Have a Coffee(その1)

作:夏目彩香(2003年4月14日初公開)



「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
男はあるコーヒーショップのレジに来ていた。
「ここって新しくできたみたいだよね?」
「はい、そうです。なお、当店は持ち帰り専用となっております。」
「それで、メニューはどこ?」
レジの前にいるのに男にはメニューが見えていないらしい。
「私の後ろにあるのが見えませんか?」
店員の女の子は後ろにあるメニュー板に注意を引くように促した。
「あっ。そんなところにあったんだ。」
「あの〜。お客様。何になさるんですか?」
男はなんだかそわそわして落ち着かない様子、そんな様子に店員の女の子も少しいらいらして来た。
「こんな路地裏にコーヒーショップがあるなんて始めてだよ。メニューもよく見えなくて、しかも持ち帰り専用だなんて言うもんだから。」
男はどうやらここで休みたかったようだ。
「いいじゃないですか。うちの店は大きな通りでは商売になりませんから、この場所に決めたのです。注文なさらないならお帰り下さい。」
女の子は思わずきつい口調で言ってしまう。

「わかったから、もっとよく見えるメニュー無いかな?特別なの作ってないの?」
その言葉を聞いた途端、女の子は再び柔らかい表情に戻った。
「特別なメニューですか。もしや、あの噂を聞きつけて来たのですね。誰にお聞きしたかはわかりませんが、当店の特別メニューを見せて差し上げます。」
すると店員の女の子はレジの下に隠れて、小さな紙を取り出した。
「こちらが当店の特別メニューです。これらのメニューをご注文なさる場合には予め身分証明証のコピーとご本人さまの署名をいただくことになっております。その上で会員カードを作成しますので、次回からご利用になる場合はこのカードを提示するだけで特別メニューをご利用いただけます。」
「これが特別メニューって何が特別なの?メニューがあまり変わりないように思うんだけど。」
「よくご覧下さい。全く違うものですよ。特別メニューはまだ3種類しかございません。この特別メニューは、会員様限定となっており、当店では10名様までしか扱えないことになっております。多くのお客様を扱えないのには理由があってすぐにわかりますよ。」
「そうなんだ。それで、こんな路地裏にあるんだね。」
「そうでございます。それとお客様は特別会員の最初のお客様になりますので、今回の料金は無料とさせていただき、さらに保温性の高いタンブラーも無料でお付けします。」
男はそれを聞くとゆっくりとメニューの書いた紙を読んでみる。なんだかよく分からない名前ばかりで読むのが嫌になってきた。


「せっかくの機会なのに。名前を読んでもどれがいいのか、わからないなぁ。おすすめはどれかな?」
すると女の子は一番上に書いてあるものを指さすと。
「私としてはこれがおすすめです。」
「フィーメールロースト?それってどんな味?」
男は店員の女の子に向かってやたらと質問が多い。それでも、女の子は楽しそうに話してくれる。
「フィーメール、すなわち女性の味ですよ。飲んでみるとわかります。」
説明を聞いてもよくわからないので、男は他の2つも聞いてみることにした。
「他の2つはどんな味なの?」
女の子は最初だからしょうがないかと言った表情を見せながら。
「そうですね。トランスコーストは軽めの味、エクスチェンジャリーは未知の味だと聞いてます。」
「聞いてますって。飲んだことが無いみたいだね。」
「私が飲むのはいつもフィーメールローストなものですから。ついこの味をおすすめしてしまいます。他のも試したいのですが、ここの店には私しかいませんので、お客様にご迷惑をかけることの無いようにと飲むのを我慢しております。」
そう言うと女の子はレジの裏に置いてあるマグに入ったコーヒーを少し飲んだ。


「じゃあ、俺はトランスコーストを頼むよ。これから試してみるから。」
男が運転免許証を差し出すと店員の女の子は入会申込書に記入するように言ってきた。男が必要事項を書いている間に、店員の女の子はコーヒーを特製のタンブラーに入れた。男が申込書に記入し終わると後ろに男の顔写真があるのに気づいた。どうやらここの店長の写真のようだ。どことなく女の子に似ている。
「ここって従業員は?君だけなの?」
男は意図のはっきりしない質問を投げつける。
「えっ?私と店長だけです。店長は今はいらっしゃいませんが。」
「そうなんだ。一人で店番じゃ、大変だよね。」
店には誰にも来る雰囲気は無い。大体この男がこの店に来たのもたまたま道に迷ったことが切っかけだった。
「この仕事、結構楽しんですから。」
そう言いながら彼女はトランスコーストの入ったタンブラーを男に差し出した。
「このタンブラーに入れている間はほとんど温度が下がりませんが、コーヒーは冷めないうちにお飲み下さい。ただし、飲む際には時と場合を考えて飲まないと大変なことになりますので、できましたら時間の余裕がある時に自分のお部屋で飲むことをおすすめいたします。」
そう言って次は顔写真の入った会員証を渡され、運転免許証が返ってきた。
「会員証の裏に書いているコーヒーの飲み方と注意事項をよくお読み下さい。それと何かあっても当方では保証ができかねますので、十分に注意なさるようお願いします。それでは、またのご利用お待ちしております。」


男がこの店を出ると会員証の裏を読みながら路地を歩き出した。このコーヒーの飲み方と注意事項が色々と書いてある。さっき店員の女の子が言った言葉が怖いので、男はとりあえず家に帰ることにした。不思議なことに道に迷って見つけた店だったのに、すぐに抜け出すことができ目の前には自分の家が現れた。そして、このコーヒーに隠された謎がいよいよ証される時でもあった。


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