面接の前に

作:夏目彩香(2009年8月3日初公開)


ギラギラと照りつける真夏の太陽の下。仲田悦吏子(なかだえりこ)はダークグレーのリクルートスーツに身を包み足早にある会社を目指していた。電車が駅と駅の間で5分ほど止まってしまったので、予定したよりも10分ほど遅れてしまった。担当者に電話をしてもなかなか繋がらないため、急いで面接予定の会社に向かう事にしたのだ。蒸し暑い空気の中、吹き出して来る汗を抑えることはできず。目的の会社を目指していた。駅から徒歩5分と表示されていたにも関わらず、すでに5分が過ぎてしまったように感じていた。

目的のビルへと辿り着くと、悦吏子はパンプスを響かせつつビルの玄関ロビーへと入って行った。ここは外とは全く別の世界で涼しく乾いた風に包まれていたため、体にまとわりついていた汗も一気に乾いていくようだった。悦吏子はそのまままっすぐ受付の女性に用件を伝えて、面接を受けに来たことを伝えた。

担当者が降りてくるまで向こうのソファで待っていて欲しいと言われると、言われた通りのソファに座った。ソファはすっかり冷え切っていたため、太ももからゆっくりと冷やされていく。面接の担当者が来るまでのつかぬ間の時間、ソファに座りながらわき上がる緊張感を抑えるように呼吸を整えながら、携帯を開いたりして今日の面接についての確認をしていた。

静かな玄関ロビーに足音が響いたかと思うと、紺のスーツ姿の年配の男性が降りて来た。どうやら彼が担当者がらしく、それに気づくと悦吏子は立ち上がって軽く会釈をした。

「仲田さんですね。お暑い中、ようこそおいで来てくださいました。社長がお待ちです。こちらへどうぞ」

エレベーターに乗り、最上階に降りると廊下の向こうに大きなドアがあり、社長室と書かれている。悦吏子はその右隣にある秘書室に通された。2名の女性がデスクに向かっていたが、男性が悦吏子を秘書室の奥にある応接室に通すや室長と書いてあるデスクに戻った。

秘書室の中にある応接室はガラスで仕切られているため、秘書室からは丸見えだった。さすがに社長室との間は壁でしっかりと仕切られているため、社長の様子をうかがうことはできなかった。

「失礼します」

隣の部屋から女性の一人がお盆にお茶を載せてやって来た。まるでモデルかと思わんばかりのスレンダーな美人、社内一と思わる美女だった。ピンクのカッターブラウスを着こなし、オフホワイトの膝丈マーメイドスカート、くるぶしにある花柄のアクセントがあるストッキングに包まれた足がベージュのハイヒールに吸い込まれていた。

「お暑い中、ようこそおいでくださいました。冷たい緑茶を用意したので持って参りました」

女性は緑茶の入ったグラスを目の前にゆっくりと置くと、応接室を出て行こうとした。その時、入口に室長がやって来て何か話をすると女性は再び悦吏子の座っている方向に向き直した。

「仲田さん。申し訳ございません。社長に急用ができまして、30分ほどしたら戻るとのことです。私にあなたと相手をするようにと命令されまして、よかったら話をご一緒にしてもよろしいでしょうか?」

「はい、よろしいです」

悦吏子は彼女の言葉をすぐに受け入れ、一緒に話をすることになったのだ。

「隣に座ってもよろしいですか?」

「ええ」

秘書の女性が悦吏子の横に座ると、セミロングの髪がしなやかなびいて、香水の香りがほのかに漂って来た。

「申し遅れました。私は秘書室の小川紀香(おがわのりか)と申します。電車遅れませんでした?しょっちゅう止まる路線なので、初めてここに来ると焦ったでしょ」

「はい、まさにさきほど駅と駅の間で突然止まって、ここに電話をしたのですが全くつながらなくて、ものすごく焦りました」

「このあたりは携帯の電波もつながりが悪くて、連絡するのも一苦労ですよね。ちょっとした田舎だからしょうがないけどね。フフフ」

紀香は口元に手を当てながら微笑んだ。とても女性らしい仕草に悦吏子は惚れてしまった。緊張感がほどけていない様子を察したのか、紀香は突然悦吏子の肩をもみ始めた。

「どうやら、緊張してるのね。肩凝ってるもの。こんな状態じゃ、社長の面接を受けるのは大変じゃないかな」

「変わった面接?」

紀香は肩をもみ続けながら話をしている。

「ここでは、もっとリラックスしていいのよ。うちの社長面接はちょっと変わっていて、気楽な感じで面接ができちゃうんだから」

「その変わってるっていうのは、どういう意味なんですか?」

不思議に思った悦吏子は紀香にすかさず質問していた。

「そうね。面接の内容は普通だと思うけど、やり方が奇抜だと思うわ。今日だって仲田さんが時間ぴったりに来たって言うのに、用事があるって席を外したのよ。普通は面接の方がよっぽど大事な用事だと思わない?」

「そういえば、そうですね。でも、よっぽどの急用だったと思うので、私は全く構いませんし、私も少し色々と考える余裕ができて嬉しいです」

「フフフ。あなたの考えもわかるわ。確かにね。社長だってこの面接を忘れたわけじゃないから、すぐに帰って来ると思うわ。はい、ここで肩もみは終了します」

肩から手を下ろすと、その手を自分の膝元においた。白くてほっそりとした指には右の中指にシンプルな指輪がはめてあるだけ、どうやら結婚はしていないらしい。

「まだ時間があるわね。どうしようかな」

紀香はぽつりと呟いた。

「あっ、そうだ。思いついたわ。私が社長の面接を受けた時の話をしてもいいかしら?」

「はい。お願いします。」

紀香の言葉に興味を悦吏子は思わず、紀香に近づかんばかりの勢いで答えていた。

「私が社長から面接を受けた時はね。まだ、普通の会社と同じように向かい合って面接を受けたわ。まずは家族構成とか、家族との関係、家族についてどう思っているかと言った家族に対する質問」

