魔法の巫女ももこ

第9話「ココロノツナガリ(2)」

作・JuJu



 海岸沿いの、木がまばらに生える丘。踏みつぶされた草が道となり、丘の中心に延びている。
 その道を、桃子と雛子を乗せた車が進む。道の先には古びた洋館が見える。洋館の前で車は止まった。
 プロフェッサーKと、桃子と雛子をかついだナメクジ男が車から降りて、洋館に入っていく。
 洋館は静かで誰にも邪魔されずに研究が出来、大量の書籍を置けるため、プロフェッサーKが研究所として使っていた。
 昔であればときどき、研究に疲れたプロフェッサーK――その頃は北村と言っていたが――が、水平線に沈む夕陽を眺めながら、紅茶を飲んでくつろいでいる姿が見られただろう。
 だが今では、この洋館もただのカモフラージュに過ぎない。洋館の奧の階段を下りると、そこはオーフルの基地だった。
「桃子は牢屋に入れておけ、私は娘を竜姫様見せてくる」
 ナメクジ男は、プロフェッサーKに雛子を手渡した。
「離して! お兄ちゃんと離れるのは嫌。お兄ちゃんと一緒ならどこでも恐くないけど、お兄ちゃんがいなくなったら……」
「雛子ちゃん」
 雛子を無視してプロフェッサーKは司令室に向かった。雛子は逃げ出そうと手足を動かしたが、縄で体が擦りむけて痛いだけだった。
「邪心竜様、桃子を捕まえました」
「でかした」
 邪心竜は椅子から立ち上がった。
 プロフェッサーKは竜姫の笑顔を初めて見た。これだけでも、桃子を捕まえたかいがあったとプロフェッサーKは思った。
「離して! 離して!」
「静かにしろ。竜姫様の前だ。
 この娘ですが、以前ネズミ男が逃がしていまった桃子と親しい奴です。
 どうでしょう? 改めて桃子と戦わせて見ると言うのは」
「嫌だよ! あたしはお兄ちゃんは大好きだし、桃子ちゃんとはお友達だもん。絶対に戦わないよ!
 それに桃太郎お兄ちゃんは必ず、あたしを助けに来てくれる。信じてるもん!」
 竜姫は雛子を睨んだ。
 恐い。
 雛子は恐怖で動けなくなった。
 恐いけど、でも、この人って桃子ちゃんに似ている。
 恐怖の中で、雛子はそう思った。


               §


 梅雄が若月神社に戻ってきた頃には、夕方になっていた。
 湯沢からの長旅で疲れていた。家に帰ったら風呂に入りたいと思っていたが、家に明かりが点いていない。
 今日は桃太郎が炊事当番なのに、まだ帰っていないのか。これでは風呂どころか、すぐに飯にありつけそうにもない。
「桃太郎は何をやっているんだ!」
 梅雄の声を聞いたためか、スモモがやってきた。
 スモモは何かを必死に伝えようとしていた。
 いつも桃太郎のそばにいるはずのスモモがここにいると言うことは、桃太郎の身に何かあったに違いない。
「桃太郎に何かあったのか? まさか、邪心竜に負けたのか」
 スモモは頷く。
「負けたのか!?」
 とにかく今は事件をスモモから聞き出し、理解しなければならない。
「桃太郎……桃子は死んだのか?」
 スモモは首を横に振った。
 そうか……殺されなかったのか……。
 ――だが、なぜ殺さない?
 若月家の血筋を断絶する事こそ、奴の目的のはずだったはず。
 何をたくらんでいる邪心竜。
「桃子が今どこにいるか分かるか?」
 スモモは目を閉じて、匂いを嗅ぐように鼻を高く掲げた。しばらくしてうつむく。
「居場所までは分からないか。
 では、桃子が戦った場所を教えてくれ」
 梅雄とスモモは車に乗って、桃子が連れ去られた場所に行った。
 スモモは車から降りると、桃子がからめ取られたナメクジ男の唾液の所に行って吼えた。
「何だこれは、ネバネバするぞ?
 ふむ。こいつを浴びせられて身動きが出来なくなった所で桃子は拉致された。そうだな?
 家に帰ってこのネバネバを調べてみよう」
 梅雄がスモモを見ると、南に続く道路に向かって何歩か歩き出していた。
「あっちの方角に連れて行かれたんだな?
 早く助けたい気持ちは分かるが、家に戻って支度をするぞ。
 桃子を救出に行くんだ。大変な戦いになる、覚悟はいいな?」
 スモモは頷いた。
 梅雄は思った。
 本当に風呂にも入れなくなってしまった。さすがにこの歳で、湯沢から帰ってきてすぐに戦いは辛いな。
 だが、この戦いさえ終われば、平和が訪れる気がする。若月家にも平穏が訪れるに違いない。
 梅雄はそんな予感を信じて、休みたいと言う心を打ち消した。


