先輩!(女子寮編完全版)

作:夏目彩香(2002年11月26日初公開)


 

俺は佐久間直樹(さくまなおき)。後輩の日陰広樹(ひかげひろき)が交通事故に遭って幽体となってしまい、俺の目の前に現れた話をした。あの時は初めてのことでわからないこともあったが、この前は広樹のおかげで楽しいことが実現できた。

広樹が交通事故に遭ってから2週間。広樹は俺の前に現れなくなった。通夜のあとで広樹に向かってひどく叱りつけたのが悪かったのか、あいつがいなくなるとすっかり寂しくなってしまった。それもそのはず、広樹の肉体はもうこの世に存在しないのだから。。。

あの日もたまたま大学の講義も、提出しなくてはならないレポートも、そして、バイトも無い日で、ゆったりとした時間を過ごしていた。そんな日の夕方、いつもよりも早い時間に妹の楓(かえで)が帰ってきた。

ドンドンドンドン……ドンドンドンドン……

いつものように階段を駆け上る音が聞こえると、俺の部屋のドアが開き、そこには楓の姿があった。

楓「ただいまぁ。お兄ちゃん」

緑を基調とした某私立高校の冬用セーラー服に身を包んだ楓は、軽く肩で息をしながらいつもは言うことのない挨拶をしてきた。チェックのスカートからはいつものように生足が見えている。楓に見慣れているせいか俺は同じ年頃の女子高生を見ても平静な気持ちでいられるが、こんな風にいつもよりも早い帰りということでちょっとドキッとしてしまった。

俺「よっ、楓。早いな?何か用事でもあったか?」

楓が早く帰ってくる日には何かあるに違いないから、思わずまた聞いてしまう。

楓「ん?そうそう。今日はお兄ちゃんに早く伝えたいことがあってね。それで、いつもよりも早く帰るって部活を抜け出してきたから」

伝えたいことがあるなんて楓にしてはやはり珍しい。

俺「何かおもしろい話でもあったか?」

すると楓は微笑みを浮かべながらこう言った。

楓「2週間前に交通事故に遭ったお兄ちゃんの後輩の妹が私の学校にいてね。お兄ちゃんに渡して欲しいって手紙をもらってきたの。できるだけ早く渡して欲しいって言うものだから。早く帰って来ちゃった」

なんだか適当だなぁと思いながらも、あいつの妹とうちの妹が一緒の学校だったと言うのは初耳だった。

俺「楓、その手紙って何だ?」

俺は楓の目を見ながら言ってみた。

楓「たぶん、机の中にあったんじゃないかな。私はお兄ちゃんに渡して欲しいって言われただけだったから、それ以上はわからないよぉ」

どうやら楓には本当に中身のことがわからないようだ。

俺「わかった。わかった。じゃあ、その手紙受け取るよ」

楓から広樹の妹からもらった手紙をしっかりと受け取ると、楓は気が落ち着いた表情を浮かべて言った。

楓「ありがとう。お兄ちゃん。ちゃんと渡すって言ったからホッとした〜。じゃね〜」

そう言い残すと楓は自分の部屋に行ってしまった。俺はさっき渡された手紙を開けてみることにした。何しろ、できるだけすぐに渡して欲しいって言うのが気になっていた上に、どうして俺が暇な日に限ってこんなことになるのかよくわからないこともあったからだ。

手紙の封を切ると中から出てきたのは1枚の便箋が入っているだけ、これは一体何なのかと思いすぐに中身を開いてみた。

どうやら中に書いてあるのは広樹の字では無い。たぶん妹のものと思われる字体。しかし、読んでみると広樹が書いたものに見えてくる。ということは、また広樹が現れたにちがいない。

手紙の内容によるとうちの大学内にある女子寮の前で待っていて欲しいとのこと。しかも時間は明日の午前2時。一体何を考えているのか……あの女子寮は最近は入居者が少なくなっているとは言え、20人は入居しているはず。夜遅い時間に、その前で待ってるなんてなんて怪しい光景だろう。

