「脳交換」
 作:jpeg


目の前にカエルがいる。カエルは異常に大きく、目がみっつあり、足が五本ある。身体中にイボが重なり合い、ふさ状に垂れ下がった脂肪に覆われて、とてつもなく醜い。
そのカエルがわたしを飲み込もうと、大口を開け、五本足をでたらめに動かし、猛スピードでジグザグに迫ってくる。
カエルがわたしに覆いかぶさり、わたしはカエルになった。
わたしは悲鳴を上げ、そして目覚めた。

「よかった!目が覚めた!」
25歳ぐらいの女の人がわたしを揺り起こしていた。
「大丈夫?」
真っ直ぐな眉毛、涼やかな目、流れるようなしなやかな黒髪。意思が強そうなパンツスーツのお姉さん。中学時代に憧れていたバレー部の女先輩に似ている。

わたしは体を起こした。
床が冷たい。わたしは高校の制服に包まれた自分の体を抱きしめた。
ここは?わたし、学校で放課後勉強していたはずなのに。

「あの、ここは」
「大丈夫?自分の名前はわかる?」
目が涼やかなお姉さんが私の背中をさすりながら聞いてくれた。
「え、わ、わたし…。わたしはみちるです。星岡 みちる」
「そう。わかるんだ。よかった。あたしは美樹。高浜 美樹」
「ここは?」
「…。あたしも、金曜日の夜、会社で残業してて…。アメリカのクライアントとテレビ電話で話していたはずなんだけど、気づいたらここに…。
腕時計をしていたはずなんだけど、時計も携帯電話もなくなってるし…。どのぐらい時間が経ったのか…」

わたしは周囲を見回した。
暗い。とても広い空間のようだ。空気が冷たくて、何か機械が動いているような低い音が流れ続けている。
暗くてよく見えないが、目の前50メートルほど先の空間に、映画で観た牢屋のような檻のある小さな部屋が、上下左右、見渡す限りずらりと蜂の巣状に並んでいる。
わたしと美樹さんがいるこの部屋もあれと同じ牢屋で、わたしたちは檻の中に閉じ込められていて、高層ビルみたいにかなり高い位置のようだ。
それぞれの檻の中には誰かがいるようだ。影が見える。でも、影は変な形にゆがんでいるように見える…
私は背筋に怖気立つような恐怖を覚え、思わず自分の二の腕を掴む手に力が入る。
ここはどこなんだろう?どうしてわたしはここにいるんだろう?頭がズキズキする。こめかみに指を当てると、カチリと硬くて冷たい音がした。わたしの頭に、傘の骨組みみたいな金属のヘッドギアが被せてある。銀色のそれを外そうと前後に動かしてみたが、外すことができない。
「あたしもそれ、ずいぶん頑張ったんだけど、外れないのよね。たぶん鍵がないと…」
腕を組み、ため息をつく美樹さんの頭にも、同じ機械が被せてある。

「お母さん!」
部屋の隅に、お母さんが倒れている。慌ててお母さんのところへ駆け寄り、体を揺する。
「んん…」
お母さんは、眉間にシワを寄せ、苦しそうに息を吐いた。
よかった。わたしと同じように気を失ってるだけみたい。
でも、お母さんの頭にも、私の頭についているのと同じヘッドギアみたいな機械が被せてある。
「お母さん!起きて!お母さん!」
お母さんの肩を少し強めに揺する。
ここはどこ?わからないけど、よくないところだ。早くお母さんを起こして逃げなきゃ!

不意に、わたしがいる牢屋から死角になっている下の方から白い明かりが見え、一辺10メートルほどの大きいエレベーターが上がって来た。
エレベーターの上には白衣を着た男の人がいた。
男の人には特徴が全然なかった。
目があって、鼻があって、口があって、普通の身長で、普通の人だ。
男の人の左右に一つずつ、大きくて透明な楕円形のカプセルがある。カプセルからは無数のコードが伸びている。
「ひっ!」
右側のカプセルの中に、さっき夢で見たのと同じカエルが入っていた。カエルがあまりに巨大なので、カプセルの中はカエルの体で満たされている。
カエルの頭に太い金属の針が何本も刺さって、血か何かわからないけど、汚らしい液体がドクドクと流れ出ている。臭いもひどい。ずいぶん離れたここまで生臭い匂いが漂ってくる。
カエルは耳障りな声で、でたらめに鳴き続けていた。自然に生きている生き物が絶対出さない、不自然で、恐怖を呼び起こす鳴き方。

そして左側のカプセルにはー
「お父さん!」
左側のカプセルには、裸のお父さんが閉じ込められていた。お父さんの頭にも、あの銀色のヘッドギアが被せてある。
「お、お父さん?」

