中から紗香の情報が送ってあるわ」
「ん?それってどういう意味?」

ワタシの言っている意味がいまいち理解できなかった私は思わず聞き返していた。

「だって、どうせなら親子で過ごしたいじゃない」

ようやくピンときた。私はまんまとワタシのさらなる計画にはまっていきそうだった。ワタシを見ているとなんだか憎めなくて、自分の持っていないものを持っているような気がして、私は思わず同意することに考えが傾いていた。

「それって、あなたの計画の一つなのよね。紗香に悪い気もするけど」
「大丈夫だって、紗香には睡眠薬を使った以外に変なことはしてないし、聡子さんにも危害を加えたわけではないから。ワタシだって約束ぐらい守るわよ」

ワタシは純粋な目を輝かせ、私と目線をそらさずに真剣さが伝わって来た。実は私にも紗香に成りきってみたい、そんな気持ちが芽生えていたのだ。

「ん〜。分かったわ。私も紗香になってみようかしら」
「じゃあ、決まりね!ワタシは食事の準備をするから、着替えたら。下に降りてきて」

そう言うと、私と黒い全身タイツを残し、ワタシはキッチンのある2階へと降りていく音が鳴り響いていた。
トントントントン

紗香の家の2階から手際の良い音が聞こえて来る。そこで料理を作っているのは聡子おばさんに扮したワタシなのだ。階段を降りて行くと、対面式のキッチンに立っているワタシと目が合った。

「紗香。きてくれたのね。もう少しでできるからそこで待ってて」

ワタシが軽快な手さばきで手際よく料理をする姿を見ると、それはもう聡子おばさんとしか言いようがない姿。

「私も何が手伝おうか?」

私は思わずそう言った。すると、聡子おばさんの姿をしたワタシは驚いた表情を見せる。

「ふふ〜ん。紗香にしては珍しいことね。じゃあ簡単なことからやってもらうわね」

ワタシはそう言いながら私にレタス洗いを頼んだのだ。私にとってはなんともないと思えること、それでも紗香にとっては初めての体験だということに気づいて驚いた。

「母さん、分かったわ」

私の口からは思わず母さんと言う言葉が飛び出していた。

「あなたが母さんと呼ぶなんて、なんだか嬉しいわ」

母さんと呼ばれたことに満更でもないワタシの姿を見て、私は思いきりワタシのことを母さんだと思うことに決めた。

「母さん。レタス、洗ったわよ。これでいいかしら?」
「紗香ったらそれでいいわ。じゃあ、それをお皿に入れてテーブルに置いてくれない?いいわよね」

どうやらワタシも聡子おばさんに成りきろうとしているらしい。

「分かったわ、母さん」

私は思わず母さんの頬に軽くキスをしていた。端から見れば、微笑ましい光景、誰もが羨むような母と娘の姿に見えるだろう。でも、本当はワタシと私がお互いの姿を自然に演じているだけだ。

「紗香。もうできたからいつものように準備してちょうだい」

そういうや母さんは食卓に料理を置いた。たったの20分ほどの時間で4品の料理が食卓に飾られたてしまうのだから、まさに驚きだった。

「わぁい。紗香の大好きな肉団子もある!」

紗香の好みを完全に知っている母さんは紗香の大好きなおかずばかり用意したのだ。紗香の初潮が始まった時と同じメニューという記憶がなぜか甦った。私もいつの間にかこの全身タイツの能力に魅了されていた。

「紗香。ご飯はこれくらいでいいかしら?」

いつもはダイエットと称して制限しているが、今日はそんなことも気にすることなく食べることにしたのだ。

「今日はダイエットやめま〜す」

私の体からいつもとは違う紗香の声が聞こえる感覚、全身タイツは思った以上に私を虜にしてしまったようだ。私が食卓に着くと、目の前に母さんも座った。

「いただきます」

2人で一緒に食べる食卓、お互いの姿は違えども、誰もが羨む親子として会話をしながら食べようと私は何気に思っていた。
食卓に並べられた料理はあっと言う間に、私の体に入っていく、朝から何も食べていない上に、母さんの作った料理を食べ始めると、話をしながら食べようという考えることができなかった。それでも、料理が半分ほどなくなると、ようやく話をする余裕がでてきた。

