憑依学

作:夏目彩香(2002年7月12日初公開)


 


1.憑依学研究室

ここはとある大学。梅雨も明けて毎日暑い日が続く中、いまだにクーラーも設置されていない教室の中は死にそうなくらいの暑さです。こんな状態でも授業があるなんて、信じることもできませんが本当の話です。更には試験もまだ残ってるなんて、考えるだけでもやる気が無くなってしまいます。こんな大学院に入学したなんて、今考えるとちょっと損をした気分がします。

今ここで行っている授業は今年から新設されたばかりの憑依学の授業。去年の夏頃にたまたまインターネットのホームページで、この大学院のサイトを見つけると隅の方に小さく「来年度より憑依学研究室開設」という文字を読んで興味がわいたからなんです。なんだかんだわからなかったここでの生活も4ヶ月目に入り、ようやくおおまかなことがわかってきました。

これを教えてくれる先生はこの学校では一番の変わり者、それでも大学教授なんだから世の中どうかしてると言われるくらいです。実際に憑依なんてできるわけではないんだけど、いつも熱心に研究しているのです。私は先生の研究室に入ったけれど、学校からの待遇はそれほどよくなくて、旧校舎の片隅に研究室がある始末です。授業もすぐそばの教室で行われているのです。去年、新築された校舎があるのに、そこに入れないなんて何てことを考えるとちょっと虚しい気さえします。

この研究室は今年の4月に開設されたばかりなので、この研究室にいるのは先生と私、それに私と同じように憑依学に興味を持った大貴くんがいるだけ。まぁ、最初の年だからこんなものかも知れませんが、全国の大学から集めた割には人数が少なすぎます。大々的な広告は無いにしても他の学科には定員の4〜10倍の応募があったのに対して、うちの学科は4名の定員に対して応募は結局2人だけだったので、簡単に合格が決まってしまいました。

そんなわけで、憑依学の授業を受けているのは私と大貴くんの2人だけ、先生は独自の研究資料を毎週用意して授業を行うのですが、結局はこの資料って私がつくっています。大貴くんは手伝ってもくれないんですよ。いつも研究室にはいなくて家に籠もってばかりいるとのこと、授業でしか会ったことがなかったりします。一体何をしてるのかを聞いてみても言ってくれないし、家でやることがあるからってすぐに帰るのです。先生もそれを認めていて結局は大きな研究室に2人がいるだけということが多いです。

今も授業はまだ終わりません。あと秒針が12回まわると終わりの時間になるんですけどね。授業中はうだるような暑さのため、いつも薄着の私は先生の視線を感じながら授業を受けています。すっかり先生と一緒にいることが多いので、最近は気にならなくなってきました。それでも端から見ればこの姿は先生の気をそそるのに十分すぎる気がします。

授業もつまらなくなったので先生からどうやって見えてるのか考えてみると、ピンクのタンクトップには胸の間に小さくハートのマークが入っていて、私の赤茶色に染めた髪は胸筋まですっと伸びていてハートを掴もうとしているような感じです。胸元にはこの前の休みの日に買ってきた犬のペンダントがさりげなく首元を飾っています。ちらりと見えるリング型のイヤリングや左の手首にある銀のブレスレットが光るので先生の目に光が時々反射しているようです。右手の中指にある指輪が私の青白い爪が光り輝く細い指にさりげなくはめてあります。

白いチノのミニスカートをぎりぎりまで細くして履いているのでただでさえ細いウエストが益々細く見えます。そこの下にはすらっとした白い太股が見えているので、このあたりは先生の性欲を挑発しているように思うでしょう。私としては別にそんな気はないですけどね。アンクレットが左の足首に巻き付いて、かかとが高めの白いミュールが一層引き立ちます。足の指にも手と同じ色のフェニキアがきれいに塗ってあるのです。

先生はそこまで見てるとは思うのですが、いつ聞いても気にしてないと言ってばかりいます。私に関心があるのは授業中の態度を見れば確かなことだと思うのに、なかなか本当の姿は見せてくれません。まぁ、憑依学研究室をつくったくらいだから、その辺のことに絶対興味があるはずなのになぁ。まぁ、こんなことを考えているうちに長針は授業の終わる時間を指していたのでした。


2.授業が終わって

秒針が12回回ったところで授業はいつも通りの時間に終了しました。先生はいつも時間に正確なので、終了時間は決まっているのです。授業が終わるといつものように研究室に戻ります。すぐ隣の部屋で授業を行っているので、授業を受けていた教室からはほんの数メートルの距離、「憑依学研究室、担当教授金沢誠(まこと)、修士課程1年住友大貴(だいき)、修士課程1年片山里香(りか)」の表示を確認してから研究室に入ります。私の席もそこに用意されているので、授業で使った資料とノートを机の上に置いてから、手足を思いっきり伸ばすと疲れた体が軽くほぐれました。

私の机の隣には大貴くんの机が置いてあるけれど、ほとんど使っていない状態なので私の荷物が上に置かれています。大貴くんは授業が終わったらいつもすぐに帰るし、学校に来ても授業しか受けないので、ここは必要がないって私に自由に使わせてくれています。だから、この上って荷物置き場になっちゃっているんです。

でも、今日は大貴くんが先生と一緒に何か話しながら研究室に入ってきます。これって憑依学の授業が終わってからは初めてのこと、どういった風の吹き回しなのかなって、ちょっと気になってしまいます。さらにおかしいのは、先生と大貴くんが私に気づきもしないで話を続けているではありませんか、こんな2人の姿って初めてだと思います。

それで、2人は先生の席の近くにあるソファーに座ってなにやら話をしているようです。大貴くんが小さな紙袋を先生に差し出すと先生は中身をこっそりと見ているようです。時々私の方をチラッと見るのが気になりましたが、私は今日の授業に出されたレポートを始めることにしました。レポートを書いている間にもどうやら2人の話は続いていました。

