魔法少女はぬいぐるみ羊の夢を見るか?

作:JuJuさん




■第9話

「ただいまルカ」

 夢緒とのデートが終わり洋司が自宅の自分の部屋に帰ると、消えていたスマホの画面が明るくなりルカが現れた。。

「あ、洋司。お帰りなさい。

 ちょうど良かったわ。さっき私の母船から詩代の観測データーが送られてきたの。そのデーターと私の計算を合わせて考えると、今夜あたり詩代が母船から戻ってくる確率はかなり高いわ」

「詩代が来るのか!?」

 洋司はいそいでタンスから魔法少女のぬいぐるみを取り出して出撃の準備を始めた。

 そして洋司が着ている服を脱ごうとしたところでルカがとめる。

「人の話は最後まで聞きなさいよ。今夜っていったでしょう? 私の計算が正しければ深夜の二時ごろ地上に戻るはずだわ」

 洋司は壁に掛けてある時計を見た。ちょうど午後八時になるところだった。

「まだ時間があるな……」

「デートしてきて疲れているでしょう? 少し休息を取ったら?」

「そうだな。だがその前に、戦いの準備をしておかないとな。夢緒とデートしている時に思いついたんだが、ちょっと試したいことがあるんだ」

 洋司はそう言いながら学習机の引き出しを開けて、中の物を探し始めた。

 夢緒から受け取って、ずっと学習机の引き出しの中にしまったままだったコンパクトを取り出す。

「夢緒。お前の力も借りるぜ」

 洋司はコンパクトを見つめながらつぶやいた。

 それから顔を上げ、小窓に近づくと星空を見上げて言った。

「詩代……今夜こそおまえを倒す。おまえの最後の日だ」

    *

 深夜。

 洋司はすでに自分の部屋で魔法少女になって準備を整え、ベッドの端に座って目を閉じていた。
 決戦への決意のあらわれなのか、あるいはもう何度も着たために慣れたのか、いままでの装飾過剰なドレスに着られていた洋司の姿はなかった。ドレスをすっかり着こなし、いまやどこから見ても本物の魔法少女そのものだった。

 彼はゆっくりと目を開くと掛け時計を見た。

 時刻は夜中の二時に近づいていた。

 わきに置いておいたスマートフォンに視線を向ける。画面の中で真剣な顔をしたルカが洋司に向かってうなづいた。

 洋司は返すように小さくうなづくと立ち上がり、スマホを肩に掛けた羊のポシェットに入れた。

 家族を起こさないように静かに玄関を出る。

 サラリーマンが多く住む住宅地は日中も人影がなったが、深夜になるとさらに静けさを増していた。家々の明かりはすでに消え、電柱に付けられた外灯がひっそり光っているだけだ。

 まだ初夏でしかも夜のためかそれほど暑くはない。風は吹いていなかった。

 洋司は空を見上げた。満月が浮かび輝く星々に満ちていた。

 理由はわからないが、詩代が洋司の家の周辺に出没することは過去の経験から判明していた。もしかしたら母船との連絡口がこの近くにあるのかもしれない。

 しばらくして洋司は詩代の姿を発見した。

 ここでノコノコと詩代の前に出ていけば、二度も光線を当てたのにぬいぐるみにならなかったことを疑問に思われ、魔法少女くるみに光線銃が効かないことに気づかれてしまうだろう。それではせっかくの怪光線に無敵という有利な立場が無駄になってしまう。