お父さんは四つん這いになっていた。男の人の恥ずかしいところが丸見えになって、それは硬く大きくなっていた。でもお父さんはそんな自分の姿を全然気にするそぶりがない。
だらしなく開けた口から舌とよだれが出ている。お父さんの舌…、あんなに長かったの?
お父さんの目は左右で全然別々な方を見ていた。
お父さんは手足をでたらめに動かして這いずり、そして
「ゲエエエおおおごおおお」
と言った。
その声は、何か、人間の声じゃなかった。
人間とは別な何かの意思がお父さんの体を使って声を出しているような…
そして、お父さんはお尻をこっちに向けると、大きいおならをして、そのままブリブリと音を立て、うんちをした。

大学時代はラグビー部のキャプテンを務め、体力なら誰にも負けないことが自慢の。最近ちょっと太ってきた、でも、一生懸命働いて、私やお母さんや妹、家族みんなを守ってくれる。恥ずかしいけど、去年までいっしょにお風呂に入っていた、大きくて優しくて、そばにいると安心する、大好きなお父さん。

お父さんが

「X X女性体、誕生から16年経過、登録タグは星岡 みちる」
足場の上の白衣を着た普通の男の人が聞きやすい普通の声で言った。
「身長、体重共に女性体平均値内、健康に問題なし。
X Y男性体に対する生殖願望は体験済みだが、行為自体は未体験。出産可能なレベルに成熟済み。今から始める」
白衣を着た普通の男の人が何か言った。

「ち、ちょっと待ってください!あ、あなたは誰ですか?どうして、私の名前とか、知ってるんですか!?
それより…お父さんは?あの、お父さんはどうなっているんですか!?」

「X Y男性体を使用したテストは、現段階で実施可能な分は終了した。次はX X女性部門のテストを実施する」

エレベーターの上の白衣を着た普通の男の人は、全くどもったりつかえたりすることなく、普通の声で言った。
「ええと…」
白衣を着た普通の男の人は日本語で話しているけど、何を言っているのか、わたしには全然わからない。

「ここはどこなんですかっ!?私たちをどうするつもりですか!?」
美樹さんが鋭く質問した。

白衣を着た普通の男の人は、持っていたタブレット型端末を操作した。
私のヘッドギアから頭の中に直接情報が流れ込んできた。

(2025年までに地球は汚染が進んで人間が住めない環境になる。
これは国家を超えた地球規模のプロジェクトで、別の新しく強い肉体に脳や意識を移し、人間という器を離れ、過酷な環境下で生きていくための実験である。
我々はそのための新しい肉体を、遺伝子操作で作っている。
そうして人工的に作った生物の中には異常や不具合があるものもあるので、現在、様々な組み合わせで人間の脳や意識を新しい肉体に移す実験中である)

(ヒト科は今まで進化の途上で、より優位な肉体に乗り替えて種を維持する必要がなかった。
だが今後は、種の存続という観点から、より優位な肉体に精神を移行することを受け入れなければならない。
だがヒト科は高度に発達した脳を持っていても、美という実態のない概念に支配されており、そのことを理論的に受け入れられない。
いかに拒否反応なく肉体の移行を行うかが今後の最大の課題だ)
ほんの一瞬の間に、それだけの情報がわたしの頭の中に流れ込んできた。
「そ、それは、あの…」
美樹さんにも同じことが起こったらしく、目を見開いて青ざめている。

「そのX Y男性体、登録タグ星岡 勝。
君のお父さんということになっている。彼の実験は失敗に終わった。
新しい肉体の著しい形状の変化に耐えきれず発狂してしまった。
往々にして、人間として優秀な肉体の持ち主は、新しい肉体を拒絶する割合が高い。
『お父さん』は今、こちらのカエルだ」
カエルは耳障りな声で、でたらめに鳴き続けている。自然に生きている生き物だったら絶対出さない、不自然で、恐怖を呼び起こす鳴き方。
カエルは頭をカプセルに何回も何回もぶつけた。グシャッ、グシャッと湿った音がするたびにカエルの頭は潰れて行き、何かグジャグジャしたものが流れ出て、やがて死んだ。

母「いやぁ!あなた!」
いつの間にか目を覚ましていたお母さんが、四つん這いでうつろな目をしたお父さんに手を差し伸べ、檻の鉄柵をガシャガシャと揺すった。
「どうしたのぉ!あなたぁ!しっかりしてぇ!」
「お母さん!」
「あなたぁぁ!あなたぁぁ!」