そこで紀香は左手で耳の上に髪をかき上げた。

「へぇ。家族についての質問ですか、ずいぶんシンプルですね」

「それから、大学時代に一番印象に残った話を求められたので、それを話してそれだけで面接は終わり、他にも何か細かい話を聞かれた気はするけど、よく覚えてないの。そうそう、社長から直々に連絡が来たのよ。よっぽど気に入られたみたいで、その時は逆に困っちゃったけど」

「それで、今はこうして社長秘書をしてるってわけなんですね」

「そうなのよ」

紀香は部屋の時計に目をやると、社長が来るまでにまだ時間が余っている。

「まだ、時間が残ってるわね。じゃあ、ここで模擬面接でもやってみない?私が社長だと思ってね」

「やってくれるんですか?是非ともお願いします!」

悦吏子はまた乗り気だったので、紀香の手を握りながらお願いしていた。紀香はその手をゆっくりと払いのけると、向かいの席に座り直した。すっとした座っている姿勢がとても素敵に見えた。

「それではまず、お名前と家族構成を教えてください」

「はい、仲田悦吏子と申します。3人姉妹の末っ子で、二人の姉はすでに結婚をして家を出て行きましたので、両親と3人で暮らしています」

そうやって悦吏子と紀香は様々な質問を交わして時間は過ぎ去っていった。楽しい時間は応接室の扉を叩く音によって終了した。

「失礼します」

室長が入ってくると、紀香に話しかけた。

「小川さん。そろそろ社長が戻って来ますので、準備をお願いします」

「あっ室長。了解です。それでは仲田さん、面接頑張ってくださいね」

悦吏子を一人応接室に残し、紀香は社長室に通じているドアを開けて出て行った。社長が来るまで一人残されると、この時間がなんとも長く感じるのだ。そして、5分ほど経ったところで、50歳代後半と思われる男性が入って来た。どうやら彼が社長のようだ。

「仲田さん。我が社へようこそ」

部屋に入って来るや社長はいきなり握手を求めてきた。目の前のソファに深々と腰をかけると、徐にその口を開いた。

「このたびは面接の時間に遅れて済みませんでした。社長の是川久則(これかわひさのり)と申します。あなたが通っている学校長の鎌田とは大学時代からの旧友でしてね。私の会社に誰か紹介してくれないかと頼んでいた矢先に、あなたを紹介されたのです。このように面接に来て頂いたのですが、面接を受けるまでも無く、是非とも採用したいと思いました」

なんと社長は入って来るや否や、すぐに採用をしたいと言ってきたのだ。し。

「えっ?今、なんておっしゃいましたか?」

「だから、採用したいと思いますって言ったんです」

「それって、学長の紹介だったら誰でも採用ってことなんですか?」

狐に包まれたような表情を浮かべている悦吏子、何が起こったのか納得いかない表情だ。

「仲田さん、あなたと直接面接したじゃないですか」

「じゃあ、まさかさっき秘書の方がやっていた面接がそれなんですか?」

「フフフ。まぁ、そうなんですけどね。ちょっと、こっちへ来てくれますか?」

社長に連れられて社長室へと入ると、社長室の奥に畳が敷いてあるスペースがあり、そこの前まで連れて行かれた。

「ここで待っててください」

社長はそう言うと靴を脱いで畳の上に上がっていった。仕切りのカーテンを閉めるとなにやら着替えをするような音が聞こえるだけだっった。

サッーっと再びカーテンが開いたかと思うと、社長の姿ではなくいさっきまで一緒に応接室で過ごした紀香が現れた。ベージュのハイヒールに足を入れると悦吏子の前に近づいて来た。

「まだわかんないのかな?」

紀香がカーテンを完全に開くと、社長のスーツがハンガーにかけれているだけだった。

「私があの裏に隠れてたわけでも、社長が隠れたわけでも無いの。じゃあ」

紀香は顔をニヤッとさせたかと思うと、右手で首と顔の間を掴んだかと思うと、その手を一気に上に上げた。そこに現れたのは社長の是川の顔だった。お化けを見るかのように手で目を覆いながらも紀香の体に是川の顔が載っている状態の体を見ていた。

「今の見てくれましたよね。このままだと気持ち悪いので、元に戻しますね」

社長は手にしていた紀香のマスクのようなものを被り直すと、紀香の姿が復活した。

「ということで、社長が秘書に化けて面接をしただなんて、分かるわけ無いわよね。フフフ」

紀香の体をした是川は、そのままの姿で社長のデスクに座った。

「どうぞそこに座ってくれませんか?」

言われるままに悦吏子は社長室のソファに腰を掛けていた。

「わかりましたよね。これが私の面接スタイルなんですよ。小川紀香という特別な秘書の姿として面接をした方が、みんな自分の本音を打ち明けてくれるものだから、こうやって変わった面接をしています」

「ということは、さっきの秘書の方とやっていたやりとりが、全て面接だったってことですか?」

「そうです。ここからはこの姿に合うように紀香の口調で話しますね」

「どうぞお構いなく」

是川は紀香の姿で話を続けた。

「あなたのことをよく知るために、秘書の女性として話をした方がよりリラックスした状態で話ができるんじゃないかと思って、だいたいいつもこのスタイルで面接をしてるのよ」

「是川社長の言いたいことはわかりました」

「じゃあ、入社のお返事をお待ちしておりますので、今日はここまでとなります」

「ありがとうございました」

面接を終えた悦吏子は家までの道すがら是川社長が化けた小川紀香の姿を忘れることができなかった。


(完)








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