魔法の巫女ももこ

第10話「ココロノツナガリ(3)」

作・JuJu



 桃子達は、秘密結社オーフル地下秘密基地の司令室に突入した。
「あれが邪心竜……ママの仇。覚悟なさい!!」
 桃子は言った。
「桜!」
 梅雄は言った。
「えっ?」
 竜姫を見る。
 桃子の母、桜が椅子に座っていた。
 写真で見た桜のままの、若い姿だった。
「巫女装束。お前が桃子か。私が邪心竜の生まれ変わり、竜姫だ」
 その声は母の声だった。微かな記憶だが、間違いない。
「ママ! 生きていたの? でも年をとってない。その格好。どうして?」
「やはりこう言う事になっていたか」
『桃子ちゃん気を付けて。この霊力……人間の物ではないわ』
「ママ……じゃないの……?」
「お前の母、桜の体は私がもらった。
 若月の巫女の体を手に入れて、私は竜姫として甦ったのだ。
 この体はなかなかいいぞ、美しい上に霊力も高い。まさに理想の体だ。
 しかし若月の巫女と言えども人間の体。余りにもろい。これでは不安で基地の外に出れぬ。
 だが危惧は去った。
 今、私は新たな体、霊力の高いお前の体を手に入れた。桜の体が壊れても、桃子の体に乗り移ればよい。
 これで安心して外に出れる。人間共を恐怖のどん底に落としてやれると言う物だ」
「その為に桃子を追っていたのか!
 貴様は断じて桜などではない!
 桜は自分の命を犠牲にして、邪悪竜と共に死んだ!
 桃子、かまうことはない、竜姫を倒すんだ!」
 梅雄は言った。
「ママの体でそんなことはさせないわ!!」
 桜はお祓い棒を構えた。
「私を傷つければその痛みは桜にも届き、私を倒せば桜も死ぬぞ? 桜の心は、この体の奥底で生きているのだからな。
 この体の奥底に桜の心があって、私の見た物を見て、私が触った物を感じている。
 お前の顔も桜には届いているだろう。だが、体を支配しているのは私だ。
 あれほど逢いたがっていたお前と再会できても、桜は声一つ出せず、指一つ動かせぬ」
「そんな。どうしてこんな事に……」
「知りたいか? 教えてやろう」

