天海なやかさん総合

女子会がやりたくて
作:天海 なやか


ある日の放課後、僕はクラスで一番の美貌を持つ青木エリカと一緒に校舎を歩いていた。つないでいる手からは緊張感によって汗がにじみ出ていてエリカにわかってしまわないかと思うほどだ。エリカは涼しげな表情で何も気にすること無く校内のとある片隅にある部室に向かっていたのだ。部室に入ると鍵を閉め、カーテンを閉めて中が丸見えにならないようにしっかりと確認する。長机と椅子が置かれているだけの狭い部室の中で僕らは向い合って座った。するとエリカは鞄から取り出した手鏡で自分の顔をじろじろ見たり表情を変えて口を開いた。

「なぁ、春彦。やっぱりエリカって二重だったろ?この勝負、俺の勝ちだぜ」

エリカからは女子らしからぬ言葉が出てきたのだが、実はエリカは僕の親友で同じクラスの山田に乗っ取られているのだ。それでも、やはり目の前に座っているのはエリカなのだから僕はなかなか興奮状態から覚めることは無かった。なぜこんなことが起きているのかというと、それはある日、山田が奇妙な話を持ちかけて来たからだった。


─────あれは一週間前の放課後のこと、あの時もこの部室で今と同じ場所で山田と向い合って座っていたが、雑談のさなかに突然いつもとは違う切り口で話し始めたのだった。

「なぁ、春彦。お前は青木エリカのことどう思う?」

男子生徒の間でエリカに気がない奴なんてほとんどいないほどの存在だったが、山田は突然そんなことを今更質問して来たのだ。

「エリカと付き合えるんだったら最高だと思うよ。そりゃあ、当然だろ」
「まっ、普通はそうだよな。俺は確かにエリカに好意を持ちはするが、そんなに好きな方では無いんだ。ただ、俺がエリカになるのなら話は別だと思ってる。俺はむしろエリカみたいな女になって注目されるのは楽しいと思うんだ。ここまではいいか?」

そうやって、山田は僕がどのくらい聞いているのかを確かめてきた。

「いいよ。エリカから誘われたら僕は付き合うと思うけど、お前みたくエリカになるなんてことは考えたことが無かったなぁ」
「それなら、よろしい!」
「何が『よろしい!』なんだよ〜」

山田はまるで号令でも命じるような口調だったので、僕はすかさず突っ込みを入れていた。

「まぁ、ここんところ受験勉強もうまく進んでいないし、一緒に楽しみたいと思うんだけど、どうだ?やってみるか?」

山田からの話は何が何だかわからなかったが、一緒に楽しみたいという言葉に僕は興味があった。

「よく、わかんないけど、とにかく山田と楽しめるのなら、その話やってみよう!」
「よ〜し!これで役者は揃ったな。ちょっと準備があるから、実行するのは来週にしよう」

こうして話を終えると、その日は二人の家に帰ったのだ。


─────それから一週間後、今日は山田と約束をした日となった。放課後になると約束通り僕らは部室に集まった。山田はこの時とばかりに目の前に何やら栄養ドリンクのような小さな瓶を取り出した。

「山田が準備したものってこれ?」
「しばらく前に買っておいたんだけど、この瓶を使えば面白いことができるってわけ」

栄養ドリンクが入っている瓶と同じ形をしているが、ラベルは貼られておらず、蓋が閉められている。

「ラベルも貼ってないけど、一体何なんだこれ?」

「エリカが帰ってしまうといけないので詳しい説明はまた後で、簡単に説明すると中に入っているのは飲めば誰か他人にに乗り移ることができる薬なんだぜ、たまたまインターネットで見つけたサイトからこの瓶を注文したんだけど、しばらくは使わずにとっておいたんだ。とにかく飲めばすぐにわかるから、そのあとで話してやるよ」
「えっ、他人に乗り移る?まさか、それを使って山田がエリカに乗り移ろうとしてるってことか?」
「ピンポーン!まさにその通り。さすが春彦はものわかりがいいよな」

僕は山田の考えをピタリと当てたが、実際には半信半疑な気持ちでいっぱいだった。

「まさか、それってやばい薬じゃないのか?」
「やばいかどうかはわからないけど、一本5000円ということでお年玉を使って買ったんだ。説明書はしっかりと読んだから大丈夫。とにかく善は急げということでさっそく飲んでみるよ」
「本当に飲むのか?」
「あぁ、飲むよ。おっと、その前に!」
「なんだ?」

山田は瓶の蓋を開きながら喋り続けていた。

「その前に、エリカの目って二重だったよな」
「目が細いから一重な気がするけど」
「おっと、それならちょうどいい具合に意見が分かれたな。じゃあ、間違った方が当たった方の命令に答えるのはどうだ?」
「そうだな。僕は絶対に一重だったと思うから」
「じゃあ、俺がエリカに乗り移ったら確認しような!絶対に二重だって、他にも話したいことはあるけど時間が無くならないうちに早く飲んでしまおう」
「ちょっと待ってよ。エリカに乗り移るって言ったけど、お前の体はどうなるんだ?」

瓶を傾けて飲み始めようとした山田を僕がまたストップさせた。

「細かい話はできないって言っただろう。飲んだあとは冬眠したような状態になるから、このまま部室に置いておくつもりさ、お前が鍵を持っているんだから誰だって入れるわけじゃないし、なんならロッカーに入れておいてくれたらもっと安全だよな。じゃあ、こうしよう。春彦がここを出て行って、図書室にいるはずのエリカに会いに行って欲しい。お前が出て言ったら俺はここの鍵をかけてから一気にこの薬を飲むからな。お前がエリカを見つけるのが早いか、俺がエリカに入り込むのが早いかわかんないけど、どっちにしても俺がエリカになったらお前と手をつないでここに戻って来ような。それでいいな」