広樹のことだから、何かあるはず。それにしても死んでも俺につきまとうなんて変わった後輩を持ってしまった。まぁ、超常現象研究サークルにとっては奴の体験が使えると言うことで、あの日からは活気づいてしまったのだ。

約束の時間の10分前、俺は指定されたうちの大学の女子寮である聖心寮(せいしんりょう)の前にいた。うちの女子寮はなぜか門限という物が全くないので、こんな時間でも誰かに会うかわからないので、少しドキドキしながらいる。果たしてここで待っていると何が待っているというのだろうか。

時計の針が2時を回った。聖心寮の入口を見てみるとなぜか警備員の姿が見られない。なんてずさんな警備だと思っていると、建物の奥の方からコツコツと足音が聞こえてきた。誰が出てきても俺はみつからないようにしようと、建物の死角に隠れて音の主が現れるのを待つことにしたのだ。

足音がだんだんと大きくなるに連れて、胸の中の音も大きくなっていったが、その音が突然止まると同時に聖心寮の入口に人影があるのが見える。ここからすぐそこに一人の女の子があたりをキョロキョロと伺っているのだ。

まるで誰かを捜しているようなので、俺はなるべく自然にこのあたりにいたかのごとく歩くことにした。そして、彼女の視線に入る場所へ来たとき後ろから声がかかったのだ。

女の子「先輩!」

見たことの無い子に先輩と呼ばれることなんか無いので、よく見てみるとそこにいたのは同じサークルに所属する多岐川恵美(たきがわめぐみ)だった。ちょっとヒールのきつい黒のブーツが黒いタイトスカートから伸び、タートルネックのベージュのセーター、褐色のロングコートにマフラーという出で立ちをして、どこか外出でもしような様子だった。

俺「あっ。恵美?どうしてここに?それにいつもと変わった感じだよな。そんな格好なんて間違ってもしなかったじゃない」

俺はここで恵美に会うとは思わなかったので、思わず聞く。

恵美「先輩も亡くなった広樹先輩からの手紙をもらいましたね〜。私も同じ物をもらって〜。で〜、午後2時にここに来て欲しいって言うから来たんですぅ〜。まさか直樹先輩に会うなんて思ってもいなくって〜」

恵美は黒いショートの髪を揺らしながら驚いた。

俺「恵美。ここで何が起こるのか知ってるか?」

わからないとは思っても恵美に直接聞いてみた。

恵美「ん?知ってないよ〜。それに、何が起こるかなんてわからなくても来るもんでしょ〜」

恵美はいつものように平然としたことをケロッと言ってのける。

俺「まぁ、何があっても驚くなよ〜。広樹のことだから何を考えているのかわからない。この前、叱りつけたんでそれを気にしているのかも知れないし」

俺は広樹が仕返しをするのではないかとずっと思っていたので、そんな言葉が出てしまう。すると恵美は……

恵美「驚くわけないでしょ〜。私恵美じゃないですもの〜先輩!」

なんてことを言うのであった。

俺こと佐久間直樹はうちの学校の女子寮である聖心寮の前に来ている。広樹の妹がくれた手紙によって指定された時間によってここへ来るようになったからだ。そして、同じサークルの後輩である多岐川恵美がここに来て、恵美と話をしているうちに恵美の口から次の一言がでると、ようやく状況が理解できた。

恵美「私恵美じゃないですもの〜先輩!」

左足でブーツをコツコツとさせながら、腕を組みながら、今までとは違った口調で言ってきたのを見ると、どうやら今の恵美の中に広樹が入ってるのは間違えがないようだった。

俺「まさか、広樹か?」

俺がそう言うと、恵美はニコッと微笑んで、とびきりに可愛く振り舞う。

恵美「そうですよ。せ・ん・ぱ・い!ここで面白いことを始めようと思って。待ってました。僕は体が無いので、とりあえず恵美ちゃんを借りちゃいました」

ケロッとした顔でそんなことを言うもんだから、俺は心配な顔つきをしながら言ってやった。

俺「借りちゃいましたって。。。あとで何があっても知らないぞ」

恵美はいつもとは違う表情をしながら言葉を続けてくる。

恵美「まぁ、僕は死んでますから怖いものが無いですよ。それにこの寮に住んでいる人の中だと恵美ちゃんのことが一番分かりますしね。それにしても先輩は、さっきまで本当に恵美ちゃんだと思ったでしょう。僕は入り込んだその人に成りきるのもどうってことないみたいです」