 そこで洋司は道路に横たわると目を閉じ、ぬいぐるみのふりをすることにした。そうして詩代を油断させようというわけだ。


    *


 やがて詩代が歩いてきた。

 さすがの詩代も地面に横たわる魔法少女くるみを見て、表情こそ変わらぬもののかなりの衝撃は受けているようだ。

「ぬいぐるみにしたはずの魔法少女が、どうしてこんなところに」

 詩代は足をとめ、警戒するように遠くから眺めている。

「地球人の誰かがここまで運んだ? 風に飛ばされてここまで来た? ――わからない」

 しばらくの間その場に立ちどまったまま推測を繰り返していたが、やがて結論が出たらしく詩代は洋司に向かって静かに歩き始めた。

「かまわない。それならば破壊すればいいだけのこと。

 この場で肢体を引き裂いてあげる。魔法少女、いまから自分の体がバラバラにされる恐怖に怯えるがいい。

 ふふ。……私としたことが、つい失言をしてしまった。ぬいぐるみになったあなたが恐怖を感じるはずもなかったわね」

 魔法少女くるみに変身した洋司は道路に横たわったまま目を閉じて、ひたすら詩代が誘い来るのを待っていた。

 耳を澄ませて彼女が近づいてくる足音に神経を集中させる。

 詩代が近づいてくることを感じながら、洋司は彼女に気づかれないように慎重にポシェットの中に入れている手を動かし、《切り札》が入っていることを確かめた。


    *


 詩代がそばに来たことを感じ取り、洋司は目を開いて素早く立ち上がった。

 目の前三メートルほどの先に詩代がいた。

 ぬいぐるみのはずの魔法少女がいきなり動き出したことによほど驚いているのだろう。彼女は洋司をけげんそうに凝視したままでその場に立ちつくしている。

(よし。うまく動揺させることが出来たようだ)

 先手を取った洋司は、とっさに詩代を観察した。

 どこから取り出したのか、彼女の手にはナイフが握られていた。しかもそれは普通のナイフより大きいサイズをしている。刃渡りは二十センチはあるだろうか。軍人が持つコンバットナイフと呼ばれるものによく似た大きなナイフだった。先ほど宣言していたとおりその軍用ナイフで洋司の体をバラバラにするつもりだったのだろう。

(やはり銃の他にも武器を持っていたか)

 すばやく敵の装備を確認しおわった洋司は、間をあけずに全速力で詩代に向かって駆けた。

 本来であれば詩代は手に持ったコンバットナイフを自在に扱って丸腰で向かってくる洋司の体をやすやすと引き裂いていたかもしれない。しかし、おののき体を硬直させている今の詩代にそんな余裕はなかった。

 動揺して動けない詩代に急接近した洋司は、スカートを大きく舞わせながら足を高く上げコンバットナイフを蹴り飛ばす。

 コンバットナイフは詩代の手から跳ね飛び、暗闇に消えて行った。

 手にしていた武器を無くしたことでようやく我に返った詩代は、あわてて腰に吊した光線銃を手に取ると洋司に向ける。

 それを見た洋司は、すばやく二十メートルほど後退して詩代との充分な距離をはかる。

 詩代は銃口を向けながら洋司に訊ねた。

「なぜ? 二度もしとめたはずなのに、どうしてあなたは何度も生き返ることができるの?」

 詩代はあいかわらずの無表情だったが、その声からは動揺の色がうかがえた。

 月明かりを背負いながら洋司が答える。

「私は不死身なのよ。

 あなたが何度私を殺そうと私は何度でも生き返ってあなたの前に現れてみせる。そして最後にはあなたを殺す。

 私が不死身だということが信じられない? ならば試してみればいいわ。その手に持っているものはなに? いままでのようにその銃で撃ってきなさいよ。どうしたの? ほら! 撃ってきなさいよっ!! ほらっ!!」

 そう言って洋司は、わざとゆっくりとした足取りで詩代に近寄っていく。

 さらに洋司は歩きつつポシェットから魔法のステッキを取り出した。

 片手に持ったステッキをもてあそびながら、じわりじわりと詩代に近づく。

「はやく私を倒さないと、この魔法のステッキで反撃するわよ?」

「馬鹿な! 不死身の体などあり得ない!」

 詩代してみれば何度も生き返る洋司が不気味なのだろう。確かに不死の生き物の存在などあり得なかった。だがその不死の生物が確かに目の前にいるのだ。

 洋司が自分に向かってくるのを見て、詩代はひるんだ。彼女の表情にはじめてハッキリとした恐怖が宿る。

 詩代はふるえる両手で銃を持ち、乱れるように洋司に向かって連続で撃ち続けた。まさに乱射だった。黒い怪光線は、洋司のほおをかすり、額に直撃し、腕や腹や足、身体のさまざまなところを次から次へと当たった。ところが光線を被弾しても、洋司の体は一瞬だけ点のように黒く染めるだけで何もなかったように掻き消えてゆく。