お嬢さん育ちで、世間知らずで、おっとりしてて、お父さんの猛烈なアタックで結婚したお母さんは、38歳の肉体的には成熟した大人になった今も、精神的に弱い。
お父さんに頼りきりで、お父さんがいなければ生きていけないと、いつも惚気ていた。
お母さん。そのお父さんは、今は体だけがお父さんなんだって。心はカエルなんだって。
お母さんの必死の呼びかけにも全く反応を示さず、お父さんの体はお尻をこちらに向け、カプセルのガラスのドアにうんちをなすりつけている。
お母さんの繊細な心は、そんなお父さんの姿を見て壊れかけている。

白衣を着た普通の男の人は普通の声で言った。
「X Y男性体用の新しい肉体の設計理念は、過酷な環境でも生存できるよう、頑強であることを主眼としている」

白衣を着た普通の男の人がタブレット型端末を操作すると、下から新しいエレベーターが迫り上がってきた。
白衣を着た普通の男の人が立っているエレベータより大きく、4つのカプセルがあった。
4つのうち2つのカプセルに奇妙なものが入っていた。

女性的な雰囲気はある。昔、歴史の教科書で見た女の人の白い能面を限界まで歪めたみたい。
でも顔がものすごく大きい。
顔に対して体は極端に小さくて、手も足も糸くずみたいに細い。自分で歩くことは出来なさそうだ。
それなのに、お腹だけは丸々としている。
赤ちゃんを産むところは1メートルぐらいもある巨大な裂け目になっていて、その奥の闇からネバネバした液体がとめどなく流れ出ている。

また別のカプセルには、人間大のタツノオトシゴに似た生き物が入っている。
顔にはトンボのような複眼がたくさん付いていて、細長くすぼまった口の先端から紐みたいなものヒラヒラ動いている。
ブヨブヨの体は重力で床に垂れ下がり、小さな手のようなものがたくさんウニョウニョと動いている。
背中には半透明の卵がブツブツと埋まっている。こちらも、女の人が赤ちゃんを産むところは大きく裂けていた。

「これから君たち、X X女性体の脳または意識をこの新しい肉体に移す実験を行うが、X Y男性体用の新しい肉体に対して、こちらのX X女性体用の新しい肉体は、生命力が弱くても子孫をたくさん残すことに主眼を置いている。まずは、より短い時間で意識を回復した君からだ」

白衣を着た普通の男の人は、美樹さんを指さした。

「X X女性体、誕生から27年経過、登録タグは高浜 美樹
身長、体重共に女性体平均値内、健康に問題なし。
これまで6名のX Y男性体との生殖行為を体験済み。肉体の成熟度に問題なし。
出産は未経験であるが、可能レベルに成長済み。
では始める。」

「あんたは狂ってる!」
美樹さんは叫んだ。
「そんなことをする権利は誰にもない!あなたが所属している組織名を言いなさい!私たちにはその権利が会議は13:30からか。午前中に部下にプレゼン用の資料をパワポで作らせてっと」

突然、叫んでいる美樹さんが話を切り替えた。あまりにスムーズに全く違う内容の話に切り替わったので、一瞬わたしは混乱した。
「美樹さん!?あのっ、美樹さん!?」
わたしは美樹さんの体を激しく揺すったが、美樹さんは、まるでわたしが存在しないかのように、実際にはない腕時計や携帯電話を見る動作をしている。
違う。これは美樹さんだけど美樹さんじゃない。中身が別だ。
白衣を着た普通の男の人はタブレット型端末を触りながら、
「彼女に取り付けたヘッドギアを通じて、脳に直接、これから会議に参加すると認識させている。彼女は今会社にいる」

美樹さんはキビキビした足取りで、自分からあの忌まわしいカプセルに入って行った。
そして自分の手でカプセルのドアを閉じ、手早くパンツスーツと下着を脱いでいく。その間も、オーディエンスターゲティングとかエンゲージメントとか、何か難しそうなことをハキハキ話していた。
服を全部脱いで全裸になると、美樹さんは前を向いてまっすぐ立ったまま動かなくなった。
大きくて形のいい胸も、胸の先端のツンと尖ったピンクの乳首も、くびれた腰も、女の人の恥ずかしいところも、しなやかな長い脚も全部丸見えだ。
「最終的な目視による適合チェックをお願いいたします」
美樹さんはガラス玉のような目で機械的に言った。
「確認した」
白衣を着た普通の男の人が答えると、美樹さんの目に生気が戻り、それからハッとした表情になった。
「え… なっ!ど、どうして!いつの間に私、閉じ込められたの!?」
「隣のカプセルを見たまえ。今から、君の脳とあちらの脳を交換する。君はあの試作体になり、試作体は君の体を引き継ぐ」
白衣を着た普通の男の人が指す先には、タツノオトシゴに似た生き物が入っている。
生き物は、小声でキイキイ鳴いている。銀紙を噛んだときを思い起こす、金属を擦ったような神経に障る声だ。