だから、恵美の中に広樹が入っていてもわからないわけだ。

もしかして、この2週間誰かに入っていたのか、気になって「じゃあ、今まで俺の前に出てこないで、誰かに入っていたとか?」と聞いてみると、

恵美「自分の体が無くなったので、色々と試してましたよ。今は教えられませんが、先輩に叱られてわかりました。これも僕の権利なんじゃ無いかって」

わけのわからない答えが返ってきてしまう。しかも、権利だなんてふざけた言葉を使うものだから「おいおい、権利だって。冗談じゃないだろう」と軽く叱りつけてやった。

恵美「まぁ、いいです。僕の寂しさなんて先輩にはわからないと思います。こんな風に幽体になったんですから」

考えてみると広樹は広樹として存在することはできないのだから、ひどく悩んだことだろう。

俺「それもそうか。悪かったな〜。実はお前がいなくなって寂しくなっていたところだ。本当のお前はもうこの世にいないことになってるんだからな」

俺は同情をたっぷりと込めて言ってやった。

恵美「それならよかった。ちょうど僕もこの前先輩に叱られたので、罪償いをしようと思って、ここに呼んだんですよ」

こう言うと、恵美は何かを企んでいるかのような顔をしていたので、何をしたいのか、心の奥を考えながら聞いてみた。

俺「何をしようって?」

恵美は少しニヤッとしながら、口を開けた。

恵美「単純なことですよ。先輩が好きな人ってこの聖心寮にいると聞いていたものですから」

確かに俺が気に入った子がここにいるって言うのを聞いたことがあるが、恵美が知っていたとは……

俺「それって、もしかして……」

今の広樹なら擬似的でも俺の夢を実現させてくれるってことなのか?恵美の口からは期待していた通りに「そうよ!」といういつもの恵美だったら死んでも言わないような言葉が返ってきた。

俺こと佐久間直樹はうちの学校の女子寮である聖心寮の前に来ている。ここで俺は同じサークルの恵美と一緒にいたが、この恵美はいつもの恵美では無い。2週間前に交通事故にあって亡くなったはずの俺の後輩である日陰広樹が入り込んだ恵美。体は恵美でもそれを動かしているのは広樹ということなのだ。

恵美「じゃ、始めますよ。先輩!」

そう言うと、俺と恵美は軽く手を叩いて、作戦開始となったのだ。

俺「そう言えば、お前は俺の好きな子を知ってるのか?」

さっきから気になっていたが、広樹の奴に話をしたことは無い。案の定、恵美の顔は何もわからないと言う表情を浮かべていた。

恵美「ん?僕は知らないですよ。先輩に聞こうと思ってました」

やはり広樹の奴は何も知らないかったようだ。俺は顔しか知らないと言うことをちょっと後悔するような表情とともに言った。

俺「俺に聞こうって言ったって……実は、顔しか知らないんだよ。名前がわかればよかったのにな」

名前がわかれば聖心寮の中の誰なのかすぐにわかったはずだ。それでも、広樹は「まぁ、いいですよ。その方が僕も楽しみなので……とりあえず、僕は恵美ちゃんを寝かしてきますから。ちょっとだけ待っててください」と、つまり恵美の体を返しに行くと言った。俺はさっきから寒くてしょうがなかったので、言った。