こんな姿を横目で見ているととても不思議な光景でした。大貴くんは授業が終わってもしばらく学校にいることは1度も無かったし、研究室に立ち寄ることだってなかったのです。そういえば、大貴くんは先週のレポート出したのかしら?珍しくはりきってるみたいだったから。もしかして、それに関係しての話を一緒にしてるのかなぁ。

しばらく先生と話をしていましたが、私が今週のレポートをパソコンの前で作成している間に、大貴くんは例の小さな紙袋を置いて私には何も言わずに帰ってしまいました。そういえばもう昼ご飯の時間、今日は何を食べたらいいのか考えるようになりました。とりあえずは隣の校舎で勉強してる友達の中島亜紀子(あきこ)に携帯メールを送ってみたのですが、忙しくて行けないから勝手にしてってのこと。メニューが少ないけれど学食に行くしかないかなぁって思った時、私は先生に呼ばれました。


3.研究室での出来事

先生に呼ばれた私は、何を言われるのかドキドキものでした。こんな時は誰だってそうですが、変な頼み事をされるに決まっているからです。しかし、今回は違います。昼ご飯食べたかって聞いてから、出前でも取ってやるかって言ってくれたんです。先生がおごってくれること自体驚くべきことでしたが、たまにはそれもいいかなって思って今日はその誘いに乗ることにします。

しばらく待っていると注文した通りにおそばが運ばれてきます。出前持ちのお兄さんに先生がお金を払ってから食べる準備をしています。先生の机の前にある応接セットの上に置いてあるものを私がさっと片づけて、そこにおそばを置きました。出前に頼んだ店って結構高くて自分では食べに言ったこともないおそば屋さん。だから一緒に食べる相手が先生とは言え、ちょっぴりわくわくしています。

食事をする前ということで、私は手を洗ってくることにしました。先生にこの研究室から一番近くにある化粧室に行ってくることを伝え、手を洗ってくるとすぐに研究室へと戻ります。

研究室に戻るとざるそばが2つ縦に並べられているのです。先生としては珍しいくらい私に気を使ってくれます。先生がソファーに座っていたので、私は向かい合うようにして座りました。こんな風に向かい合って食事をするのはここに来て初めてのことになります。ざるそばは先生がいつも頼むことを知っていたので、私もそれに合わせて頼みました。

おそばを食べながら先生と大貴くんの会話が気になったからさっきのことを聞いてみます。すると先生から大貴くんが持ってきた小さな紙袋の中身を取り出して見せてくれました。一見してみてみると角砂糖のような物体がガラスの瓶の中に詰め込まれています。これって先生が大貴くんに頼んで作ってもらったとのこと。そのために学校にいることが少なかったって言うのです。

先生の食べているざるの上にはおそばがあと少しだけ残っていましたがそこで箸を置きました。私の方はまだ半分ほど残っているのにお腹がいっぱいになりそうな時です。先生は待っていたかのように笑顔で話しをはじめました。

金沢教授「これは、住友くんに作るように言っていたんだけど、ようやく1つできたんだよ。今のところは24個用意してもらったよ」

片山里香「これって大貴くんがつくったんですか?」

金沢教授「そうそう。この研究室が始まる時に住友くんに話をして作ってもらったよ。彼はこういうのが得意だって院試の面接の時に言ってたからね」

片山里香「ということは、それって、憑依学の研究に関係があるんですね」

金沢教授「そいうこと。重要な薬だよこれは」

片山里香「薬?」

金沢教授「そう、角砂糖のように見えるけれどこれは……………片山さんにはそろそろ言ってもいいかなって、それでもってきてもらったよ」

片山里香「えっ、それってなぜなんですか?」

金沢教授「住友くんと私の間で秘密に作っていたものだからね。片山さんが聞くと気を悪くするかも知れないと思ったので」

片山里香「そんなことないですよ。私だってその話に協力できますよ。2人だけの秘密だったんなんて」

金沢教授「まぁ、それは研究の都合上、この薬ができるまでは邪魔が入って欲しくなかったから」

片山里香「そんなのズルイですよ。私はここにいる間にさんざん使いものにされてるのに。大貴くんだけ特別扱いするなんて……絶対にズルイですよ」

金沢教授「わかったよ。わかったから。片山さんにはそろそろ話をしようと思っていたんだ。この薬がようやく仮完成したから。憑依学の講義もかなり進んできちんと聴いてもらったし、レポートも立派に書いていたし、それに……この薬はまず片山さんに試してもらおうと思っていたから」

片山里香「そんなことだったら、憑依学に興味を持ったんですからそれなりに覚悟はできていますよ。教えてください」

金沢教授「そうか。。。それもそうだな。。。ここに来たのだからそれくらいは当然だろう。。。じゃあ、教えてあげよう。この液体の飲み方は簡単で、水やお茶、コーヒーなどの中に角砂糖のように入れて混ぜたものを飲めばいい、この薬の効果は飲んでから30秒ほどたってから効果がでてきて、第1段階として魂と肉体の分離が始まって、完了するには30秒が必要だ。1分経つと完全に反応が終わるんだ。要するに幽体離脱の薬だよ」

