「ただいま〜おかあさ〜ん、あのね、きょうがっこうでね‥」

 ぼくはおうちのげんかんを開けると、おかあさんを呼んだ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

「そうだ、おうちに帰ったら、手をあらわなくっちゃ」

 ごしごし、ごしごし‥‥






『手袋』

 作:菓子鰹&toshi9






 ぼくは手袋をしていた。

 黒い毛糸の手袋を。

 いつでも、どこでも。

 ぼくがはずしたくなっても、はずすことはできなかった。

 だって右手にぬいつけられてたから。
 
 黒い生地が白い糸で。

 いつからだろう。

 どうしてぼくだけしているんだろう。

 はずしたい。

 もうこの手袋をはずしてしまいたい。 

 みんなといっしょになりたい‥‥





「ねぇ。おとうさんは? きょうもおしごと?」

 おかあさんは、目を伏せて「そうよ」って言った。

「おとうさんはね、毎日あなたが起きるまえにおしごとに行って、
寝たあとに帰ってきてるのよ」

「ふ〜ん。ねぇねぇ、おかあさん。どうしてぼくは手袋をしているの? 
ともだちはだれもしていないよ」

 学校では、みんな『そんなものがどうした?』って言ってくれる。

 誰もきにしちゃいない。
 
 ふつうに遊んでくれる。

 でも‥

 みんなしていないのに、どうしてぼくだけ。

「みんなはみんな。はやとははやとよ」

 返ってくるのは、お決まりの答え。

「いつもそればっかり。どうしてぼくだけ」

 ぼくはみんなといっしょになりたいんだ。

 糸はもう手から取れないけど、はさみで切ることはできたんだ。

 だから‥

「おかあさん、ぼくみんなといっしょになりたいんだ」

 手袋を引っ張る。

 するすると抜け始める手袋を見て、おかあさんの顔色がさっと変わった。

「いつのまに! ダメっ!」

 おかあさんがはずすのを止めようとする。

 おかあさんが手をにぎる。

「いたいっ、はなしてっ!」
 
 手をふる。

 手袋がはずれる。

 手がおかあさんに当たる。




 シュー




 おかあさんがぼくの右手にすいこまれていく。

「はやと‥‥」

 おかあさんがぼくの前から消えた。




「おかあさん? おかあさん? おかあさん?‥」

 おかあさんがいなくなっちゃった。

 ぼくが呼んでも返事は返ってこない。

 どうして‥?

 いたい‥

 あたまがいたい。

 いたい‥






『アナタ‥どうして連れてきたの?‥‥』

『俺はもう、こんなことをやっていられない。全くあんなことにはなるとは思わなかったよ。

 恐ろしいことだ。

 だが、この子には何の罪もない。俺はこの子を連れて逃げる』

 なにか‥見える‥‥

 あれは‥おかあさん?‥

 いまよりちょっときれいだけど‥‥

 そして‥もしかして‥おかあさんとはなしているのは‥おとうさん?‥‥

『でもこんなことが研究所にバレたら‥‥』

『それでもかまわないさ。そうさ、この子に罪はない。本当に罪深いのは、生命をオモチャにする奴らさ。この俺を含めてな。

 でも俺はもう嫌なんだ。これ以上この子に‥‥

 だから決めたんだ。俺はこの子を連れて逃げる。そして死んでもこの子を守り抜く。
だが、おまえにまでついてこいとは言わない』

『アナタったら‥‥ふぅ、全くしょうがないんだから。でも水臭いわよ』

『え?』

『あたしたち夫婦でしょう。一人で悩む前に、先に相談して欲しかったな。あたしはあなたが行くところなら何処にでもついて行く。それに‥』

『それに?』

『あなたのそんなところがス・キ』

『ぶ、ぶぁかもん』

『ふふっ、さあ早く仕度しましょう』






 え?

 ぼくの目の前にはれいぞうこ。
 
 あれ‥おとうさんは‥‥?

 おかあさんは‥‥

 どこ?‥‥

 だいどころにも、おふろばにも、おかあさんはいなかった。





 なんで‥‥?

 ぼくが手袋をとったから?‥‥
 
 やっちゃいけないことをやったから‥?

 でも‥なんで‥‥

『帰ってきたら手洗い、うがいをちゃんとしなさい』

 あ、そうだ。きょうは手をあらってなかったんだ。手をあらったら、おかあさんは、きっとでてきてくれるよね。

 せんめんじょでせっけんをごしごしする。あわをぶくぶくにして、水をだす。




 あ、おかあさん。

 なんだ。ここにいたの。

 やっぱりおかあさんは、ぼくが手をあらわないからおこってたんだ。

 おかあさんはかがみの中にいた。

「ごめんなさいっ」

 ぼくが言おうとしたら、おかあさんもおなじように言う。

 なんだ。おかあさんもおんなじだったんだ。

 手をごしごしする。

 こんどは、おとうさんがかがみの中にいた。

「おとうさん‥だよね」

 さっき頭の中で聞こえていた声が、ぼくとおなじように言う。

 もういちど、手をごしごし。

 こんどは、ぼくがかがみの中。

 ごしごし

 おかあさん。

 ごしごし

 おとうさん。

 ごしごし

 みんながかがみの中でわらっていた。



「おかえりなさい」





 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥





「あのね、おとうさん、きいて。きょうはね‥やっぱりやめる‥」

 ごしごし

「あら、そう‥おかあさんはききたかったんだけどなぁ‥」

 ごしごし

「おとうさんもききたいなぁ」

 ごしごし

「ほんと? じゃあ、はなすよ。あのね‥」

 おかあさんもおとうさんもぼくの思ったとおりのことを言ってくれる。

 いつもにこにこしている。

 でもそれだけじゃないんだ。

 ねていると声が聞こえるんだ。

 いきろって。

 おかあさん、おとうさん、ぼくたちずっといっしょだよ。

 おかあさんもおとうさんも、だ〜いすきっ!





(終わり)


                                    2004年11月21日脱稿



後書き

 菓子さんから、新しい作品を頂きました。
 「手袋」というその短編、読んでみて胸をきゅっと締め付けられるような作品でした。でも菓子さんにとってはいろいろ不満足な部分があったようで、公開にはあまり気乗りされてない様子でした。
 で、今回も私が作品を補完して公開することにいたしました。
 ということで、公開したこの「手袋」には私の解釈が入っていますので、オリジナルの「手袋」とはちょっとだけニュアンスが変わっています。さてさて、うまく補完できているかどうか。

 それでは菓子さん、そしてお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。
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