俺「またここで待ってるのか?さっきから寒くてな」

暖かい所を考えてみたが、この建物の中しか考えられない、中に入るには男子禁制なので、どうしようか考えていると、恵美が何かわかったかのように言った。

恵美「それなら管理人室に行ってくださいよ。さっき、僕が管理人さんを外に出しておきましたんで、そこで待っていてください。あっ、それと」

恵美が聖心寮の中へ入ろうとする寸前に聞いてきた。

俺「それと、なんだ?」

恵美は一呼吸置いてから「先輩の好みって、長い髪に少し丸顔でよかったんですよね」と言ってきた。俺は誰にも教えたことがないのに……疑問に思ったので、「あっ。どうしてそんなこと知ってる?」とつい口から出てしまった。

恵美「まぁ、いいじゃないですか。とりあえずそんな感じの子を見つけてきてあげるから」

そう言うと恵美は聖心寮の中に入っていき、俺は管理人室で恵美の言葉通りにここで待つことにしたのだ。

俺こと佐久間直樹はうちの学校の女子寮である聖心寮の管理人室にいた。広樹が管理人をどうやって追い出したのか定かではないが、俺はこの管理人室の中で誰かが来るのを待っていた。たぶん広樹が誰かに入り込んでまたここに現れるに違いない。時はすでに深夜2時10分を回っていて、ここからは街灯以外見えるものがなかった。そんな場所で一人たたずんでいると、少し眠気が襲ってきてしまった。コクリコクリと首を動かすと椅子の上で寝てしまった。

管理人室の独特の暖かさと深夜と言うことが非常に眠りやすい環境にしてしまったのだろう。夢の中で俺は誰かに揺さぶられているかと思うと、ようやく目を覚まし、現実の世界でもやっぱり誰かに揺さぶられていた。そして、その揺すっている人が誰なのかを確認するために寝ぼけた目をそっちに向けた。

すると、そこには髪が長い、ちょっと丸顔の女の子がいた。なぜ俺を起こそうとしているのか一瞬忘れてしまったため、びっくりして椅子から転げ落ちてしまった。彼女のスカートに中に頭が入ってしまい、下着が見えた。

女の子「なんなのよ〜。なかなか起きないと思ったらスカートの中見ちゃって」

どうやらこの女の子は見られているのに、平気な顔でいるようだ。ここで俺は記憶を取り戻し、広樹がやってくるのを思い出した。

俺「あっ。広樹だな。振り向いて知らない子がいるんだから驚くだろう」

俺は服に付いた埃を払いながら言った。

女の子「脅かしちゃいましたね。すいません。先輩」

やっぱりこの女の子には広樹が入っていたようだ。それにしても、俺の好みには近いけれど、どうやら別の女の子だった。

俺「ところで、この子は誰なんだ?俺の好きな子と違うじゃないか」

ちょっとふてくされた表情を浮かべ ながら俺は言った。

女の子「あっ、違いました?僕の趣味で選んじゃいました。エヘヘ」

女の子になった広樹は可愛く舌を出しながらごめんなさいという表情をしていた。

俺「まぁ、そんなことだと思ったよ。お前は俺とだいたい趣味が似てるからな。この子の名前はなんて言うんだ?」

一応来てもらったからには名前ぐらい聞いておかないと失礼だと思って俺は聞いてみた。

女の子「えっと。そうですね〜。ウッフン、私の名前は河野育江(こうのいくえ)です。よろしく!」

広樹は途中から育江に成りきって。しゃべってきた。

俺「俺の趣味じゃないけど、とりあえず名前だけ聞いておいた。俺の好きな子は育江よりも目のクリッとした可愛い子だよ。頼んだぞ」

この言葉を育江にかけると、ちょっとムッとした表情を見せながらも、うすら笑っている感じで「私より可愛いだなんて失礼しちゃうわね〜」と言ってきた。広樹が女の子の姿だというのはなかなかやりにくいものだ。

