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天使のノブラ
 作・JuJu


第1話 「ノブラ、白衣の天使になる。(前編)」


「困ったなぁ」

 看護婦の高山聖子は言った。

 ここは東京都神石市にある沢田医院。

 医師の沢田と看護婦の聖子の二人だけでキリモリしている、小さな病院だ。

 受付に座っていた聖子は、待合室を見た。

 患者が帰り、誰もいなくなった静かな待合室。出窓から夕日が差し込んでいる。

 聖子は壁に掛けてある時計を見て、タメ息をついた。

「そろそろかな……」

「どうも!」

 勢いよく待合室の扉が開いて、男が入って来る。

 この男、診療時間が終わる頃になると、毎日やって来るのだ。

 なかなかのハンサムだが、それより目立つのは、そのマッチョな体格だった。

 さらにマッチョが閉めた扉をすり抜けて、蘭・ジェリーが待合室に入って来た。

 自分の姿が人間には見えないのを良いことに、蘭はコウモリの様な翼をパタパタと羽ばたかせて、男の周りをウロウロと飛びまわっている。

「ああ、素敵なお方……。

 鍛えぬかれた筋肉が、ラブリーですわ〜」

 人間の世界に降りた蘭は、街でノブラを探していていた。その時、マッチョに出会ったのだ。

 一目ぼれした蘭は、ノブラの事も課外授業も忘れて、ひたすら男の後を追いかけている。もはやストーカーである。

「太田(おおた)さん、今日も来たのね。

 それで今日はカゼ? それとも腹痛?」

 看護婦の聖子は言った。

「それじゃ、カゼでお願いします」

 太田は言った。

「……。

 ねぇ、病人なら病人らしくすれば?」

「え? ゴホッゴホッ!

 ね? ほら、カゼでしょ聖子さん?」

「はいはい」

 聖子は太田のカルテを棚から引きぬくと、診察室に入った。

「も〜、太田さん今日も来ましたよ。

 カゼとかなんとか言っては、毎日来るんだから!

 先生からも、注意してくださいよ〜」

 診察室には、穏やかそうな医師、沢田が座っていた。

「まあまあ。

 確かに彼はいたって健康だが、本人が病気だと言って来院してくれば、医者として診察しない訳にはいくまい」

「いくら春でポカポカ陽気だからって、カゼをひいた人がTシャツ一枚でいます?

 昨日なんか診察が済んでから、ずーっと病院の外にいたんですよ?

 あたしの帰りを待っていたに違いありません。

 ストーカーですよ。

 第一あんな筋肉男、あたしの好みじゃありません!」

「なんですって!」

 蘭は言った。

 診察室でマッチョに見とれていた蘭だったが、その地獄耳は聖子の愚痴を聞き逃さなかった。

 蘭は急いで診察室の壁をすりぬけると、聖子の所に飛んだ。

「あの方は、こんな女を好いていらっしゃるの?

 それをこの女、あの方を好みではないとか言って!!

 あんな素敵な方が帰りを待ってらしたのに、それをストーカー呼ばわり……。

 この女、許せませんわ!!」

 蘭は医師の目の前に立った。

「ふ〜ん? この方がお医者様ですのね?

 顔はまあイケてますけど、ちょっと体の線が細すぎですわ……。

 こんな華奢(きゃしゃ)な方は、好みではありません。

 えり好みしても仕方ありませんが……。

 それでは、少しお体をお借りしますわね。

 え〜と……、憑依したい人間に、ワタクシの体を重ねればよろしいんでしたわね?

 なんか、生暖かいですわね……」

 蘭の体が、医師の体にのめりこんでいく。

 蘭は自分の体をすべて医師の中にいれた。

 医師は小さく「うっ?」と言ってうつむくが、すぐに顔を上げた。

 右手や左手を見たり動かしたりしている。

「(成功ですわ!

 本当にこのお医者様の体が、自分の体の様に動きますわ!

 うふふ……これであの看護婦を存分にいじめ……いえ、不幸にして差し上げられますわ)」

 蘭が乗り移った医師は、言った。

「では、太田様を呼んでくださいまし……。

 もとい、呼んでくれたまえ」

「太田さん、診療室にどうぞ」

 聖子は言った。

「はい! 先生よろしくお願いしますっ!」

 元気いっぱいにあいさつするマッチョ。

 医師になった蘭も、ア然とした。

「(確かに元気なスポーツマンな方は好みですが、お医者様にかかる時くらいは、もう少し病気の振りをなさった方が……。

 いくら何でもこれでは、仮病だと言っている様な物ですわ)

 ……えっと。それでは診察します」

「お願いしますっ!」

 マッチョは慣れた様子でTシャツのすそをつかむと、一気に脱ぎ去った。

「きゃっ!

 そ、そんな目の前で、裸になんて……」

 医師は手のひらで、目をおおった。顔を赤らめる。

「先生? どうしました?」

 聖子が言う。

「(そっ、そうでしたわ。

 今のわたくしはお医者様なんですわ

 いけませんわ! まじめにやらなければ。

 ――それにしても、男の方の裸がこんなに間近で見られるなんて、幸せですわ〜。

 確か、この聴診器と言うのを……胸に……胸にあてていいんですわね?)

 ……キャッ!」

「先生?」

 聖子が、不信感を持った顔で医師になった蘭を見ている。

「(いっ、いけませんわ。

 もったいないですが、ここはあきらめましょう)」

 急にまじめな顔になり、聴診器を当てる医師を見て、聖子も安心した様子だ。

「大変だ!

 これは凶悪なカゼだ!

 一刻も早く入院しないと、命にかかわるぞ!」

「なんですって!?」

 聖子は驚く。

「ええ!?」

 マッチョも驚く。

「安心しろ。一晩入院すれば、すっかりよくなる。

 責任を持って、しっかり看病をするんだぞ?」

「まってください! どう見ても健康じゃないですか!」

「私の診断にケチをつけるのかね?」

「そういうわけじゃありませんが……」

「急いで入院の支度をしなさい。

 患者が死んでもいいのか!?」

「それは……。

 わかりました。

 う〜。なんであたしが、こんな奴の看病を……」

「(ふふふ。お楽しみはこれらがですわよ? 看護婦さん?)」

 医師になった蘭はつぶやいた。














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