訪問販売

作:夏目彩香(2000年8月25日初公開)


 


登場人物

武本都子 (25) 化粧品の主任販売員
山崎明日香 (18) 化粧品の販売実習員
高田一樹 (20) 私大に通う大学生



玄関前にて

ぴんぽーん、ぴんぽーん。

「今度こそ大丈夫ですよね」

「そうだといいけど・・・今日もうまくいかないんじゃない?」

武本都子が山崎明日香に向かってそう言うと、

「そうですよね。そんなに簡単なものじゃないですよね」

「って、ここもやっぱり留守みたいね。さっきから返事もないわ」

「そうですね。留守じゃ商売にならないですもんね」

「ここで時間を潰してるよりは次をあたるべし!そう思わない?」

「ずいぶんとあっさりなんですね。実習中の私だけだったら粘っちゃうけどな」

「こんな所で時間を使うなんてもったいないわよ」

そういうわけで、二人は次の場所に行くべく、この場を立ち去ろうとした。
すると、突然目の前のドアが開いたのだ。

「どなたですか?押し売りならお断りだよ」

中から出てきたのは、見た目は高校生風の男だった。

「そうですか、それなら帰ります」

明日香はそう言ってその場を立ち去ろうとしたが、

「あなたそれでも訪販やる気あるの?少しは粘りなさいよ」

都子によって行き道を阻まれてしまった。

「だって、都子先輩。押し売りならお断りって言ってるじゃないですか?」

「明日香ちゃん、わかってないわね・・・
普通はそうなの、行き成り来てオーケーする人ってそんなにいないんだからね」

「それはそうですね。さすが都子先輩。わかりました」

そこで、二人が夢中に話している間を割ってさっきの男が話し掛けてきた。

「あの〜、あなた方は一体何様です?」

「あんた何よその言い方は・・・」

そこまで明日香が言ったところで都子に口を塞がれた。

(何するんですか?都子先輩)

(明日香は黙って見てなさいって)

(はぁい)

「あのですね。私どもはこういうものでございまして」

都子は営業スマイルを見せながら名刺をその男に手渡した。

「訪問販売員の方なんですか。あなたが主任販売員の武本都子さん」

「はい」

都子の声が廊下に響いた。

「そっちの娘さんは?」

その男が訪ねると明日香がすかさず答える。

「山崎明日香って言います。よろしくぅ」

「明日香さん!」

「あっ、ごめんなさい。つい浮かれちゃって。よろしくお願いします」

そう言いながら名刺を男に手渡した。

「明日香さんね。俺は一樹って言います」

「じゃぁ、高田一樹だね。あってる?」

「合ってるよ。表札見れば苗字わかるもんな。

ところで、あなた方は俺に何か用があるわけ?何か売りつけようって言うの?」

「そうなんですよ。一樹さん、あなたって話が早いわね」

都子が落ち着きながらそう言うと、

「そりゃもう、主任販売員に販売実習員って、いかにもって感じしたもの」

「そうですよね。ばればれでしたね」

「で、何売りつける気?」

けたたましく明日香の横槍が入った、

「何よ〜、その言い方!まるで詐欺師みたいじゃないの私たち!」

「明日香さん。口を慎みなさい!相手はお客様なのよ」

「はぁい。都子先輩」

「さっきから、そっちの一方的な話が多すぎじゃない?俺のことどうでもいいのかよ?」

「申し訳ございません。この子はまだ新入社員なので、こういう場に慣れてないんです」

「そうなんです。高校卒業したばかりなんで、まだ何もわからなくて・・・」

「そうなんだ。立ち話も疲れてきたし、ちょっと二人に興味あるから上がってくれる?
そこで、続きを聞きたいから」

「何を売るのか、まだ言ってないわよ」

都子の声はやっぱり響く。

「いいから、いいから。特に明日香ちゃん気に入ったから、とにかく入ってくれって」

「おじゃまします」

二人はそう言って一樹の家に上がりこんだ。



居間にて

「おじゃまします」

都子は丁寧に一樹の部屋に入ると、明日香もそれに見習った。

「そんなに堅くなんなくてもいいのに・・・自分の家だと思ってさ。
ちょっと片付いていないけど、テーブルのまわりはなんとか隙間があるから座ってよ」

都子は座れそうな場所をつくると、背筋をすっと伸ばして、正座をして座った。
そして、明日香は部屋の中をきょろきょろと見回しながら、都子の隣に座った。
一樹は二人の向かいに座り、ようやく話を聞く姿勢ができた。

