エントランス

作:夏目彩香(2001年3月2日初公開)


 


ものすごい雪が降る中を私は歩いています。なぜこんなところを歩かねばならないのか、私もよくわかっていなかった。とにかくどこかへ行かなければ行けないと思っていたから、どんな状況でも歩いていくしかないのです。どこに続いているのかわからない道を歩きながら、これまで起きたことをゆっくりと思い起こされます。

あれは、私が俺だったときに一つの財布を拾ったときからはじまりました。今の名前は井田穂乃里(いだほのり)と言うのですが、それはその財布に入っている運転免許証から判明しました。その財布を拾ったときにはまだ男の姿を私はしていたはずなのに、いつの間にかこの財布の持ち主と思われる穂乃里の姿をしていました。それがいつだったのか、ゆっくりと思い出してみるのですが、なかなかそれがわからないのです。

その財布を拾ったのはいつだったのか、そして、どこだったのかそれすらも覚えていません。ただ、記憶の中では拾ったということと中身を確認したことだけは存在しています。それなら、拾ったあとはどうしたのでしょう。その後はその財布をどこかの交番へ届けようとしたのでした。しかし、どこにも交番が見つからなかったような気がします。ほとんど記憶が飛んでいるのですが、かけらのようにして頭をかすめるようなことはあります。

なぜ交番が見つからなかったのでしょう。財布を拾った場所はそんなに何もないところだったのでしょうか、もしそうならその財布が落ちるようなことは考えがたいのです。そういった不思議な点は多いものの、自分がいつどこで今の状況になったのかを知るためにはその不思議な点も関わってくるのでしょう。

ここまで考えているところで、雪の降り方がだんだんと弱まってきました。私はここで一度自分の服装や持ち物を確認してみます。服装は栗色のロングコートを身に付け、その中にはタートルネックの赤いセーター、毛でできているこげ茶色のチェックの膝丈タイトスカートを穿いています。黒のブーツは雪の深い道を歩くには適しているようです。首には白いマフラーを巻きつけ、少し赤みがかった長い髪が一緒に襟元を目立たせているようです。小さなバックの中には私がずっと気にしている財布があって、いつこのような姿になったのかは未だにわかりません。

今、わかっていることとといえばあの財布を拾ったあとで私が俺でなくなったこと、そして、財布の持ち主の姿に変わってることだけです。私には今どこを歩いているかさえもわかりません。これからこの道を歩きながら情報を集めて自分を取り戻しに行くつもりです。この雪の向こうに何かが待っているのかもしれないのです。




 

本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
・本作品についてのあらゆる著作権は、全て作者の夏目彩香が有するものとします。
・本作品を無断で転載、公開することはご遠慮願いします。

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