俺「芝居はいいから、さっさとしてくれ」

俺は自分のお気に入りの子にさっさと会いたいので、つっけんどんな態度で言ってやった。

育江「は〜い。私も大変なんだってこと覚えておいてね!じゃ、せ・ん・ぱ・い。そ〜っと行ってきま〜すね」

そう言い残すと育江は聖心寮の奥へと消えていった。今度は誰がやってくるのか。中身が広樹だとはわかっていてもなんとなく嬉しいもんだ。俺は再びここで誰かが来るのを待つことにした。

俺こと佐久間直樹はうちの学校の女子寮である聖心寮の管理人室でまた一人にされた。広樹の奴が俺の気がある女になってくれると言ってから結構時間が経っている。今度は寝てしまわないように気持ちを引き締めて、じっと広樹がやって来るのを待っていた。

この管理人室からはこの寮の部屋は見えないことになっている。部屋は2階に12室、3階に12室が用意されていて、1階にはそれを管理する管理人室と雑談を楽しむためのたまり場のような広場が用意されているだけだからだ。

ここの寮は1人1部屋が基本のようで、無理に使おうと思えば2人で暮らすこともできそうだ。ユニットバスと小さなシステムキッチンも一緒になっているので、生活するには十分だが、ここはあまり人気が無く最近の学生は学校の近くに住みかを構えることが多い。

現在、ここに暮らしているのは管理人室の資料によると19人らしい。1年生から4年生まで地方から出てきて暮らしている子ばかりだ。資料を見ていると階段の上からまたコツコツ、いやドタドタとした足音が聞こえてきた。どうやらあいつが来たらしいが、万が一のため見つからないように隠れた。

階段の上からやってきたのは、俺の見たことの無いちょっとおとなしい雰囲気のする女の子だった。彼女は真っ黒な長い髪をなびかせながら、ちょっと慌てた雰囲気で降りてきた。

女の子「あれ〜?管理人さんいないなぁ?どこ行っちゃったんだろう」

ここからだと見るのが苦しいが、彼女は部屋着のまま降りてきたらしい、グレーのワンピースに身を包み、サンダルという出で立ちだ。

女の子「管理人さんに用事があったんだけどなぁ〜」

まさか、彼女と管理人さんができてるとか?俺はつい余計なことを考えてしまった。そして、ひっそりと隠れながら彼女の行動をじっと見守る。

女の子「どうしよう〜。。。」

こんなに夜遅い時間だと言うのに、何か大事な用事があるらしい。女の子はふと管理人室の扉に目をやるとそこが半開きになっているのを見つけたみたいだ。

女の子「中へ入っちゃってもいいのかな?なんか扉が開いているみたい」

そう言ってその女の子は俺のいる管理人室に入ってきた。俺はさらに慌てて身を縮めているが、かなり絶体絶命の状態。

女の子「管理人さんに頼んでおいたもの、机の上にあるのかな?」

机の下に隠れた俺にはとてつも無くピンチだ。広樹の奴が出てくるのを待ってるしか無いのか……

女の子が机の方に足を進めようとした時、階段の上からコツコツという足音が聞こえた。女の子はどうやら上から降りてくる人に気づいたみたいだ。

女の子「あっ、恵美ちゃん?なんかいつもと雰囲気違うよね」

なんと降りてきたのは多岐川恵美(たきがわめぐみ)だった。さっきとは違ってピンクのパジャマ姿だ。どうやらこの子とは親しい関係にあるらしい。

恵美「えっ?そうかしら。私もさっきびっくりして。。。で、久美(くみ)ったら。そんなところで、何してるの?」

久美って言うのかこの子。俺のタイプとは少し違うけど、可愛い感じがする。恵美にも見つかってしまうのではと俺は必死に隠れながら様子を見ている。

久美「管理人さんに私宛の荷物を預かってもらったんだけど、管理人さんがいなくって」

久美がそうやって恵美に話しかけると、

恵美「適当に探したらすぐに寝なさいよ。明日の授業には大事な発表があるんでしょ。私、先に戻ってるから」

と言ってまた階段をあがっていってしまった。恵美は一体何をしに来たと言うのか?もしかして、恵美の中にまた広樹が?そんな考えが俺の中に浮かんだが、ここに久美がいる以上はまだ落ち着くことはできなかった。

