脳移植動物園 作:jpeg 大江春泥。 日本の歴史の闇、妖怪と呼ばれる怪人。存命なら齢百歳を超える。 私、特殊捜査官、人見広子は、大江が陰生すると噂の「パノラマ島」と呼ばれる絶海の孤島に、極秘に潜入した。 パノラマ島の周辺では、若く美しい女性が頻繁に行方不明になっていて、島民は 「島から人さらいがやってくる」と囁き合っている。 ボートを降り、険しい道なき道をかき分け進むと、突然眼前に華やかなる動物園が現れた。 数々の電飾が煌めき瞬き、楽しげなマーチが流れる。 「ようこそ!珍獣動物園へ!世界中から選りすぐった珍獣奇獣の数々、どうぞお楽しみあれ!」 ピエロや、一輪車に乗ったサーカス風の服装の女児に満面の笑顔で色とりどりの風船を手渡され、私はあまりの非現実感に目眩を覚える。 はっと気づくと誰もいなくなっていた。 ピストルをかまえ、用心深く園内を進むと、ガラスケースの檻の中にうずくまる、スクール水着を着せられた少女を発見した。 「特殊捜査官人見と申します。助けにきました。あなたは大江に誘拐された人ですか?」 唐突に少女はガラスに顔をへばり貼けて付けて私を見た。 もともとは可愛らしい顔立ちをした少女なのだろうが、ガラスに押し付けた鼻は豚のように上を向き、鼻腔は押し広がり、唇は開いたまま歯茎がむき出しになっている。 女性の鼻水やよだれがガラスにべったりとつき、ゆっくり下に流れていた。 しかしなにより目だった。その目にはなんの感情も知性もなく、子孫を残す行為と食欲を満たし生存することに特化した下等な動物の目だった。 それは… 私を食べようとしている目だった。 絶句する私に少女はもう関心を失ったように、若い女性に似つかわしくない低くしわがれた声でひとこと、 「グエエ」 と唸ったかと思うや、四つん這いになり、ピョンピョンと跳躍しはじめた。 驚いたような表情で舌を限界まで突きだし、でたらめな向きに跳ね続ける。 そのせいで何度もガラスに頭をぶつけるが、少女はまったく気にせず、痛みも感じてないようだ。 何度めかの跳躍ののち、着地したと同時に、スクール水着の股間から、最初はじわじわと、すぐに勢いよく黄色い水が噴出し、ガスが出る音が響いた。 以前は感受性が強く、利発で聡明な少女だったのだろうことを容易に想像できる分、その滑稽な違和感は層倍だった。 絶句したまま、ふとガラスケースに目をやると、 ケースの下部にパネルが取り付けてあり、そこに、 三島 美海(雌) ヒト科、女子高校生目 身長163cm、体重55kg、 生後16年(200×年生まれ) 特技、水泳 M県S島産 201×年 ガマガエルと脳交換 とあった。 どうやら女性は三島美海という名前のようだ。...だったようだ。 やはり噂は事実だった。 大江は表舞台から姿を消したのち、世界中から異端や狂気の科学者たちを集め、金に糸目をつけず、いまわしい脳移植や人体改造の実験に明け暮れている、そこは奔放な想像力、無邪気な好奇心と狂気が渦巻くこの世の地獄だと。 周りには檻やガラスケースが散在している。 桐山 千春(雌) ヒト科、芸術家目 身長165cm、体重52kg 生後28年(198×年生まれ) 特技、油絵、日本画 T都S区産 201×年 フタユビマケモノと脳交換 カラフルなワンピースを着て、髪をアシンメトリーに切った、顔立ちのはっきりした女性がだらしなくコンクリートに寝そべり、大きなよだれの水たまりを作っている... 新田 麗子(雌) ヒト科、バレエダンサー目 身長171cm、体重55kg 生後26年(199×年生まれ) 特技、バレエ、声楽 T都N区産 201×年 オットセイと脳交換 バレエのチュチュを身にまとった長身の女性が、目を見開き、半笑いのような滑稽な表情をして、体を思い切りのけぞらせている。体は柔らかく、頭が足の裏とくっついている... 島田 薫子(雌) ヒト科、科学者目 身長159cm、体重44kg 生後36年(198×年生まれ) 特技、論理的思考、プレゼンテーション 備考、IQ139 T都S区産 201×年 コビトカバと脳交換 白いブラウスに紺のタイトスカートの知的な顔立ちの女性が、四つん這いで口を半開きにし続け、よだれを垂れ流している。眠そうな目をしたまま大きなげっぷをした... 上西 ユリ(雌) ヒト科、国会議員目 身長158cm、体重60kg 生後32年(198×年生まれ) 特技、詭弁 O府H市産 201×年 ニホンザルと脳交換 白いスーツを着た気の強そうな女性が、歯をむき出した表情で、ガニ股で手を激しく叩いたり、自分のお尻を叩いている... 