(こうやって、面と向かってみると二人ともなかなかの美人だな)

「それじゃあ、聞かせてもらいましょう。何を売ろうって言うのかな?都子さん」

「都子さんだなんて、いきなり照れますね。実は私どもは化粧品を販売しているのですが、最近では男性用も売れているので、それでわざわざ一樹さんのお宅を訪ねたのです」

「男性用化粧品ね。俺そういうの使ったことないから、わかんないけど、やっぱり男も化粧をする時代かな?明日香ちゃんさ」

「そうだと思う、いますよ。やはりこれからは男性もきれいでなくっちゃ」

「ふ〜ん。明日香ちゃんて賛成派なんだ。まぁ、そうじゃなきゃ売らないだろうけどね」

「そうですよ。私の意見は参考になりましたか?」

「なったような、ならないような。そんなところ」

「ひっどーい。こんなに明日香が下手(したて)に出ていたらいい気になって」

「そんなことないよ。ちょっとからかってるだけ」

「そうなの?実習員だからばかにしてるんじゃないの?」

「それは当然のこと。ところで、化粧品ってどんなのかな?実物くらいもってるんだろう?」

一樹は都子に商品を出せと言わんばかりの目をすると、

「持っています。今からお出ししますが、私どもでは男性用には、まずはひとつのものしかお売りしていません」

「じゃあ、あれもこれもってわけじゃなくって、ひとつに勝負をしてるってことかい?」

「ええ、さようですわ。一樹さんならきっとお使いいただけると思うのですが・・・」

そう言いながら、都子は持ってきたバッグの中から容器を取り出した。

「これがその商品です。そして、小さいのはサンプルですので今すぐ使ってみませんか?」

「そうだな。使い方を教えてもらいながら、試しにやってみようか」

そういって一樹はその化粧品を試用することになった。

「あっ、そうだ明日香さん。私、忘れ物してたわ。車からもってくるから明日香さんが試用の手伝いをしてくれない?」

「わかりました。都子先輩。早く戻ってきてくださいね」

そういうわけで、少しの間だけ一樹は明日香と2人きりになった。



知らないうちに

「それじゃ、試用してみようかな?ところで、その化粧品ってのは一体なんなの?どんな効果あるっていうの?俺に必要なのかな?」

一樹が明日香に強気で質問をぶつけると、

「うんとですね。これはただのソープです。まずは、これだけ売ってるんです」

「化粧品と違うんじゃないの?それって石鹸だろ」

「いいえ、当社ではこれも立派な化粧品でしてぇ、これ1個あればまずは十分ですよ」

「じゃあ、効果は肌がきれいにするってことだよね。どこにでも売ってるのと同じじゃないの?」

「それがね。ちょっと違うんだよね。明日香もまだ知らないんだけど、このソープにはなんだか不思議な作用があるんだって聞いてるの」

「じゃあ、使ってみたことはないんだね、明日香ちゃん。一緒に使ってみようか?」

「えぇっ?なにそれ〜。まるで明日香もお客さんみたい!」

明日香はまだ商売なれしていないのか、一樹の話にどんどん乗ってしまう。

「じゃあ、決まり。明日香ちゃんと俺で一緒に試してみよう」

そう言って一樹は、例のソープを1つ手にとった。
一方その頃、忘れ物を取りに行った都子は、ようやく車に辿り着いた。

「それにしても、私って駄目よね。商品を持っていって書類を忘れるなんて・・・商売にならないわ」

車の後部座席に置いてある書類を手に取りながら呟いた。
そして、今来た道を逆戻りして一樹の家に向かったのだった。

足取りが早かったのは明日香のことが気になってのこと、
うまくやってくれればいいのだが・・・

都子が一樹の家に着くと、相変わらず玄関のチャイムをぴんぽーん、ぴんぽーん。と鳴らした。
ところが、なかなか扉を開けてくれない。
もう一度、チャイムを鳴らすと、扉がゆっくりと開けられた。
そこに現れたのは明日香だった。

