Spring Beauty

作:夏目彩香(2003年4月03日初公開)


 

あなたは何によって春を感じますか?寒い冬が終わって暖かくなる季節、それが春でしょう。人それぞれ感じ方が違うとは思いますが、春と言えばやはり新しいことを始める季節の印象が強いものです。

これはそんな春のひとときに起こった出来事。ポカポカとした春の陽気に誘われて大学の授業を抜け出してきたのは大学2年生となった河野陽介(こうのようすけ)、今はまだ授業の登録期間で出席が関係ない時期だと言うことも、抜け出して来た一つの要因ではあります。

彼が通っている学校は都心部から遠く離れた山奥にあるキャンパスのため、天気のいい今日のような日には、キャンパスの裏にある山の中を散歩したりするのにはもってこいでした。授業を抜け出してきた彼はやはりこの山の中に来ていました。

山の中と言っても人がよく通る道が自然にできているために、道に迷うこともないのです。もちろん彼はこの山のことを誰よりもよく知っていました。天気のよい日になるたびに、こっそりと授業を抜け出してきてはここへ来ていたからです。

そして、彼がこの山の中で散歩をする際には、必ず行く場所がありました。それは、山の中にある洞窟でした。洞窟まではキャンパスから歩いて30分程度、それ程遠くも無いのですが、ここは彼のちょっとした隠れ家ともなるくらいに知る人はいませんでした。

今日ももちろん彼はこの洞窟へ来ています。洞窟の中はひんやりとして外の暖かさからは想像ができないくらいに涼しいのです。山の中へ来るたびにこの洞窟の中で少し休んでは山の中での散歩を楽しんでいました。

長い休みが終わって、久しぶりにキャンパスにやってきた彼はこの山の中に来るのも久しぶりでした。もちろんこの洞窟の中に来るのも久しぶりのこと、ここを見つけたのが去年の夏だということを考えると春に来るのは初めてとなったのです。

洞窟の中にやってきた彼はいつものように適当な岩を見つけて腰をかけていました。ここに座って少しの間疲れを癒すのです。山の中の新鮮な空気を吸って、ここのひんやりとした空気に触れるとリラックスすることができると彼は思っています。

久しぶりに洞窟の中でくつろいでいる彼ですが、洞窟の中に入ってみていつもとは様子が違うのに気づきました。それは、洞窟の真ん中を流れている水でした。すぐには気づきませんでしたが、ここに座ってよく見ると小さい水の流れがあるのです。

これはもしやと思い、彼は洞窟の奥へと歩いていきました。彼はキーホルダーにいつもつけている携帯用の懐中電灯を使って洞窟の奥へと向かっていきます。懐中電灯の明かりを頼りに歩いて行くのですが、ゆっくりと進むことしかできません。

入口から15分ぐらい歩いて来たことでしょう。ついに彼は水脈となっている小さな水の溜まり場を見つけたのです。洗面所程度の水の溜まり場しかありませんが、わき水ではでていません。では、どうやって水が溜まったのでしょうか?彼は水の溜まっている場所の上を見ると、ポタリポタリと水の滴が落ちているのに気づきました。

そう、岩の中を浸透してきた水が溜まっていたのです。春は雪解けの季節、それとともに浸透する水の量が多くなったために、この水が洞窟の入口まで流れて来たのでしょう。水の流れを追ってきた彼は、ここまでやって来て満足していました。

いくら涼しい場所を歩いて来たとは言っても、ここまでやって来てすっかりと喉が渇いてしまいました。彼はさっそく目の前にあるきれいな水に手を入れると、手のひらに水をすくい彼の口元へ運びます。そう、彼はここにある水を飲み始めました。冷たい水ですが、喉の渇きを癒すためにはそんな冷たい水が気持ちよかったのです。

この水を飲んだ後、彼はたまたま持っていた500mlのペットボトルに水を入れました。水の溜まり場で少しの休息を取ると、洞窟の入口に向かって歩き出しました。洞窟の入口までは思ったよりも時間がかかりませんでした。

再び、洞窟の入口でいつものように休んでから、彼はようやく洞窟から出ました。暗いところから暖かいところへ出てきたために、思わず彼は目をつぶってしまいます。目をつぶりながらも彼は再びポカポカ陽気を感じていました。

ひんやりとした洞窟の中からでてきた彼は暗い中にしばらくいたために、外へ出てきてもはっきりと前を見ることができませんでした。きれいな山の空気を吸い込みながら、山を降りていく彼。彼はとりあえず大学のキャンパスへ戻ることにしたのです。

キャンパスに到着すると彼は見知らぬ男子学生に呼び止められました。彼はどうして呼び止められたのか不思議に思いながらも、立ち止まりました。そこにはちょうど大きな鏡があって、鏡の中に声をかけた見知らぬ男子学生と、彼自身が身につけていたものと同じ服を身につけた見知らぬ女子学生が立っているのが、彼の目の中に入ってきたのでした。





 

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