               §


 梅雄は一度家に帰ってお茶漬けを食べたり、押入から大きなリュックサックを出したりと準備を整えてから、桃子が連れ去れたという方角に車で向かった。
 突然、スモモが吠えて、前足を上げた。
「桃子の居場所がつかめたのか?」
「ワン」
 スモモは桃子の居る場所をを羅針盤の様に指差していた。
 窓から潮の香りが入ってきた。地理から海が近い事は分かっていたが、こうして潮の香りを嗅ぐと、海に来た感じがする。
 家の間からチラチラと海が見える度に、スモモは喜びの声をあげた。
 梅雄はそんなスモモを見て、のんきな奴だと思った。あるいは戦いへの恐怖心を、少しの間でもまぎわらしたいのか。
「お前は本当に海が好きだな。
 そういえば、桃子達とここに来た事もあったな。あの時はイカだのタコだの怪人が出てきて散々だったが。
 なあスモモ。来年もここに来て、またみんなで泳ごうな」
 そうだ。桃子を奪い返し、みんなで生きて帰るんだ。
 目の前に海が広がった。
 スモモが、低い声で吼えた。
「この近くに桃子がいるのか?」
 梅雄は海沿いの道に車を止めて、車から降りた。
 満月と星が海を照らしている。静かな波音が聞こえる。
「この辺りか」
 梅雄は目を凝らして辺りを見回した。丘の中心に洋館が見えた。洋館は長い間手入れをしていないらしく、月明かりのせいか、先日見たホラー映画に出て来た、人を閉じこめる館を思い出させた。
「そういえば昔、北村が洋館に移り住んだとか聞いたな」
 ここに北村がいる可能性は高い。
 梅雄は車のトランクを開け、小さなリュックサックを出すとスモモに背負わせた。次に大きなリュックサックを出して自分で背負った。
「お前のリュックには神器を入れておいた。桃子がいつでも使えるように、肌身離さず持っていろよ?」
 梅雄は洋館に続く道を歩いていった。スモモが続く。
 洋館の扉を開けると足跡が奧に続いていた。
 梅雄が家の中を見ると、ティーポットやカップが並んでいた。
「間違いない。紅茶は奴の唯一の趣味だったからな。しかし、あれほど大切にしていた茶器が埃まみれとは、いったい何があったんだ?」
 スモモは目を閉じて、桃子の居場所を捜してから頷いた。ここに桃子がいる事に確信が持てたようだ。
 足跡を追って行くと、屋敷の奧に厚そうな鉄製の扉があった。
「鉄の扉? この先に一体なにがあるんだ」
 スモモが心配そうに梅雄を見た。
 梅雄は入り口を開けて入って行く。
「ワンワン」
「大丈夫だ、イタい目に遭うかも知れないが、ここは木村の研究所だったに違いない。木村もきっとここにいる。
 俺も北村と、じっくり話したいと思っていたしな」


               §


「プロフェッサーK様、侵入者です! 桃子と一緒にいた犬と男です。至急保安室にお越し下さい」
 司令室にナメクジ男の声が響いた。
「やっと来たか若月。
 その為に、あの犬をわざわざ逃がしてやったのだからな。
 竜姫様、客が来ましたので、ちょっと相手をしてをしてきます」
 竜姫は頷いた。
「では、失礼」
 保安室にプロフェッサーKは来た。
 何個も並んだモニターに、梅雄とスモモが映っていた。
「しかし、堂々と入り口から入ってくるとはな。奴らしい」
「捕まえて来ますナメ」
「いや。わざわざお客が来たんだ。私が直々に出迎えよう」
 プロフェッサーKは保安室から出ていった。ナメクジ男も後に続く。


