先輩!

作:夏目彩香(2002年11月11日初公開)


 

俺は佐久間直樹(さくまなおき)。俺が家でごろごろとしていたある日の昼下がり。たまたま大学の講義も提出しなくてはならないレポートも、そしてバイトも無い日で、ゆったりとした時間を過ごしていた。

ちょっと昼寝でもしようとベッドの上に寝転がる。暖かい日差しが窓から注ぎ込んでいるため、秋がもうすぐ終わろうとしている部屋の中はポカポカ陽気。あっという間に寝入ってしまったが、30分ほど寝ると何かの気配を感じて目が覚めた。

目を開けるといつもはそのまま天井が見えるはずなのに、不思議なものが目に飛び込んできた。それは後輩である日陰広樹(ひかげひろき)の姿。しかも、半透明に透けていて後ろに天井が見えるのだ。寝ぼけているのかと思って、目をこすって再び目をやるといつもの天井が見えていた。やっぱり見間違えだったらしい。

そう思ってから体を起こすと目の前に広樹の姿が迫ってきた。やはりさっき見たのは嘘ではないと気づいた。透明な広樹の姿なんだけれど、なぜ透明なのか全く説明がつかない。広樹の透明なシートでも作ったものが目の前にあるのかとも考えたが、透明人間という説も捨てがたかった。とりあえず俺は冷静になって、透明な広樹の姿を見ていた。よく見ると透明な広樹は動いていた、そして、それは何かを訴えているように見えた。

口を動かしているようだが俺には聞こて来ない。今の現象を理解することも無理だが、透明な広樹が動いているのは事実だった。透明な広樹も俺が何を考えているのか気づいているらしく、俺の方へだんだんと迫ってきた。迫りに迫って広樹の顔が目の前まで来たかと思うと、そこから俺は一瞬意識を無くしてしまっていた。

次に気づいた時にはなぜかパソコン机の前にある椅子の上に座っていた。そして、さっきまで開いていなかった俺のノートパソコンが目の前にあった。画面を見るとエディタが開いてあって、そこに文字が打ちこまれているのが見えた。

−広樹− 先輩!僕の姿見えましたよね?先輩なら信じてもらえると思ってここに来たんですが……ちょっと事情があって、先輩の体を一時的に借りました。そうやって、ここに文字を入力したんですが、信じてもらえますか?信じてもらえるなら、この下に続けて文字を打って欲しいです。

書いてあった文章を見ると広樹が書いたものに間違いがなかった。メールでもやりとりをしていただけに、この書き方は広樹のそのものだったから。俺はとりあえず、今の信じられないような状況を理解するためにも、この下に続けて文章を書くしかなかった。

−俺− あぁ、信じてやるよ。俺はさっき透明なお前の姿を見たけれど口を動かしているように見えたからな。だてに超常現象研究サークルに所属してないって。ただ、どうしてお前が透明になっているのか?そして、先輩の体を一時的に借りたってことを教えて欲しい。どういう事だ?

俺がこうやって書き終わるとまた一瞬だけ意識を失ってしまった。そして、目が覚めると文章が付け加えられていた。

−広樹− 先輩!どうやら僕は幽体離脱したみたいなんです。さっき自動車とぶつかっちゃって、その時に死んだと思ったんですけど、こうやって幽体になってうろうろとできました。なんか運がよかったなぁって。僕の姿は見えないみたいなんですけど、どうやら先輩にはさっきだけ見えたみたいです。ただ、僕は幽体なので声が出せないみたいで、先輩の体に入り込めないかと思ってやってみたら。さっき成功しました。それでパソコンを使えば話ができると思ってパソコンを起動させたんです。理解してくれますか?

やっぱり広樹の奴に違いがない、あいつはいつも死んだら幽体離脱したいなんてことばかり言ってたし、きっと誰かから連絡が来ることだろう。広樹の奴に返事を書いてやった。

−俺− そうか、交通事故の衝撃でお前は幽体離脱をしたんだろう。たぶん、そのうち俺の携帯にも電話で連絡が来るはずだから、その電話が来たらわかることだ。俺の体に入るってのはどういった感じだ?死んでしまったのになんとなく羨ましいぜ。

キーボードを叩く手を休めるとまた意識を一瞬失った。本当に一瞬だけ気を失うので、パソコンの画面にはすぐに文章が増えるのが不思議な感じだ。それでも、広樹とチャットをしているような感じなので楽しい。また、広樹からの返事が書いてあった。

−広樹− 先輩の体って、僕より大きくてしっかりしてますね。指が動かしづらくて不器用だったんですね。僕のことをわかってくれるのは先輩しかいないと思ってここに来ました。よくここに来てお世話になったし。確かに幽体離脱したので羨ましいこともあるでしょうけど、僕にはもう肉体が無いので、帰る場所が無くなりました。両親にも迷惑をかけてしまって。先輩とちゃんと面と向かい合って話し合いたいですね。

このあとも、広樹と一緒に不思議なチャットをしていた。平日のために家には誰もいないので、一人でパソコンの前に座っているようにしか見えない。さっきは携帯電話に電話がかかってきて、やはり広樹が交通事故に遭ったので通夜が行われるということ、出席するということを広樹の友達に伝えておいた。しばらく話をしたあとで、俺は疲れたと言って広樹と話をやめ、ベッドで横になって通夜の時間を待つことにした。