久美は恵美がいなくなってホッとした表情を浮かべているようだ。

久美「ふ〜。管理人さん来るまで待っていようかな?椅子に座っていてもいいよね」

俺はこの時、机の下にいたので、久美が椅子に座ったらすぐに見つかってしまう。もう覚悟を決めることにした。久美は椅子の方に歩いて来るとゆっくりと椅子に腰をおろした。

久美「ふぅ〜。どこに行ったのかな?先輩」

久美の口から出たこの言葉を聞いて。俺は机の下から飛び出し、久美の目の前にすくっと立った。久美はびっくりしたのか、俺の方をポヨンと見つめている。

俺「あのさ^^; お前広樹か?」

俺には久美が広樹に見えたので聞いてみたが、その期待は。。。

久美「えっ??広樹って誰?それにあんたはなんなのよ〜」

久美は俺のおでこに向かって右手で平手打ちをして来た。見かけに寄らず喧嘩っぽい子なのか?

俺「いててて……君みたいな子にしては力があるんだな。俺はちょっと事情があってここにいるだけで」

俺はなぜかおどおどしながら弁解をしてみせたが、久美の目は俺をにらみつけていた。

久美「問答無用です!!」

今度は机のそばにあった竹刀をおでこにしっかりと食らってしまった。久美が力のか弱い方だとは言っても痛くないわけがない。

ほんの一瞬、俺は気絶をしていたようだ。俺は椅子に座っていた。まるで広樹が交通事故に遭った日のように。

俺「あれっ?おれ〜?」

目のピントがゆっくりと合っていくと久美の姿が現れた。どことなくさっきとは雰囲気が違う感じの久美がいた。

久美「気がつきましたか?せ・ん・ぱ・い」

そうやって久美は俺に水の入ったペットボトルを渡す。俺はその水を飲みながらゆっくりと正気を取り戻していった。

俺「もしかして……やっぱりか?」

俺はペットボトルをマイクのように久美の前へ差し出した。

久美「もちろん、先輩の思ったとおりですよ」

そう愛嬌をたっぷり込めた表情で言いながら、久美は俺にとっておきのウインクをしてみせたのだった。

俺こと佐久間直樹はうちの学校の女子寮である聖心寮の管理人室にいる。3時を回ろうとしているのに、なぜか久美という名の女学生と一緒になってしまった。すっかり久美が久美だと信じ切っていたが、どうやらこの子に広樹が入り込んだようだ。俺の気に入った子に入ってくれるって言ったはずなのに、死んでも懲りない奴とはこんな奴のことを言うんだと思う。

「先輩の思ったとおりですよ」と言ってウインクする久美に、俺は水の入ってるペットボトルを思わず落としてしまい、ちょっとだけ残っている水がはじけてしまった。久美のワンピースにかかってしまったが、久美は動じることもなく立っていた。