「母さんの作った料理っておいしいよねぇ」
「そう?」
「そうだっって」
「まぁ、そう言われると嬉しいわ」
「本心から言ってるんだよ」
「紗香に喜んでもらおうと思って作った甲斐があったわ」
「料理作ってくれて、ありがとう」

私は自分のことが紗香、ワタシのことが本当の母さんのように思えてきたが、どうしても

「でもね、母さん。私気になることがあるの」
「なあに、紗香?」
「こんなに優しくしてくれるのに、どどうして私を監禁するしかなかったのかなってね」

そういうと、母さんは優しそうな表情に陰がかかった。

「そうねぇ。それなんだけど、ワタシの正体を知らないことには何もわかってもらえないと思うわ」
「あなたの正体?」
「全身タイツの中にいる本当のワタシのことよ」
「正体は教えてもらわないと、ここからの話ってできないわけ?」
「そういうこと」

そういうとワタシは箸をテーブルの上に置いた。

「ちょっと待ってね」

そういうやワタシは軽く目をつむって、何かを考えているようだった。

「じゃあ、ここでワタシの正体を明かしてあげる。ただし、誰にも言わないって約束してくれる?」
「もちろん」

間髪入れるまもなく私は返答していた。

「じゃあ、一瞬だけ元の全身タイツに戻すわね」

ワタシはそういうと、ワンピースと下書きを脱ぎ捨てながら体がみるみるうちに変化していった。白い全身タイツ姿になると、たくましい体格が露わにされたのだ。

「じゃあ、顔だけ見せてあげるわ」

全身タイツ姿になったが、どうやら声は聡子のままだ。ワタシは全身タイツの首に手を入れると一気に頭のタイツを脱いだ。そこに現れた顔を見て私は一瞬見るんじゃなかったと思うほどに唖然となったのだ。
全身タイツから顔が現れたかと思うや、ワタシはすぐに元の聡子おばさんの姿に戻り、捨ててあった下着とワンピースを身にまとった。

「見てくれたわよね」
「うん。見た」

ワタシはまるでこうなることを分かっていたかのようだ。

「ワタシのこと嫌いになったでしょ」

ワタシの口からそんな言葉が出るなんて意外だった

「えっ?嫌いに?だなんて、そんなことないよ」
「そう?」

ワタシの表情には笑顔が戻っていた。

「ワタシが嫌われていないなら、よかった」
「私があなたのことを嫌うわけないでしょ。これくらいのことはむしろ私が守ってあげようと思ったくらい」
「守ってあげようって?」
「マー君がワタシだったなんて、びっくりしたけどそこがマー君の弱さだなんだなって、それを教えてくれてありがたくって」」

そう、ワタシはマー君だったのだ。私とつきあい始めて半年も経っていたが、ようやく彼の知らない一面が見えたこと、それを告白してくれたことは逆に嬉しかったのだ。

「ねぇ、私を監禁した本当の理由ってなんなの?」

私はどうしてもこのことが知りたかったのだ。ワタシに執拗に迫るように、紗香の口調を真似をしつつ聞いた。

「実は」
「実は?」

ワタシは間を置いてゆっくと話始めた。

「聡子さんの口調で話ていいかしら?」
「いいよ」

姿に合った通りの方が私も話しやすいから即答した。

「実は、この全身タイツの存在を知ったときに、紗香の家族のことがとっても羨ましかったの、紗香って中学校まではワタシとずっと同級生だったから、紗香の両親もワタシのことを知っていたわ。ワタシももちろん聡子さんのことをよく知ってたの」
「そうだったんだ。そんなの初めて聞いた」
「紗香から聞いたこと無かったの?」
「紗香からあなたの話は出ても、同級生だったなんてことは言ってくれなかったよ」

