魔法の巫女ももこ

第7話 「写して! ももこ!(後編)」

作・JuJu



『桃子ちゃん。考えたんだけど、なんか話しがうますぎると思わない?』
 スモモは言う。
 翌日の桃子の部屋。
 桃太郎は土谷のスタジオに行くために、桃子に変身していた。
『土谷さん程の人がただ可愛いってだけで、突然そこら辺にいた娘をモデルにすると思う?
 ねぇ? 私も付いて行っていいでしょう? スタジオの玄関まででいいから』
「ダメダメ! 土谷さんは犬が嫌いだって言っていたでしょ?」
『私は犬じゃない……』
 桃子は思った。
 スモモを連れて行って、土谷の機嫌を損ねでもしたら大変だ。
 桃子は昨日撮ってもらった写真を取り出して見た。
 スタジオで撮れば、これより遥かに可愛く撮れる。
 土谷の声が頭の中に響いた。
 桃子はこのチャンスを逃したくなかった。
『……私は桃子ちゃんを守るために生まれてきた、桃子ちゃんの守護竜……。
 あっ、待って桃子ちゃん!』
 桃子はスモモを無視して部屋を出て行った。
『……桃子ちゃん……昨日から変だよ』

               §

「おじゃましまーす」
 桃子は土谷スタジオのドアを開けて入った。
 外は快晴で明るかったのに、ビルの中は真っ暗だ。
「土谷さんー、いらっしゃいますかー」
 返事はなかった。
 背後の扉がひとりでに閉まる。部屋は暗闇になった。
 後ずさりした。手がドアに伸びた所で、桃子は立ち止まった。
 ここで帰ったら、土谷さんに写真を撮ってもらえない。
「誰か……、誰かいませんか……」
 声は闇の中に吸い込まれていく。
「誰か……」
「桃子ちゃんだね?」
 暗闇の奧から声がした。
「よかったー。土谷さん、いらっしゃったんですね?」
「今明かりをつける。
 所で、あの白い犬は連れてこなかったね?」
「はい。土谷さんが犬が苦手だと聞いたので」
「そうか。ならいいんだ……」
 土谷の安心した声を聞いて、桃子はやはりスモモを連れてこなくてよかったと思った。
 部屋が明るくなる。
 土谷は階段のそばにいて、電灯のスイッチに手を伸ばしていた。
 桃子が窓を見ると、窓が板でふさがれていた。
「今日も可愛いねぇ!
 助けてくれたお礼もあるし、おじさんはりきっちゃうぞー!!」
 そうよ、土谷さんは助けたお礼に撮って下さるのよ。
 スモモちゃんも心配性なんだから。
 桃子はスタジオの二階に招かれた。
 階段を上ってドアを開けると、部屋のまん中には四角くて大きな台があった。
「じゃ、履き物を脱いでその台に乗ってくれないかな?」
 桃子が台に立った。
 上から横から後ろから、次々ライトが点いて桃子を照らした。
 土谷は何度もカメラのファインダーから桃子を覗いたり、カメラから目を離して桃子を見たりしていた。
(アタシ、本当にこれからモデルをやるんだ)
 桃子を緊張感が襲って来た。
「ん? 堅いね?
 慣れるために何枚か撮って見ようか?
 雰囲気をつかんでもらうだけだから、楽にして」
 いきなりポーズを取れと言われても困る。
 でも、しなければならない。
 桃子は小首をかしげて、微笑んでみた。
「はい、いきまーす」
 土谷はカメラを持つと、正面から桃子を写した。
 シャッターとフィルムを巻き上げるモーターの音が響く。
「はい、リラックスねー。肩の力抜いて」
 土谷は桃子の横や斜めに来てはシャッターを押した。
 一通り撮り終わると、フィルムをもって奥の部屋に入って現像する機械にかけて、また撮り始めると言う繰り返しだ。
 一本目の写真が焼き上がったので、土谷は桃子に写真を渡した。
 写真の中で、小首をかしげて微笑んでいる少女。
(これがアタシなんだ)
 昨日鏡の前で見た自分とは比べ物にならないほど可愛く撮れていた。
 黒い瞳は自分のことを見つめていた。僅かに微笑む口元は、可愛らしい声が聞こえてきそうだ。
「どう? ボクってやっぱりすごいでしょう?」
「はい! すごいです」
 桃子は心からそう思った。
「でね。ちょっと言いにくいんだけど……もっと可愛く写る方法もあるんだ。
 それには君の協力が不可欠なんだよ。どうかな? やってくれるかな?
 でも、ダメって言うだろうなぁ……。アレはさすがになぁ」
「もっと可愛くとれる方法……?」
「ヌードを撮りたいんだ」
「ヌード!?」
 スモモが言った通りだ。
 話しがうま過ぎると思った。結局アタシのヌードが撮りたいだけだったんだ。
「土谷さん。最初からそれが目的で……」
「違う違う!!
 そんなよこしまな考えじゃないんだ。
