魔法の巫女ももこ

第11話「ココロノツナガリ(4)」

作・JuJu



 海の中。私を呑み込んだ桜の体は海流に揉まれていた。私はあせっていた。巫女の体から抜けなければ、巫女と共に海の藻屑と消えてしまう。
 だが、巫女の意志と霊力は強く、私は巫女の体から出ることは出来なかった。
『聞こえるか若月の巫女よ、このままではお前も死ぬのだぞ?』
「貴方を倒せるのなら、望むところです」
『分からぬ。どうしてそれほど死を受け入れられる? 巫女とは死を恐れぬの生き物なのか?』
「貴方にはわからないでしょうね。
 セリリアが……私の守護竜が教えてくれた。
 セリリアにはスモモがいる。私には桃太郎がいる。
 あなたを倒さねば、いずれあなたは桃太郎も襲うで事でしょう。
 桃太郎には、若月家の運命など背負わせたくない。
 命をかけて戦わなければならない若月家の使命が終わるのなら、桃太郎が戦いなど考えない日々を暮らせるのなら、私は喜んで犠牲になります。
 ただ、死ぬ前にもう一度だけでいい、桃太郎を抱きかった……。桃太郎に会いたかった……」
 巫女の意識と共に、私の意識も遠のいていった。
 ――気が付くと、私は海岸に打ち上げられていた。
 顔を風が触っていった。
 体は弱々しく重くなっていた。
 だが、今まで以上に力強い霊力が、体の底から溢れるのを感じた。
 私は重いからだを立ち上がらせた。
「私は生き延びたのだ!」
 あの巫女の声だった。
 体を見た。
 巫女の体になっていた。
 私は数歩歩いたが、破れ、海水を含み、体にまとわりつく巫女装束が邪魔で歩きにくかった。
 これが人間の体。
 なんと弱々しい。
 私は巫女装束を脱ぎ捨てた。
 体の奥底から、声が聞こえてきた。
(桃太郎……)
「誰だ!?」
 私は辺りを見回したが、誰もいなかった。
(……ここは? 私は生きていたの? 桃太郎! 桃太郎はどこ?
 体が勝手に動いている? いったい何? 夢?)
「巫女か? なぜ私の中にいる?」
(その声は邪心竜! それじゃ、私は死ななかったの?)
「そうだ。
 おそらく巫女と私の霊力が重なって強力な霊力となり、生き延びさせたのだろう。
 ひ弱な人間の体だが、若月の巫女の体ならば話しは別だ。
 あれほど私を苦しめた貴様の霊力を、今は私の物として使えるのだ!!」
 私の霊力に、若月の巫女の霊力が加わった。
 見よ! この溢れんばかりの霊力!
(私の体! 返して)
「貴様が私を取り込んだのではないか!!
 ふーむ、改めてみれば、貴様はなかなか美しいな。私は美しいものが好きだ!
 気に入った! これからは、この体は私の物だ。
 名も竜姫と改めよう。
 新しい邪心竜の誕生だ!!」

               §

「その時私は竜姫と出会ったのだ」
 背後から声がした。
「プロフェッサーK!」
「安心しろ桃子。私は戦う気はない。
 研究室に篭もりっぱなしだった私の体は戦闘には向かない。怪人もいない。
 若月、お前も私と話したくてここに来たのだろう。
 私の研究室に来るがよい」
「なるほどな。俺達がここに居ても、戦いの足手まといだと言いたいのか」
「待とうじゃないか。私の竜姫様が勝つのか、お前の桃子が勝つのか」
 2人は司令室から出ていってしまった。