片山里香「へぇ、これがそうなんだ。幽体離脱の薬って、もしかして初めてのことなんじゃないですか?いつしか先生が実験のためには必要だって言っていた」

金沢教授「そうだ。最初の頃の講義の時に幽体離脱に関するレポートをだしたから、復習しておくとよくわかるだろう」

片山里香「それで、本当にそんな薬が完成したなんて、信じられません」

金沢教授「信じられないかもしれないだろうけど、住友くんにはできると思ってた。さすがに優秀な学生だ」

片山里香「じゃあ、本当にその薬ができたんですね。大貴くんは試したことあるんですか?」

金沢教授「まだないよ。しっかりとした効果がわからないと怖くて使えないということだから」

片山里香「それは誰だって……そうに決まってますよ」

金沢教授「まぁ、そうだろうな。実験台になるってのは怖いもんだ」

片山里香「憑依学を専攻して最初の話題になりますよね。先生にお願いがあるんですけど、この薬私が試してもいいですか?」

金沢教授「えっ、住友くんにやってもらおうと思っていたんだが、片山くんにそういう覚悟があるならそれでもいいな」

片山里香「それならいいじゃないですか、私がやりますよ」

金沢教授「この薬はただの幽体離脱の薬ではないよ。幽体離脱が完了すると誰にでも憑依することができるんだ」

片山里香「そうだと思ってました」

金沢教授「それじゃ。この薬の説明はこのあたりでとりあえず終わることにしよう」

片山里香「先生?」

金沢里香「なんだい?」

片山里香「これって誰にでも憑依できるんですよね。私、一度でいいから男の人の体に入ってみたいって思っていて……」

金沢教授「そうか。やっぱりこの研究室に入るだけあるね。私にでも憑依してみるかい?」

片山里香「そうですね。先生もいいですよね。でも、年もかなり言っていますし、できたら若い男性の方がいいです」

金沢教授「それもそうだな。じゃあ、手頃なのがいるじゃないか」

片山里香「そうですね。私は大貴くんの体に憑依してみます」

金沢教授「この薬がちゃんとできていればの話だな」

片山里香「先生。それを試すんじゃないですか。さっそく始めましょうよ」

金沢教授「そうしよう。コーヒー入れてくれないか?」

片山里香「はい,、先生」

そうして私は憑依学の第一歩を踏み出すべく「幽体離脱の薬に関する実験」を開始することになりました。私がコーヒーを入れている間、先生は私が薬を飲んでからの効果を記録すべくビデオカメラの準備をしています。私から大貴くんの携帯に電話を入れて、研究室に来る手配もできました。大貴くんには内緒の実験、そういうことになったので彼が来る前に実験が開始されることになりました。


4.実験開始

実験の準備はすべて整いました。魂と肉体が分離したあとの私の肉体のために、ソファーの上に座って薬の入ったコーヒーを飲むことにしました。先生のセットしたビデオカメラのモニターにはそんな私の姿が映っているのが見えます。大貴くんが来るタイミングもちょうどいいので、ここで先生との最終的な打ち合わせをすることにしました。

片山里香「コーヒーを飲むのはここでいいですか?」

金沢教授「そこでいいよ」

片山里香「大貴くんが研究室に入ってきたら、いつのタイミングで憑依に移りますか?」

金沢教授「そうだなぁ。研究室に入ってきたらすぐでいいよ。私はカメラをその位置に動かしておくから」

片山里香「わかりました」

金沢教授「そうそう。最後に聞いておきたいことはあるかい?」

片山里香「そうですね。元に戻るにはどうしたらいいんでしょうか」

金沢教授「それは簡単なことだよ。自分の体のそばに行って戻ればいいし、そうでなくても時間がたつと元に戻ることになっている。個人差もあるはずだが、最低保証時間は24時間にということになっている。もうすぐ2時になるから、自然にしていても明日の午後2時以降に元に戻るはず」

片山里香「そうですか。明日は休みだし何があっても大丈夫ですね」

金沢教授「まぁ、住友くんが言うところには失敗はほとんどないはず、いざという時には強制的に魂と肉体を元通りにできる薬もつくってあるそうだから、それを使ってみることもできるからね」

片山里香「わかりました。信じてみます。ここで何があっても私の責任ですよね。憑依学を専攻した時点でしょうがないことです」

金沢教授「わかった。じゃあ、2時になったら飲んでくれ」

片山里香「はい」

そういうと、私は自分の時計に目を移すと、秒針があと1周すると2時になるので緊張する気持ちを落ち着かせていました。1杯のコーヒーを目の前にして、ゆっくりとカップの取っ手に細い指をかけるとさらにゆっくりと口元にカップを近づけました。

片山里香「ゴクッ。ゴクッ。……ゴクッ。……ゴクッ。ゴクッ。……ゴクッ。……」

一気にカップの中にあったコーヒーを飲みきるとすぐにカップをテーブルの上に置き戻しました。そのまま閉じた膝の上に両手を置いて、これからの変化を映すべくビデオカメラの前でじっとしていました。

するとどうでしょう。30秒後に効果が出てきました。最初は目の前の風景がぼっ〜としたかと思うと、一瞬にして目の前が真っ暗になりました。前進がぶるぶると震えながら、頭の上に引っ張られる感じがしました。手足の指の先まで震えが到達すると全ての感覚を失ったようになりました。目の前が再びはっきりとするようになってから、自分の体を動かそうとしました。しかし、自分の体を動かそうと思ってもどこも動きません。ゆっくりと腕をあげてみても、自分では腕を上げた気がするのに、そんなことは全く無く、腕も動いていません。

もしかして、これって幽体離脱が成功したんじゃないかと思って。周りを見回してみました。憑依学の時間に勉強した通りなら、このまま浮遊しているはずなので、それを試してみました。そして、ふわふわと研究室の中を飛んでみる想像をすれば実際にそれができたのです。これは間違いなく幽体離脱が成功したと確信しました。

先生はその時、ビデオカメラの中に映る私の肉体を見ています。魂が抜けたあとの様子ですが息はしているようでした。意識がないだけで、体としてはどうやら十分に機能している様子。先生は息づかいを確認しています。先生のことだからこの間にいやらしいことをするのかと思ったけど、そうではないようで安心しました。