 そこまでモデルには困ってはない。
 ヌードでも良いから、ボクに撮って欲しいなんて人はいくらでもいる。
 いいかい? ボクはただ、君の綺麗な肌が撮りたいだけなんだ。
 嫌になら、撮るのをやめるよ?」
 土谷さんはうまいこと言っているけど、結局はヌードが撮りたかっただけ。
 写真なんてどうでもいい、このまま帰ってしまいたい。
 女の子なんだから、男の人に裸を撮られたら恥ずかしいに決まってる。
 え? 女の子だから? 本当は男なのに?
 そうなんだ、アタシは男なんだ。
 これは自分の体なんだから、自分の好きにして良いんだ。
 どうして今まで気が付かなかったのだろう?
 なんで昨日、鏡の前で裸にならなかったんだろう?
 桃子が裸でポーズを取る所を想像して、胸が熱くなる。
 脱いだっていいんだ。
 自分の体を見て、どこがいけないの?
 土谷さんの撮った桃子は可愛かった。
 桃子のエッチな姿も十二分に引き出せるはずだ。
 見たい!!
 桃子の最高なエッチな姿が!!
 でも、やっぱり、ヌード写真を撮るなんて恥ずかしい。
「大丈夫、フィルムも写真もみんな君にあげるから安心してモデルになって。
 僕がしたいのは、君みたいな素敵な人をを写したいだけなんだ」
 フィルムと写真はくれるという安心感が、彼女を動かした。
 なにより、桃子の中にある桃太郎の……男の欲望が勝った。
 今、ちょっとだけ我慢すれば、美少女のエッチな写真が手には入る。
 桃子は、目をつむって緋袴の帯をほどいた。
 袴が落ちていく感覚が、足から伝わってくる。
 心臓から血が全身に流れるのが分かる。耳に心臓の音が聞こえた。
「あっ、脱いだ衣装は画面に入るとじゃまだから、ボクが預かっておくよ」
 官能的なポーズを要求され、それに答える桃子。
 やがて、写真が出来上がる。
 さっき自分の取った、いやらしいポーズをしている写真の中の桃子。
 写真を見て、帰らなくてよかったと思った。
 帰って自分の部屋で桃子の裸を見たところで、土谷の写した写真ほど、いやらしくはならないだろう。
 頬を染めた笑顔。
 ねだっているような口元。
 小さな肩。
 わずかに膨らんだ胸。
 股間の恥丘の割れ目をさらけ出している少女。
 土谷さんは写真をくれると言った。
 欲しい! 桃子のエッチな写真をいっぱい!!
 写して! 撮って!! 桃子のエッチな写真!! いっぱい!!
 こんな可愛い娘が、笑顔で裸になっている。
 可愛い顔。裸の体。
 このすべてが俺の物なんだ!
 桃子の体は俺の物なんだ!
 桃子は自分の中に桃太郎の心……男の性欲が出てきている事に気が付いたが、もう押さえきれなかった。
 今、彼女の願いは一つ。桃子のエッチな姿が見たい。
 そこに、土谷さんではない、低い濁った声がした。
「エロ写真はいっぱい撮れたかタヌ?」
 突然、スタジオの奧のドアが開いて怪人タヌキ男が入ってきた。
「ごくろうだったな」
 怪人の後から、プロフェッサーKも入ってくる。
「怪人!? それにプロフェッサーKまで? キャーッ!!
 装束っ! お祓い棒っ! 無い? 無くなってる? どこ? どこにあるの?」
 そういえば、土谷に渡したままだ。
 桃子は体が隠せる物を捜したが、回りにはタオル一枚なかった。
「土谷さんっ! アタシの服を……」
 桃子が土谷を見ると、彼はプロフェッサーKに写真とフィルムを渡している所だった。
「プロフェッサーK様、どうぞお納めください」
「良くやったぞ、土谷!!」
「怪人に写真を!? 土谷さん、どういうことですか?」
「これさえ手には入れば、コイツはもう用済みタヌ!」
 タヌキ男がフンと気合いを入れると、土谷は気を失い倒れた。
 プロフェッサーKが言う。
「久しぶりだな、魔法の巫女ももこ。
 土谷はタヌキ男にお前のヌードを撮るように催眠術をかけられていただけだ。
 そうでなければ、誰がお前なんかのヌードなど撮りたがるか!?
 このフィルムを焼き増して、町中にばらまいてやる。
 これでお前は恥ずかしくてもう出てこれまい!」
「美しくなりたいと言う乙女心をもてあそんだの!? 許せない!!
 写真を返しなさい!!」
「ふん! 裸のお前に何が出来る?」
 真っ赤になって、腕で胸を隠すようにうずくまる桃子。
 腕に、桃子の肌の感触が伝わる。
 この体に……女の子の体に欲情していた自分。
 桃太郎の性欲に負けた為に、巫女装束もお祓い棒も奪われた。
 ヌード写真のフィルムはプロフェッサーKが握っている。
 全部自分の責任だ。