実は僕らはエリカが放課後になると図書室に行く曜日だということを知っていたのだ。それで、山田が今日を選んだ理由に納得した。もう時間が無いので山田の言うとおり僕はここを出ることにした。山田が鍵をかける音がかすかに聞こえる中、図書室へと向かう。山田の話を理解して信じたわけではないものの、きっと薬をすぐに飲むに違いない。本当にエリカに乗り移ることができるのかの判断はエリカを見つけないことにはわからないのだ。山田が乗り移らない本物のエリカなら声をかけることもできないので、山田の奴が入り込めば僕に話しかけようと思っているのだろう。

図書室に入ると数人の生徒がいたが、図書室の中をざっと見回すと窓際の方にある大きな机に座りながら勉強をしているエリカの姿を見つけた。エリカの姿を見たところではいつもと何ら変わりが無いようだ。大きな紺の襟に二本の白い線がセーラー服、胸元に濃紺のリボンがエリカをさらに引き立てている。足元はよく見えないが、標準丈よりも少しだけ短い紺のプリーツスカートから覗く素足を組みつつ勉強を続けているようだった。

僕はゆっくりとエリカに近づきながらも、山田がまだ乗り移っていないようなので迂闊に近づくことができなかった。僕がエリカまであと数メートルというところで、エリカは開いていた教科書や参考書、ノートを閉じて鞄にしまい始めた。僕のことを気にする様子は無く、そのまますっと立ち上がったかと思うと鞄を持って図書室を出て行こうとしていた。

(山田の奴ったら、本当はなにか変な薬を持ってきただけじゃないのか?)

エリカがさっさと行ってしまったのを見て、僕は心の中でそんなことを呟いたかと思うと、次の瞬間に出て行こうとしていたエリカが急に向きを変えて僕の目の前までやって来て、僕のことを上から下までジロジロ見つめ始めたのだ。

「もしかして、山田?なのか?」

エリカにやっと聞こえるほどの声で僕が呟くと、エリカは急に僕の手を掴むと、僕を引っ張りながら図書室の外へと出た。

「じゃあ、行こっか」

そういう風にエリカがいつもの口調で言うや部室に向かったのだった。僕と一緒に部室に入るとカーテンを閉めて鍵を閉めてから向かい合わせになって椅子に座った。

「なぁ、春彦。やっぱりエリカって二重だったろ?この勝負、俺の勝ちだぜ」

部室の中はいつになく爽やかな雰囲気となり、まるで空気が浄化されているようにも思えた。さっきまで男二人で一緒に座っていたとは思えないほどだ。

僕と一緒にいるエリカの中には山田が入っているのは周知の事実だ。抜け殻のようになっている山田の姿を見てもびっくりすることもなく、机の上に置いてある瓶も気にしていなかった。やっぱりエリカの中には山田がいるのは間違い無かった。

「やっぱり、山田なんだね」
「そうだって!なっ、うまく行っただろ?俺がエリカの体を動かしてるんだぜ。だからこうやって自由自在に動かすことができるってわけ!」

山田はエリカの体のまま目の前で手をぐるぐる動かしながら自分の意のままに動かしていた。

「ところでさ。二重だったから、俺の勝ちってことで!さっそく春彦に聞いてもらいたい命令があるんだけど、いいかな?」

普段のエリカならいつもは見せるはずのない不気味な笑顔を浮かべながら、山田はさっそく暴走し始めていた。

「春彦に命令する!なぁに、簡単なことだよ。教室に行ってエリカの体操服を持って来て欲しいんだ」
「えっ?教室に置いてある体操服か?」
「あぁ、そうだ」

僕の学校では体育の授業で使う体操服は教室のロッカーに保管してあるのだ。人の物を持ち出してここに持って来るというのは何だか気持ちが悪い。

「なんだ?できないのか?」
「そうじゃないけど」
「なんなら一緒に教室の前まで行ってやってもいいんだぜ」
「そんなぁ、一緒に行くのともっと罪悪感を感じちゃうよ」
「それならできるだろ?」
「山田ったら〜、僕にそんなことを言ってもダメだって!」

僕がそうやって反論するも目の前にいるエリカは背筋がシャキンと伸びたかと思うと、一気に力が抜けてその場にうずくまってしまった。

「私?あれっ? あっ!」

少し間をおいてから起き上がったエリカは辺りを見回すと僕の方を見ながら何か言いたそうな表情へと変わった。

「あなたたちったら!私に何をしようとしてるの?それに、一体ここは何処なのよ!」
「もしかして、青木さん?」
「そうよ!見ればわかるじゃない。失礼しちゃうわね。私は青木エリカよ!知らないうちにあなたたちに眠らされて図書室からここに監禁しようってことなのね!もう頭に来た。先生に言って来なくちゃ!」
「ちょっと落ち着いてよ。そういうことじゃないんだ!」

僕はエリカの気を落ち着かせようと、説得しようとしたが、まったく聞き耳持たない感じだった。

「そういうことじゃないって何なのよ!それに山田君はここでぐったりしてるじゃないの、彼もあなたが眠らせたのね!」

どうやらエリカから山田が抜け出して、僕をはめようとしているみたいだ。怒りの鉾先は僕の方に向いて来た。なだめようにも僕はこれ以上の言葉を見つけることができない。

「とにかく、私は職員室に行くからね!」

エリカが部室を出ようとするのを僕は必死で止めにかかろうと、力づくで抑えようとした。

「何するのよ?」
「今すぐにここから出て行くのはやめて欲しい、お願いだよ」
「何なのよ?私の体を勝手に触らないで!」

そう言われて僕はハッとした。いつの間にかエリカの体に思いっきり触れていたのだ。僕が力を弛めるとエリカが床にばたっと倒れた。そのままうずくもってすすり泣くエリカに対して僕は何もできないでいた。