「あら、うまくやってくれた?」

さきほどまで元気一杯だった明日香は、力なく首を縦に動かした。

「どうしちゃったの?元気ないみたいだけど」

そうすると、明日香は居間の中を指差し。

「突然倒れちゃったんだけど、どうしたらいい?」

そこには、一樹が気絶して横になっていた。

「どうしたって言うのよ!私がいない間に何があったの?」

「・・・」

明日香は何も言おうとしない。

「明日香さん、何があったって言うの?」

「副作用が起こったんだ。きっと」

都子にとって意味不明の言葉が明日香の口から漏れた。

「副作用ってなんなのよ。うちの会社の製品が問題だったってわけ?」

「なぁ、都子さん。とりあえず、立ち話もなんだから入ってくれよ」

今の明日香の口調は明らかにおかしかったが、今の都子にはそんなことが気にならなかった。



都子の事情聴取

都子は居間に入るや、一樹の体を揺すり始めた。
それは、朝の目覚ましのようではなくもっと激しく見える。
どうやら脈はあるようで、死んでいるようではなかった。
その間、明日香は一樹を揺する都子の姿をじっと見つめていた。

「都子先輩。どうしたらいいと思います?お、私はもうちょっと様子を見た方がいいと思うんだけど」

「そうねぇ、気絶してるだけかも。じゃあ、何があったか話してくれる?」

今度は力強く明日香の首が縦に動いた。

「じゃあ、さっき都子先輩がいなくなったところから話しますよ。いいですか?」

「いいわ、ゆっくり話して」

「都子先輩がいなくなったあと。私は一樹さんと一緒にソープの試用をしようと、これ冗談じゃないですよ!」

「わかってるわよ。続けて」

「ソープの試用をしようと思って、容器からこのソープを取り出したんです」

「それでどうしたの?」

「それから。一樹さんが試してみるって言って、洗面所で顔を洗ってきて、私がどうです?って聞いてみると。ぜんぜん普通の石鹸じゃんって言うもんだから。私もその石鹸使って見せたんですよ」

「ここまでは何事もないわね」

「これからが話の核心ですよ。よく聞いてください都子先輩。私もこの石鹸で洗顔してきて、すっかりとメイク落ちるけど、可愛いですよね。あっと、話それちゃいましたね。それで、一樹さんにさっぱりしたよね。って私が言うと。そりゃそうじゃないの?と言って、どこに不思議な効果があるんだってしつこく聞いてくるんです」

「ふ〜ん。それで?」

「そうすると、一樹さんがしつこく明日香に迫っていって・・・そこまでは覚えてるんですけど、そこから都子先輩のチャイムが鳴るまで私も気絶してたみたいなんです。目が覚めたときはびっくりしちゃって、もうこの石鹸買いだなって」

「ん〜。じゃあ一樹さんはなんらかの原因で気絶してるだけ?ってことになるわね。明日香の方が先に目が覚めたのは体質の差なのかしらね」

「そっか。都子先輩。それなら一樹さんが起きる前に会社戻りましょうよ。どうせ私たちの連絡場所もわからないだろうから。白昼夢を見てたって勘違いしてくれるよ。きっと」

「それって、逃げる気なの?明日香ちゃん?」

「その通り〜、さっすが都子先輩」

「じゃあ、行くわよ」

そして、二人は玄関をそっと閉めて、ヒールの音が響かないように車へと向かった。

「はぁ、はぁ、はぁ、ここまで来ればもう大丈夫ね。明日香ちゃん?」

都子は息を切らせながら明日香に聞くと、

「これで私も一人前ですよね。あの家にはもう立ち寄らないようにしましょうよ」

「それもそうね。これから何も起こらなければいいんだけど」

「明日香もそう思いま〜す」

そのときの明日香がいつもと違うように都子は感じていた。



(終わり)





 

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