美樹さんは言われたことの意味を理解して、火がついたように喚き声をあげ、暴れ始めた。
「こんな、こんなことが許されると思うの!?私はエリートよ!こんな無礼は許されない!絶対に許されないんだからね!あなた!所属を言いなさい!今すぐ!ここから出しなさい!」
さっきまでクールな顔立ちで冷静に話していた美樹さんが、頼れるものを全部取り上げられて、今は顔を真っ赤にし、汗をダラダラ流して目を見開き、猿みたいに歯茎を剥き出して、よだれを飛ばしながら絶叫している。目が寄り目になっていて、なんだか知性がない生き物みたいでとても怖い。

「不規則な動きで脳を傷つけないよう、今から君の脳に直接命じて脳内麻薬を大量に分泌させ、痛みや恐怖心を麻痺させる」
「こっ!」

美樹さんは突然静かになった。
恐る恐る美樹さんを見ると、美樹さんは白目を剥き、大口を開けて笑っていた。
「あれえ〜?なんだっけ?なんか急にどうでもよくなったぁ〜♪
だって、あたしめっちゃ気持ちいいんだもん〜♪ハッピぃ〜!ルンルン!♪
ひへへ♪あヒヒ〜♪」
笑いながら歯をガチガチ鳴らし、よだれが糸を引いて垂れた。
「今から頭蓋骨を切断して脳を取り出すから動かないように」
「なぁ〜にっ!いってるのらっ!ヒック!このバカっ!脳がなかったら!!馬鹿になるんだよぉ〜っ!そんなこと!も知ら!ないのぉ〜?アヒャヒャヒャ閼ウ蜻ウ蝎檎官縺輔l縺ヲ迢ゅ>縺溘>!!ギャハハハハハ!!ギャハハハハハ!!!!」

さっきまでの知的で凛とした美樹さんはもういなくなっちゃった。目の前にいるのは頭が狂った若い女だ。

ヘラヘラ笑う美樹さんのヘッドギアの内側から緑色の細いレーザー光線が発射され、美樹さんの頭を水平方向にぐるりと一周した。
それからカチリという軽い音とともにヘッドギアは美樹さんの頭から外れ、ドローンのように空中に浮かんだ。
無数の細いアームがのび、美樹さんの頭蓋骨のてっぺんを外す。コポッと音がして、美樹さん脳が剥き出しになった。それは灰色がかった肌色で、血がべったりついている。
脳が剥き出しになってるのに美樹さんはヘラヘラ笑いながら、
「脳っ!脳が出た!脳〜!わたしの脳みそ!触ってみよ〜っと!ギャハハハハ!プニプニ〜!触ると体が痺れる〜〜!!鏡!鏡!美樹ちゃんの顔見た〜い!!あたし美樹〜!」
美樹さんはカプセルのプラスチックに脳が露出した自分を映し、
「あ〜!わたしの脳!脳みそ出てるよぉ〜!すごぉ〜い!美樹ちゃん賢いのにぃ〜!閼ウ繧貞叙繧峨l縺溘i縲√♀取らないでよぉ〜ん。頭いいのにっ!脳無しになったらっ!考えられなくなるからぁ!なくなったら!ヘヘヒ縺セ繧薙%縺ウ縺励g縺ウ縺励g縺ォ豼。繧後※繧、繧ュ迢ゅ▲縺。繧?≧!!美樹の脳みそ〜!なかったら困るよぉ〜!ギャハハハハハハ!イヤハハハハハハハ!!」

銀色のヘッドギアが美樹さんの頭から脳を丸ごと切除し、それをぶら下げたまま音もなく宙を飛んでタツノオトシゴに似た生き物がいるカプセルに向かっていく。
「くっ」
その瞬間、けたたましく騒いでいた美樹さんの全ての動きが停止した。
頭が空っぽになり、意識がなくなった美樹さんが目を開けたまま手を前に差し伸べ、足を少しガニ股にして前を見ながら立っている。
もう、美樹さんじゃない。あれは考える機能がなくなった、美樹さんの形の肉だ。

タツノオトシゴに似た生き物も、同じように頭にセットされたヘッドギアが脳を剥き出しにしていた。
チョコレートのチューブから絞り出したような、黒くてヌラヌラの汚らしい感じの脳だ。あれが、綺麗な美樹さんの体に入るの?
そのとき予想外のことが起こった。
さっきまでカプセルの内側にうんちをなすりつけていたお父さんが、突然カプセルを破って、美樹さんの体に猛然と駆け寄ったのだ。
お父さんは、脳が入っていない頭が空っぽの美樹さんの体を猛然と犯し始めた。人間とは思えない速さで腰を動かし、お父さんからも美樹さんからも骨のボキッ!バキッ!という音が響いた。
お父さん、いや、あれは体がお父さんなだけだ、あれはカエルだ。
カエルの心はお父さんの体の顔を真っ赤にして目を見開き
「グゲエjエエエpエ〜〜!!」と、喉から血が出るほどの絶叫を上げ、脳がない美樹さんの抜け殻を犯している。
美樹さんは眉毛から上が欠落したまま、綺麗な無表情でお父さんに犯されるままになっている。