「一体私が何をしたって言うのよ。あなたの目的は何なの?こんな風に私を監禁しようとするなんてサイテーな男なんだって!」

エリカの声が部室に響き渡るとまたまた僕は罪悪感をいっぱい感じていた。こんな時でも山田の体は起きることが無い。わざも自分の体に戻らずにいるのではないかと僕は思った。そして、突然部室の扉を叩く音がしたのだ。

「誰かいるのね。ここを開けなさい!」

エリカの声が外に漏れたせいなのか、僕の担任で部活の顧問の仁科京香(にしなきょうか)先生が部屋の前にやって来たのだ。泣き崩れるエリカは仁科先生が来たのを知ると気持ちが落ち着いたのか、ゆっくりと起き上がった。エリカが鍵を開けると、紺のスーツに身を包んだ仁科先生が腕を組みながらマーメードスカートをピンと張りながら仁王立ちしていた。

「川島君!」

仁科先生は部屋に入ると鍵をかけてから、エリカと僕が向かい合うように、そして、二人が見えるように仁科先生が座った。

「それにしてもびっくりしたじゃない。先生がこの部屋の前を通ってみたら青木さんの泣き崩れる声が聞こえるんですもの、まさか川島君がなんて思ったけれど、やっぱりね。青木さんから詳しい事情を話してくれない?」

エリカは俯いたまま僕の顔を見ることはしようともせずに、ゆっくりと少しずつ喋り始めた。

「えっと、先生。私もよくわからないのですが、川島君が私をこの部屋に監禁しようとしてたんです」
「監禁って?それはどういうこと?」
「はい。私が図書室にいた時にこっそり睡眠薬で眠らされて、この部室に連れて来られたんです。ここにある椅子に縛り付けようとした時に意識が戻ったので、取り乱してしまいました」
「そうなのね」
「一体なんなんだよ!そんなことはしてないって!」
「じゃあ?私がこの部屋にどうやって来たって言うのよ」
「どういうことなの?川島君?」
「それは…それは…」
「なんで言えないのよっ!」
「青木さん。いいのよ。元はといえば……」

仁科先生はそこまで言うと一旦間を置いた。仁科先生はそこまで言うと一旦間を置いてから言葉を続けた。

「……コイツが山田の言うことを聞かなかっただけだもんな!」

仁科先生の口調が突然変わったかと思うやエリカは急に笑いを堪えている表情へと変わった。そもそも仁科先生が僕のことをコイツと言うのは始めてのことで意外なことで内心驚いてしまった。

「仁科先生の口からコイツだなんて言ってしまうとなんだか違和感感じるけど、そそられるよな。山田からもらった薬の威力ってすごくてな仁科先生を自由自在操れるだけでなく、その記憶や能力まで使えてしまうんだからな。お前から見れば仁科先生だと疑わないのも無理ないよな」

どうやら仁科先生もさっきまでのエリカのようになんだか操られているみたいだった。

「山田なのか?」

山田がエリカから仁科先生にターゲットを変えたのかと思い言ってみたが向かいに座ってるエリカが喋り始めた。

「春彦君!仁科先生の話をしっかりと聞いて無かったの?山田からもらったって言ってたわよね」
「まさか?!」
「ふふふ。ようやく感ずいたかな?俺だよ。俺は水田!」
「えっ?水田だって?」

水田と言うのは山田や僕と同じ部活を一緒にやっている仲間で、仁科先生からはいつも注意を受けることの多い輩のことだ。クラスは違うが僕と山田で作った部活を立ち上げる際に一緒になった仲間だった。

「ようやく気づいたようだね。それに、山田の奴の迫真の演技はどうだった?助演女優賞ぐらい上げたいくらいじゃないか。本物のエリカに戻ってしまったと思ったんだろ?」
「まさか?山田がエリカを演じていたって?」
「はっはっは。そうだよ。春彦にさっきの命令を断られると予想して、すでに次の手を考えていたってわけ!水田の奴が仁科先生になってみたいって言うから、じゃあ共謀しようかと思ってな」

山田の奴はエリカの体を使い屈託ない笑顔を見せてきた。エリカの姿をした山田と仁科先生の姿をした水田、僕は二人の計略にまんまとはめられたわけだ。二人の体は部室にあるロッカーにしっかりと隠してから鍵をかけ、さっきと同じように三人が座った。

「仁科先生がいつまでもここにいるわけには行かないからな、まずはこれからの計画について話しておきたい」
「その前に山田!この体に俺たちの言葉遣いは似合わないよな。言葉はもちろんしぐさや態度も体に合わせないか?」
「あっ!いけねー。そうだよな!」

僕の目の前では屈託なくこんな会話が進められていた。二人はすぐに合意したようで、二人はいつもの二人のように姿勢を正した。

「ということでなぁ。ここで一旦解散して、みんなで仁科先生の家に集合することにしない?」
「賛成するわ!先生の家は一人暮らしだから、自由に使っていいからね。あっ、いけない私ったら急いでみんなの宿題の確認をしなければならないんだったわ」
「二人とも先生の家に行くなんて大丈夫?」
「何にも問題ないわよ?」
「エリカも先生の家くらいは知ってるし、ここからは近い方だから問題なく行けるわよ」
「僕は仁科先生の家を知らないんだよ」
「じゃあ、エリカと一緒に向かったらいいじゃない。私は『仕事』を片付けてからじゃないとここを抜け出せそうにないからね。それでも定時にはここを出るようにするわね。じゃあ、職員室に戻るわね、じゃあね」