 大量の攻撃を受けたにも関わらず、洋司は余裕の笑みさえ浮かべながらのんびりと歩いていた。

 これほどの攻撃を受けても平然としている洋司に、詩代は驚愕した表情で攻撃の手をとめる。攻撃してもむだだと悟ったのか銃を持っている腕が力なくだらりと下がる。

「それじゃ、そろそろこちらからも攻撃をしようかしら?」

 洋司はそう言うと立ち止まり、もてあそんでいたステッキを握ると拳銃のように片手で構える。ステッキの先を銃口に見立てて詩代に合わせると、口元に微笑をたたえ引き金がわりにスイッチを押す。

《エネルギー充填開始》

 スイッチを入れられたステッキが声を発する。

 詩代はたまらず、道にそって後ずさりをはじめた。むだだと知りつつもふたたび洋司向かって銃撃をはじめる。

「来るな! 来るな! 化け物め! 化け物め! 化け物めぇぇっ!! 来るなぁぁぁぁっ!!」

 彼女は喉がねじ切れるように叫んだ。蒼白な顔に血走った目を剥きだしにして狂乱している。

 いままで表情の変化を見せなかった詩代が初めて感情をむき出しにした。あるいはロボットのように感情を持たなかった有機的アンドロイドの詩代が、初めて人の感情というものを会得した瞬間だったのかもしれない。

 痙攣(けいれん)のふるえのように引き金を引く詩代の指は、限界を越えるまで早まっていた。

 後ずさりをしつつ、詩代は必死に光線銃を発射する。

 異常な数を発射された怪光線はついに弾幕のごとくなり、洋司の姿を隠すほどになった。

 乱れ飛ぶ光線の流れ弾のひとつが、偶然洋司の魔法のステッキにも当たった。わずかな弾幕の隙間からステッキはこなごなに砕け散ったように見えた。

 魔法のステッキを破壊したことを確認するために、詩代はいったん射撃をとめた。

 攻撃をやめるとすぐに弾幕は消え、洋司の姿がハッキリと見えた。その手からはやはりステッキが消えていた。

 武器を失ったことで余裕の笑みを浮かべていた洋司の表情も真顔に戻ったが、今度は大きく腕をひろげてながらふたたび詩代に近づき始めた。

「そんな無駄な弾を撃つのはやめて確実にしとめたら?

 おすすめはここ。でもあなたに当てることができるかしら?」

 洋司は挑発するように薄笑いを浮かべるとステッキを失った右手を握って親指を突き上げ、その親指で自分の心臓をさししめした。

 左腕はさきほど広げたまま動かしてはいない。そのポーズのまま、洋司はさらに詩代との距離を縮める。

 魔法のステッキを破壊したことで少しは冷静さを取り戻したのだろう。武器さえなければ魔法少女など恐るるにたりぬとばかりに、詩代は後ずさりをやめた。その場にとどまり、深い息を吐き出してみずからを落ち着かせながら洋司の心臓に銃口の狙いをさだめた。

 詩代が引き金を引くのと同時に、とっさに洋司は広げていた左腕を下ろすと、その手を羊のポシェットの中に入れた。非常な早業でポシェットの中からあるものを取り出すと、それを胸の前に当てる。

 胸の心臓の前に当てた洋司の手には、ふたを開いたコンパクトが握られていた。夢緒からもらったコンパクトだ。

 コンパクトにはめられた鏡は、洋司の心臓めがけて撃ってきた怪光線を反射した。

 鏡に反射された光線は、銃を撃ってきた場所に戻っていく。

「はっ……?」

 詩代が驚くよりも早く、彼女の全身を黒い光線が包み込む。

 逃げる余裕もなく、詩代は自分の発した光線を自分で浴びていた。

「きゃああああああああ!!」

 怪光線を発する光線銃は爆発し、詩代も断末魔を上げながら地面に倒れた。


 こうして死闘の末、魔法少女くるみはぬいぐるみ怪人詩代を倒したのだった。








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