俺「お前なぁ。どうして?俺のタイプじゃない子に入ったんだよ?」

また広樹に脅かされてしまって、俺はちょっと切れ気味の口調で久美に向かって言った。久美は少しだけ濡れたワンピースを心配しながら。

久美「いや、管理人室に来たら何か資料があれば、それで先輩の好きな子に関する情報があるかと思いまして。。。まずは適当な子に入ってみたんです」

やっぱり、広樹は相変わらず適当な性格で、言ってる事や行動がコロコロ変わる。

俺「まぁ、それはわかるんだけど。それならさっきからできたんじゃない?俺、それ見てたんだけど」

すっかりと俺はやる気無しの無気力モードに入りそうだった。

久美「じゃあ、それに何か書いてあったんでしょ?」

元の久美の口調に戻ってしまったので、思わず調子が狂ってしまう。

俺「おい、いきなり久美の口調に戻るなよ」

あくまでも初対面の久美を前にしているだけに、なんとなく気恥ずかしくなってきた。

久美「だって〜。誰か来たときに困るでしょ」

そう言いながら久美は濡れたワンピースの裾を軽くあげて、下着が見えそうになった。

俺「それもそっか。わかったよ。お前の好きなようにしてくれ」

俺は久美に成りきる広樹の言いなりになるしかなかった。

久美「じゃあ、先輩の見ていた資料を見せてくださいよ」

そう言うと、俺は久美にさっきまで見ていた資料を渡す。久美はまだ濡れたワンピースが気になるみたいだ。

俺「これで、何かわかるのか?」

さっきまで見ているようだと、あまり必要なことは書いてなかったような気がする。しかし、久美は俺のめくらなかったページを開き、何かを見つけたようだ。

久美「あった〜。ここから一人一人のプロフィールが写真付きであるじゃないですか。立川(たちかわ)久美。これは私の写真!きれいでしょ」

久美は自分の?顔と写真を俺に見比べさせながらプロフィールの書いてあるページ見せて来る。

俺「あっ!そんなのがあったか。じゃあ、19人の中から探せばいいんだから、すぐにわかるよな。

俺に見せてくれ、すぐに見つけるから」

久美「うん」

俺の手が久美の冷たくて細い手にあたりながら資料をもらう。そうやって俺は、ここにいるはずのお気に入りの彼女を探し始めた。

俺こと佐久間直樹はうちの学校の女子寮である聖心寮の管理人室にいる。3時10分を過ぎた。いつもだったらガンガンに寝ている頃かも知れないが、今日は寝ていられないのだ。俺はここで久美の中に入り込んだ広樹と一緒に俺のお気に入りの子を管理人室の資料を使って探し始めた。初めて会った久美と一緒にいるのはなんだか恥ずかしいはずなのに、中身が広樹なためもあってか不思議な緊張感を感じるだけで済んでいた。

プロフィールのぺージの写真を全て見たが、なんとも不思議なことに俺が見た子は出てこなかった。俺が気に入った子は確かにうちの大学にいるはずだし、ここの寮にいるってのも間違えではないらしい。どっちが間違っていたのか、何度も同じ資料のをめくり返していたが、やっぱり恵美や育江や、久美についてのページはちゃんとあるのに、俺の気に入った子の写真は無い。