               §


 司令室は雛子は竜姫だけになった。
 竜姫が近づいて来る。
 雛子は逃げ出したかったが、足を縄で縛られていて歩けない。
「こ、来ないで! あ……あ……アンタなんか、アンタなんか、桃子ちゃんが倒しちゃうんだから!!」
「お前が桃子を倒すのだ」
「そんな訳ないじゃない。あたしと桃子ちゃんはお、お友達だって言っているでしょう! 絶対戦わないよ!!」
「ふん」
 竜姫は、ヘビの様に床に転がっていた雛子を掴んで立たせると雛子を見た。
「雛子……と言ったな? 私の目を見るのだ」
 雛子は竜姫の目を見た。
 透き通る綺麗な黒い瞳。
 見ていると、頭の中がぼんやりとしてくる。
 ダメ! 目を見ちゃいけない! 目を閉じなくちゃ!
 だが雛子は、竜姫の瞳から目をそらすことも、目を閉じることも出来なかった。
「私は竜姫様の忠実な奴隷」
「私は……竜姫様……嫌! 誰がアンタなんか……に……」
「私は竜姫様の奴隷」
「……私は……ダメっ、頭が……竜姫様の……考えられなく……奴隷……」
「私は竜姫様の奴隷」
「わ……私は……竜姫様の奴隷……」
「竜姫様のご命令が私のすべて」
「竜姫様のご命令が私の……すべ……て……」


               §


 梅雄とスモモは地下基地の通路を歩いていた。
「なかなか立派な物じゃないか、なぁスモモ」
 スモモが立ち止まり、唸る。
 梅雄が廊下の先を見ると、プロフェッサーKが立っていた。
「スパイごっこは楽しかったかね?」
 後からナメクジ男が出てきて、ひかえる。
「やはりここにいたか北村。久しぶりに、お前と話したいと思ってわざわざ来てやったぞ。
 それと、俺の息子がお邪魔してないかな?」
「安心しろ。すぐに会わせてやる。やれ、ナメクジ男」
 ナメクジ男が唾液を吐くと、梅雄とスモモの体を包む。身動きが出来なくなった。
「わっ! 何だこれは? 桃子もこうやって捕まえたのか?」
「そうだ。桃子とて、私の造った怪人の前ではこんなものだ
 いいざまだな若月」
「これがお前の、友へ対するあいさつと言う訳か」
「友? 誰が貴様の友人だ。
 まあいい。牢にでもほおりこんでおけ」
「承知ナメ」
 ナメクジ男は、梅雄とスモモを持ち上げると、牢屋に向かった。


