「量にして350mlか。本当にこんなもので………、ふむ」

 俺はそういうと、黒色の液体が入ったペットボトルの前で腕を組みながら思案した。
 モノは試しというし、やらなきゃそんってか。





【黒と不運と決断】

作:リイエ





 どうしてこんな変哲も無い飲み物の前で俺が悩んでいるかと言うと、それにはわけがある。
 なんと、これを飲んだ人間は皮状になってしまうと言うのだ。しかもその皮を他の誰かが着れば、その人物に成れるという話なんだけど……。

 「どう考えても、眉唾だよなぁ…」

 ペットボトルを持ち上げて揺らしてみるが、液体ではないのかあまり大きい揺れはしない。
 黒い液体は自分自身を飲み込んでしまうような、そんな思いを感じさせるような存在感はあった。

 「さて、どうやって試そうか」

 ぼそっと、口に出してみる。
 自分自身で試せるならそうしたいが、どうやら試した時点で『俺』自身がいなくなってしまうので試すにはあまり適していない。

 「と、なると………、誰かで試すか…、うーむ」

 そこで俺は頭を悩ませた。
 下手したら相手を殺してしまいかねない代物、信憑性はともかく万が一本物だった場合は下手に手を打つとまずいことになる。
 うーん、どうしようか……、何かいい案が思い浮かべばいいんだが。
 
 ピーンポーン
 俺がうんうん唸ってると、不意にチャイムの音が聞こえた。

 「まさるー?いるんでしょー?」

 ドンドンとドアを叩きながら、明らかに在宅を知っているような口ぶりでドアの向こうから声が聞こえた。

 「ったくー、お前は待つこともしらねーのか!ちょっとかぎあけるからまってろ」

 俺は頭を掻きながら椅子から立ち上がり、ドアの鍵を開けて外にいる人物を迎え入れた。
 外にいた人物は俺がドアを開けると、ニマァと笑って脇を通って堂々と我が家に侵入してきた。

 「なぁんだ、いるんじゃないの。さっさと開けなさいよねまったく」
 「お前がせっかちすぎるんだ、おい勝手に入るなと何度もいってるだろ!!」

 そういいながら、その人物を追いかける。
 俺の家に訪ねにきた彼女はニーナ、大学入学時からの友人であり、断じて彼女彼氏の関係ではない。
 名前からして外人なのはお分かりだろうが、残念ながら生粋の日本人である。
 いや、便宜上個々では日本人と言ってはみたが、純潔の外国人であることは間違いない。
 彼女は日本生まれの日本育ちのネイティブジャパニーズなのである。
 スラッとした、外国人特有のメリハリのあるボディに、綺麗な白の肌は大学では注目の的になりやすい。
 俺とつるむことによって、絡んでくるやからを追い払いたいらしい。
 要するに虫除けって奴だ、まぁその分こいつと付き合ってるってうわさをされて悪い気はしないがな。
 
 くっくっと笑いながら妄想に浸ってると、急に肩を叩かれた。
 
 「あ?なん・・・ぶぁっぷ!!」

 何かを口に突っ込まれた?硬い?ペットボトルの飲み口っぽいような……まさか!?

 「この飲み物、飲みかけなんでしょ?飲ませて あ・げ・る♪
  うーん、なんか出にくい、ペットボトル押さないと出てこないわね」

 グプグプとゼリー状の液体がのどを通っていく、やばい、まずい、いしきが……と…だ……。

 がばっ!
 俺たちは上半身を起こした。
 俺たち?
 目の前に自分の顔とニーナの顔それぞれが視界として映る………。

「「な、なんじゃこりゃー!!」」
 
 二人のハモった叫び声が部屋中に響き渡った。

 ニーナと俺が向かい合って座っている、が両方とも俺の感覚である。
 まるでTVモニターから二人同時に操作しているような感じだ………。
 
「「はぁ……」」

 ため息も同時に出てしまう。

 どうやらニーナの記憶が読み取れるらしく、記憶を失った後どうしてこうなったかがわかった。
 ニーナは俺が飲み終えた後に異変に気づいて、取り乱してしまったらしい。
 体の厚みを失って、ピンク色を帯びたゼリー状のものが体から出てしまったらしい。
 あわててそれを口で掬いあげ(そもそもなんでそれを口で受け取ったのかがわからないが、気が動転していたのだろうか)皮状になった俺に口移しで戻していったと。
 そのとき半分くらいを飲み込んでしまい、今の現状に至る………か。