               §

『私がいる限り、桃子ちゃんには手を出させない!』
 スモモが桃子の前に出た。
「スモモちゃん!」
『(なんて強い霊気なの?)』
 スモモは竜姫の霊力を改めて体中で感じていた。霊力で体中の皮膚が痛い。毛が逆立つ。
 これが、邪心竜を斬ったと言う、桃子ちゃんの母、桜さんの霊力。
 これほどの霊気を持つ者に、勝てるはずはない。
 霊気を感じることが出来るスモモにはよくわかっていた。
 だが、ここで引くわけにはいかない。
 母セリリアは若月の巫女を守って死んでいった。
 私がここで引いたら、母に申し訳が立たない。
 スモモは勇気を振り絞って体当たりする事に決めた。
 あんな強大な的に私が出来る事といったら、その程度だ。
 母さんは、邪心竜の腕に食らいついて隙を作り、邪心竜に勝った。
 私だって!
 スモモは竜姫に向かって走った。
 竜姫の腕近づく。
『(やった! これで僅かでも隙が出来れば)』
 竜姫は視線をスモモに向けた。
 黒い霧がスモモを包んだかと思うと、スモモを空中に投げ出された。
「美しい体に傷がついたらどうするつもりだ!!」
 スモモの体は天井に叩きつけられ、落下して床に落ちた。
「これがお前の守護竜か? 笑わせるな!」
 桃子はスモモに駆け寄った。
『ごめんね桃子ちゃん。私じゃ役に立たなかったね。ごめんなさい』

「そんなことない。大丈夫。スモモちゃんはここで見ていて。後はアタシが戦う!
 よくもスモモちゃんを! 今度はアタシが相手よ!」
 桃子はお払い棒を竜姫に向けた。
 竜姫は椅子に座ったまま動かない。
 桃子はお祓い棒で竜姫に斬りかかった。
「竜姫を倒したらママも死んじゃうかもしれないけど、ママだって若月家の巫女よ。きっと分かってくれる」
「弱い!!」
 竜姫はお祓い棒を掴んだ。
「え? 離して! 離しなさいよ!!」
「その程度の霊力しか込められていないお祓い棒など……。ふん!」
 竜姫が手に力を込めると、お祓い棒はまん中から折れてしまった。
 お祓い棒の半分が床に落ちる。
「そんな……。
 ならば、お符はどう?」
 桃子は後にさがって、符を投げた。
「弱い!」
 護符は竜姫の目の前で失速して落ちてしまう。いくら護符を投げても、竜姫には届かなかった。
「最初はただ、若月の巫女をせん滅したいだけであった。
 だが、桜に体を滅ぼされた時、怒りは高まった。
 そして、桜の体を得た時に、私の目標が定まった。
 若月の巫女に死など生温い。生きたまま支配下に置くのだ。
 一切自分の意思では動かすことが出来ず、敵である私に自在に操られる悔しさ。
 年をとることも、死ぬこともできない。
 永遠に、我の体として使われるのだ。
 私の中の桜は、お前を見ているだろう。
 悔しいに違いない、最高の悦びだ。
 お前もまもなく、同じ苦しみを与えてやろう。
 若月家の巫女を支配下に収める。
 私はこの時を待ち望んできた。
 千年の戦いを、貴様のような弱き者で終わられる訳には行かないのだ。本気を出せ。隠している力を全て出せ。
 真の力を出した貴様に勝って初めて、私の千年の怒りは収まり、恨みが晴らせるのだ。
 本気を出せ!
 貴様の母は強かったぞ。この私の体を滅ぼすほどにな。貴様も桜の子ならば、母の様な霊力を受け継いでいるはずだ。貴様の中にある全ての霊力で挑んで来るのだ」