私の腕の時計に目をやるともうすぐ大貴くんが来る予定の時間、それまで魂だけの存在としての動きを楽しむことにしました。


5.大貴くんがやってきて

私はしばらく研究室の中で宙を浮きながらぶらぶらしていました。時には廊下まで行ったりして、大貴くんがやってくるのをここで待っていたのです。ここの校舎って人があんまりいないなってそのたびに思うのですけど。一度玄関の方まで行ってみたりしました。すると、大貴くんがやってくるのが見えました。まだずいぶんと遠くにいるけれど、そのうちに来るなと思って玄関で待っていました。

もちろん、このことは大貴くんにはわからないことなので、大貴くんが近づいてきて玄関を通る中よく観察していました。大貴くんが研究室に向かう途中で、私はこんなにもじっくりと大貴くんのことを見つめたのは初めてでした。この年なのにいまだにスポーツ刈りで白いTシャツ、それに黒っぽいショートパンツを履いているどこにでもいる青年って感じですが、顔をじっくりと見てみると童顔かなって思う感じ、でもそれがかわいいかなって思いました。

そのまま大貴くんのあとをついて行くと研究室の前にたどり着きました。大貴くんが研究室の戸を開けた瞬間、私は後ろから一気に飛び乗るように私の魂を大貴くんの体に重ねるようにして入り込みました。これが生まれて初めて感じた人に憑依する時の感覚。さらさらに積もった深い雪の中に飛び込んでいく感じと似ているような、そうでないような。掃除機の吸引口にほっぺたを当てた時のようなそんな感じがしました。今まで憑依学の講義で聞いていてもさっぱりわからなかったのです。ようやくわかったような気がします。1分ぐらい時間をかけて憑依が完了し、目の前の風景がはっきりとしました。

研究室の入口のところで、きょろきょろとあたりを見回すようにして先生を探します。大貴くんの体なので、いつもとは違った視点で見える研究室の中ははじめてみる光景のようでした。先生が先に私に声をかけてきました。

住友大貴「こんにちは。先生、何か呼びました?」

金沢教授「あっ、住友くん。いや、片山さんかな?」

住友大貴「そうで〜す。私ですよ。片山里香です」

金沢教授「本当かどうか、これからチェックをしよう」

住友大貴「そんなことしなくてもいいじゃないですか。私は片山里香だもの」

金沢教授「いいから、これからする幾つかの質問に答えて」

住友大貴「はい、先生」

金沢教授「まずは、憑依学のレポートに書いてあったことの説明から…………」

こんなことを5分くらい続けているうちに先生が私が大貴くんに憑依したということを理解してくれました。先生が私だと理解できたのは、私と先生の間にしかしらないはずの問題を全て応えられたからに他なりません。先生の目には大貴くんが私に憑依されたふりをしてるのではと疑っていたのかもわかりません。

大貴くんの肉体に入ってみて、感じたのは全体的にしっかりとした体だってこと。もちろん、髪が短くていつもは長くてその感じがなかったり、胸がふくらんでいないので、ブラで締め付けられる感覚もありません。それに股の間の感じはなんとも言えないですが、完全に初めての体験です。ぶらぶらして落ち着かないっていう表現はまさにこれがあてはまると思いました。

住友大貴(里香)「先生、わかってくれましたよね」

金沢教授「うん。この薬は確かに憑依ができる薬だってこともよくわかったよ。協力してくれてありがとう、片山さん」

住友大貴(里香)「いいえ、こちらこそ。こんな不思議な体験をさせてくれてありがとうございます」

金沢教授「これで実験は終わったからすぐに抜け出ていよ。それとも、もう少しその体でいたいかね?」

住友大貴(里香)「そうですね。せっかく成功したので。大貴くんの体を使ってやってみたいことがあるんですけど、いいですか?」

金沢教授「じゃあ、その体験についてあとでレポートを出しなさい。それならいいよ」

住友大貴(里香)「はい、わかりました」

金沢教授「私はこれから会議があるので行ってくるよ」

住友大貴(里香)「はい、先生。行ってらっしゃいませ」

金沢教授「住友くんの体でそんなこと言われると調子が狂うじゃないか」

住友大貴(里香)「行ってらっしゃい」

金沢教授「そうだな。いつもの住友くんならそうやって元気に送ってくれるよ。あとは頼んだよ。あっ、なるべくなら研究室の外には出ないか近くまでにすること。わかったね」

住友大貴(里香)「はい、先生」

そういうと先生は研究室を出て行きました。これからは私だけがこの部屋にいることになりました。もちろん、私の体はソファーの上に寝てあるので2人いるような感じがしますが、実際に動いてるのは私だけなのです。私のやりたいことは、とっても単純なことですが、女の私には絶対にできなかったことでした。

そう、やりたいことをやりにトイレへ行ってきました。男のマークの方に入ることさえこれが生まれて初めての体験、大貴くんの体なのに思わず緊張してしまいます。便器がずらりと立って置いてあるのを見てびっくり、個室ばかりある女子トイレとは違ってるので、隣の人がいたら大事なところが見えるだろうなって思わず考えてしまいました。ここのトイレはあんまり利用しないようなので、人が来る気配がないからホッとしました。

便器の前に立つのは初めて、ショートパンツのチャックを下ろしてぶらぶらしているものへ手を近づけます。初めて触る感覚しかもそれが自分で自分のものを触っているなんて……なんだか、信じられない感じ。触った感触は柔らかくてかわいい感じがしました。すっと水が体の中を通っていく感じはいつもと違っていました。いきり立ったものの先から飛び出していく水はまるで噴水のように見えて、おもしろいものだなって。貴重な体験ができました。

そのまま丁寧にトランクスの中に入れて、チャックをあげました。洗面台に向かうと手を入念に洗います。いまだに初めてあれを触った感覚は洗っても残っていました。化粧も気にすることないので、特に鏡を見なくてもいいんですが、大貴くんの顔をよ〜く見ていました。大貴くんを自分で動かしてるなんて考えられないくらいです。ちょっと言葉で出してみることに。

住友大貴(里香)「住友です」

住友大貴(里香)「俺ってかっこいいよなぁ」

住友大貴(里香)「なぁ、里香ってかわいくないか?」

こんなことをしていると恥ずかしくなって顔が赤くなりました。それを見て更に恥ずかしくなりました。研究室へ戻る時の歩く足取りは非常に軽かったです。研究室に帰ると自分の体を客観的に見た感じがどんなものか知りたくてさらに歩幅を広く取ったのでした。


6.あなたは私?