「ああ、X Y男性体、登録タグ星岡 勝はスポーツ経験があり、体力的に優れていたんだった。硬化プラスチックのドアを破るほどとは。私のミスだ」
白衣を着た普通の男の人は普通の声で言い、素早くタブレット端末を操作した。

「ああ、あなた、あなたぁぁ… やめてぇんえへへ… 私という奥しゃんがありながらぁ。ヒヒ… そんなブスとセックスしないでぇキケケ」
お母さんがゾンビのようにフラフラとお父さんたちに近寄る。お父さんに向かって手を差し伸べ、何もない空間を掴みながら泣いている。
白目が青白く、細かい無数の血管がヒビのように走っている。顔は真っ白で、乱れた黒い髪が頬やうなじにかかって、なんと言うか、そう思うのは初めてだったけど、お母さんは色っぽかった。

「ゲhーoッ!」
お父さんの体がビクビク痙攣した。一瞬浮かせた美樹さんの体の女性器から白いドロッとしたものが見えた。
同時にお母さんがおしっこを漏らした。臭い匂いがする水がお母さんのスカートを濡らし、足元に水溜りを作った。

「わたしのミスにより不測の事態が発生した。報告書は実験終了後に作成し送る。
引き続きX X女性体、登録タグ高浜 美樹の脳と体を使った実験を継続する」

白衣を着た普通の男の人はタブレット端末に何か打ち込んだ。

カプセルの中にいるタツノオトシゴみたいな生き物の脳も体から切り出され、飛行するヘッドギアによって美樹さんの体まで運ばれ、頭の中に収められた。細かい無数のアームが神経の再接続手術のようなことを行ったのち、再び頭蓋骨の頭頂部を美樹さんの頭にはめ込み、目に見えないほどの速さで縫合した。
美樹さんの外見は頭にうっすら赤い線があることと、さっき無理な動きをして肋骨や足首などが何箇所か折れて変な方向に曲がっている以外、前と変わらなくなった。

「んん」
美樹さんは小さく声を吐くと、ゆっくりと起き上がってお尻をぺたんと床につけた座り方のままわたしの方を見た。泥沼のようなドロリと濁った目。
わたしは美樹さんに声をかけなかった。もう何が起こったか分かってしまっているから。

「キイ、キイ」
美樹さんの口と声と体を使って、美樹さんの体に入った生き物が言った。

さっきまで立派だった美樹さんは、ひょっとこのような顔で寄り目になり、ガニ股で滑稽にヒョコヒョコ動きながら
「クチュ〜〜〜!」と叫ぶや、壁や機械にぶつかりながら走り回った。

一方で、カプセルの中のタツノオトシゴに似た生き物…。いや、美樹さんはー
多分、目に該当するであろう無数の複眼からネバネバした液体が流れていた。あれは涙なのだろうか?
そしてその可哀想な生き物、高浜 美樹さんは、ゴボッと粘液の塊を吐き出したあと、ビクビク激しく痙攣して動かなくなった。

死んだ…。

「最終報告。実験番号10703は失敗に終わった。
X X女性体、高浜 美樹側の脳が自死を選んだ。
X X女性体はX Y男性体より固定概念や美意識が強固で、別の体との非適合率が高い。
やはり人間体側の思考から新しい肉体に対する拒絶反応を排除するプログラムの開発が急務である」
白衣を着た普通の男の人が普通の声で言った。

美樹さんになったあの生き物。幼稚園児が描いたでたらめな顔みたいだ。
形のいい大きい胸の乳首が硬く勃っている。でも、胸も顔も体も美樹さんだけど、あれは美樹さんじゃない。
体を激しく動かしている。人間だったら本能で無意識にセーブするようなめちゃくちゃな動きも、人間じゃないあの生き物には関係ないみたいだ。しなやかな長い手足をでたらめに動かすたびに、またボキッ、ボキッという乾いた音が響く。
早回しを観ているような物凄い速さで美樹さんの体が表現出来ない異様な動きをした。未知の知性に操られ動かされている人間の体。
「ケbーvッ!!」
見た目が美樹さんの体が喉が張り裂けるほどの大声で人間離れした奇声を張り上げ、脚を大きく開いて跳躍した。
美樹さんの体の股間から信じられない量のねばねばした透明な液体が糸を引いて流れている。
美樹さんの体が着地したとき足の骨が折れる音がしたが、全く気にせずお父さんに駆け寄り、いや、蛇のようにはいずり、すぐにお父さんとセックス、いや、交尾を始めた。新しい体でも、本能でやり方はすぐわかったようだ。
美樹さんの顔は子孫を残せる喜びで笑っていた。人間の魂には絶対にできない笑顔。完全に知性が欠落した、本能だけの笑顔。
美樹さんの体の両腕はしっかりとお父さんに巻きつき、腰を激しく前後にスライドしている。細い首がちぎれるほど頭を振り回し、白目をむいて、口から大量の泡を吹き出している。

