コピー&ペースト

作:JPG


 香椎奈々はくたくたに疲れていた。
二十代半ば、広告会社の営業職で毎日終電帰り。
その日も満員電車でつまさき立ちながら、密着してくる酔っ払いが、きっちりしたスーツに包まれた奈々のスタイルのいい体を舐めるように見るのを我慢して、やっと最寄り駅に帰りついた。

ホラー映画で怪物が出るような夜だった。
街は緑色がかった霧に包まれ、空には濁った月がおぼろに浮いている。

ふと奈々は、駅前で女性がなにかをわめいていることに気づいた。
若くて、スタイルもよく、なかなかきれいな女性のようだ。
酔っ払い?
しかし、内容が、
「お弁当作りも鍼灸師が4か月緊張の連続!
テキサス良識ミーティング弁護士に肌寒い日々星付きレストランからミシン酔っ払いを開きなでしこブログ秋スタイル!」

なんというか、支離滅裂で文法に則っておらず、酔っ払いとはなにかが違う、壊れたような違和感を覚える。
奈々はいやな予感がして、
(怖いな/きょうはあっちから帰ろう/すこし遠回りだけど/なんかいやな予感がするし/疲れてるけど/しょうがないか/)

その奈々からも叫ぶ女からも死角になるセルフの写真機の影に、男がいた。
特徴のない、ごく平凡な男。
先程から奈々の後頭部を指差している。
指先からは、男にしか見ることのできない半透明のコードがのびていき、奈々の後頭部に接続された。
が、奈々本人は気づかない。
(靴擦れ痛い/すぐヒール脱ぎたい/この靴/ひとめぼれして勢いで買っちゃったけど/はきにくい/高かったのに/失敗したなあ/)

奈々がなにか考えるたびに、奈々の頭からコードを伝って光が男に向かっていく。
(コンビニでおにぎりとチューハイ買って/お風呂に入ってお化粧おとしてお肌のケアして/そろそろ腋毛剃らなきゃだめかな/買ったばかりの乳液使ってみよう/予約録画のお笑い番組みたら/また寝るのは3時だなあ/ああ/あしたも6時起きで仕事かあ/肩こりで首が痛いよ/高い会費払ってるのに/スポーツジムにも行けてないな/ああ/休みたいなあ/)
(あの気味の悪い女の人のせいで遠回りだし/むかつく/帰ってもひとりか/さびしいな/彼氏/ほしいなあ/結婚したいなあ/)

どんどん歩いてゆく奈々と一定の距離を保って、男があとをつけてゆく。

男の瞳の中に、なにか光がちらちら動いている。よく見るとそれは細かい文字だ。
男はなにもない空中でキーボードを叩くように指を動かし、エンターキーを押す動きをした。
と、今度は、男の指先から光が奈々に向かっていく。
光が奈々の頭に入った直後、

「ああ、すこしヒール起きで遠回りだし、彼氏で予感にはきにくい腋毛で買っちゃったけど、予約録画の遠回りだけに乳液なんかいやなするし」

「あの気味の悪いコンビニおにぎりとお肌のひとめぼれしてそろそろこの靴剃らなきゃだめかな。買ったばかりの結婚ひとりか勢い使ってみよう。チューハイケアしてなんかいやな休みたいお化粧靴擦れほしいなあ」

(…えっ!?あ、あたし…いま、なんか言った…?)

奈々は狼狽した。
自分がたったいま、なにかをしゃべっていた感覚はあるのだが、なにをしゃべっていたのか思い返しても全く思い出せない。

男の目がチラチラと光り、先程より激しく素早く指先が動く。

怖「い」な
「ま」た寝るのは
「すぐ」ヒール脱ぎたい
「お」にぎり
し「っぱい」したなあ
遠回り「だし」
ひとめぼれし「て」
「チ」ューハイ
肩こりで「首」が
なんか「い」やな
スポーツ「ジ」ム
入「って」
「帰」ろう
剃「らなきゃ」

(いますぐおっぱいだしてチ首いジって帰らなきゃ)

「いますぐおっぱい出して乳首いじって帰らなきゃ!」

奈々の瞳から一切の感情が消え失せたかと思うと、卑猥なせりふを大声で叫び、高級ブランドのスーツのボタンを思い切り引きちぎり、大きな胸を丸出しにするやいなや、自らの乳首を激しくいじくり回しはじめた。

奈々の大声に、終電で下車した少なくない人が振り返る。

「…えっ!?」

あられもない姿になってしまった奈々に、年配の女性が、
「あら、大変!あなた大丈夫?」
と声をかける。

「す、すみません、大丈夫です…びっ!?」

「帰ったらしょんべんからチューハイ出して、腋毛でおにぎり!お笑い番組!!」
ゲラゲラと笑いだした奈々におびえた年配の女性は足早に立ち去ってしまった。

笑う奈々の背後からあの特徴のない男が音もなく近づき、
「すみません、この子、僕の彼女なんですけど、飲みすぎたって電話があったので迎えにきたんです。そうだよな?」
言いながら男は指を激しく動かす。

「チン○しゃぶりまくりで脳みそポーン!おっぱいちくビームで生で中出しSM大便〜♪」
先程までは奈々の思考を文章化して、都合のいい部分を切り貼り(コピー&ペースト)していたようだが、いまや男は自分の好きな文章を打ち込み、奈々の頭の中に流し込んでいるようだ。

「あたしはブタ牝チ○ポ奴隷〜♪鼻毛ボーボー腋毛バーン!まん毛も剛毛モジャモジャジャングルで只今絶賛遭難中〜!キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
あきれる野次馬たち。
小声で「クソ女」と、奈々を罵り立ち去る人もいるが、当の奈々はいかれた表情で笑っているだけだ。

男は奈々の肩を抱きながら、
「知らない人たちにバカ扱いされてるよ。
でもお前はバカ扱いされるの大好きだもんな?
楽しいだろ?」

「うん!た・の・し・い・〜♪
あはっ!あははははは!」

奈々は靴をむしり取るや放り投げ、はだしで四つん這いで這いずり回った。

その後も男は奈々の体でさんざん色々遊んだあと、
「ありがとう、楽しかったよ。じゃ、美人のお姉さんの頭の配線、めちゃくちゃにつなぎ換えておくね♪」

男が言うや、痴態の限りを繰り広げていた奈々は、いきなり何事もなかったように立ち上がり、自宅に向かって歩きはじめた。

翌朝。

一晩中、無意味に部屋の中でただ立っていた奈々は、出勤の時間が来ると、
「ぎんぎんぎらぎら」(夕日)を歌いながら、頭にパンストをかぶって自らをブタ鼻の変顔にし、パンストのすきまからご飯を目一杯詰め込み、パンストと顔の間をご飯粒まみれにした。
それから生殖器にもぎゅうぎゅうに生ごみを詰め込み、陰毛にもご飯粒をびっしりと絡め、肛門にボールペンを何本も差し込み、ハイソックスを穿き、右足にはブーツ、左足にはヒールを履いた。
ブリッジでマンションの階段を降りながら、自らのフルネームや出身地、家族構成や卒業校、初体験やいままでの性遍歴、性癖、電話番号やキャッシュカードの暗証番号、そのほか全ての個人情報を大声で連呼し、
いつもの道を、誰もいないのに、元気一杯に
「香椎奈々はおはようございます!」
延々と挨拶を繰り返しながら、平然と駅へ向かった。








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