               §

 十五年前の東北の海岸。
 磯部にある大岩の上で、一人の巫女が空を睨んでいた。
 戦いで僅かに破けた巫女装束が霧雨に濡れていた。時折、彼女の濡れた黒髪を雷光を美しく反射させる。
 空には暗黒竜が泳ぐ様に舞っている。その体は、雨雲でさえ明るく見える程黒い。
『今度こそ、若月家の血筋を断絶してくれる!』
 邪心竜が右腕を振り上げると、手のひらから黒い稲妻が出て桜を襲った。
『まかせて』
 桜の隣にいた犬に似た白い生き物が言う。名をセリリア。桜を守護する為に生まれてきた竜である。
 セリリアは桜の前に立つと、稲妻に向かって飛んだ。稲妻はセリリアに当たって砕け散る。
 桜はその間にお祓い棒に念を込めた。お祓い棒を白い光が包み込む。
「はいっ!」
 お祓い棒を天に振りかざす。光は稲妻となり天高く伸びて邪心竜を襲った。
 邪心竜は避けたが、稲妻は邪心竜を追った。
『何? がはっ!』
 白い稲妻は邪心竜を包み込む。
『だが、これしき!』
 邪心竜は手から次々と黒い稲妻を出した。
 その度にセリリアは空を飛び、稲妻に体当たりをして桜に攻撃が及ぶのを防ぐ。
『桜! 攻撃に集中して!』
 桜は頷く。祓い棒から出た稲妻は空を駆け、邪心竜を追いかけて攻撃をした。
 攻撃を受ける度に邪心竜は霊力を失い動きが鈍る。
『これほど自在に霊力を操れるとは、見事だ。
 お前は今まで戦ってきた歴代の巫女の中で一番の強い。
 だが、ここまでだ。お前の守護竜は限界ではないのか?』
 攻撃のため一心に邪心竜を見ていた桜はセリリアを見た。
 邪心竜の攻撃を一身に受け、立つこともできなくなっていた。だらしなく涎と鼻水を垂らしたセリリアがいた。
「セリリア!」
『桜……』
 セリリアは倒れた。
 桜はセリリアに駆け寄った。
 邪心竜も疲れているのか、攻撃の手を止めている。
『守護竜は終わったな。今度はお前の番だ。
 人間であるお前が、どれほど私の攻撃に耐えられるかな?』
 その通りだと桜は思った。
 巫女は攻撃力はあるものの、防御力はほとんど無い。
 数回攻撃を受けただけで死んでしまうだろう。その為に、巫女を守る為の守護竜が存在する。
 でも、セリリアは良くやったと思う。
 今からは、私一人で戦わなければならない。
 私もセリリアに負けないよう戦わなければ。若月家の巫女としての使命を果たさなければ。
 桜はお祓い棒に念を込めた。
 一度くらいなら、攻撃を受けても生きているだろう。お祓い棒に、精いっぱいの霊力を込めた。一撃で、邪心竜の体を斬らなければならない。
『一度攻撃を受けて、その間に念を込めて、反撃で私を倒そうと言う魂胆か? よい度胸だ。ならば一撃で殺してやろう! 死ね!!』
 邪心竜が霊力を溜めて攻撃の準備をした。
 その姿を見て、桜を死の恐怖心が襲った。死にたくない。
 だけど、若月家の巫女は代々邪心竜戦ってきたのだ。私だけ逃げ出す訳には行かない。ここで逃げたらセリリアの苦労が無駄になる。
 桜は目を閉じ、お祓い棒に集中して念を込めることで、恐怖心を押さえこんだ。
 雷鳴から、邪心竜の手から黒い稲妻が桜に襲いかって来たのがわかる。
 邪心竜を一撃で倒すためには、まだお祓い棒に霊力を溜めなければならない。
 やはり一度攻撃を受けてからの反撃しかない。
 攻撃に耐え、生き延びれたらの話しだが。
「来る」
 桜は身構えた。
『まだ戦えるわ!』
 桜が目を開けると、稲妻を受けているセリリアの姿があった。
 なかば塞がった目から見える瞳は、ますます戦闘意識が高まっているのを感じる。
 セリリアは稲妻をさかのぼって、邪心竜の右手にかみついた。
『離せ!』
 邪心竜は手を振り何度も稲妻を出したが、セリリアは離れなかった。
『桜! 今よ!』
「う、うん。
 これぞ奥義、雷竜一刀両斬。ハッ!!」
 セリリアを振り払う邪心竜。
『邪魔だ!! 暗黒雷竜飛……ぐあああああっ!!』
 攻撃は僅かに桜の方が速かった。
 お祓い棒から発せらりれた桜の白い稲妻は、邪心竜の脳天から振り下ろされ、一気に尾まで貫き、邪心龍を真っ二つに切り裂いた。
『グハァァァーーーーー!!』
「ついに邪心竜を倒した」
 地面に打ちつけられたセリリアを見る。彼女が自慢にしていた純白の毛皮は、黒く焦げて縮れていた。
 桜は慌ててセリリアの元に向かおうとしたが、セリリアは叫ぶ。
『封印!! いそいで!!』
 桜は空を見た。海に落ちていく肉体から黒い霧が舞っている。
 邪心龍は肉体が朽ちても精神が残り、時が経てば肉体は復活する。
 肉体を裂き、精神を封じ込めて初めて、戦いに勝てるのだ。