「あはあぁ…」
お母さんの体から力が抜けて、その場にへたり込んだ。
美樹さんの体は全くペースを落とすことなく腰を振り続けている。
すぐにお父さんの体がまた痙攣する。
以前はお父さんと美樹さんだったものは、その行為を止むことなく延々続けている。

「では引き続き実験を行う」
白衣を着た普通の男の人が言った。
「手術による脳の摘出は今の時点で失敗確率が高い。次は意識…魂の交換実験を行う」
そして私を見た。
ああ、次は私が美樹さんみたいにめちゃくちゃにされるんだ。
16年間、この体で生きてきたのに。
逃げようにも逃げ場がない。絶望すぎて体が動かない。

「わ、私の体を使って!娘に手を出さないで!」
お母さんが、私の前に立ち塞がった。
「お母さん」
「大丈夫よ。お母さんは絶対に変わらないから。何があっても、みちるちゃんを守ってあげるからね」
お嬢さん育ちで、世間知らずで、おっとりしてて、お父さんの猛烈なアタックで結婚したお母さん。38歳の肉体的には成熟した大人になった今も、精神的に弱いところがあった。
お父さんに頼りきりで、お父さんがいなければ生きていけないと、いつも惚気ていた。
そのお母さんの初めて見る戦う姿。

「実験対象を変更して継続する。
対象はX X女性体、登録タグ 星岡 まなみ。 
誕生から38年、身長162センチメートル、体重55キログラム、身長、体重共に女性体平均値、健康に問題なし。出産可能なレベルに成熟済み。
XY染色体男性体、登録タグ星岡 勝との間に婚姻関係あり。
これまで両者間での生殖行為により、
X X染色体女性体、登録タグ星岡 みちる、誕生から16年、
および、X X染色体女性体、登録タグ星岡 えみ、誕生から8年を出産済み」

えみ。そうだ。妹は?えみは?
「あのっ!妹は、えみはどこですか!?」
「死亡した」

「君の妹は若く回復力が高く、君より2時間前に目覚めたので最初の実験に使用した。君の妹の精神と、我々がデザインした生殖機能を強化した新しい肉体が適合せず、死亡した」

…今、あの人は、なんと言ったのか?
次第に言葉の意味が私の脳に染み込んでくる。頭がギリギリと痛む。嘘だ。あの言葉を私の頭に入れたくない。

「実験を成功へ導くため、親が子供を守る種族保存の強い本能も、再考すべきべき問題として提起する。
種族が異なる生体への移行は解決すべき問題が多く、失敗も多いので、一度基本へ立ち返り、ヒト種族間での意識交換を行う。ただしX X女性体、X Y男性体間で、年齢、習慣、文化、価値観が著しく異なった環境下で発育したもの同士間での交換を行う。
X Y染色体男性体側は、登録タグ エマヌエル・ムンベガジ。誕生から12年。ケニアで捕獲。種族はアフリカ系。肌の色は黒。
人種によるギャップを克服する命題を兼ね、この二体間での交換を行う」

床が開き、お父さんと美樹さんの体と、タツノオトシゴみたいな生き物の体になった美樹さんが、開いた穴に落ちていった。
代わりに穴から迫り上がってきたのは、真っ黒な肌の黒人の少年だった。鼻が大きい。暗闇の中で目が白く光っている。体育座りにした筋張った脚をせわしなく動かしている。
あの男の子も不安でいっぱいなのだろうけど、日本人のわたしから見ると、黒人は本能が剥き出しで動物みたいな印象を強く受ける。こんな状況でも、男の人のものがガチガチに硬く、大きくなっている。
人間は死に直面すると、子孫を残すために、男の人も女の人もああなるって聞いたことがあるけど。