もうすぐ冬が近づいているせいもあってか、日が沈むのが早くなった。西日がずいぶんと強くなった頃、玄関ドアの開く音が聞こえた。どうやら妹が学校から帰ってきたみたいだ。俺の妹は高校2年生でいつもはもっと遅くに帰ってくるはずなのに、今日は珍しく早く帰ってきたようだ。

ドンドンドンドン……ドンドンドンドン……

いつものように階段を駆け上がる音が聞こえるかと思ったら、静かに妹の楓(かえで)が俺の部屋の戸をノックして入ってきた。

楓「ただいまぁ、お兄ちゃん」

緑を基調とした某私立高校の冬用セーラー服に身を包んだ楓は、軽く肩で息をしながらいつもは言うことのない挨拶をしてきた。チェックのスカートからはいつものように生足が見えるかと思ったら、紺のハイソックスを穿いている。そして、いつもよりもスカートが長く見えた。

俺「楓、今日は早かったよな。何か大事な用事でもあるのか?」

いつもは夜が遅いのでこんな時間に帰ってくるのが珍しい。俺はなぜか心にも無くこんな事を訪ねた。

楓「べーつにー、なんでもないよ。外が寒くってさぁ、早く家に帰りたくなっただけ」

ちょっと立ち方のおかしい楓は首をかしげながら、なんとなく家に帰ってきたという素振りをした。首をかしげると軽く茶色がかった長い髪が揺れる。

俺「俺、夜に出かけるからな。留守番頼んだぞ」

楓「えっ?なんで出かけるの?」

楓はまるで台本を読むかのように言った。

俺「サークルの広樹が交通事故で……」

そこまで言うと楓は間髪入れずに言葉を続けた。

楓「亡くなったんでしょう。えっ〜〜かわいそう」

楓は同調しているのか、白々しいのか分からない言い方をしてくる。

俺「どうしてそんなこと知ってる?」

楓「だって、交通事故って言ったら決まってるじゃない。お・に・い・ちゃ・ん!」

なんとなく俺は納得して聞き入れた。

俺「とにかく行ってくるからな、留守番頼むぞ」

この言葉を言うと、楓はがっかりしたような顔をして話してくる。

楓「嫌です。私も行きます。広樹さんって私も会ったことがあるんだし」

広樹さんだなんて、いつもはそんな風に呼ばないのに、今日の楓はなんとなくおかしいと思いながらも俺は話を続けた。

俺「楓も来る気か?」

少しの間を置いてから楓は口を開く。

楓「当たり前です。最後の姿を見ないといけないし」

なんだか意味ありげの言葉だったので、もしやと思い質問を投げかけた。

俺「まさか。。。好きだったのか?あいつのこと」

すると、照れた顔をしながら、体をくねらせ可愛いふりをして楓は言った。

楓「そんなんじゃないけど、とにかく行かないと。お兄ちゃんと一緒に私行くからね」

クリッとした目をこっちに向けながら言ってくるので、もう俺にはどうしようもできなかった。

俺「わかったよ、一緒に行こう。まだ時間あるから部屋で着替えして待ってろ」

いつになく楓は素直に返事をしてくれた。

楓「うん。ありがとうお兄ちゃん」

そして、俺は次の一言を付け加えた。

俺「父さんと母さんには俺が連絡しておくから。じゃあな」

楓は軽く頷くと自分の部屋へ行ってしまった。

俺は一人で時間を待っていると通夜へ行く時間が近づいてきた。楓を呼ぶために部屋へ行ってみた。ベッドの上でごろんと寝ころんでいるはずだったが、楓は机の前に座って本を読んでいた。すでに黒いワンピースを着ていて、小さなバッグも化粧台の上に置いてある。すでに準備はできているようだ。

楓「あっ!お兄ちゃん、そろそろお通夜に行くんだよね。まだ着替えてないの?」

いつもだとこんなに敏感じゃないはずの楓に聞かれて、少しぎくっとしてしまった。

俺「これで行こうと思ったけど駄目か?」

すると楓は怪訝な顔でうるさく言ってきた。

楓「駄目駄目、広樹さんに失礼じゃない。お父さんのがあるはずだからそれ着たらどう?」

俺は昔から儀式的なものが嫌いで、通夜に着ていく服を考えるなんてことは考えもつかなかったが、楓に言われて初めて気がついた。

俺「悪いな。こういうの苦手だから」

楓「いいの、いいの。私が着替えるの手伝ってあげるから」

ずいぶんと楓も気が利くようになったようだ。楓の手伝いもあって着替えがすぐに終わる。そして、いよいよ家を出る時間になったので一緒に玄関へ向かう。靴も楓が下駄箱の中から用意してくれた。とにかく俺って世話のかかる人間だとつくづく思ってしまう。

楓「お兄ちゃん、先に外に出て待っていてくれない?ちょっと忘れもの思い出して……」

俺は軽く頷くと玄関の外へ出たところで楓を待つことにした。2、3分待った所で楓が玄関を開けて姿を現すと一緒になって歩き出したが、このとき俺に聞こえないぐらいのか細い声で、「行きましょう。先輩!」と楓が呟いていたことには全く気がつくこともなかったのだ。





 

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