魔法少女はぬいぐるみ羊の夢を見るか? 作:JuJuさん ■第4話 「あの人も詩代にぬいぐるみにされたみたいね。かわいそうに」 「ああ」 ポシェットから顔をのぞかせているルカに生返事を返しながら、洋司は地面に横たわる麻績を無念そうにながめていた。 「詩代もいないみたいだし撤収しましょう」 ルカに言われて洋司は我に返った。 閑静な住宅街といっても通行人がまったくないわけではない。フリフリドレスを着た魔法少女姿を通行人に見られたら大変だ。めずらしく見られるくらいならどうにか堪えればいいが不審者だと思われてはたまらない。なによりぬいぐるみにされた麻績を人に見られるわけにはいかない。 「麻績さんは、どうしよう」 洋司が問う。 「このまま放置するのはいろいろまずいわね。洋司の家に回収しましょう」 ルカが答える。 「やっぱりそれしかないか……」 麻績が失踪し代わりに麻績そっくりなぬいぐるみが道路に捨て置かれていたら、まちがいなくいなく大きな騒ぎになる。ルカの言うとおり、ここは洋司の家に持ち帰って隠すしかなかった。 今の洋司は十代前半の小学生の姿なので大学生の彼女の体はやたら大きく感じられ、この体で彼女の体を運ぶのは一苦労だった。ぬいぐるみなので軽いのがせめてもの救いだ。 洋司はどうにか人目につかずに、麻績のぬいぐるみと彼女のカバンを家に持ち帰ってきた。 両親が共働きで夜まで帰ってこないので家の中に入れてしまえばもう見つかる心配はない。 とはいえ念のために、洋司は自分の部屋まで麻績を運んだ。 * 部屋に戻った洋司は、装飾過剰なフリフリドレスを脱いで裸になってから、さらに魔法少女のぬいぐるみを脱いで元に戻った。 部屋に脱ぎ捨てられていた自分の部屋着を着ると人心地ついた。 「それにしても詩代って何者なんだ」 洋司はルカに質問した。 「そうね。洋司も知って置いた方がいいと思うから彼女のことをくわしく説明しておくわ。 詩代を作った星では核戦争が起きて、ほぼすべての人は死滅したの。互いに殺し合って星まで滅ぼすなんて馬鹿な話よね。人工物である私がいうのもなんだけど。 それで、わずかに生き残ったその星の人たちは、核戦争の放射能でとても住める環境でなくなった星を捨てて新しく住むための星を求めた。 そのための計画として有機的アンドロイドを作った。 その有機的アンドロイドこそ詩代よ。 詩代は移住できる新たな星の探索および原住民の排除を命令された。 わずかに生き延びた一握りの人類を救うという希望と使命をおびて、詩代は一足先に宇宙に飛び立った。人間と同じ構造をしている有機的アンドロイドが降り立てる星ならば、人類が住める星だという証明にもなるしね。 ところが詩代の星の人類は、移住可能な新たな星を発見する前どころか、詩代を一体宇宙に送ったあとすぐに力つきてしまった。 結局詩代を残して、彼女の星の人間は全員滅んでしまったのよ」 なるほど、と洋司は思った。 さっき詩代に聞いたときは分からない部分もあったが、これで合点がいった。 詩代は人の住める星を探すために作られた人造人間で、もしその星に人間がいれば移住するのに邪魔だから殺せと命令を受けている。 ところが彼女を作った星の人々は、詩代を送り出した後すぐに、最終戦争で兵器として使用した核の放射能で滅んでしまった。 それでも彼女は、任務の終了をうけていないために造り主の命令通りどこまでも愚直に、宇宙の星々を渡り歩き新たな人間型の生命がいる星を探しだして、その星にいる人間を皆殺しにしている……といったところか。 そういえばさっき詩代に会ったとき、一度戦いの中で武器を失ったもののどこかの星であのSFビーム銃を手に入れて、新しい武器として使い、人間を見れば無差別にぬいぐるみにしているとも言っていたな。 「要するに詩代は殺人兵器として作られ、人間の住めそうな星を探しまわり、そんな星を発見次第司令に報告して、その星に住んでいるすべての人間を排除しろと命令されているというわけか。 そして、そのための手段が、どこかの星で拾ったぬいぐるみにする銃だというわけだな」 洋司は振り返って、その犠牲者であるベッドに横たえた麻績のぬいぐるみを見た。 「洋司。理解していると思うけれど一度ぬいