魔法少女はぬいぐるみ羊の夢を見るか?

作:JuJuさん




■第10話

「ようやく終わったのね」

 羊のポシェットの中で戦いを静観しいたルカが言った。ルカの入ったスマホはいつものようにポシェットから画面をわずかにのぞかせている。

「そうだな」

 目の前に倒れている、ぬいぐるみとなってしまった詩代を見下ろしながら洋司は返事をした。

「洋司。詩代を倒したし、これでお別れだね」

 ルカが言う。

「そういえば詩代を倒すのがお前の任務だっていっていたものな。詩代を追って地球まで来たとも。

 詩代がいなくなれば、ルカがこの星にいる理由はないか。

 ……故郷の星に帰るのか?」

「ううん。私に帰る場所なんて無い。あとは消滅するだけよ」

「消滅……?」

「初めて出会ったときに言わなかったっけ? 詩代を倒せば私の役割は終わるって。

 詩代が移住先の星を探すためだけに作られたように、私も詩代を倒すためだけに作られたの。

 だから私の体は、詩代を倒す任務が終了したら自動的に消滅するようにできているの」

「用無しになったからって、自滅させられるのか? そんなのって……」

「それが私たち有機的アンドロイドの運命なのよ。

 有機的アンドロイドはそれぞれ目的を持って作られる。

 そしてその目的のを終えたら――あるいは目的が中止やとん挫したら――有機的アンドロイドは消滅するように作られているの。

 私の母船も一足先にに自沈しているはずだわ。いまごろ地球の大気圏に突入してチリになっているでしょうね。

 しょせん、わたしたち人工生物ってそんな物よ。人の作ったその場かぎりのかりそめの命。それでもあなたに会えて楽しかったわ。

 いままで本当にありがとう。

 そろそろ私は消えるはず……。

 じゃ、バイバイ……」

 しかし、いつまでたってもルカに変化はなかった。

「?

 おかしいわね。もう消えていもいいはずなのに」

「もしかしたら、ルカはデーターとぬいぐるみに別れたから、消滅しなくて済んだんじゃないのか」

「んー。……あるいは……そうかもしれないわね。ぬいぐるみにされることは死と同然。だからわたしは一度死んでいるということなのかも。詩代が驚いていたように一度死んだ人間が二度死ぬことはありえないからね。そこまで私を造った人たちも考えていなかったのかも。