 それは知っていた。
 だが、今はセリリアが心配だった。
『私はいいから! 封印を』
「でも」
『桜も若月家の巫女でしょ!! 私達は、邪心竜を倒すために生まれてきたんでしょ!!
 私は平気。私の意志は、スモモが継いでくれるから……。
 いままでありがとう。桜の守護竜に生まれて、よかった』
「何言ってるの? それって……」
『あなたには桃太郎ちゃんがいるでしょう! あなたまで死んだら、スモモや桃太郎ちゃんはどうなるの?』
『ゆるさんぞ! 巫女!』
 桜は声に驚いて振り向いた。
 邪心竜の精神は先ほどより大きく膨らみ、中に暗黒の稲妻が集結しているのが見えた。
『死にたいの!? 桃太郎ちゃんはどうなるの?』
 セリリアは叫んだ。
 桜は頷くと、神器を掲げた。
「若月の巫女桜の名に置いて命ずる。天明の正しき竜神よ、邪悪なる竜を閉じこめたもう」
 汚かった木箱は黄金に輝いた。
 桜の体中から溢れ出す霊力が神器に集結するのが分かる。
『巫女、私をまた封印するのか? やめろ!』
 邪心竜の精神は、掲げた神器に吸い込まれていく。
 桜は、邪心竜が神器に吸い込まれたのを感じた。
「滅せよ!!」
 桜は神器に蓋をして蓋にお符を張った。符は金色の光を発して、神器に張り付いた。
「これでいいのよね」
 セリリアからの返事はなかった。
 桜は神器を地面においた。
 桜はセリリアの所に駆け寄った、セリリアはすでに息を引き取っていた。
「セリリア? ごめんね!! ごめんね!!」
 桜は泣いた。
 その後ろで、神器が震えていた。完全に封印するには、符の光が消えるまで、霊力を流し込まなければならなかったのだ。
 桜もそれは知っていたが、リリアが心配で、完全に封印するまでは待っていられなかった。セリリアのそばから離れる気はしなかった。。
 もしも封印が解けても、また神器に閉じこめればいい。
 いまは、僅かの間でもセリリアのそばにいたかった。
「スモモは私が立派に育てるから……」
 背後で爆発した。
『フハハハ!! 詰めが甘いな若月の巫女!!』
 桜が振り向くと、粉々に割れた神器と空に舞う邪心竜の精神があった。
「ごめんねセリリア、セリリアのおかげでせっかく邪心竜を封印できたのに!!」
 桜は神器の所に行った。
「神器が!」
『神器は粉々に砕け散った。どうする気だ?』
 桜は霧を払うように、邪心流に向かってお祓い棒を振り回した。霊力を放った。
 だが、実体のない邪心竜にを斬ることは出来ない。
 こうなったら、あれしかない。
 桜は覚悟を決めた。
 若月の巫女は、イタコの様に肉体に他の者の魂を吸い込む能力を持っている。
 だが吸い込んだ魂に体を乗っ取られる事となる。そこで己の肉体の代わりに魂を吸い込ませる道具、「神器」を作らせた。
 巫女の吸引の力を使い、神器に邪心竜の精神を集める。これが封印だ。
 神器からは、まだ邪心竜の精神が立ち登っている。桜は霧のような邪心竜の精神に、自分の体を重ねた。
 桜は念を込めた。
 自分の中に、邪心竜の精神が吸い込まれていくのが解る。
『馬鹿が! 神器の代わりに、みずからの肉体を使うつもりか?
 ならばそれもいいだろう。貴様の体を私が操ってやろう!』
 車の中で遠くから見守っていた梅雄も、絶えきれずに車から出て桜の所に駆け寄る。
「来ないで!」
 桜は言った。
 体が痺れてきた。
 邪心竜が体を支配して来たのだろう。
 足を動かした。感覚はほとんどなく、動きは鈍かった。
 そろそろ限界が近いと悟った桜は、岩の縁に向かって歩いた。
「あなた! スモモと、桃太郎をお願いします」
 振り返ると桜は言った。
 ほほが濡れる感覚から、自分の顔に涙が流れているのが分かる。
 顔がひきつるように痺れていたが、むりやり笑顔を作った。
 もう、腕も動かない。足も動かない。
 体の感覚が無くなっている。
 これ以上生きたら、体は邪心竜に乗っ取られるだろう。
 桜は頭を後ろに反らした。
 後ろに倒れる。
 桜の考えていた通り、桜の体は岩の縁から海に落ちていった。
 激流が桜を呑み込む。
 次の日。晴れた空と、穏やかな海が、邪心竜がいなくなった事を教えていた。

               §

「そうだ。あの時は捜索隊を出して桜の遺体捜したが、結局見つからなかった」
 梅雄は言った。
「私も最後だと思った……だが」
 竜姫は言った。


 第10話おわり / 第11話「ココロノツナガリ(4)」 につづく




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