久美「おかしいわねぇ。19人の中に絶対いるんでしょ」

すっかりと黙り込んでいた空気に久美が口を切り出した。

俺「あぁ。絶対ここだと思ったんだけどなぁ」

俺はすっかりと失望してしまった。こんな時間に聖心寮にいるのに、夢の実現が一歩遠ざかってしまったからだ。

久美「あれ?待って、この資料の表紙をよく見てよ。『聖心寮入居者名簿(日本人)』って書いてあるじゃない」

俺にとっては意外なことだったが、この頃の国際化の流れを考えると確かに外国人がいてもおかしくないじゃないかって。でも、俺が見たのは確かに日本人だと思ったんだけど。

俺「えっ?でも、俺が見たのは日本人だったけどなぁ。まさか外国人だったりするのか?」

すると久美が閃いた。

久美「ん〜。あっ!考えてみてよ。うちの大学って韓国のミッション系の女子大学と提携してるから、もしかすると韓国人じゃないの?入居者名簿は他に無い?」

韓国人だったら確かに日本人と見間違えるかも知れない。それなら他の名簿があるのかと思い、さっき隠れていた机の下も探してみると、韓国人の名簿があるのに気づいた。

俺「あっ。こんなところに『聖心寮入居者名簿(韓国人)』というのがあったよ」

韓国人は現在4人しか入居していないので、すぐに見つかるはず。

久美「さっそく、探してみて」

久美は俺の背中を軽く叩いてから言った。

俺「うん」

思わず、自然にこんな言葉が出てしまった。そして、次のページをめくった瞬間。俺はある名簿に釘付けになり。。。

久美「あった?」

久美の声が耳に入ってこなかった。名簿の写真をじっと見つめていたのだから無理もない。

久美「ねぇ。あったの?」

耳元で久美は言ってきたので、ようやく我を取り戻した俺は、

俺「あぁ。あった。この子に間違いないよ」

ようやく俺の探していた子を見つけたのだが、久美がいる手前上、静かに喜んでいた。

久美「ふ〜ん。先輩の好きになった人って韓国人だったなんて、国際的ですねぇ。名前は?」

えっ〜と。名前はどこだ?俺は3文字の漢字を探して見つけた。

俺「名前は朴香姫。ぼくこうひめ?。」

俺は漢字をそのまま読んでしまったが、久美がプッとつばを出して笑ったのを見逃さなかった。

久美「パクヒャンヒですよ。フリガナがついてるじゃないですか。そう言えば先輩には言ってなかったんですが、私は高校時代から韓国語やってました」

いまだに久美は笑いが止まらないようだ。

俺「広樹、お前が?韓国語やってたのか?」

広樹が韓国語の勉強をしていたなんて初耳だった。奴が死んでから知ることになるとは。

久美「そうですよ。知らなかったですか?」

久美の表情は鼻高々だった。初めてそんな表情を見ると、俺の本能がくすぐられそうだ。

俺「朴香姫さんか〜。てっきり日本人だと思ってたけど、韓国人だったなんて。あっ。俺、韓国語できないぞ」

俺は韓国人ということでまず言葉の不安を感じた。

久美「先輩。そんな心配しなくていいみたいです。ここ見てくださいよ。日本語能力試験1級持ってるみたいですし、JPT960点だなんてすごいじゃないですか。完璧みたいですよ」

日本語能力試験?JPT?それってなんなんだ?俺にはわかるはずがなかった。

俺「資格試験のことを俺に話したってわからないだろう」

とにかく、俺に資格試験の話をしたって豚に真珠だった。

久美「そうでしたね」

久美は唇を横にしっかり閉じてニカッとした表情をした。

俺「妙に納得しなくていいから、とにかくこれから頼んだぞ。彼女に…」

そこまで言ったところで久美が申し訳なさそうな表情で口を入れた。

久美「あの〜先輩。申し訳ないんですけど。明日に出直しません?こんな夜中じゃデートしたってつまらないでしょ」

突然の展開なので驚いたが、確かに夜だと大騒ぎするわけも行かないし、明日にしが都合はいい。

俺「あっ。それもそうだよな」

それを聞いて、久美は続けて質問をしてきた。

久美「明日は暇ですか?」

明日は確か、用事が幾つかあったけど、学校の講義があるわけじゃないから適当に電話でも断れば大丈夫だろう。そう思って、

俺「用事が少しあったけど、全部断るから。」

小さな用事なんてあっさりと断ることにした。久美はひきしまった表情に変わり「わかりました。じゃあ、明日になったら連絡しますね」と言ったが俺に連絡なんてできるんだろうか。

心配になったので聞いてみる。

俺「連絡って?どうやって?」

久美はワンピースのポケットの中から携帯電話を取り出して、電話をかけるふりをしながら「朴香姫さん、携帯持ってますよ。それ使ってかけるので先輩はとにかく待ってください」と言った。久美はさっきの名簿から携帯を持っているということをチェックしていたようだ。さすがにあいつだけのことはある。

俺「あぁ。留学生でも携帯持ってるもんだな。わかった。楽しみにしてるよ」

久美は自分の部屋に戻り、俺は聖心寮から自分の家に帰ることにした。

家に帰るとそっ〜と、そっ〜と。誰にも聞こえないように抜き足、差し足で自分の部屋のドアをそっ〜と開けた。ドアを開けて俺が電気をつけるとそこにはニコッとした表情を浮かべた妹の楓の姿(なぜかセーラー服)があった。

楓「先輩!お帰りなさ〜い」

結局、俺の布団で楓と一緒に寝ると長い夜が終わった。





 

本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
・本作品についてのあらゆる著作権は、全て作者の夏目彩香が有するものとします。
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