研究室に戻るとソファーの上にいるはずの私を見に行きました。息はしていても意識は無いような状態。普通の人が見ると寝ているのとなんらかわらないようです。私を客観的に見てみるために、このまま立たせるのは無理なようです。寝ている状態の私を見ていると性的な興奮が体を襲います。さっき便器の前では小さかった物が今はどんどん大きくなっています。これって何?勉強したことがあるけれど、男のここってこんなに大きくなることが初めてわかりました。

こうして外から見ていると自分で言うのもなんですが、スタイルがいいことに気づきました。ピンクのTシャツに白いミニスカートからは思った以上に白い肢体が伸びているのです。自分の脚や手がこんなに細いものだとは思ってもいないことでした。日焼けに注意しているおかげで真っ白なんだなってこともよくわかりました。クリームの効果は抜群だってことがわかります。

自分の顔をじっと見ているとナチュラルメークよりもちょっと濃いめのメークがよく似合っています。自分の顔を見て惚れてしまうなんて……ピンクの唇、パールブルーのアイシャドー、それにちょぴり紅く染まった頬。全てのバランスがとってもよくて、自分が思っている以上に周りがきれいに見えていることを意識するようになったのです。

大貴くんの体だからなのか、自分の顔を見ているうちに唇の味を確かめたくなりました。自分の体なのだから、自分が許可を出せばいい、大貴くんと初めてのキスになってしまうけど、ここは私がしたくてしているのだからいいじゃないと。大貴くんの気持ちを考えることも無く、大貴くんの唇を私の体へと押しつけたのです。

唇の柔らかい感触を知り、それと口紅がまざった味がして興奮状態はさらに高められました。そして、これは男としての喜びでなく私が女であるがために感じる初めての体験、経験だったのです。そろそろ口づけをやめようとしたときに驚くべきことが起きました。私の体がピクッと動き、舌を動かして来たのです。手で体を抑えつけられ強引に私の体にキスをされてしまいます。

一体何が起きたのか、私は瞬間的に朦朧としてしまいました。動くはずのない私の体がいきなり動き始めたからです。今もなお、口を互いに押し付け合っています。そして、目が開いて私のことをじっと見つめて来ました。私がちょっと力を入れると私の体から離れることができました。口の周りは口紅がついてどろどろになっています。

これって何かの間違いだと、その場に私は立ちすくみました。すると、私の体が立ち上がりました。

片山里香「私、今まで黙ってたけどね。大貴くんのこと好きだったの」

住友大貴(里香)「……」

片山里香「今のキスは、私の気持ちだからね。大貴くんの方からキスしてくれてありがとう」

住友大貴(里香)「あなたは誰なの?」

片山里香「えっ?里香に決まってるじゃないの。それに大貴くんおかしいよ。女みたいな言葉遣い」

住友大貴(里香)「うそでしょ。片山里香はこの私よ」

片山里香「どこがそうだっていうのさ〜。憑依学の勉強をしすぎて頭がおかしくなったんだね。大貴くん」

住友大貴(里香)「だから、私は片山里香だって」

片山里香「私が里香よ〜。どこから見たってそう見えるじゃないの。私が嘘ついているように見える?」

住友大貴(里香)「そんなぁ。先生を呼べばわかるはずよ。さっきもそれで信じてもらったから」

片山里香「わかったわ。じゃあ、先生を呼んできてくれないかしら?会議だったわよね」

住友大貴(里香)「悔しいけど、そうするしかなさそうね。あなたの動きをみても私にしか見えないから」

片山里香「早く行ってきなさいよ」

住友大貴(里香)「わかってるって」

会議中の先生を無理して研究室へ来てもらえるように呼び出しました。目の前に現れたもう一人の片山里香に私は呆然としながらも、すべて片山里香であることを裏付けるような動きばかりしているのでした。そして、先生が会議を途中で抜けてやってきました。


7.どっちが里香?

金沢教授「なんだか、大変なことになったって聞いたんだが」

片山里香「そうなんですよ。先生。大貴くんったら私のようなしゃべり方してるんです」

住友大貴(里香)「そんなことないですよ。まだ私が、片山里香が大貴くんに憑依してるんです」

金沢教授「そうか。片山くんにはまだ話してないことがあったからな」

片山里香「そうでしたっけ?」

住友大貴(里香)「そうなんですか?」

金沢教授「そうだよ。あれがただの幽体離脱の薬でないってことをまだ言ってなかったから」

片山里香「そうなんですか。何が?」

住友大貴(里香)「えっ、まだ何かあったんですか?」

片山里香「もしかして、連鎖憑依のこと。。。」

金沢教授「そうだよ。連鎖憑依については教えてなかった。ん?なんだ知ってたのか?」

片山里香「もちろん。僕が作った薬なんだから当然でしょ」

住友大貴(里香)「えっ、2人で何を言ってるの?それにあなた、今僕って言ったわよね」

片山里香「なんでもないわよ。私は何も知らないって。ねぇ、先生」

そういうと、もう一人の私は右目をウィンクして先生に同意を促していました。

金沢教授「あぁ、そうだったな。さっきのは空耳だったか」

住友大貴(里香)「とにかく、連鎖憑依ってなんですか?」

片山里香「そうそう。私も知りたいです」

金沢教授「連鎖憑依って言うのは……言ってもいいのかな」

住友大貴(里香)「是非、聞きたいんですけど」

片山里香「私から教えておきますから、先生は会議へ行ってください」

金沢教授「まぁ、君たちの問題は君たちで解決しなさい。私は会議に行って来る」

住友大貴(里香)「そんなぁ。先生、何を隠してるんですか?それにあなたは誰なのよ〜?私のように振る舞って〜」

金沢教授「私には関係のないことだから。会議が終わったらまた戻ってくるから、ここにいなさい」

片山里香「そうですよねぇ。先生にとっては大事な会議なんですもの。早く行ってきてください」

もう一人の私はそう言いながら先生の背中を押しながら研究室の入口まで歩きました。その間になにか耳元で言葉を伝えていたみたいですが、先生はそのまま会議室へと向かってしまいました。

