迷いうさぎの恩返し
 作・JuJu


◆ エピローグ

 ふふふ。わたしです。白ウサギのひかるです。

 いま、ご主人様に抱き締められています。幸せです。

 ふふふ。どうやらご主人様は、本当にわたしが成仏したって信じ込んでいるようですね。

 ですが残念でした。成仏というのは真っ赤な嘘です。

 それどころか本当に消えたのは陽子の心の方ですよ?

 エッチなことを繰り返した果てに、抱き締められたことで、ついに、完全に、陽子の心も体もわたしがうばうことができました。陽子のすべてはわたしのものです。

 ご主人様。確かに言いましたよね? 一度融合した魂は、二度と分離することはない、と。白ワインと赤ワインのようにって。

 …………。

 本当はこんな復讐をするつもりはなかったんです。

 いえ、正しくは違いますね。

 十年間、うらみをはらそうと日々ご主人様が故郷に戻ってくるのを待ち続けたのは本当です。帰ってきたら復讐してやる。その気持ちだけに縋って、長い年月を堪え忍んできました。でもご主人様にふたたび逢ってしまうと、そんな気持ちは一気に霧散しました。

 惚れた弱みって言うやつなんですかね。

 わたしは「帰ってきてくれたんだ。わたしの元に」という気持ちでいっぱいになりました。懐かしさや、好きだという気持ちで胸がいっぱいになりました。その時には、十年間持ち続けた怨みなど霧散していました。

 ご主人様のことが大好きになったのは、あの日のことです。

 あの日――ウサギが死んだ朝、クラスの誰もがわたしを非難します。

 くやしい。わたしだけが悪い訳じゃないのに。

 こうなれば自殺してやろう。おまえらなんか、わたしを自殺に追い込んだ負い目におびえながら一生後悔しつづければいいんだ。

 そう考えていた時です。世界中に味方なんか誰もいないと思っていた時に、ご主人様の声が耳に入りました。ご主人様だけはたったひとりで大勢を相手取り、「クラス全員の責任だろう」とわたしを擁護してくれました。

 わたしを守るためではなく、単に義憤からそう言ったのかもしれないし。……勘ぐるようですがもしかしたら保身のためになにかたくらんでのことかもしれませんけれど、とにかくわたしの胸ははげしくときめきました。

 ご主人様は気が付かなかった見たいですけれど、わたしはこの時よりもずっと前からご主人様のことをひそかに慕っていたのです。そのご主人様がわたしをかばってくれた。あの時は本当に嬉しかった……。

 それまでも好きでしたが、この瞬間、ご主人様はわたしの王子様になったのです。

 それでも死ぬ決心は変わりませんでした。

 でもこの時、死後もご主人様を愛し続けると誓ったんです。

 わたしはもしかしたら、復讐するために十年待っていたのではなく、もう一度逢いたくて待ち続けていたのかもしれませんね。

 幽霊となったわたしは、ウサギの姿でご主人様と一緒に暮らすことになりました。そのうちにわたしは、こうしてご主人様とこのままずっと一緒に暮らせればそれでいいと思うようになりました。

 そこでウサギの仮の姿から、本来のわたしの姿にもどりました。わたしの正体のことをご主人様に打ち明け、あの時のこともクラスメイトもすべて許し、これからさきご主人様と平和な日常を過ごそうと思っていたのです。

 わたしは自殺したあと、その場でさまよっていたクラスで飼っていた白ウサギの霊と融合して、こうして幽霊として甦ったこと。いままで十年恨み続けてご主人様に復讐をするために待ち続けていたこと。だけどいまでは、すっかりそんな気持ちは消えうせてしまったていること。わたしの唯一の願いは、このままご主人様と一緒に暮らしたいということ。人間の姿で不都合があるなら、今まで通りずっと白ウサギの姿でペットとして暮らしてもいいと言うこと。そんなことを、洗いざらい告白しようとしました。

 ご主人様の目の前で人間の姿になり、すべてのことをご主人様に話そうとした――その矢先です。

 あいつ……陽子が現れたのは。

 女の感というやつでしょうか。一目見た瞬間、彼女がご主人様の恋人になっていると分かりました。

 その刹那、わたしの心に新たな怒りが宿りました。

〈嫉妬〉です。ご主人様に恋人がいたなんて。

 許せませんでした。こればかりはどうしても許す気になれませんでした。

 わたしは十年以上もただひたすらご主人様を思い続けてきたのです。

 陽子なんかに、ご主人様を渡したりはしません。ええ、渡したりするものですか! ご主人様はこれからもいつまでもわたしだけのものです。

 彼女はわたしとご主人様の仲を邪魔者以外に考えられませんでした。

 そこでわたしは、彼女を恨み殺すことにしました。

 そしてこのとおり成功しました。

 ふふふ。なんとなく感じていたんですよ。陽子に憑依が出来るってことを。それにエッチなことをしていけば、わたしがこの体を乗っ取ることが出来るってことも。きっと、色情霊としての本能が教えてくれたんでしょう。

 ちなみに陽子の精神はもう二度と生涯目を覚ますことはありません。だってわたしがずっと表にいるんですから。陽子の人生はのっとらせてもらいます。ご主人様のおそばの場所は、彼女なんかには一瞬たりとも渡したりしません。

 彼女の心はわたしが表に出ている以上、もう二度と目を覚ますことはありません。彼女の心は……彼女は、今日死んだのです。

 ご主人様に嘘をついたのは心苦しく申し訳ないですが、ご主人様だってウサギを殺したのはご主人様だってことを秘密にしていたんだからおあいこです。

 でも心配しないでください。陽子の記憶を使って、生涯、わたしが陽子に成り代わって恋人である陽子を演じ続けて上げますから。だってわたしはご主人様のことが大好きですから、ご主人様を悲しませるようなことはしません。

「ふふふふ……」

 そう考えると、どうしても顔がにやついてしまいます。鏡がないのでわかりませんが、きっと体を乗っ取った陽子の表情は、それは邪悪にみちた微笑みとなっていることでしょうね。ご主人様に見られないように気をつけなければいけません。

 ウサギの命を絶ち、わたしの命を絶った、恨みのつのるご主人様。でもそれ以上に大好きなご主人様。本当に心から愛しています。だからこれからも、この体を使って愛し続けてあげます。

 ふふふ。大好きです。これからもすっと一緒ですよ。ご主人様。

「ふふふふ……」

(了)



あとがき














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