ゆすら荘のペットな彼女【4】(全4回)
 作・JuJu


 佑太は美由紀の車に乗っていた。
「すごいね。車の運転ができるんだ」
「あたりまえじゃない。だってあたしは美由紀なのよ?」
 美由紀は得意げに髪をかき上げた。その色気漂(ただよ)う仕種(しぐさ)に、佑一は思わず見とれてしまう。
 家を出てから、ゆすらは佑太の命令通り美由紀の演技を続けていた。その演技は、正体がゆすらだと知っている佑太でさえ、思わず目の前にいるのが本物の美由紀ではないかと勘違いしてしまうほど完璧だった。口調、ものごし、そしてさきほど見せた自慢をするときに髪をかき上げる彼女のクセさえも、すべてが美由紀そのものだった。
(すごいよゆすら。
 美由紀さんのまねをしろって言ったのはぼくだけれど、ここまでそっくりにまねできるなんて思わなかった。
 これならば、正体が美由紀さんの皮を着ている犬だなんて誰にもわからないよ)
 と佑太は思った。
「あっ、佑太くん! ごめん。ちょっと別なお店に寄り道してもいいかな?」

    *

 寄り道した場所は、ペットショップだった。
 美由紀は、犬の首輪がならぶ棚の前に立っていた。
「うーん。大きさはこんなところかな。
 デザインは……。佑太くん、ペットの首輪はどれがいいと思う?」
 美由紀はいくつかの大型犬用の首輪を手にしながらいった。
(ゆすらは犬を飼うつもりなのかな?)
 と佑太は思った。
 佑太の住むマンションと違って、一軒家の美由紀の家ならば、大きな犬だってを飼うことができるだろう。でも本当は犬のゆすらが犬を飼うなんて、ちょっと変な話だな、と佑太思った。
「これなんかいいとおもうよ」
 佑太は、ゆすらがしていたのと同じ、桜色をした首輪をえらんだ。
「佑太くんが気に入ったなら、これにするわ」
 そういうと、美由紀は代金を支払いに向かった。
 会計を済ました美由紀が雄太の前に戻ってきた。美由紀はその場で腰を落として片ひざをつき、佑太に首輪を手渡した。
「それじゃ佑太くん、さっそくだけど、つけてくれない?」
「え?」
「だから佑太くんの手で、あたしの首にいま渡した首輪をはめてほしいの」
「な、なにを言っているんだよ!」
「だって首輪をしていないと、佑太くんのペットって感じがしないんだもの」
 美由紀の艶やかなしっとりとした唇から発せられた、佑太くんのペットという言葉が、佑太の心を熱くさせる。
 女子大生が小学生の男の子に犬の首輪をはめてほしいと願う姿に、ペットショップにいた客はざわめいた。周囲の雰囲気に気がついた佑太は、あせりながらこたえた。
「だめだめ! 人間が犬の首輪をつけるなんて変だよ!」
「それは知識でわかっているわ。
 でも、このわがままだけは許して。だって、首輪は佑太くんのペットって証(あかし)だもの。
 佑太くんのペットであることが、あたしにって何物にも代え難いあたしの誇りだから」
「で、でも。やっぱりまずいよ」
「だってペットには首輪を着けなくちゃいけないと言ったのは、佑太くんでしょ?」
 それを聞いた佑太は、ゆすらを拾ったときのことを思い出した。

    *

 ほこらの前で、佑太はゆすらに首輪をはめていた。
「おまえは今日からぼくのペットなんだ。
 首輪をしていないと、のら犬だとおもわれちゃうんだよ。
 おまえはぼくのペットなんだから、その証明が必要だろう? 首輪は、ぼくのペットだっていう大切な証なんだ。だからいつもつけておくこと」
 ゆすらも佑太の言うことが理解できたのか、首にはめられた首輪を自慢げにしているようだった。

    *

「あたしは、佑太くんのことが大好き。
 首輪は、そんな佑太くんへの永遠に変わらぬ愛と忠誠のあかしなんだから」
 ゆすらは美由紀の姿で心から懇願した。
 美由紀の姿で懇願されれば、佑太も折れるしかなかった。
 それに、佑太は店にいる人たちの視線も耐えられなくなっていた。早くこの場を去りたいという気持ちでいっぱいだった。
「わかったよ」
 そういうと、佑太は美由紀の長くて細い首に、首輪をはめた。
「やっぱり首輪をしていると、佑太くんのペットって感じがして落ち着くわ」
 美由紀は上機嫌で言った。
「そ、そんなこと、大きな声でいわないでよ!
 それより早く下着を買いに行こう!」
 佑太はいたたまれなくなり、美由紀の手を引っ張って逃げるように店を出た。

