迷いうさぎの恩返し 作・JuJu ◆ 4 陽子は靴を脱ぐのももどかしく早足で僕の部屋に上がり込むと、ウサギにむかって駆け寄った。両手でウサギを抱き上げる。 「毛並みもフサフサー」 ウサギは逃げることもなく、体の力を抜いて陽子にされるがままになっていた。 「ウサギをペットにしたの?」 陽子がたずねてくる。 「玄関の前で衰弱して倒れていたから、エサをやって療養させているんだ」 アパートはペット禁止なのだが、看護するためにしかたなく置いていると話す。 「さすが獣医さんね」 「大学じゃまだ特別なことはやっていないよ。獣医としての勉強はこれからさ」 そのあともたわいもない会話をつづけ、陽子はウサギにあきたのかフローリングの床に下ろした。 そして陽子はウサギに背を向けて僕のほうを向いた。 ――と、その時だった。 まるでこの時を待っていたように、ウサギがふたたび人間の姿になる。 人間体型になったウサギは僕に対して妖艶に微笑んでから、両手を大きく広げて陽子に背後から近づく。 ゆっくりと舞いでも踊るかのように優雅に、正座をしていた陽子を背後から抱きしめた。驚いたことにウサギの女の子の両腕は陽子の体の体のなかに埋まってて行く。 「なっ!?」 それを見ていた僕は、あまりの衝撃に腰を抜かしそうになる。 まるで水中に腕を入れるように、彼女の腕は陽子の腕の中に埋まってゆく。 「うっ? ……ぐっ……!」 腕を入れられたとたん、陽子の顔がひきつった表情になり、彼女の体は麻痺したように硬直した。目をむきだし、口を苦しそうに歪めている。 ウサギ少女はそんなことをおかまいなしに、舌なめずりをするとさらに腕を押し込み、とうとう腕全体を陽子の中に埋めてしまった。 気を失った陽子の体が苦しそうに前のめりに傾く。あたまがうなだれ、髪が乱れてだらりと下がる。 ウサギ少女の動きは止まることなく、陽子の腰から生えるように残されていた右足をあげると、その足を陽子の右足の中にのめり込ませてゆく。 それから左足。 とうとうウサギ少女はその全身を、陽子に首から下を融合させてしまった。 うなだれ前に倒れている陽子の首の後ろから、残った首を出している状態でウサギ少女が、ひとなっつこい甘えた目で僕を見つめた。 陽子の体から首が生えている姿は、不気味にしか思えない。 僕が怯えていることに気が付いたのか、ウサギ少女は初めて口を開いた。 「安心してください。恩返しです、ご主人様!」 ウサギ少女が言う。初めて聞くその声は鈴のように可愛らしく透き通っていた。 「ご主人様はわたしが迷って行き倒れになっていたところを助けてくださいました。これはその恩返しです」 ウサギはさらにつづけて、楽しそうに笑顔で言う。 「安心してください。この人を殺したりなんてしません。たとえば呪いで衰弱死させるとか、そんなことはしませんから。ただこの人と融合するだけです。さっき言いましたよね? 恩返しだって」 そういうとウサギ少女は僕の返事も待たずに、最後に残った頭をうなだれた陽子の頭に重ねるように埋め始めた。 ウサギ少女が全身を入れ終わると同時に、陽子は前にのめっていた体を急激に起こし、今度は後ろに弓なり仰けに反らせた。 「うっ……うぎ……うががががががががが……!!」 陽子は白目をむき、口からは怪奇なうめきを発しつづける。 陽子の体が、ウサギ少女と言う異物にむりやり融合されて苦しんでいるのだろう。 陽子の体はふたたび前のめりに戻る。 やめろ!! と言うべきなのだろうが、あまりに異様な光景に僕はただ見ていることしかできなかった。止めることも、目を逸らすことも、できなかった。僕はただ見ていることしかできなかった。 * どのくらい時間が経ったのだろう。彼女の体にウサギが入り終わってから十秒か二十秒くらいか……。しかし僕にはとてつもなく長い時間に感じられた。 陽子は気絶していた人が気がつき目を覚ましたように、うつむいていた頭を上げると、なんども瞬きを繰り返す。そしてあたりを確かめるように左右を見渡した。 「あれ? わたし、うっかり寝ちゃってた?」 「え!? えっと……。あ……ああ。そうそう。疲れているんじゃないのか?」 陽子はウサギに取り憑かれたことに気が付いていないらしい。そこでどうにか取りつくろう。 「――ところでねえ武。この部屋、なんか暑くない?」 たしかに空調はしていないが、暑いとは思わない。九月の終わりの秋の空は晴れ渡り、気持ちのいい気候になっている。 とはいえ、個人差もあるだろう。 「それならクーラーをいれようか?」 