ワタシは続けて口を開いた。

「まぁね。確かに紗香もワタシのことを知っているけど、ワタシはおとなしい性格だったから、どんな人なのかはあまり知らなかったのかも、父子家庭で父さんは職を転々としてたから、両親の愛情が不足して育てられてからね。それで、この全身タイツを知った時に、紗香の暖かい家庭に触れてみたいとおもったの」
「じゃあ、紗香に直接なればよかったじゃない。なんで私の体が使われたの?」
「だって、どうせなら奈緒美にもワタシの本当の気持ちを知ってもらおうと思って」
「そうだったんだ」
「監禁なんかしちゃって、ゴメンなさいね」
「私もゴメンね。あなたの気持ちを全然知らなかったし、全然聞いてなかった。これからは私が守ってあげるよ」
「ありがとう奈緒美」
「じゃあ、食器片付けようか」

私がそういうと親子の姿のまま食器を片付け始めた。
食器を全部洗い終わるとワタシは聡子さんの体から紗香の体に変えていた。そして、私はすでに自分の姿に戻っていた。

「どうして紗香の姿になるの?」
「だって、自分の服を持ってきてないじゃん、この制服だって姉ちゃんのお古、いや形見だから」
「えっ?形見って?どういうこと?」
「姉ちゃんも同じ学校に通っていたけど、高校3年のときに病気で亡くなったんだ」
「あっ、ごめんなさい」

私は聞かれたくないことを尋ねてしまったと思い気遣った。

「大丈夫よ。そんなこと気にしてないし、奈緒美ってなんとなくお姉ちゃんに似てるから、付き合ってるとお姉ちゃんと一緒にいるみたいで」
「それって、本当?」
「親友が嘘言うわけないじゃん」

ワタシがそう言うと2人の笑い声がリビングに響いた。

「奈緒美」

ワタシは紗香の口調で言うので、私は思わずびくんとしてしまった。

「なあに?」
「この全身タイツなんたけど、燃やしてしまおうかと思ってるんだ。どう思う?」
「どう思うって、そんなの私に聞かないでよ」
「紗香の姿のまま言うのもなんだけど、他人に成り済ますだけでも十分に迷惑かけてるんだよね」
「そうだよ。でも、私は本人の同意があれば大丈夫だと思うわよ」
「じゃあ、奈緒美も同意なしだったから同罪か」
「まぁ、そうなるけど、私の姿になるのは問題無いわよ」
「そっか、じゃあ燃やしてしまうのはやめよう。あっ、ちょっと待ってて」

そう言うとワタシは3階に上がって行くと、階段から紗香が二人降りてくる、そして、眠そうな目をこすりあわせているのは本物の紗香、その紗香が口を開いた。

「奈緒美、実は私、マー君の計画を知っていたんだ」
「えっ?」
「だから、睡眠薬なんて使わずに寝ていただけなんだ。マー君、隣に立ってるワタシだけど、自分の愛情不足だって言ってるけど、あなたの愛情も試したんだと思うわ」
「紗香は予め知ってたの?」
「ごめんね。奈緒美。親友だから赦してくれるわよね」
「うん。赦すわよ。私も紗香の体に勝手に変わっていたんだし」

結局、知らなかったのは私だけだったのだ。でも私は親友に免じて二人ともすぐに赦した。

「ということで、この白い全身タイツはそのまま残しておこうと思うから、三人だけの秘密にしよう」
「私は約束する約束するわ」

紗香は心よくワタシに返事をした。

「紗香がいいなら私ももちろんいいわ」

私もワタシの考えにすでに同意していた。

「それじゃあ、もう一つ黙っていたことがあってね、黒い全身タイツはもう一枚あるんだ。着てみる?」
「私が着たい!」

紗香はもう一枚の全身タイツを身に纏った。紗香のリクエストに応じて紗香は聡子おばさんの姿へと変わり、私は紗香の姿に、ワタシは私の姿に変わっていた。リビングには聡子、紗香、奈緒美の3人が揃っているが、その中身はそれぞれ、紗香、私、ワタシなのだ。

着替えが終わると紗香の携帯にメールが届いた。紗香の姿をしている私がそのメールを確認すると、聡子からのメールだった。急に京都に行きたくなり日曜日の夜に帰るとのこと、私はさっそくそのメールに返事を送る、私の携帯とは全く違うが、紗香が操るのと全く変わらない速度、全く変わらない文面であっという間に送った。メールを送ると、いよいよ三人の夜が始まろうとしていたのだ。

(終わり?)









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