 とにかく本当の理由なんてわからないけれど、消滅しないですんだのは確かなようね。

 そんなわけで、これからもよろしくね洋司」

 こうしてルカは、これからも洋司と一緒にくらすことになった。



■エピローグ

 平日の午後のショッピングモールをふたりの女性が歩いていた。ひとりは大学生くらいの年齢で、もうひとりは高校生くらいだ。

 ふたりはモールを歩くお客たちの目を引きつけていた。

 季節は夏休みに入っていた。だから平日に高校生がモールを歩いていてもおかしくはない。

 ではどうして彼女たちは通行人の目を引きつけているのか。

 人々の目を引きつけている理由のひとつは、ふたりともかなりの美人だったからだ。

 とはいえ美しい女性がふたり並んで歩いているという理由だけでは、ここまで男性たちはもとより女性の目まで奪いはしなかっただろう。

 本当の理由は、美人ふたりは女同士でデートをしていることが、彼女らを取り巻く雰囲気から見て取れるからだ。

 しかも年上の大学生のほうが、年下の高校生に対して、腕をからませながら身を寄せて甘えていた。

「そんなにくっつくなよ」

 高校生の女の子が言う。

「でも麻績さんに体を寄せられて、うれしいでしょう?」

 大学生の女性が答える。

「くっつかれると暑苦しいんだよ、夏だし。ここ数日で急に夏らしくなってきたから、体が慣れていなくてよけいに暑いんだよ。

 それに今日はデートではなく、買い物に来たんだろう?」

 高校生の女の子は、大学生の女の子を引き離した。

 彼女たちの正体は、高校生の方が詩代のぬいぐるみを着た洋司で、大学生の方は麻績のぬいぐるみを着た夢緒だった。

 夏休みに入ったふたりはショッピングモールに買い物にきていた。

 ちなみにルカはやっぱりお留守番だ。


    *


 ぬいぐるみを着て変身することにすっかり魅了されてしまった洋司は、ぬいぐるみにして倒した詩代を着ることにしたのだ。

 ところがそこで問題が起こった。詩代の服を脱がせてみると、やはりブラジャーをつけていなかったのだ。

 詩代はたしかに胸が小さかったが、それでもこれから彼女に変身したときにブラジャーを着けていないというわけにはいかない。(実は当初、洋司はブラジャーしなくていいんじゃないのかと考えていたのだが、夢緒に「女の子になったらブラジャーをしないとだめだよ」と叱られたために着けることにしたのだ)
 ブラジャーの構造はけっこう複雑で、しかも女性の胸は繊細でありピッタリと合ったものでないといけないと夢緒が言う。裁縫の得意な夢緒でもそんなブラジャーを作るのは難しいというので、休日を使ってショッピングモールに買いに来たのだ。

 洋司はたとえ女の子の詩代の姿をしていても、ひとりでブラジャーを買うのは恥ずかしくてできそうになかった。

 そこで夢緒に買い物につきあってもらおうとしたが、「いくら女の子同伴とはいえ男のぼくがブラジャーを買うのを手伝うのはさすがに恥ずかしいよ」と却下された。

 さらに夢緒は、麻績が持っていたブラジャーではなく自分の好みのブラジャーが欲しいのだが恥ずかしくて買いにいけないことを告白した。

 そう。男性にとってランジェリーショップやデパートの婦人下着売場は神聖な不可侵の領域なのだ。

 結局女の子の姿で、しかもふたりで一緒ならば入る勇気が出るのではないかというわけで、詩代と麻績に変身して、そろってショッピングモールにブラジャーを買いに来ていたのだ。

 ちなみにショッピングモールに行くための詩代の服は夢緒に縫ってもらった。(さすがに詩代が着ていた宇宙人スーツを着て、家の外を歩く勇気はなかった)


    *


 ショッピングモールで歩いている途中、洋司は手を伸ばすと服の上から夢緒の胸を触った。

「もう。やめてよ」

「いいじゃないか、俺は巨乳が好きなんだよ。くるみも詩代も胸が小さくてつまらないんだよ」

 そこまで言ってから洋司は声を落とすと夢緒にだけ聞こえるように話した。

「それにその体はもともと俺の物なんだし」

「それはそうだけれど、今日はエッチなことをしに来たんじゃなくてブラジャーを買いに来たんでしょ? それにまわりを見てみてよ」

 夢緒にいわれて洋司はけげんそうに辺りを見まわした。男たちは目をそらしているもののその顔は真っ赤だった。同じように顔を赤くしている女性さえいる。

 それを見て洋司も急に恥ずかしくなってきた。洋司はおなじ男として彼らが何を考えているのか――つまりレズ同士のものすごくエッチな馴れ合いを想像しているのだろう――が手に取るようにわかる。

「わ……わるい」

 自分がいかにまずいことをしていたのかを理解した夢緒にあやまる。

「いいんだよ、この体を思いのままにして。洋司も今いったじゃないか、この体は洋司の物だって。

 ――ただしそれは、周囲にひとの目のないところでね」

 夢緒はいたずらそうに、それでいてやさしい笑顔でいった。

「わかったわかった。それじゃ、さっさとプラジャーを買いに行くか」

 詩代になった洋司が言う。

「うん」

 麻績になった夢緒がうれしそうに答えると、ふたたび洋司に寄り添った。

 洋司はため息をつきながらも、夢緒のさせたいようにして歩いた。

 女の子のぬいぐるみを着た洋司と夢緒は、熱い女同士の恋人姿を周囲のに見せつけながらショッピングモールの人混みに消えていった。

【おわり】



--- クランクアップ!  2018年12月29日 ---







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