               §


「ここで大人しくしているナメよ!」
 ナメクジ男は梅雄とスモモを牢屋に放り込んで、鍵を掛けると行ってしまった。
「スモモちゃん? パパ?」
『桃子ちゃん。やっと会えたわ』
「待たせたな桃子。俺達が来たからには、もう大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃない!
 雛ちゃんは竜姫の所に連れて行かれたし、パパとスモモちゃんまで捕まったら、アタシはどうしたらいいのよ?」
「何、雛子ちゃんも捕まっているのか?
 雛子ちゃんも心配だが、ここから脱出するのが先だ」
 梅雄は鉄格子から外を覗いて、ナメクジ男がいないのを確認した。
「スモモ、例の作戦行くぞ」
 スモモは口で梅雄のリュックを開けると、中に入っているビニールの袋を喰いちぎった。
 梅雄が体を倒す。床にビニールの中の白い粒が散らばった。
 梅雄が寝転がって粒を体にまぶすと、少しずつナメクジの唾液が取れてゆく。
「すごい! ネバネバが取れてく」
「これは塩だ。
 ナメクジの体液は塩に弱い。
 いや実は俺が子供の頃ナメクジで遊んでいたら潰してしまったことがあってな。手にネバネバが付いて、いくら洗っても取れなくて困ったんだが、試しに塩でこすった所よく落ちたんだ。懐かしい思い出だよ」
「嫌な思い出……」
「まさか、子供の頃の思い出が役に立つとはな。さあ、お前達も」
 桃子とスモモも塩の上に転がった。体液が落ちていく。
「みんな自由になったな?
 次は桃子がナメクジ男の体液に当たらないことだ」
 梅雄は自分のリュックサックからパンサー・モモコのレオタードを取り出した。
「そこで桃子、パンサー・モモコに変身するのだ」
「素早く動けるパンサー・モモコのになって、身のこなしで唾液を避ける訳ね?」
「その通りだ! 分かったらナメクジ男に見つかるまえに着替えるのだ! 何をしている? さっさと着替えろ! さあ、早く脱げっ!!」
「・・・・・。
 スモモちゃん。お願い」
 スモモは頷くと、梅雄の顔に張り付いた。
「あ、こら! 着替えが見れないじゃないか!! おい!」
 桃子は梅雄に背を向けると巫女装束を脱いだ。ときどき振り向いては、梅雄に見られていないか確かめながらレオタードを着る。
「スモモちゃん、もう良いわよ]
「ちっ。残念」
「じゃ、反撃開始ね!」
 桃子はお払い棒で、牢獄の鉄の棒を次々と切った。
「さて……。
 ナメクジ男しか出てこないと言うことは、どうやら怪人はナメクジ男で打ち止めらしいな。
 放っておけば北村が怪人を造るだろう。怪人のいない今がチャンスだ。
 雛子ちゃんを救出して、竜姫……邪心竜の生まれ変わりを倒す。
 桃子、スモモ、覚悟はいいな。
 うむ。スモモ、竜姫のいる場所は分かるか?」
 梅雄の問いにスモモは頷くと、先頭に立って歩きだした。
 突然スモモが止まる。
『来たわ』
「パパ、後ろに下がって」
「ナメ? お前達!? どうやって牢屋を抜け出したナメ!
 いや、それより俺のタンをどうやって取ったんだ?」
『タン? あれってタンだったの? 嫌ぁぁぁー!!』
「よくも、そんな物を浴びせたわね!?」
「もう一度浴びせてやるナメ!! カーッ、ペッ!」
 桃子はナメクジ男の体液を避けた。
「パンサー・モモコになったアタシは早いんだから!!」
「うーん。これでは生け捕り出来ないナメ!!
 では作戦変更ナメ!
 今度の攻撃はどうナメ?」
 ナメクジ男は体液を吐いた。
 桃子はさっきと同じようにナメクジ男の体液を避ける。
 今度の体液は粘り気がないらしく、床や壁、天井に当たると跳ねたりたれたりして桃子の体に付着した。だが粘り気がないので、動きに支障はない。
「あなたの攻撃は見切ったわ! そろそろアタシから攻撃するわよ!?」
『桃子ちゃん! 服! レオタード!』
「えっ……?」
 桃子のレオタードに、所々に小さな穴が開いて、肌が見えていた。
「何これ!?」
 見ている内に、レオタードが溶けて桃子の胸とヘソが出て来る。
「今度のタンは服を溶かすナメ!」
『なんですって!』
「いいぞナメクジ男!」
「パパは黙っていて!
「お前の服を溶かせば、元の速さに戻るナメ!
 それからじっくりと捕まえればいいナメ!!
 新・ナメクジ男のタン! 味わうがいいナメ!! カーッ……ペッ!!」
「なんてエッチな体液なの! 絶対許せない!!」
「なっ……桃子の動きがますます早くなったナメ? 
 えーい、連続攻撃ナメ! カーッぺぺぺぺぺ!!
 あ、当たらない!?」
「最後よナメクジ男!!」
 桃子はお祓い棒でナメクジ男を斬った。
「ぐわわわー!! ナメナメ〜!! 竜姫様ぁぁぁぁぁーーーー!!」
 ナメクジ男は炎に包まれて、消えてしまった。
『あとは、プロフェッサーKと竜姫だけね』
「ちっ。どうせなら全身の衣装が溶けてから倒せばいい物を。
 やはり俺の好みとしてはだな……生地が薄くなって肌が透けて来て……」
「もうこのレオタードは使えないわね。巫女装束に着替えるからスモモちゃん、パパをお願い!」
「……恥じらう肌が桜色に染まり……な? また顔に張り付いてきた? おい……わぷっ!!」
 桃子は巫女装束に着替えた。
「ちっ、もう着替えたのか? つまらん。桃子も女の服に慣れてきたようだな」
 顔に張り付いたスモモを何とか剥がした梅雄は言った。
「次は邪心竜だな」
 司令室の前で、スモモは立ち止まった。
『ここよ。すごい……ここから強力な霊力を感じるわ』
 桃子達が司令室のドアの前に立つとドアが開いた。
 桃子が大きな部屋に入る。椅子に座った人影があった。堂々とした風格から、間違いない、奴が邪心竜だろう。
「あれが邪心竜……ママの仇。覚悟なさい!!」
 桃子が言う。
 だが、中に入ってきた梅雄は言った。
「桜!」
「えっ?」
 桃子は目を疑った。だが、梅雄の言うとおり、椅子には桃子の母、桜が座っていた。
 桜は目を細め、桃子を睨んだ。
「巫女装束。お前が桃子か」
 桃子が微かに憶えている、母の声だった。
「私が邪心竜の生まれ変わり、竜姫だ」


 第9話おわり / 第10話「ココロノツナガリ(3)」 につづく





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