ハリウッド・セレブとハエの入れ替わり 作・挿絵:jpeg 「邪魔よ!あたしを誰だと思ってるの!」 キャサリンは鋭い声で、自らの不注意でぶつかり転ばせてしまったみすぼらしい老人に上から罵声を浴びせかけた。 キャサリンは映画女優でハリウッドのセレブ。 顔もブロンドの髪も天使のように美しく、澄んだ声、大きな胸、誰もが振り返る抜群のプロポーショ ンの持ち主だが、全身から性格の悪さがにじみ出ていて、きつい印象を他人に与えずにいられない。 いまキャサリンはハネムーンでアフリカのとある小国にいた。 夫のポールはIT企業の社長で、世界でも有数の大金持ち。 だが彼女が愛しているのはポールではなく、自分とお金だけだ。 仕事一筋、女性に免疫がないまま大富豪となったポールに対し、キャサリンはまるで召し使いにするように顎で指図しつつ、 「「あたしの」ドレスに汚れがついたわ!「あたしは」ハネムーンは地中海がよかったのに!「あたしは」こんな国きたくなかったのに!「あたしは」はやく帰りたいわ!」 「あたしは」「あたしは」「あたしは」… 自らの不注意で転ばせてしまった老人の手助けもせず、自分のことしか言わずに立ち去ろうとするキャサリンの後ろ姿を、立ち上がった老人は無言でじっと見ていた。 と、おもむろに、老人は露天のフルーツスタンドの果物にとまっていたハエをすばやくつかまえた。 左手の中にハエを持ったまま、右手の杖をキャサリンの後ろ姿に向ける。 口から奇妙な抑揚の、歌うようなつぶやきが小さく聞こえる。 モデルウォークで早足で歩くキャサリンが、唐突に無表情になると、おもむろに中腰になり、がに股で手をぱたぱたとはげしく上下に動かしはじめた。 なんとかキャサリンの機嫌をとろうと追いすがったポールが驚愕する。 プライドが高いキャサリンなら、いや、おおよそまともな人間なら、男でも子供でも絶対にしないであろう無意味な動き。 だがキャサリンの表情は真剣そのものだ。 どこか遠くの一点をみつめ、がに股で手をぱたぱたさせている。 やがてキャサリンは露天のフルーツスタンドに気づくと、形のいい鼻をひくひくさせながら、ひょこひょことコミカルな動きで近づき、両手で果物をつかむと、それを無造作に口に入れはじめた。 驚くポールや露店商には全く興味を示さず、ひたすらに両手の果物を交互に口に詰め込んでいく。 頬ははち切れんばかりに限界まで膨張しているが、お構いなしにさらに詰め込もうとしている。 完璧なプロポーションを維持するために、絶え間ない努力を重ねてきたキャサリンの体。 が、いまではその美貌は果汁まみれ、お腹は糖分たっぷりの果物をどんどん飲み込み、カエルのようにみっともなくふくれている。 ![]() ふだんのキャサリンなら、人前でこんな醜態をさらすことにはとても耐えられないはずだ。 死を選ぶか、真っ赤になってわめき散らし、周りを非難するかするだろう。 だが今は、鼻の穴にまで果物のかけらが入っているのも、当のキャサリン自身がおかまいなしだ。 常軌を逸した量の果物を延々詰め込んでいくキャサリンの笑顔は、人間ではないものが、初めて人間の筋肉を使って表情を作ったかのような、不自然で不気味なものだった。 野次馬たちがそのキャサリンの醜態を次々に撮影している。 画像はツイッターやsnsにアップされ、やがて身元が判明するのも時間の問題だろう。 老人は手の中のハエをしずかに地面に落とすと、裏返って必死で手足を動かしているキャサリンを踏み潰し、しずかにその場を立ち去っていった。 |