「みちるちゃん、大丈夫だからね。お母さんは弱いけど、あなたを死んでも守ってあげるわ。あら、もうこんな時間なのね。そろそろお買い物に行かなくちゃ。今晩は何を作ろうかしら。夫が好きな手作りハンバーグにしようかしら。ウフフ」
「お母さん!」
今度はお母さんがあの銀色のヘドギアで突然操られた。
お母さんは、夢見るような足取りで、自分から空っぽのカプセルに向かっていく。
「お母さん!行かないでお母さん!何があってもわたしを守ってくれるって言ったじゃない!お願い行かないでお母さん!」
わたしの絶叫も虚しく、お母さんはそのまま空のカプセルに入ると、ニコニコした笑顔をこちらに向けながら自分でドアを閉めた。
大丈夫大丈夫、お母さんはあんな機械に負けたりしない。お母さんはお母さんだ!変わったりするもんか!
「はっ!?え…いやぁ!どうしてわたしがこの中に…!?出してぇ!助けてぇ!みちるちゃん!」
お母さんはまた頼りないお母さんに戻ってしまった。絶望でわたしの膝から力が抜ける。お母さん戦ってよ!一生のうちで今戦わなくていつ戦うの?頑張って!
白衣を着た普通の男の人がタブレット型端末に何かを打ち込んだ。2つのカプセルが光り始める。
お母さんがカプセルの内側からドアを激しく叩いている。
「大丈夫だから、みちるちゃん、何があってもママはみちるちゃんを守ってあげるからね!みちるちゃん!みちるちゃん!!」
「nisaidie!!」
黒人の男の子も何か叫んだが、なんと言ったのかわからない。
光がまばゆく直視できないほどになった直後、空気が張り裂けるような鋭い音が響き、急に静かになった。カプセルから水蒸気のような煙が上がっている。
両方のカプセルのドアが開き、煙の中からお母さんがフラフラと出てきた。
「お母さん!」
虚ろだったお母さんの目の焦点が次第に合っていき、お母さんはわたしを見た。
でも、その目は冷たくて、わたしを見る目は石ころを見るようだった。
「ホイッ!?」
急にお母さんは変な声を出し、自分の両手を見つめた。手のひらを裏返し、手の甲を見て、自分の手をさも初めて見るもののように、ためつすがめつ眺めている。
「kumetokea nini!?」
お母さんは何かを言い、自分の胸を揉み始めた。乳首を執拗にいじっている。子供がおもちゃをいじくるような指使いだ。
だんだんお母さんの乳首が硬く尖っていく。
お母さんは、猿が惚けたようなだらしなく鼻の下を伸ばした半笑いの表情になった。
そして、股間に手をやり、激しくいじり始めた。
「Jisikie vizuri…」
グチュグチュという水っぽい音が離れているわたしの耳にも聞こえる。

そのとき、黒人の男の子がもう一つのカプセルのドアを押し上げて出てきた。
「ケホッ、ケホ… え、みちるちゃん…。お母さんは…。」
黒人の男の子は滑らかな日本語でそう言った。
「みちるちゃん!」
黒人の男の子はわたしを見てそう叫び、わたしに駆け寄ろうとして、
「えっ!?体が軽い…?え…?な、何?この声…。え!?わたしの脚が黒い?手も!?えっ!?」
さっきまで何か訳のわからない言葉を喋っていた黒人の男の子が突然流暢な日本語を話し始めた姿は異様だった。
そのとき、お母さんが血走った目で黒人の男の子に飛びかかった。おっとり、のんびりしたお母さんに似つかわしくない、野生の動物のような動きだ。
「きゃあ…え…、わ、わたし!?わたしがもう一人!?」
お母さんは野獣のようなギラギラした目で歯を剥き出し、黒人の男の子の両脚を掴んで左右に大きく広げた。まだ皮をかぶっている小さなおちん〇んが丸見えになった。
お母さんはそのまま脚を大きく開いてしゃがみ込んだ。
おっとりした童顔には似合わない毛深い恥ずかしいところが丸見えになった。そこからネバネバした液が大量に溢れて、冷たい空気のせいで小さい湯気が上がっている。
お母さんはそのまま猛烈な勢いで男の子のおち〇ちんをこすり始めた。
「いやあ!?どうしてわたしがそんなことするのっ!お願いやめてっ、わたしっ!」
すぐに黒人の男の子のおちん〇んが硬く大きくなった。まだ子供だけど、黒人だからか、馬みたいなびっくりする大きさだ。
「nyamaza!Usifanye kelele!」
お母さんは男の子にまたがり、おち〇ちんをあそこに入れるや、すごい勢いで腰を降り始めた。お母さんがあんなに速く動くのを、今まで見たことがない。
色が白い、どこからどう見ても日本人のお母さんが黒人の男の子にまたがり、訳のわからない言葉を流暢に叫びながら自分からおちん〇んをあそこに出したり入れたりしている。
「ホーッ!」
お母さんは動物のような声を上げ、黒人の男の子の上にまたがって、猛烈におち〇ちんをあそこから出したり入れたりしている。お母さんが腰を動かすたびに、透明な液体が周りに飛び散った。
「やはり人間種族の中では、アフリカルーツの人種が生殖力、生存本能の点で優れている。これから改良、製造する生物体にも、この強い本能を引き継ぐ必要があると提案する」