               §

 プロフェッサーKの研究室。
 梅雄とプロフェッサーKはティーポットの乗ったテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。
「懐かしい味だ。学生の頃はよく、お前はお茶を入れてくれたな」
「桜が紅茶が好きだと聞いて、入れ方の研究してたからな」
「北村。桜は残念がっていたぞ? なぜ俺達の結婚式に来なかった? その後は音沙汰不明だ。いったい何があったんだ?」
「なぜ貴様にそんな事を言わなければならん?」
「友人として、心配してやっているんだ。」
「友人だと? 私から桜を奪っておいて。
 お前は私が研究に熱中している隙に、抜け駆けして桜とデートを重ねていたのだろう」
「確かにお前も桜を好きなことは知っていた。だから俺も桜と遊ぶときは、何度もお前を誘ったぞ。でもお前は、研究室に篭もりっきりだったじゃないか」
「私は満足の行く研究が出来て、一人前だと認められたら、その時桜にプロポーズするつもりだった。
 お前の様な遊んでいる様な奴より、一人前と認められようと努力する私の姿に、桜も惚れこむだろうと信じていた。
 ついに満足のいく論文を書き上げて、これなら行けると確信し、桜にプロポーズに行った。
 その時だった、お前の口から桜と結婚すると聞いたのだ。
 私は若月家の巫女の夫として恥じない人間になるために努力を重ねた。立派な成果も上げた。
 それなのに桜はお前を選んだ。
 なぜだ?」
「だから、お前が研究ばっかりして、研究室に篭もりっぱなしだったから……」
「ふん。おおかた若月家の婿になる事を条件に結婚を申し込んだ。そんなところだろう」
「違う。俺が若月家に籍を置いたのは、桜の若月の巫女と言う運命を、俺も背負いたいと思ったからだ」
「詭弁だな。まあよい。
 ――私はあの時より私は研究に没頭するようになった。
 お前を見返してやるためにな。
 桜がお前ではなく、この私を選べばよかったと後悔するようにな。
 それからどの位経ったのか。
 龍姫と出会った日。
 私はその日も研究に明け暮れていた。
 急に何者かが呼びかけている様な気がして窓の外を見た。
 豪雨の中に女がいた。
 傷つき、頼りない足つきの裸体の女。
 私は人間には興味がなかったし、関われば私の大切な研究の時間が削られる。
 そう思って放っておくことにしたのだが、顔を見て驚いた。
 桜だ。
 私が間違うはずがない。
 私は慌てて、桜の元に行った。
 話しを聞くと、桜の体を奪った邪心竜だと言う。
 しかも、体を操られながらも、桜の心は存在するというではないか。
 さすがは若月の巫女だ。邪心竜の霊力にも負けずに残るとは大した精神力だ。もっともそれは不幸だったのかもしれないが。
 邪心龍の希望は、人類を破滅させるのが目的らしい。だが、その為には人間の体ではあまりにもろい、
 そこで邪心龍は私の才能に目を付けた。
 私と手を組まないかと言い出した。くだらない話しだった。私にはそんな事はどうでもよかった。
 だが、桜がそばにいてくれると言うチャンスでもあった。
 どんな形であれ、桜の体と心を、そばに置いておける。
 私は幸せを逃さないために、邪心竜に手を貸した。
 私のアイデアで悪の秘密結社と言う方面から人類を腐らせることにした。
 今までの研究も捨てた。研究で取った特許料でこの基地も作った。桜のために怪人も作った。
 私は桜がそばにいてくれる。それでけでよかった。
 桜は私の全てだ。
 私は人生すべてを、桜に捧げるつもりだ。
 お前も見ただろう? 今や桜は私の物だ。
 どうだ! 悔しいだろう若月。
 もうすぐ邪心竜の勝利だ。
 最後に勝ったのはこの私だ。
 悔しいか!?
 確かに心は封印されているが、確かに存在する。
 桜の心も体も、私の物だ!」
「あれは桜ではない。桜はあの時、死んだのだ」
「若月! なんだ悲しい目は?
 そんな目で俺を見るな!
 そうか、桜を取られて悔しいのだな?
 私とて、桜を手に入れるためにどれだけ苦労したか!
 桜を手に入れるために、人生を賭けてきた私の人生は、お前にはわからないだろうな」
「北村。
 あの頃のお前は、確かに研究室にこもりっぱなしの変人だったが、未来に立ち向かっていた。
 俺と桜とお前で紅茶を飲みながら、お前が自分の研究成果語っている時のお前は、輝いていたぞ
 だから俺も桜も、お前のことを理解しようとした。
 お前を応援しようとした。
 だが、今のお前は……悲しいだけだ」
「またその目か!
 なぜお前は私をバカする!」
「バカになどしていない。
 ただ、悲しい奴だと思っているだけだ」
「黙れ黙れ黙れっ!
 とにかく、桜は私の物だ!
 もう誰にも渡さん!
 桜がそばにいれば、私はそれだけで良いのだ!」



 第11話おわり / 第12話「ココロノツナガリ(5)」 につづく





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