だら〜んとしていた表情をきりりと引き締め、いつもの冷静な表情を取り戻すと、水田は仁科先生として職員室へと戻って行った。水田が仁科先生の姿をして仁科先生の家へと帰る。そんな光景を思い浮かべてみると仁科先生の車で通勤することも問題無くできてしまうのだ。なんだかそんなことが羨ましく思えて来た。

「じゃあ、私は春彦と一緒に仁科先生の家に向かえばいいわネ!」

山田は相変わらずエリカのように僕にしゃべって来るが、本当のエリカなら春彦なんて呼んでくれないから、山田の奴がサービスしているんだろう。

「そんなこと言っても、親に話をしないと!」
「あっ、それなら大丈夫よ。春彦のお母さんには私から話しておいたから」
「私から?」
「そうよ。私と一緒に仁科先生とお話ししたいことがあるから遅くなりますって電話しておいたの」
「いつ?」
「さっきよ」
「さっき?」
「そう。図書室に来る前に電話しておいたんだ!てへへっ!」
「えっ!途中で入り込んだわけじゃないんだな」

僕はすっかり山田に惑わされていたのだ。エリカと思って接していた時間すらもすでに山田が乗っ取っていたのだ。山田の持っている薬というものが恐ろしいほどだった。

「なぁ、山田!」
「えっ、山田君ってどこ?」
「あっ、間違えた。なぁ、エリカ!」
「なあに?」

山田の奴は完全にエリカになりきっていた。そんなエリカに僕はお願いしてみることにした。

「さっきの薬ってまだ残ってないのか?」
「えっ?興味出て来ちゃったの?」
「だって、水田の奴が演じてる仁科先生を見ていたらなんだか僕だけ仲間はずれのようでさ」
「実は残ってるよ。春彦のロッカーを開けてみてよ!」

僕はエリカの言うとおりに自分の部室のロッカーを開けてみた。そこには栄養ドリンクのような例の瓶がポツンと置いてあった。

「これを飲むだけでいいんだよな?」
「いや、それだけじゃダメよ。ちゃんと乗り移りたい人物を思い浮かべてからじゃないといけないのよ」
「ちょっとだけ面倒なんだな」
「それに、その人物が近くにいないと失敗しやすいからね」
「ってことは、校舎に残ってる人しかダメなのか?」
「もう少し遠くまで大丈夫なはずよ。誰に入るの?」
「そうだなぁ」

瓶を目の前に心臓の鼓動を抑えきれずにいたが、誰に乗り移ろうかと考えるだけでもすでに期待が溢れるばかりだった。


─────仁科先生の家は学校から車なら5分ほどの距離にあった。定時に出ると言っていたので、そろそろやって来るはずだ。僕は山田扮するエリカと一緒に二人揃って、水田扮する仁科先生の到着を待っているところだった。しばらくすると駐車場に1台の軽自動車が駆け込んで行った。駐車場の方からマンションの玄関に向けてハイヒールで床を高く音が徐々に大きくなって来て、暗闇から仁科先生の姿が現れた。

「お待たせ!あれっ?柏木さんじゃない?もしかして……」
「先生のご想像通りですよ。由希奈(ゆきな)も一緒にお邪魔して構いませんよね」
「川島君って柏木さんに気があったなんてね」

実は僕は同じクラスの柏木由希奈に乗り移っていた。僕が乗り移った時にはいつものように部活動(部活動とは言ってもみんなで雑談を楽しんでいるだけ)の最中だったが、そこに割り込んでしまったので、なんとなくタイミングを見計らって抜けだして来た。エリカの待っている部室に戻ってから、仁科先生の住むマンション近くにあるファーストフードへ向かったのだ。二人でハンバーガーを食べて腹ごしらえをしてから、マンションの前で待っていたのだ。

春になったとは言ってもさすがに夕方になると外は冷えている。スカートの中に風が入り込んで来るので、下半身が冷たくてしかたがなかった。それにしても長身の由希奈はエリカと並ぶと頭半分ほど大きい、だから目線は僕と全く同じだったので目の前に広がる光景はそれほど変わりが無かった。ただ思うのは、由希奈の視力がとても良いことには驚いた。コンタクトやメガネをかけている女子が多い中では驚きの事実、僕よりも視界が良好だったのだ。

「とにかく外で立ち話もなんだから、家に入りましょうか」

水田の扮する仁科先生は本当に仁科先生と寸分狂うことが無かった。エレベーターに乗って9階のボタンを押すと、エレベーターの中で三人は黙ったままだった。9階に到着して玄関の鍵を開くと三人は靴を無造作に脱ぎ捨て、リビングへと向かった。小さいながらも対面キッチンがあり、リビングにはたくさんの観葉植物が置かれていた。窓からは夕陽が差し込んで、これから夜迎えることを待ち構えているようだった。カーテンをしっかりと閉めると、仁科先生はソファに腰をかけ、エリカはダイニングチェアに座り、僕はフローリングの上に置いてあるラグの上に正座をしてそれぞれが向かい合うように座る。