と僕が言うと、陽子は首をふる。 「ううん。服を脱いで調節するからいい」 いうやいなや、陽子は着ていたシャツを脱いでブラジャーをさらけ出した。 「なっ?」 彼女は僕が驚きの声をあげながらみつめていることに気が付つくと、わずかにいたずらっぽい表情をして、つづけてズボンもぬいでいった。 つまり僕の目の前には、下着姿になった陽子が立っていたのだ。 「どうしたの武? そんな驚いた顔をして」 「いや、急に下着になったから……」 「別にいいじゃない、わたしたち恋人同士なんだし。むしろいままで、男女の仲で何もなかったのがおかしいくらいだよ」 昨日までの彼女だったら、絶対に言わないようなことを言いだす。 たしかに僕も、お互いにもう大学生なんだし、恋人同士なんだし、いいかげんもうすこし性に対して進展があってもしかるべきではないかとおもってはいた。しかし陽子は身持ちが堅く、性交渉はおろか、手さえ繋がらせてくれなかったのだ。そんな彼女がいきなり僕の目の前で服を脱ぎ出した。やっと恋人としての自覚が芽生えてきたのかと進展を喜ぶよりもむしろ、あまりに急激な心境の変化に焦燥するしかなかった。 「いままで武とエッチなことはしたことなかったけれど、興味はあったんだよ。雑誌とかネットとかで、武とするときのために少しはそのてのことの勉強だってしていたんだから。 そうは言っても、エッチなことなんてまだオナニーくらいしかしたことがないんだけれど……。ちなみにオナニーの回数は、週に一回くらいかな。高校生の頃に覚えたんだ。前回は、三日前。ムラムラしてきたから自分の部屋で――」 そこまで言ったところで、僕は彼女の声をさえぎった。 「お前は何者だ!!」 本来ならば陽子がどうかしてしまったのだと思っただろう。しかし僕は、さきほど陽子の体の中にバニーガールがのめり込んでいくところをこの目で見ていた。何かの幻覚かとも思っていたが、今では確信に変わっている。 「お前は陽子じゃない! さっきのバニーガールだろう! 正体をあらわせ!」 「あはは。やっぱり、ばれちゃいました?」 陽子は悪戯(いたずら)そうな、にやけた笑顔を見せる。 「お察しの通りわたしはウサギです。陽子に憑依しました」 「憑依って……。お前何者なんだ?」 「わたしは幽霊です。幽霊だから憑依した人の記憶を読めるんですよ。だから今いったこの人のエッチな秘密は本当ですよ」 そこまで言うといつもの陽子の表情に戻り「だからね武。こうして完璧に陽子のフリをすることも出来るんだよ」と言った。そのしゃべり方は、たしかに陽子そのものだった。 それから陽子はふたたびウサギの表情に戻って言った。 「ウサギはね、一年中発情期なんですよ。だからわたしはエッチなことが大好きなんです。 ご主人様だって、そんなエッチな女の子は好きでしょう?」 「そんなわけがあるか!」 「嘘を付いてもだめですよ。わたしはウサギの姿でずっとご主人様を見ていたんですから。この人とエッチなことをするのを想像しながら、何度も何度もオナニーをしていたじゃないですか」 それを見られていたとは。ただのウサギだとおもって油断していた。 「恥ずかしがることはないんですよ。わたしがその思いを叶えてさし上げます」 「叶えるって……」 「安心してください。わたしが表に出ているときは陽子の意識は眠っています。眠っている間は起きることもありません。だからわたしがこの体で何をしても、陽子は覚えていないのです」 「いったい陽子の体をどうするつもりだ!? なんのために、こんなことをしたんだ。ウサギの幽霊が、僕と陽子になんの恨みがあるんだ?」 「恨み……?」 その時初めて、憑依したときからずっと微笑(ほほえ)んでいた陽子の顔が醜く、まさに鬼のように変貌した。 ウサギ少女は言葉を続ける。 「わたしは殺されてからずっとずっと、この時を待ちわびていたんですよ。十年以上もの間……」 「十年……?」 「そうです。ご主人様の故郷で待っていれば、かならずご主人様は戻ってくると思って。 ご主人様に殺されて、霊として復活してから、ご主人様の故郷で待ち続けてきたんですよ」 「僕の故郷って、あの町か?」 僕は半年前に同窓会で帰郷した町を思い出していた。 「たしかに僕はあの土地で産まれて、十年前まであそこに住んでいた。だけど人違いじゃないのか。僕は人を殺したような覚えはないぞ」 「ほう? 人を殺したことがない……? そうですか。覚えてはいませんか。いや、しらを切っているのかもしれませんが。 いいです。ならば思い出させてさしあげましょう」 つづきを読む |