魔法の巫女ももこ

第6話「写して! ももこ!(前編)」

作・JuJu



「もう後はないわよ! サル男、キジ男!」
 神石公園。夕陽を背に、桃子は二人の怪人と戦っていた。
 公園の中央にある池に、怪人を追いつめた桃子。
 彼女は護符に火のつけて、一枚ずつ怪人に飛ばした。護符は怪人に張り付く。
 桃子は怪人達に向かって、刀を振るうようにお祓い棒を振るった。
「破魔炎滅{ハマエンザン}!!」
 桃子のかけ声に合わせて護符から炎が吹きだす。
 炎はお祓い棒の動きに合わせて怪人を斬り裂いた。
「ぐわぁぁー!! やられたサルサルー!!」
「竜姫様バンザーイ!! キジキジー!!」
「ふうー。サル男とキジ男かー。アタシは改心して、仲間になると思ったのに」
『それじゃ昔話の桃太郎よ。それに私は犬じゃないって!!』
 犬にしか見えない竜の子供スモモはそう言って、黙り込んだ。
「どうしたのスモモちゃん? 犬って言われてスネちゃった?」
『霊力を感じるの。微かだけど』
「倒した怪人の霊力がまだ残っているんじゃない?」
『そうかも知れないけど、でも……』
「それよりさっきの人、大丈夫だったかな?」
 木の陰から男が出て来て、桃子に近づいてきた。
「いや〜、助かったよ。魔法の巫女ももこちゃん!」
「お怪我はありませんか? 怪人は倒したのでもう大丈夫ですよ」
「大したお嬢さんだね。そうだ! 君の写真を撮らせてくれないかな?」
「写真?」
「おっと言い忘れていたね。僕の名は土谷啓一郎{つちや けいいちろう}」
『あ本当だ!! 土谷さんよ!!』
「誰なのスモモちゃん?」
『世界的に有名なカメラマンよ!!
 ハリウッドの女優とか、スーパー・モデルを手がけている』
「そんなに凄い人だったんだ?
 でも、アタシのこの姿は……その……」
「僕の腕が君が撮りたくてウズウズしているんだ!! 強いだけじゃなくて可愛い!! 最高の被写体だよ!!」
『そーよ! 土谷さんに撮って貰えるなんて、こんなチャンス二度とないわ!!』
「あのね、いい? スモモちゃん。
 この姿は、そんな事のためにあるんじゃないの!
 それに、この姿を見て喜ぶのはパパだけで充分よ」
「ねぇ、頼むよ」
「ごめんなさい。アタシ、モデルとかはやりたくないんです」
「じゃ、せめてさ、ボクのスタジオに来てくれないかな?
 実はさっきキミが怪人と戦っている時に、何枚かキミを写したんだ。
 スタジオじゃないと現像できないし。
 君も気になるでしょ? どんな風に写っているか?
 あ、ボクのスタジオはそこね」
 土谷が指差した先には、小さなビルがあって、土谷スタジオと看板が出ていた。
(あんな看板、あったかなぁ?)
 桃子は神石公園はよく来ているのだが、あの場所にスタジオがある事は、いままで気が付かなかった。
『桃子ちゃん、行くわよ』
 桃子が記憶を呼び起こしていると、スモモに呼ばれた。
 土谷とスモモは先に進んでいたので、桃子は慌てて付いていった。
『ふふふ。ついにこの日が来たわ!!
 だいたい、私見たいな美人を放っておくのが不思議だったのよねぇ。
 これをきっかけに、私もアイドルとしてデビューね!!
 テレビのCMや広告のポスターにマスコットとしてバンバン出て……』
 夢心地で歩いているスモモの耳に、土谷の非情な声が入る。
「悪いけど、スタジオの中には犬を連れてこないでね。ボク、犬が苦手なんだ」
『!!
 ……なんだ、写したいのは桃子ちゃんだけだったのね……。
 いいわ。桃子ちゃん、いってらっしゃいな。私はここで待ってる』
 スモモはスタジオのビルの前に、うつ伏せに寝ころんでしまった。
 半開きの目で、恨めしそうに桃子を見ている。
 ここでスタジオに入るのを断ると、スモモに恨まれる。桃子はビルに入った。
「中は喫茶店みたいになっているんですね?」
「ああ、これはスタッフとか編集者とかと、打ち合わせする為だよ。
 スタジオは上の階にあるんだ。
 じゃ、すぐに現像しちゃうから、ジュースでも飲んでまっててよ」
 しばらく待っていると、写真が出来上がった。
 桃子は受け取ると、スタジオの外に出て、スモモと一緒に写真を見た。
 写真には、少女の可愛らしさと、戦う力強さを兼ね備えた女の子が写っていた。
「え? これがアタシ? かっこいい……」
『桃子ちゃん、可愛いわー』
 一枚目は桃子が怪人と見合っているところ。
 怪人を睨む鋭利なまなざし。微かに汗に濡れる額。長い黒髪が、夕陽を浴びて輝いていた。
 次のは、護符を目の前に持ってきて、霊力を込めている所だ。
 キリリと結んだ口元。つむった奧の瞳が、護符に向かって一心に向かっているのが分かった。
 最後のは、怪人を倒すために、お祓い棒を振っている所だ。
 高く飛び上がり、落下する勢いに合わせて、体重を込めてお祓い棒を斜めに振っている。
『はあ……。やっぱり土谷さんは凄いわ。
 私も撮ってもらいたかったなー。
 ねえ桃子ちゃん、モデルの件OKしちゃいなさいよ!!
 土谷さんならば、桃子ちゃんの魅力を引き出してくれるに違いないわ』
(本当に綺麗……)
 桃子は思った。
(桃子の姿ってこんなに可愛かったんだ。
 パパがアタシを見る理由が分かった気がする)
「どう? ボクって結構うまいでしょ?
 でもね。やっぱり一番大切なのは被写体なんだ。
 いいモデルでないと、良い写真は絶対に撮れない。
 その写真見れば、分かるでしょ?」
「……でも」
(どんなに可愛くても、この姿は嘘の姿。
 アタシの正体は、大学生の男の子、若月桃太郎。この体は邪心竜を討つための、仮の姿。
 桃子の体は観賞するための物じゃない。アタシはいつも、パパにそう言ってきた。
 ここで頷いたら、アタシはパパになんて言えばいいの?)
 土谷は言った。
「上のスタジオで、ボクの言うとおりのポーズをとってくれれば、これよりずっと綺麗なキミが撮れるんだけどなぁ?」
「え? もっと綺麗なアタシ!?」
(見てみたい!!
 もっともっと、綺麗になったアタシの姿。
 ……でも……でも……アタシの姿は……!)
 桃子が葛藤していると、土谷が言った。
「う〜ん。ごめんね。
 そんなに悩んでいたんじゃ、いい写真は撮れないよ。
 今日はもう遅いしさ。写真を見て検討してよ。
 それで納得したら、明日またここに来てくれるかな?
 待ってるよ?」
 桃子は必ず、明日ここに来る。土谷はそう確信していた。
 いままでボクの撮った写真を見せつけられて、モデルにならなかった女はいなかった。
 時間はかかっても、いずれ桃子はボクに写して欲しいと哀願してくる。
 腕に充分な自信を持っている土谷ならではの作戦だった。