「はぁっ〜、それにしても疲れたわ、宿題の確認がこんなに大変だったなんてね。腕がすっかりくたびれちゃったわ」

仁科先生は手を上に組み背伸びをしながらそう話しかけて来た。

「宿題の確認?」
「そうなのよ。あの薬のおかげで職員室でも普段の私と変わらずに行動できたわ。宿題の確認をしながら、赤ペンで書く文字も私の文字そのものだったしね」
「すっごーい!そうだったんだ。そう言えば、確かにそうよね。エリカも自然とエリカらしく振舞うことができるものね」
「とにかく、姿は違うにしろ3人がこうやって揃ったね。何と言ったらいいのかな?先生の家に生徒が二人揃ってるなんて、これってなんて呼んだらいいのかなぁ?」

僕がそういうや仁科先生は立ち上がって冷蔵庫からワインボトルを取り出していた。

「ねぇ、これでも飲む?今日はここで女子会よ!」
「賛成!」

仁科先生の提案にエリカの大きな声がリビングに鳴り響いていた。

「でも、先生が生徒にお酒を薦めるってのはあとで問題でも起きない?」

ここでも僕は冷静に振舞っていた。

「あっ、これってワインじゃないわよ。スパークリングジュースなの。みんなでパーティーを始めましょう!ちょっと待っててね」

仁科先生はグラスを3つ取り出すと、ボトルと一緒にリビングの真ん中にあるローテーブルの上に置いてから、急いで寝室へと駆けこんでいったかと思うと、どうやら着替えをしているようだった。待つこと数分で仁科先生は驚く格好をして戻ってきたのだ。

「あっ、先生、それって」

仁科先生は僕らと全く同じセーラー服に包まれていた。ただ胸元は濃紺のスカーフだった。

「実は私もあなたたちと同じ高校の出身だったのよ。知ってた?これはその時の制服♪あなたたちの代と違って、当時はスカーフだったのよ」

仁科先生の制服姿はとっても似合っていた。それどころか年齢を感じさせないほどぴったりだったのだ。

「仁科先生っていくつでしたっけ?」
「今年で25歳になるのよ、今は24歳」
「へぇ、やっぱり若い先生だったんですね。しかも、最初の赴任地が出身校だなんて」
「こうやって三人で同じ制服着ていると先生だなんてわからないくらいです」
「そう?ありがとう?やっぱりそう言われると嬉しいわ」

目の前にいる仁科先生はすっかり、女子高生に戻ってしまった。まぁ、中身は男子高生ということを考えると近いのかも知れなかった。こうして僕らは仁科先生の家で女子会を始めることになったのだ。仁科先生も同じ女子高生に見たてることにした。

「せっかく三人が集まったんだから、改めて自己紹介でもしてみない?
「自己紹介?
「そう、自己紹介のしたらお互いのことをもっと交換できると思うの。大事なのは最低一つは自分の秘密を暴露することね
「あっ、そうか!それ面白そう!まずエリカからいいかしら
「えぇ、いいわよ」
「私は、青木エリカ、大学付属高校に通う高校3年生です。仁科先生は担任だし、由希奈は親友だから特に細かいことを話す必要は無いわよね
「エリカとはこの高校に入ってからの付き合いになるけど、いつも一緒に過して来たからとってもよくわかってるわ」
「私は今年から二人の担任になったわけだけど、前から英語の授業は受け持っていたからよくわかっているつもりよ
「そうですよね。実は私って川島君のことが好きなの!」
「えっ!それって本当?」

すると私は困ったような表情を見せながらエリカに聞いた。

「私は川島春彦のことが大好きだったの、これって本当にエリカの気持ちなんだからね」
「どうしたの由希奈?」
「実はね。私も川島君のことが好きなんだって、エリカと同じ人を好きになっちゃうなんてね」
「えっ?川島君ってそんなにモテモテだったの?エリカさんも由希奈さんもクラスの同じ男の子を好きになるだなんて、担任としてどうしたらいいものか」

二人のやり取りに仁科先生が横槍を入れる。どうやらエリカは私も同じ人を好きだと聞いて失望しているようだ。

「二人で取り合いになるのはまずいんじゃない?こうなると決めるのは由希奈の中の人よね?どうなの?エリカさんが好き?由希奈さんが好き?」
「先生、今は何も言えません。今は由希奈さんの考えていることが自然とわかるの、自分のことを好きだったなんて思ってもいなかったから、とっても恥ずかしくって」
「何も恥ずかしがることないわよ。とにかく、エリカさんと由希奈さんの両方から愛されていることは確かなんだから、どっちを選ぶの?」
「どっちをって言われても、さすがにそこまで私は言えません!」
「じゃあ、エリカさんはどうなの?」
「由希奈も川島君のことが好きだったなんて思ってもいなかった。それに今の由希奈はその好きな人に操られているなんてね。そう思うと私の気持ちは由希奈に譲るしかないわよね
「エリカ。ちょっと待ってよ。そんなこと無いよ。川島君はエリカのことも好きなんだから、今だってそうじゃないかな。二人が自分のことを好きだってわかったら、さすがに迷うのよ」
「そうなんだ。さすがにモテ男は違うのね。いいわ。川島君は譲るしかないわね。私は違う人を好きになってやればいいのよね。男子の中では由希奈よりも私の方が人気が高いの知ってるでしょ」

二人がだんだんと大声になってきたので、さすがの仁科先生も二人の興奮を抑えようとし始めた。

「二人ともヤメなさい!あなたたちって親友じゃなかったの?」
「そうですね。先生の言うとおりですね。エリカごめんね」
「由希奈。私の方こそゴメン。川島君のことでちょっと興奮しちゃった」
「じゃあ、良かった。二人とも仲直りできたみたいね。二人が喧嘩するなんてどうかしているもの。ちょっとトイレに行ってくるわね」