住友大貴(里香)「なんなのよ〜。あなたって」

片山里香「だから、私はか・た・や・ま・り・かだって言ってるじゃない。大貴くんの方こそ、頭おかしくなったんじゃないの?それとも誰かに憑依されたとか?」

住友大貴(里香)「今は私こと片山里香が大貴くんに憑依したのよ。だから、片山里香の体を動かしてるのは私じゃないのよ。わかる?」

片山里香「ふ〜ん。おもしろいこと考えるよね。大貴くんが、たまに研究室に来るかと思ったら私と遊びに来たみたいね」

住友大貴(里香)「そうじゃないって」

片山里香「まぁ、いいわ。しばらくこのままここにいましょう。先生の会議が終わると思うから」

住友大貴(里香)「絶対に何かがおかしいんだけどなぁ……」

こうして私は大貴くんのつくった薬によっておかしな体験をする羽目になりました。実験をしようと思ったのは私の方からだし、仕方ないことでしたが、まさか私の体がいつの間にか、誰かによって使われているということを考えると感情を抑えることができなくなっていました。これを解決するためには先生が帰ってくるまで待つか、もう一人の私ともっと話をしなくてはならないみたいです。途方に暮れていましたが、私を動かしてる正体が誰かということがわかったのは先生の会議が終わってからのこととなったのです。


8.会議が終わるまで

今は片山里香の姿をしている自称片山里香と住友大貴の姿をしている本当の片山里香の二人が研究室で先生の会議が終わるのを待っている。彼女の動きを見ていると驚くべきことに全てが私そのものに見えてくる。この世に私が二人存在するなんてことは考えられないから、何かがおかしいはず。こんな異様な空気の中、片山里香(自称)が私に声をかけてきた。

片山里香(自称)「連鎖憑依は先生しか知らない話だから、今は何もわからないわ。ねぇ。片山里香だって主張している大貴くん。あなたって本当に片山里香なの?私はここにいるのに変な話よねぇ」

住友大貴(里香)「だって。本当のことだから仕方ないじゃないでしょう。あなたが理解できないのも無理無いでしょうけど、私は大貴くんの姿をしているけどね。中身は片山里香なの。あなたが本当に片山里香なら理解できるはずよ」

片山里香(自称)「う〜ん。そうねぇ。確かにこれほど大貴くんの芝居がうまいわけでも無いからね。私、信じてもいいわよ」

住友大貴(里香)「えっ?信じてくれるの?」

片山里香(自称)「うん。私だって憑依学研究室で研究をしてきたんだからね。それくらい当然に理解できるわよ」

住友大貴(里香)「でも、どうして里香が二人になったのかな?それってどう思う?」

大貴の姿をした里香が少し理解をしてくれたらしい自称里香に問いかける。

片山里香(自称)「そうよねぇ。さっき、大貴くんがつくったって言う薬を飲んだのよね。そのあとでこうなったんだから、それに原因があるんじゃない?」

住友大貴(里香)「そっか。そうだよね。さすがに私よね。考えてること同じなんだから……」

片山里香(自称)「もしかして、大貴くんの作った薬って憑依の薬が失敗して、自分の人格を本体に残しちゃうのかも知れないわね」

住友大貴(里香)「えぇ、そうとも考えられるけど、さっき先生とあなたが話していたのは何なの?よく聞こえなかったんだけど」

片山里香(自称)「あっ、あれね。まぁ、じきにわかるわよ。先生そろそろ会議終わる時間じゃないかしら」

そう言うと自称片山里香は腕にはめている時計に目をやった。

住友大貴(里香)「時間がたつのは、思ったより早いわね。廊下から足音が聞こえるよ。先生会議終わったんだよ」

片山里香(自称)「いよいよ、本当のことがわかるわよ。本当のことを知っても後悔しないようにしようね」

住友大貴(里香)「わかったわ」

そういうと、研究室のドアが徐に開いた。


9.先生と一緒に

金沢教授「珍しく予定通りに終わったよ。さっきの話の続きをしようか」

住友大貴(里香)「あの〜、先生。連鎖憑依って一体なんですか?」

片山里香(自称)「結局先生しかしらないんですよね。それ」

金沢教授「実は、住友くんがつくった薬にはちょっと変わった副作用があってね。それが問題でテストをしてみようと言うことになったんだ。片山くんには悪いことをしたと思ってるよ」

住友大貴(里香)「何が悪いことなんです?このまま元に戻れないんですか?」

片山里香(自称)「そんなことは無いわよ。先生の話を聞きましょう」

金沢教授「言っていいかい?住友くん。あとで片山くんから怒られても知らないよ」

住友大貴(里香)「先生?何いない人に向かって独り言をしてるんですか?」

金沢教授「一人言なんかじゃないよ。そこにいるだろう。片山くんが……」

住友大貴(里香)「どういうことですか?先生?私がですか?」

金沢教授「いや、そこにいる片山くんがいるじゃないか。片山くんの姿と言ったらいいのかな」

住友大貴(里香)「えっ?まさか……」

金沢教授「そう、そのまさか。片山くんの姿をしたのが住友くんだ。そうだろ?」

片山里香(大貴?)「先生が話したらしょうがないですね。僕が大貴だよ。先生から頼まれた薬にはこういった副作用があったんだ。だから、これを試してみたくてつい……」

住友大貴(里香)「どういうことなの?あなたって、私じゃないってこと?本当に大貴くんなの?今の話し方だとそうみたいだけど、どうして私と同じ仕草や話し方ができるのよ〜〜頭がおかしくなりそう」