    *

 佑太は目的地がデパートか普通の衣料品店だと思っていたのだが、美由紀の車が止まったのはランジェリーショップだった。
「下着を売っている店って、こういう店のことだったの? デパートとか、普通の衣料品店じゃだめなの?」
「だめよ。男の人をよろこばす下着を買うならば、やっぱりこういう店じゃないとね。
 佑太くんには、よろこんでほしいもの」
 そういうと美由紀は、恥ずかしがって店の中にはいることを躊躇(ちゅうちょ)している佑太の手を取って、ランジェリーショップに入った。
 美由紀は、過激な下着ばかりを選んでは、佑太に見せつけた。
「佑太くん、これなんかどう? あっ! これなんてすごくいやらしいわね、いいんじゃないかな?」
「どうしてさっきからそんな刺激的なのばかり選ぶんだよ。普通の下着だっていっぱい売っているじゃないか!
 もう勝手にしてよ、美由紀さんの好きな下着でいいじゃないか!」
「そんなのだめよ! 佑太くんの好みの下着を買いに来たんじゃない。
 それに、いま選んでいるのは、夜のご奉仕のときに着るための下着なんだし」
「夜のご奉仕? 夜のなったらなにかしてくれるの?」
「もう、しかたがないわね。このままじゃらちがあかないから、佑太くんがすきそうなのを、あたしが決めちゃうわね」

    *

 刺激的な下着をいくつも買い込んだ美由紀は、佑太とともに帰路についていた。
 車は途中までは美由紀の家に向かっていたが、とつぜんウィンカーを出して、別方向への道に曲がった。
 そのことに気がついた佑太がたずねる。
「あれ? こっちはぼくたちの家のある方じゃないよね」
 美由紀は運転をしながらこたえる。
「やっぱり気がついちゃった?
 ごめん。夜まで待てなくなっちゃった。
 新しく買った下着を着て佑太くんにご奉仕している所を想像していたら、もう家までがまんができなくなっちゃったの。
 それに、家にはお道具もないしね。
 だからホテルに寄って行きましょう! ね、いいでしょう? お願い!」
「ホテル? どうしてホテルなんかに行くの?
 さっきも夜のご奉仕とかいっていたし。
 ゆすらの言っていることがわからないよ。
 ゆすらはいったい、ぼくに何をしようとしているの?」
 美由紀は少し驚いたような表情を見せて、車を止めた。
 美由紀が確かめるように佑太の顔を見ると、彼の表情はほんとうに何の話をしているのかわかないようすだった。
 そのことを知ると、美由紀は佑太に向けて、右腕をそっと伸ばした。かわいがるように、手のひらをやさしく佑太のほおに添(そ)わせる。
「そうか。佑太くんはまだ子供だから、大人の楽しみとか、まだ知らないのね。
 いいわ。あたしが佑太くんを男にしてあげる。
 そう言う行為は佑太くんがもうすこし大人になってからするべきだって知識が言っているけれど、そんなのあたしが我慢できないわ」
 車が再び動き出す。
「これから行くホテルは、ホテルはホテルでも、大人のホテルよ。
 うふふ。この知識を使って、佑太くんにたっぷりとご奉仕をしてあげるね」
「だからご奉仕って、いったいなにをしてくれるの?」
「それはホテルについてからのお楽しみ。
 あたしを信じて。佑太くんのよろこぶことしか考えていないから。
 だってあたしは、佑太くんのペットなんだから」
 美由紀は、あごを上げて首輪を見せた。
「――わかったよ。これからどこにいくのか、そこでなにをしてくれるのか分からないけれど、楽しみにしておくよ」
 佑太は不安と期待を込めた瞳で、車が進む先を見た。
「佑太くんには、これから毎日、大人の楽しみを教えてあげるね。
 そうだ! あたしの家の寝室も浴室も改装しましょう。
 ふたりの愛をはぐくむためのお道具もたくさん欲しいし。
 ちょっと怖いけれど、過激なことをするための地下室も作りたいわね」
 美由紀は、ホテルに向かってアクセルを踏み込んだ。
「あの別荘は、佑太くんにご奉仕するための家にしましょうね」
 美由紀と佑太を乗せた車は、桜並木の花びらが舞い散る中を走り去っていった。

(おしまい)


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