仁科先生がトイレに行くと二人だけがリビングに残った。

「エリカも由希奈も春彦のことが好きだったなんてねぇ。思ってもいなかったわ」
「それはお互い様、由希奈の考えを覗くと川島君のことが好きだってわかって正直嬉しかったけどね」
「まぁ、春彦ならそう思うこともわかってたわ。でも、エリカの思いを前面に出してしまうといくら由希奈でもいてもたってもいられなかったみたいなの」
「それもわかってるわよ、由希奈とエリカって思った以上の仲良しだったなんて」
「私たちが恋敵になるところだったなんてことがわかって良かった。私たちの関係って一日やそこらでできたものじゃないんだからね」

トイレから仁科先生が戻って来たので、続けて仁科先生の秘密について暴露することになった。

「私の秘密なんだけど、ちょっと付いてきてくれる?

仁科先生について行くと寝室のクローゼットの前で立ち止まった。

「開けてみて」

仁科先生に言われてエリカがクローゼットを開けると、そこにはあらゆる衣装が並んでいた。そこで目についたのは洋服だけでなく、色とりどりの衣装の数々だった。

「先生?これって一体何なんですか?」

衣装の中を一つずつ手に取ってみると、それはピンクのナース服だったり、ゲームキャラのチャイナドレスがあったり、アニメキャラのコスチュームまであったりする。

「先生、これってまさか!」
「そうよ。着ているセーラー服は確かに私が高校時代に着ていたものだけど、ここにあるものは大学時代につきあっていた彼が買ってくれたものよ」
「先生って、コスプレ趣味があるのはわかったけど、ここまで筋金入りだったとは」
「でもね。高校教師になってからは着ることが無くなっていたのよ。やっぱり、先生としてこんな趣味があるのはよく無いんじゃないかって」
「そんなこと無いと思います。私はいつまでたってもこんなことができる人ってステキだと思います」

真面目な顔でエリカは言った。

「ありがとう。先生の気持ちとしては、これは今着るべきじゃないんだって、次に付き合った彼はこのことを知らないままわかれちゃったしね」
「あの、先生。せっかくだから着てみてもらえません?」
「えっ?いいの?」
「私たちの中だけの秘密にしておけばいいんですよね。私たちの中だけだから、今何が起きているかなんてわからないもの」
「じゃあ、これにしよっと!」

仁科先生が手に取ったのは、水色のチャイナドレスだった。素材にもこだわった本格的なもののようだ。

「これはしっかりと採寸して作った物なのよ。私の友達に協力してもらって、見つけてもらったものなの。チャイナドレスどう?似合うかしら?」

チャイナドレスに身を包んだ仁科先生、長いスリットから見える美脚がとても印象的で、ゲームに出て来るキャラクターよりもずっと魅力的だった。

「先生ってやっぱり素敵ですね」

エリカは言った。

「そうよね。こんなに素敵な趣味を持ってるのに、教師という職業柄、普段からまじめに生活をしなくてはならないから、やりたい気持ちは抑えないといけないのよ」
「先生やるのも大変なんですね」
「そうよ。そうやってストレスを溜め込んでしまうんだわ」
「特に仁科先生みたいに美人だと、きっと色々と難しいんですよね」
「そうよ!国語の沼田先生からセクハラ受けたり、数学の三田先生からはいつも小言を言われたりして、本当に大変なんだからね。生徒は楽でいいわよ。勉強さえしていればいいんだから」
「生徒も大変よ!」
「あの、先生!済みません。何か食べるものがありませんか?」

そういえば乗り移ってから何も飲み食いしていなかったのだ。仁科先生がピザのチラシを持って来たので、みんなで色々と決めたがピザをLサイズで2枚注文した。

「二人ともこれでいいわよね!」
「仁科先生としてすっかり板について来ましたよね」
「えぇ?だって私は仁科京香だもの、あなたたちの担任なのよ」

仁科先生の姿からは水田の面影の微塵も無かった。

「なぁ、それよりもピザの宅配がやって来たらどんな格好で出たらいいと思う?」
「セクシーな下着姿で受け取るとかはどうかしら?」
「さすがにそんなことをするのはまずいと思います。さっきまで着ていたスーツ姿に戻ったらどうです?」
「そうようね。それが無難よね。でもせっかくだからスーツはスーツでもこれにしてみようかしら」

そう言って仁科先生はクローゼットからはいつもとは雰囲気の違うスーツを取り出した。

「へぇ、こんなスーツも持ってはいるんですね」
「そうよ。こんなのもたまにはいいと思うわ」

仁科先生は膝丈30センチのサクラピンクのミニスカートに加えて、ラメの入った同色のスーツをまとっていた。ベージュのカッターシャツは胸元まで開いていて、かすかに淡いピンクのブラが見えていた。

「いいですね。その姿で学校の授業を進めたら男子生徒なんか目のやりどころに困ってしまいそうです」

そんな風に三人で会話をしていると玄関のチャイムが鳴り響いた。仁科先生はスカートを腰元で上にの引き上げ整えなおすと、玄関へと向かって宅配を出迎えたようだ。代金と引換にピザの箱を受け取るとテーブルの上に置いた。

「宅配のお兄さんにサービスしすぎちゃったかな?またお願いしますって、軽くキスしちゃったけど大丈夫よね!とにかく、お待ちかねのピザがやって来たわよ。みんなで楽しく食べましょ!」

エリカは冷蔵庫から何か飲み物をと思って探してみたが、そこには100%のグレープフルーツジュースしか見当たらなかった。仕方なく取り出してテーブルに置く、私はグラスを取り出してテーブルに置いた。

