オレンジ

作:夏目彩香(2003年6月18日初公開)



ここは地下鉄のプラットホーム。湿度が高く暑い毎日が続いているので、プラットホームの中は蒸し暑さを感じる。直射日光の影響が無いにせよ、換気がうまくいっていないのか地上にあるプラットホームの方が涼しいのではと思うくらいだ。

この時俺はこれから出来事については何も考えていなかった。もちろん蒸し暑さで頭の回転が鈍くなっていたことも影響している。

駅の構内に電車が入線するとの構内アナウンスが響き渡った。俺の乗る地下鉄がやって来たのだ。入線をしながら車内をのぞき込んでみると空いている席は無く、ぽつぽつと立っている人がいるぐらいだった。

電車が完全に止まり目の前の扉が開くと、車内に足を踏み入れた。車両の中に入ると涼しい空気が俺を出迎えてくれ、さっきまでの蒸し暑さが嘘のように消えていった。このままこの中で暮らしたいくらいの気持ちになっていたのだ。

俺の乗った車両の座席をざっと眺めると老若男女、いろんな人が座っている。この車両の中に立っているのは俺を含めて5人と言ったところ、空き席が無いから俺は仕方なく立つしかなかった。扉のすぐそばにあるスロープに手を取り、そこに立ち続けることを覚悟した。

俺の決めた立ち位置に立っていると、電車の扉が閉まり次の駅を目指して動き出した。プラットホームでの熱気がまだ残っているせいもあってか、ガンガンと効かせているエアコンが唯一の救いだった。

地下の暗いトンネルを走り抜けていく中、俺の心の中では早く家に帰って休みたいと言う気持ちがある。俺の利用する駅に到着するまでには、まだ時間がかかるため、駅に止まるたびに空き座席ができないか気にしていた。

駅に止まるたびにムッとした空気が俺を襲ってくるが、扉が閉まるとすぐに涼しさを感じるのでたいしたことは無かった。そんな風にして5つ目の駅で空き席を見つけ、俺はその席目がけて腰をおろしていった。

腰を落ち着かせた席の両側にはおばちゃんが座り、若干狭い感じがする。何とも居心地が悪かった。こんなことだったら立っていたほうがマシとさえ思うのだ。しかし、一度座ったのに腰を上げるのにもいかず。居心地の悪い席にしょうがなく座っていた。

ところが、次の駅に止まると両隣のおばちゃんたちは消え失せた。しかし、乗り換えのできる大きな駅のため、すぐに新しい乗客が俺の隣にやって来て、俺の隣に座った。右隣にはスーツを着ているサラリーマンが座り、左隣はビンゴ!と思わず叫びたくなるほどの女性が座って来た。まさに俺好み。

この時から俺の左半身は敏感に反応するようになっていた。何しろ彼女とくっついているからだ。彼女の体の熱が俺の左半身に伝わって来る。

オレンジ色のHラインスカートの中からひざがでており足には黒のミュール。スカートの上にはピンクのショルダーバッグが置かれ、その上に彼女の白い肌が置かれていた。上には白い薄めのニットを着ていて、ブラウンの長い髪が俺の左耳にかかっている。耳に揺れるゴールドリングによって俺の左目にキラキラした光が入って来た。

エアコンですっかり冷やされた俺の体は、彼女の登場によって再び熱くなってきた。あたかも彼女の熱が俺の熱に変わっていくようだった。左の方から風が流れてくると彼女のつけているオレンジ系の香りが俺の鼻をくすぐってくる。今すぐにでも襲ってしまいたい気持ちになるが、ここは公共の場、そんなことはできなかった。

彼女の右腕の感覚が俺の左腕に伝わってくる。柔らかくて滑らか、そして、しっとりとした感じが伝わってきた。彼女はバッグの中からコンパクトを取り出すと、自分の顔を眺めていた。俺はその様子を左に目を寄せながらじっくと観察する。彼女はコンパクトに向かって、表情を作り直しては微笑んでいた。その彼女の優しい笑顔は俺をさらに虜にしてしまった。

そうこうしていても楽しい時間はすぐに終わってしまう。もっと彼女のそばにいたくても、車内アナウンスで俺の降りる駅の名前が流された。俺は残念な気持ちを残しながらも彼女の側から立ち上がった。未練が残ると思ったので、俺は彼女のことを決して見ることが無いままに駅のプラットホームへと降りていった。

またムッとした空気が襲って来る。彼女と過ごした快適な車内とは大違いの劣悪環境だ。俺は彼女の方を見ない見ないと心に誓いながらも、もしかしたらと言う気持ちを持っていた。電車が発車して行く音を聞きながらエスカレーターの前まで来ると、一瞬だけ後ろを振り向いて見た。

俺の目に一瞬だったがオレンジ色のスカートが目に入った。そう、彼女もここで降りたのだ。俺は時刻表を見るそぶりをして、エスカレーターに乗るタイミングを見計らった。俺がエスカレーターに乗ると、彼女は後ろに乗ってきた。すると、彼女の独り言が聞こえてきた。

「俺が貴子(たかこ)になったなんてたまんねぇよな。さっき隣に座った奴なんて緊張してやんの」



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