               §

 秘密結社オーフル地下秘密基地。
 薄暗い研究室で、プロフェッサーKの声が響いていた。
「クックックッ。桃子め。今頃はワシの計略に、まんまと引っかかっている頃だな。
 若月家の巫女だろうと、女であることには変わりあるまい。
 そこを突けば、桃子といえども一溜まりもないはずだ!」

               §

 神石公園の子供達の遊具の陰に隠れて、桃子はお祓い棒を掲げて振った。
 桃子は桃太郎に戻った。スモモに綱を付けて、犬の散歩を装う。
 桃太郎にもどっても、写真の桃子の姿が消えなかった。
 彼は我慢が出来ず、公園のベンチに座ると、さっきの写真を出した。
 そこには、美少女が写っている。
(これが俺なんだ)
「桃太郎お兄ちゃん!」
 急に声をかけられて慌てて写真を隠す。
「あ! 雛ちゃん。いま学校の帰り?」
「スモモちゃんもこんばんは。ううん。塾」
 確かに雛子の持っているのはランドセルではなく、カバンをもっていた。
 雛子はスモモの頭をなでると、桃太郎の隣に座った。
「ねえ、桃子ちゃんってどこにいるの?」
「え!? なんで?」
「だって変態を退治した時から会っていないし。たまには一緒に遊びたいなと思って」
「……そうか。でも桃子は悪い奴退治に忙しくてこれないんだ。それが若月家の巫女の仕事だからな」
「なあーんだ。つまんないー」
「そんなに桃子に会いたいのか?」
「うん。お兄ちゃんだって桃子ちゃんの写真見てニヤけていたでしょう?」
「(やっぱり、見られていたか!)」
「いいんだよ。桃子ちゃん本当に可愛いもの。
 ねぇ。さっきの写真見せて」
 雛子に写真を渡す。
「わー。やっぱり桃子ちゃんって素敵。強くてかっこいいし、それだけじゃなくて可愛いし」
(俺って雛ちゃんから、そんな風に見られて居たんだ)
「わかった! また会えるように俺から言っておくよ」
「本当? 絶対だよ?」
「大丈夫だって」
(だって俺が桃子なんだからな)
 雛子と別れて若月神社に帰る。
 帰り道で、ときどきスナップ写真を取り出しては見た。
(この娘が、俺なんだ)
 顔がにやけてしまう。
 夜。
 スモモが寝たのを確かめてから、桃太郎は桃子に変身した。
 部屋の中で、全身が写る鏡の前でポーズを取って見た。
 袴みたいなスカートの裾を摘んでみたり、頬に手を当ててみたり、様々なポーズを取ってみたが、あの写真の魅力には適わなかった。
 そこには、いつも見なれている桃子がいた。
 確かに可愛かった。
 でも土谷の写真を見てしまった以上、この程度では満足できなかった。
 桃子は心の中から、もっと可愛くなりたいと言う欲望が出てくるのを感じた。
「スタジオでポーズを取ればもっと綺麗に撮れる」
 桃子はその言葉を思い出していた。
『え? 何!? どうして桃子ちゃんが? 怪人が出たの!?』
 部屋の隅で寝ていたスモモが目を覚ます。
「あ、起こしちゃってごめんね。
 ちょっと変身してみたの。
 別に良いでしょ? アタシの体なんだし」
『え? それはかまわないけど?
 こうやってお話もできるし』
 スモモは言った。
『でもその姿になるのって、厭じゃなかったの?』
「前まではね。でも今は桃子の姿もいいかなって思うの。
 あー。明日が楽しみだなぁ」


〈次回予告〉

 次の日、アタシは土谷さんのスタジオに行って写真を撮ってもらった。
 いままで気が付かなかった可愛いアタシがいた。
 もっともっと可愛く撮って欲しい。
「実はもっと可愛く撮れる方法があるんだけどなぁ……。
 でもアレはなぁ……OKして貰えそうにないしなぁ……」
 何々? アタシなんでもするよ?


 次回 魔法の巫女ももこ 第7話「写して! ももこ!(後編)」

 お楽しみにね☆






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