「これしか無かったけどいいよね」

いつもなら炭酸飲料を飲みたい気分だが、身体が影響しているのか不思議と100%ジュースでも十分に思えた。

「レッツ、パーティータイム!」
「先生、準備が整ったんですけど、さっそく食べましょうか」
「そうよね。熱いうちに食べましょう」

みんなでテーブルを囲むと食事の時間となった。みんあがいつもの姿ならば、黙々と食べるだけなのだろうが、なぜか話しをしたくてしょうがない。片手にピザを持ちながらエリカが喋り始めた。

「それにしても、こんな風に女子会ができるなんて思って無かったね。ちょっと疲れたから、食べてる時くらいは元の口調に戻してもいいよな」
「山田が男の口調に戻すなんてどういう風の吹き回し?」
「山田でいいよ。こうやってお前たちと女子会ができるってことがとっても感慨深くてなぁ」
「そうだったの?山田君がこの部活を創ったのが実はこのためだったのかって思うんだけど、そうかしら?」
「水田。そうだよ。部活を作れば学校に部室がもらえるし予算もつくんだからな。ずっと温めていたことなんだ」
「へぇ、そんなこととは親友の私でも全然気づかなかったわ」
「そうだろうよ。俺の計画は誰にも打ち明けなかったんだからな。この瓶を手に入れたのは実は結構前だったんだけど、せっかくだから誰かと一緒に使ってみようと思ってた」
「それで私たちを選んだってわけ?」
「そうなんだ。役者は揃ってる方がいいからな」
「へぇ、そんなこと考えているなんて思わなかった。だから部活を作るためにはメンバー5人を集めて、顧問の先生を見つけるっていうことに必死だったのね」
「先生も最初はかなり戸惑っていたみたいよ。みんなで小説の創作活動を行う小説同好会を作りたいなんて言われた時に顧問になるべきか考えたみたいよ」
「俺たち3人、それに名義を貸してくれる2人を集めて、顧問として仁科先生に相談したら部活動申請ができたってわけ」
「そういうわけだったんだ」
「じゃあ、残り少ないけど俺はエリカに戻すぞ」
「残り少ない?」

夜も更けて来るとそろそろ薬の効果が無くなってしまう時間が近づい来たのでエリカは話を続けた。

「ねぇ、そろそろ薬の効果が無くなる時間がやって来るので女子会もお開きにしましょうね」
「効果が無くなる?」

目の前の2人は一緒に驚いた。

「そうよ。いや、ここからは俺の口調に戻すぞ!薬の効果は最低8時間、薬を飲んだのが午後4時過ぎだから、日付が変わる前には元に戻らないとまずい」
「時間制限があったなんて知らなかった」
「薬なんだから時間制限あるんだよ。まぁ、みんなでガールズトークを楽しむのが俺の目的だったから、それを知ったらトーンダウンしてしまいそうだったので、わざわざ秘密にしていただけ」
「それで、どうやったら強制的に元の体に戻ることができるの?」
「それはなぁ。自分の体に戻りたいって強く思いながらしばらく息を止めるんだ。苦しくなる限界が来たら自然と元に戻るってわけ」
「俺達が元に戻ったら、この三人の意識が戻るんだよな?」
「まぁ、元に戻っても俺達の行動は全然覚えていないから」
「そうなんだ。時間も無いからこのまま戻ろうか」
「あっ、ちょっと待って!仁科先生がこのスーツにを着たままってのはまずいだろ。ちゃんと学校で着ていたスーツを持って来いよ」

水田が扮する仁科先生がさっき脱いだスーツを寝室から持って来た。

「お前たちの前で着替えをするのか」
「そうだって」
「俺もそれがいいかと思ってた」

そういいながら仁科先生はもともと着ていた紺のスーツ姿に戻った。この服装に戻しただけでまじめな教師に見えてしまうのだ。しかし、大人の色気はしっかりと残っている。

「とにかく今すぐ戻ろう!」

僕らは山田が言った通りの方法で一斉に息を止め始めた。息が苦しくなって来ると自然と意識が遠のいて行くのがわかったのだ。


─────気がつくと僕は暗闇の中に包まれていた。部室の中のロッカーの中で目を覚ましたのだ。久しぶりに戻った自分の体だが、いつものモノに手を触れると思わず。汚れていると思ってしまった。これがいつもの僕の体なのだ。どうやら由希奈の心境が僕の心の中に残っているようだった。中かからロッカーをこじ開けると、真っ暗な部室にはすでに山田と水田が立っていた。山田は薬の瓶を回収して自分の鞄にしまい込むと、部室に鍵を閉めて一緒に夜間通用口を忍び出た。

「山田!楽しいひと時をありがとう!この経験をこれからの部活動に生かして新しい作品をつくうな!」

水田がそう言うとさっそく自分の家に帰って行った。水田は電車通学なのでどうやら終電には間に合いそうだ。

「春彦。今日はどうだった?これから部活動に役立ちそうだろ!」
「うん、ありがとう。でも、なんだか三人には悪いことした気がするよね」
「まぁ、そう思うのが普通だよ。でも、俺達はエッチなことだけは一切しなかったんだからな。ちゃんと自制できたことを誇りに思えばいいさ」

僕と山田は徒歩通学なので途中まで方向が同じだったので、家の分岐点に来たところまで話しながら分かれたのだ。家に帰ると僕は母さんから遅かったねと言われたものの、エリカとの関係を執拗に聞いてくるばっかりで特にお咎めは無かった。