大木 凛子(雌) ヒト科、格闘家目 身長180cm、体重72kg 生後24(199×年生まれ) 特技、格闘技全般 F県H市産 201× リスと脳交換 顔のパーツが大作りで自己主張の強そうな顔立ちの、大柄で体格のいい女性が小さく縮こまり、足元の野菜くずを拾っては、頬がぱんぱんになる程に口に詰め込んでいる... ほかにもアミメニシキヘビやコモドオオトカゲなど、あらゆる珍獣、奇獣の名前が書かれたパネルが取り付けられた檻の中に、人間の姿なのにその動物としか思えない動きをする女性たちが閉じ込められていた。 それは背筋がゾクゾクするような、違和感しか感じない恐ろしい光景だった。 こうしてはいられない。一刻も早く大江を見つけ出さなくては。 GPSを頼りに島の中心部にたどり着いた。ジャングルのように鬱蒼と生い茂る森の中に小高い丘があり、そこに非ユークリッド的な、言葉にできない遠近間の狂った巨大な施設が建っている。私は潜入した。 ねじくれた無数のコード、何ともしれない蒸気と異臭。 足元にじゃれつくものがいる、目をおとすと、そこに人犬がいた。 かつて噂になった都市伝説そのままに、頭はマリリン・モンローにどこか似た性的なフェロモンのただよう外国人女性、体はチワワという生き物が、人間の笑顔で尻尾を振っている。 頭は人間でも、脳はチワワのようだ。光のない目で、しかしセクシーに笑っている。 顔だけモノクロ写真で撮ったら、誰もがセクシーな表情だとの印象を受けるだろう。 発情期であるらしく、牝のチワワの生殖器に粘りけのある液体がべったり貼り付いている。 そして私は施設の中心の研究室で大江を発見した。 車椅子に乗り、着物を着たいびつな顔の老人。片目が白く濁っている。過去に何度も見た顔。間違えようはずもない。 私にピストルを向けられ、大江は恐怖に震えている。おかしい。 「撃たないで!あたしはこのジジイじゃない!この体に無理矢理入れられたのよぉ!」 大江の後ろの闇からエレガントな女性が現れた。見覚えがある。去年人気絶頂期に謎の失踪を遂げた女優の中谷 由紀恵? 「ぐひょひょ。よくここまでたどり着いたのう。そうじゃ。ワシの脳はいまこの女の体の中にあるわい。 やっぱり若いオナゴの肌はええのう。どうじゃ。しわひとつないハリのある白い肌、ほれ、胸もこんなに...脚も細くてのびやかで...」 美しい顔を、性欲を抑えられない若者のようにぎらぎら脂ぎった下品な表情にゆがめ、自分の胸を、脚を、体を、ねちこく撫で回す美人女優。 この男は変わっていない。 私は決然と言い放った。 「お祖父様、あなたは悪魔です。せめてわたくしの手で地獄までお送りいたしますわ」 中谷 由紀恵(大江)の目が針のように細くなった 「やめて!これはあたしの体なのよお!撃たないで!」 大江(中谷 由紀恵)が絶叫し、激しくむせた。 私はピストルの照準を、中谷 由紀恵(大江)の額に合わせた。 「な〜んてね♪」 「お祖父様ぁ〜ん。 わたくしの頭にも、お祖父様の脳を移植してぇ〜ん。 わたくしの脳みそなんか、取り出したら捨てていいからぁ!美しくて知性も才能も溢れるわたくしの優れた存在が、無意味に不条理に破滅することを想像しただけで...、ほらっ、シャツの上からでもわかるくらい、乳首がこんなに固く大きくなって…。 おまんこも、パンツスーツにシミができるくらいネバネバが…ホラッ!見て!ねえ!お祖父様!見てぇ〜ん!」 大江(中谷 由紀恵)が、私の急激な変化に激しく戸惑っている。 中谷 由紀恵(大江)が言う。 「おお、広子、わが孫娘よ。 変わっておらん。お前こそワシと同じ狂気のステージにいる者。よくぞこの島までたどり着いた。 二人して、世界の果てまで駆けていこうぞ。いつまでも月下のワルツを踊り続けようぞ」 「なに言ってるのよぉんお祖父様!わたくしは、わたくしの優れた存在が破滅することにゾクゾクした甘美を感じるのよぉん!麻酔しないで、わたくしの美しい頭から、わたくしの美しい脳が取り出されるところを、鏡で最後まで見させてぇん♪」 大江(中谷 由紀恵)の表情が絶望にゆがんだあと、ゆっくりと狂いの笑いが広がっていく。 バカな女ねえん。 私は、私という存在は、しばらくはお祖父様の右腕をつとめたのち、この世から消えるだろう。 その日を思うだけで、いまからわたくしの胸は、初恋をする少女のように高鳴るのでございました。 了 |