「「どうしようこれ」」
「「どうしようといっても、どうしようも無いじゃないか」」

 サラウンドボイスのように、寸分の狂いもなく左右の人物から声が聞こえる。
 俺自身もう何がなんだかわからない、一人芝居をしているような気分だった。

「「ニーナ自身の自我はあるのかい?」」

 俺はニーナに問いかける(といってもニーナ自身も喋っているし、その答えにはならないが)
 ニーナの記憶は読み取れるが、ニーナの意識みたいなものは感じられない……
 俺はニーナの意識に上書きされてしまったのか………。

「「うぐっ………」」

 両手を口に押さえ、胃からこみ上げてきたものを出さないようにこらえる。
 お、俺はなんて事を……、ニーナの目につかないように、あれはしまってからドアに出るべきだったんだ……。

「「うぅ……、ごめん、ごめんよ、ニーナ」」

 男と女のすすり泣く声が、少しの間部屋を覆った。

「「ずずっ、しかし泣いてるばかりじゃしょうがない、なんとか解決策を考えないと」」

 二人は椅子から立ち上がり、痕跡物を探した。
 そう、俺がピンク色のゼリー状の液体を吐いたのであれば、ニーナも俺を飲み込んだ時に何かしら吐いているんじゃないかという考えにいたったからだ。

 しかし、現実はそう甘くは無かった。
 直接黒のジュースを飲んだ時には、意識媒体としてゼリーが吐き出されるみたいだが、意識媒体のゼリーを飲んだ場合には意識自体がどうやら上書きされてしまうみたいだった。

「「俺は、ニーナを殺してしまったのか……」」

 だが、責任は取らなければいけない、おそらくこうすれば『俺』を半分しか飲んでないニーナは助かるだろう。
 おもむろに俺は冷蔵庫を開き、中で怪しく黒光っているペットボトルを取り出した。

 ニーナを助けるということは、俺自身の死を意味する。
 俺はニーナのほうを向いた。ニーナも俺のほうを鏡のように動き見返す。

「「ははは、こんなところで人生が終わっちまうなんて、人生どうなるかわからないもんだな」」

 自虐的に、笑いながら俺は黒いゼリージュースをあおった。
 飲みづらい。ゼリー状のジュースはなかなか出てこない。
 ペットボトルの腹を押しながら、俺はゼリーを飲み干した。
 
 『俺』自身の意識が消えると同時に、意識が集約されていく。
 視点が一つに戻り、目をやると体の厚みが無くなった『俺』が倒れていた。
 口からはピンクのゼリーが流れ出ていたので、それを俺は掬うと排水溝に流し捨てた。
 
 「バイバイ、俺」

 残った体は厚みがさらに無くなり、まるで空気が無くなったゴム人形のような形になっていた。
 俺はそれを丸め、押入れの奥にしまった。

 そのまま、俺は部屋を後にした。

 ……………
 …………………………
 ………………………………………

 私はベッドから不意に起きると、顔に異変があるのがわかった。
 涙?なんで私は泣いてるんだろ?
 悲しくも無いのに、涙が………
 顔をぬぐうと、何かが引っかかるような気がした。

 あれ?私、たしかまさるの家にいこうと……?
 なんで家で寝てたんだろ?

 行こうと思ってやめちゃったんだっけ。
 うーん、思い出せないなぁ、なにかとっても大切なことがあった気がしたんだけど。

 思い出せないってくらいってことは、あんまり重要な事じゃないと思うし・・・・まぁいいっか!
 もう一眠りしようっと。


 -end-












「ふふふふ」


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