─────次の日。僕はいつものように登校していた。遅く寝たものの思ったよりも疲れは無かった。校門の前で水田にも会ったが元気に見えた。山田の下駄箱を見たが靴が無かったので、いつもは僕よりも早く登校する山田は学校を休んだのかと思った。でも教室に入るとエリカと由希奈がすでに来ていて、二人でなにやら話を続けているようだった。僕が二人に大きな声で「おはよう!」と挨拶すると、なにやら怯えたような表情を見せた。なんだか顔色の悪い二人。

「何かあったの?」

僕はさりげなく二人に聞いてみた。

「そう見える?二人だけの秘密だから川島君には話せないよ」
「そうなんだ。昨日の夜に仁科先生の家にでも行ったんじゃないの?」
「どうしてそれを知ってるの?」

エリカは指をそば立てて小声で僕に言った。

「だって、仁科先生の家って僕のうちの近くだからね。通りかかった時に見たんだもの」
「えっ?!お願いだからこのことは黙っていてくれる?」
「まぁ、いいけど一つだけ条件を提示してもいいかな?」
「条件によると思けど何なの?」
「一回だけでいいから、今度僕とデートしてくれたらと思ってね」

すると、隣で黙っていた由希奈が突然口を開いた。

「実は私、川島君のことが好きでした!エリカじゃなくて私ならどう?」

僕が由希奈に入っていたときにも知っていた気持ちではあるが、こんなところで告られるとは思ってもいなかった。

「じゃあ、エリカに決めてもらうよ。由希奈とデートしてもいいかな?」
「私は由希奈を応援するわ。だから、川島君は由希奈と付き合って」
「ということで、エリカ様から許可をもらったので由希奈と付き合わせていただきます!」

僕は教室内に響き渡るほどの声を出していた。教室にいた一人一人から拍手を浴びる。

「川島君、とにかく昨日の夜の話は誰にも言わないでね。由希奈だって関わっているんだし、仁科先生にも迷惑かけないこと」
「わかってるよ」

そうやって和みムードになったところで、仁科先生が入って来た。みんなが一斉に自分の席に戻ると朝のホームルームの時間が始まった。

「今日は山田君が風邪で休むと聞いています。他に欠席者はいるかしら?それに川島君、放課後になったら職員室に来てくださいね。ちょっとお話があります。」

僕は由希奈と付き合うことが決まって早々、仁科先生からは呼び出しをくらってしまった。初デートは明日以降にしようと、すかさず由希奈にメールを送っていた。


─────放課後、僕は水田と一緒に職員室へと向かっていた。水田も仁科先生から呼び出されていたのだ。僕らはもしや昨日のことがバレてしまったのでは無いかと、不安な気持ちになりながらも、仁科先生の元を訪れた。

「来たわね。じゃあ、行きましょう。私について来なさい」

すると仁科先生は職員室の机の下から紙袋を持ってとある場所へと向かった。それは、僕らの部室だった。僕に鍵を開けさせて中に入ると、鍵を閉めてカーテンをしめた。

例によって椅子に座るや、仁科先生から説教を受けるのだった。なぜか昨日のことが筒抜けだったのだ。大人の女性はさすがに違うと感じた。そして、たっぷりと絞られた後で仁科先生はさっきの紙袋の中を開いて中から何かを取り出した。仁科先生が取り出したのは何と昨日のチャイナドレスだった。さらに、昨日の瓶が現れた。

「二人ともまだ気がつかないのかな?」
「まさか?」
「あっ、そうか!」

仁科先生はニヤリと笑うと、高笑いしていた。

「おほほほほ!ようやく気づいたのね。今日は朝から仁科先生に乗り移っていたんだよ。気づかなかったのか?」

どうやら山田は休むと言いながら仁科先生に取り憑いていたようだ。

「薬はもうなくなったんじやなかったのか?」
「それがだな。薬はこの瓶によって作れるんだ。水を入れていた時間だけ最大24時間まで効果が現れるんだ。昨日のは時間がなくて8時間までだったけどな。今日俺が飲んだのは24時間効果が続くだよ。明日の朝までこのままでいられるんだぜ、なぁ、今日も一緒に楽しまないか?」
「山田が仁科先生になっていたのは本当に今日の朝からだったのか?」
「もちろん、そうさぁ。朝から俺が仁科先生を演じていたんだぜ。これから次の女子会について話しあおうぜ!」

こうして僕らは次なるターゲットに向けて新しい作戦会議を始めていたのだ。

(おわり)




『あとがき』
天海なやか名義として初めて完結した作品が今年のイースターに完成しました。ちょっと長めの作品になってしまいましたが、とりあえず完結させることができてホッとしています。この世に生まれた私たちが人のことを羨ましいと思ったり、あんな風になれたらいいのにと思ったり、さらには妬んだりすることがあると思うのですが、そんな欲求は実際に果たすことができないことが多いのが現実だと思います。

そこで、自分が実現できないことを実現したかのように映画やドラマ、小説や漫画と言ったものを使って、人間の叶わぬ夢を叶えるものと思います。今回作品の中に登場する一人一人も、それぞれに日常生活があり、現実に突き破れない問題を抱えているのです。その欲求を解消するために周りのみんなを巻き込んでいくのですが、話の展開としては本当に平凡な内容にしているので、現実でも実はあるかのような作品にしてみました。

まだまだ、文章力については勉強すべき点、改善すべきところがありますが、こうやって時々投稿させて頂き作品を公開して行こうと思います。感想等がありましたら、Twitterアカウントの@skyseafarに送ってください、今後の作品制作の参考にさせて頂きます。

 (C)2011 Nayaka Amami.


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