 何てことをしたんだろう。
 この体は、エッチな姿をする為じゃないはずなのに!!
 恥ずかしさと悔しさで、プロフェッサーKに背を向けて、ただ、うずくまる桃子。
 バカだ! アタシはバカだ!!
 スモモちゃんの忠告を聞いていれば良かった。
 スモモちゃんがそばにいてくれたら、怪人がいる事をおしえてくれたかもしれない。
 それなのに、アタシはスモモちゃんを邪魔者にして。
『桃子ちゃん! 聞こえる』
「スモモちゃん?」
『やっぱり怪人が居たのね? いま向かっているから、もう少しだけ待ってて!
「スモモちゃん。アタシ……アタシ……」
『ごめんなさい。実は私、どうしても我慢が出来なくなって。こっそり土谷さんのスタジオに来ちゃったの。
 そしたら怪人の匂いがして……博士を連れてくるために遅くなっちゃったけど、でも、ピンチには間にあったよね?』
「アタシ……」
 スタジオのドアが派手な音を立てた。
 鍵のかかったドアを破ってスモモと梅雄が入ってくる。
『桃子ちゃん大丈夫?』
「桃子、なんてカッコウをしているんだ!」
 梅雄は黙って巾着袋を渡した。
「早く着ろ。その間俺達がここを守る。なに、俺達だって、時間稼ぎぐらい出来る。なあ、スモモ」
 スモモは頷いて、梅雄の隣に立つ。
 桃子が巾着袋を開けると、パンサーモモコのレオタードが入っていた。
「ふはは! 相棒の犬が今頃登場したかタヌ?
 遅い! 遅すぎる!
 桃子のはずかし〜いヌードの写真とフィルムはプロフェッサーK様の手の内にあるタヌ!」
「ヌード写真だと?」
 桃子が着替えた事に気が付くと、梅雄は桃子の涙をハンカチで拭った。
「ヌード写真を撮られたのか?」
「パパ……、アタシの裸見て喜ぶと思ったのに」
「泣きじゃくっている娘を見て、喜ぶ親は居ない。
 戦えるか?」
 モモコは頷く。
「戦う?
 ふははは!! ヌード写真はプロフェッサーK様の手にあるタヌ。桃子、どう戦う気タヌ!!」
「プロフェッサー……K?
 K……。
 お前……もしかして北村か?」
「なぜその名を? ……若月!!」
 梅雄は見る。
 ヌードにされた少女、その写真をもって高笑いしているプロフェッサーK。
「お前、そんな事をしていたのか」
 プロフェッサーKは固まった。
「驚いたかタヌ!? すべてプロフェッサーK様のが考えた作戦タヌ!」
「変わったな北村。こんな事をするために、研究をつづけたのか」
「うるさい、私とて、したくてしている訳ではない! これは野望のためやむえなく……」
「小さな子供を捕まえて、ヌードにして、写真を撮って。
 それがお前の野望か?
 桜が生きていたらなんと言うか……」
「桜……。
 くっ……!! えーい、こんな物!!」
 プロフェッサーKは写真を破り捨てた。フィルムを手で丸めて捨てる。
「えっ!? プロフェッサーK様!! せっかくの切り札を?」
「うるさい!! うるさい!! うるさいっっ!!
 私は基地に帰る。タヌキ男。後は任せたぞ」
「北村! 逃げるのか?」
「おっと、プロフェッサーK様のご命令タヌ! ここから先には行かせないタヌ!!」
「パパ、スモモちゃん!! 退いて!!」
 梅雄達が振り向くと、そこには顔を真っ赤にした泣き顔の桃子がいた。ときどきシャックリをしている。
「許さない! 許さない! 許さないっっ!!」
 怪人は倒されてしまった。


               §


 プロフェッサーKは、オーフルの地下基地戻っていた。
 研究室の中心でうなだれて立っていた。拳が震えている。
「よりによって、若月の面前で……。
 こんな屈辱は生涯初めてだ!!
 桃子、若月! お前達は絶対にゆるさん!!」
 深く呼吸をすると、顔を上げた。
 その顔には先程の苦渋に満ちた表情は消えていた。
「いいだろう。
 桃子と若月には、最高の苦渋をなめさせてやる」
 プロフェッサーKの口元がニヤけた。


(次回予告)

 最終決戦が始まる。

「見つけたぞ、魔法の巫女ももこ!」
 桃太郎の前にプロフェッサーKが立ちはだかる。
「この霊力探知機{ソウル・レーダー}さえあれば、世界中のどこに居ようが、おまえを捜し出すことが出来るのだ」

 桃子と雛子を襲う、最強の怪人。
 秘密結社オーフルの基地に乗り込む、梅雄とスモモ。

 次回 魔法の巫女ももこ 第8話「ココロノツナガリ(1)」

「アタシ、負けない!」




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