黒人の男の子は首だけをわたしに向け、目に涙をいっぱいためながら、
「あああ、みちるちゃん、見ないでぇ…
このお母さんは、わたしじゃないのよ、あなたのお母さんはわたしなのよぉぉ…」
自分より歳下の黒人の男の子に滑らかな日本語でそんなことを言われ、わたしは混乱した。いや、わかっている。お母さんはあの男の子と心と体を入れ替えられてしまったんだ。だから、今、あの男の子がお母さんなんだ。
でも、お父さんも美樹さんも、えみも、そうやって、あの白衣を着た普通の男の人にめちゃくちゃにされて死んでしまった。
「あああ…そんなっ!あなたっ!あなたぁぁ!わたしを許してぇぇっ!」
黒人の男の子の目がうつろになり、
「ああああああ!!」
ひときわ大きく叫んだかと思うと、激しく痙攣した。お母さんの中に入っているおちん〇んがビクビクと痙攣し、白いネバネバしたものがジュブジュブ音を立てお母さんの中からあふれ出た。
お母さんは、わたしが見たことのない下品で動物的な笑いを浮かべながら両手を頭上でパチパチ叩き、
「ウオーッ!オーッ!オーッ!オーーーーーッ!」
と雄叫びを上げた。何年も前にテレビのドキュメンタリーでみた、未開地の民族の勝利の踊りにそっくりだった。

「この実験は一応の成功をみた。継続的な観察のため、センターでの継続した監視を提案する。承認をお願いする」
白衣を着た普通の男の人がタブレット型端末に何かを記入しながら普通の声で話している。

お母さんと黒人の男の子は突然電気ショックを受けたかのようにビクッと痙攣し、並んでまっすぐ前を向いたまま動かなくなった。
二人は完全な無表情で、お母さんのあそこと、男の子のおちん〇んの先端からまだ白いネバネバが垂れている。
やがて暗闇からアームがついた空を飛ぶ機械が現れ、二人をアームに固定すると音もなく飛び去ってしまった。
「お母さん!お母さん!行かないでお母さん!」
「実験を継続する。X X女性体、誕生から16年、登録タグは星岡 みちる、君だ」
「もう、この部屋には君しか残っていない」
白衣を着た普通の男の人がタブレット型端末に何かを記入しながら普通の声で話している。
「私は今日中に、あと21件の実験を行わなければならない。2025年までに人類が滅亡することは確定している。もう時間がないが、我々はどんな犠牲を払ってでもヒトという族種を存続させなければならない。
君には特別な期待を寄せている。今回で3回目だから」
「3回目…?」
「君の今の体は3回目の交換によるものだ。君は本来、X Y男性体、誕生から46年の連続殺人犯、登録タグ 木崎 祐一だった。
まず、X Y男性体、木崎 祐一、本来の君は、我々がデザインした過酷な環境下での生存に特化した生体との精神交換を行った。
星岡 勝、君のお父さんということになっていたX Y男性体と交換したカエル型生体は、以前君が使っていた体だ。
それから二次段階、我々がデザインした生体からヒト本来の体に戻す実験にレベルを進めた。
すなわち、カエル型生体の中にあった君の精神を星岡 みちるの体に転移した。
マインドコントロールによる環境適応実験も兼ね、星岡 みちるの記憶も移植した。
君の殺人を好むヒト社会不適合者としての特殊な精神構造と、マインドコントロールでの異なる環境下への適応力の高さは我々の実験の成功の鍵を握っていると期待している。
次はまだ未知の第三段階、ヒトの男性体と女性体を経た精神を、再び我々がデザインした生体へと移行し、かつ適応、順応させる実験へと進む。それでは始める」

暗闇に目が慣れたわたしには、白衣を着た普通の男の人が話している背後の闇に無数に並ぶ牢屋と檻の中の人、異常な生き物の数々が見えた。
右斜め上の檻には、才能はあるが奇矯な言動でスキャンダルばかり起こしている、先月失踪した美人ハリウッド女優。
中央寄りの檻は、あれはテレビで見た総理大臣ではないのか。
そして右下の檻には、わたしが中学時代に憧れていたバレー部の女先輩がいた。いや、それは、みちるとかいう女子高生の記憶だ。この俺、木崎 祐一が強姦した。
どいつもこいつも狂ったような動きだ。
そうだ。わたしはもうわかっている。ここは地獄だ。
俺は冷静にそう思った。
わたしは誰だ?
カプセルの床が開き、今まで見てきた生物たちより遥かに醜い体がせり上がってきた。














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