片山里香(大貴)「それは、連鎖憑依の効果なんだよね」

住友大貴の姿をした里香は言葉もでなくなったまま、大貴の話を聞き始めた。

片山里香(大貴)「連鎖憑依というのは、僕のつくった薬で説明すると。里香が僕の姿に憑依をした時に、僕の魂が突き出されて同じように自由に憑依ができるようになる。ここの開発をずっとしていたんだけど、本当にできるとは思っていなくて、試しに里香の体に入ってみたんだよ」

住友大貴(里香)「そうなの?」

片山里香(大貴)「うん。その上、この薬のすごいところは憑依した体に染みついている能力は全てそのまま受け継がれるということ。だから、僕が里香のように振る舞うのはこの体に残る記憶を頼りにしているんだよ」

そう言うと、里香の姿をした大貴はニヤリとした表情を浮かばせこう続けた。

片山里香(大貴)「だから、私が片山里香だってことを見破るのは普通の人には無理だわ。知っているのは先生だけだった。今は、あなたも知ることになったけどね。おかげで最初の実験成果になったわ。ありがとう、大貴くん」

住友大貴(里香)「まじめに話しなさいよ!私の口調を真似たって駄目よ」

片山里香(大貴)「真似てるわけじゃないのよ。これって本当に里香だから、こうやってしゃべることができるの。それに、先生に色々と相談してつくっだけに、ちゃっんと論文が書けるくらいの実験はしないとね。それが終わるまでは元には戻れないわよ」

住友大貴(里香)「それって何?大貴くん。いい加減ずっと私のしゃべり方で話さないでよ」

片山里香(大貴)「わかったよ。ここからは僕の口調に戻すから。とにかく、先生は僕の味方だからね。里香には悪いけど、しばらくこの体は実験させてもらうよ。この結果を利用して先生と僕はもっといい薬に改良しなくちゃならないから」

住友大貴(里香)「ということは、元に戻れないってことなの?」

そうい言いながら大貴(里香)は里香(大貴)の体に掴みかかって訴えてきた。

片山里香(大貴)「大丈夫だって。実験が終わったらちゃんと元に戻すから。今日の夜までには返せるから。それに、この体は里香の体なんだからね。大事に扱ってくれないと戻ってから困ることになるよ」

住友大貴(里香)「それだけは、やめて!実験に協力するから」

片山里香(大貴)「じゃあ、契約成立。夜の10時になったら元に戻すよ。4時を回った所だから、タイムリミットまであと6時間弱ってとこ」

住友大貴(里香)「私はどうしたらいいの?」

片山里香(大貴)「そうだねぇ。おとなしくここにいたらいいよ」

住友大貴(里香)「わかったわ」

そう言うと大貴(里香)はがっくりと肩を落とし、ソファーへと体を埋めた。

住友大貴(里香)「私はここから夜10時まで一歩も動かないから。必ず元に戻してね」

片山里香(大貴)「僕の実験に協力ありがとうございます。先生もいいですね」

金沢教授「じゃあ、片山くんの理解も得られたと言うことで、私たちは実験に取りかかるとするか。私は住友くんと一緒に行動するから、ちゃんと行動を監視しておくぞ」

住友大貴(里香)「頼りにしてます。先生」

金沢教授「大丈夫。ここの責任はすべて私が背負わなくてはならないから、しっかり監視するからね。安心しなさい」

片山里香(大貴)「じゃあ、これから10時までは私が里香で、あなたは大貴よ。大貴くんはおとなしく研究室で待っていてね。行って来ま〜す」

そう言うと、里香となった大貴は金沢教授とともに研究室を後にしました。


10.友達にばれないように

研究室を飛び出した里香は早速、中島亜紀子に電話をして会う約束を取り付けました。電話をかけた時にはいつもと変わらない気持ちでできたので、全く気づかれませんでした。今の里香は本当は大貴でも里香として完璧に演じることができるのだから、もちろん体は正真正銘の里香のものなのでばれるはずがないわけです。

亜紀子との約束はこのあと5時に校門前で会うことにして、先生が一緒に会いたいと言うことも予め伝えておいたので、里香は先生と一緒に校門へと向かいました。校門に着くまでの道は里香と先生が初めて二人きりになりました。先生から見れば里香は全くもって里香に見えるはずです。だんだんと里香も里香として自然になってきたこともあり先生が話しかけてきます。

金沢教授「片山くん?じゃなかった、住友くん。これからのことはどうだい?」

片山里香「えっ?何か言いました。私は片山ですわよ。間違えなさらないでく・だ・さ・い。先生と私と大貴くんだけの秘密はここは話さないようにしてくださいよ。そうじゃないとよい結果が得られませんよ」

金沢教授「あっ、そうだったな。片山くんは片山くんということにしないとな。これから会う友達の反応は私がちゃんと見せてもらからな。片山くんは気楽にやりなさい」

片山里香「わかりました。先生」

そう言うと里香は先生のほっぺに軽く口を近づけて軽いチュ〜をしました。

金沢教授「おい、やりすぎだぞ。住友くん」

片山里香「か・た・や・ま・で・すぅ〜、ちょっとくらいいいじゃないですか〜」

金沢教授「わかった、わかった。片山くんこれからはしっかりしてくれよ」

こう言いながら校門まで向かう里香は周りから見ると全くもって里香としか見えませんでした。

二人が校門に近づくと、すでに亜紀子は校門の前で待っていました。水色のワンピースを着た亜紀子が黄色のローヒールをコツコツ鳴らしながら小走りしながら駆け寄ってきました。

中島亜紀子「里香!お待たせ〜。あっ、先生、こんばんは〜」

金沢教授「あっ、こんばんは、片山くんの指導教授をしている金沢です。君の名前は?」

中島亜紀子「中島亜紀子です」

長身の亜紀子にはすっと伸びた長い髪が体に当たりながら、さっと自分の名前を口にしてからこう続けました。

中島亜紀子「里香、いや片山さんとは大学の時からの友達です」

金沢教授「そうですか。片山くんと食事をすることにしたんだが、友達も連れて行きたいって言うから一緒に来てもらったんだ。時間はあるかね」

中島亜紀子「えっ!もちろんですよ。じゃあ、先生の奢りなんですね。ありがとうございま〜す。どこ行くんですか?」

金沢教授「わしの行きつけの店だよ。じゃあ二人とも行こうか」

そういうと3人で先生の行きつけの店へ行くことになりました。


11.行きつけの店で

先生の行きつけの店まではタクシーで行くことになりました。後ろの席には里香と亜紀子が一緒に座って、前の席に金沢教授が座ります。

先生は里香の様子が気になって時々後ろをちらっと見ながら、里香と亜紀子の様子を探っていまあした。里香と亜紀子が一緒にいるのは初めて見るはずなのですが、まったくぼろがでることも無く、昔からの友達のように見えたみたい。

15分ほど走ると行きつけの店に到着。店の中に入ると用意されていた部屋へと通されました。準備されていたのは10畳ほどの畳の間。里香と亜紀子はスカートの裾を気にしながら座布団の上に座りました。

先生が適当に注文をすると、色々な料理やビールまで運ばれてきます。テーブルの上にいっぱいになる間も里香と亜紀子は二人で話をし続けていました。会ってからずっとのことです。里香は里香じゃなくてもやっぱり里香のようで、先生からは住友大貴だという感覚はここですっかりとなくなったようでした。

先生も亜紀子に話かけながら、そして、里香もその話に混じりながら、楽しい時間を過ごしました。ここの場はとても優しい雰囲気に包まれていました。

亜紀子には先生と用事があるということを言ってからその場で別れました。腕にはめてある里香の腕時計を見ると時間はもうすぐ9時半になるところを指していました。里香は約束通りに元に戻ることにして、先生と一緒に学校の研究室に帰りました。


12.元に戻った?

学校の前に到着すると二人のことを心待ちにしていた。住友大貴の姿をしていた片山里香が校門まで来ていました。携帯で予め里香の姿をした大貴が教えていたためです。校門からは3人で一緒に研究室へと向かい、さっそく元に戻ることにしました。

元に戻るには自分の体に近づけばよかったのですが、今は大貴くんの魂が入っているために戻れません。大貴くんの魂が里香の体から抜けるにはどうしたらいいのか、住友大貴の姿をした里香は知らないかったのですが、ちゃんと元に戻す薬も作っていました。二人で、その薬を飲むことにしました。

元に戻るための薬はなんとなく甘酸っぱい味がして、二人で同時に飲んだのでほぼ同じ時間には効果が現れるはず。すると、すぐに効果が現れてきました。大貴くんの体に入る前と同じように幽体離脱をしたのです。大貴くんも同じように幽体になって。お互いの体へと入り込みました。自分の体に憑依するというのは変な気分だったけれど、約8時間ぶりに自分の体に戻ることができました。

私の体はお酒を飲んだみたいで、ちょっといい気分になっていました。普段からあまり飲まないだけに、顔も赤くなって恥ずかしいです。まして、二人の男の人がすぐそばにいるわけで、思わずドキドキしてしまいました。

片山里香「大貴くんも元に戻った?」

住友大貴「戻ったよ。僕も僕の体に戻りました。先生」

金沢教授「そうか、お互いにご苦労様だった。これでこの研究室も安泰だ。いい結果が残せそうだよ。次の憑依学会では一番注目されるといいのだが……」

片山里香「そうですか。先生。でも、私たちの名前は公表しないでくださいよ」

金沢教授「もちろんだ。そんなことをしたら、この研究もできないじゃないか。第一、この論文を発表するのは私じゃないぞ」

住友大貴「先生。やっぱり、その気だったんですか」

片山里香「えっ?何なのよ?もしかして、大貴くんなの?」

住友大貴「いや。里香だよ。先生は里香に発表してもらいたいって」

片山里香「えっ〜〜〜?そんなの絶対い・や・で・す〜。私が発表なんてできませんよ」

金沢教授「大丈夫じゃ。発表はわしがやるから。片山くんは心配しないようにして欲しい」

片山里香「じゃあ、やっぱり先生の論文にするんですね。よかった〜」

そう言って胸をなで下ろした私でしたが、読みが一歩浅かったです。

金沢教授「論文は片山くんのものになるぞ。発表は片山くんの姿でやるからな。明日から学会へ提出する論文を準備しよう」

住友大貴「やっぱ、先生もそんな考えがあったんですね」

片山里香「うっそ〜。今度は先生が私になるの?それもい・や・で・すって〜〜〜絶対、絶対、絶対にー」

金沢教授「でも、これを発表すれば修士号を与えることができるよ。わかったね」

そう言った先生には、さすがの私でも返事を受け返すことができなくなってしまいました。結局、この研究室って私が一番災難を受けたわけですね。この研究室に入った以上はしょうがないことね。こうやって残りの学生生活も奪われるんだろうなぁ。これがこの研究室に入って損をした理由なのかも知れません。あぁ〜ん。これからどうしよう。。。。。。。。。





 

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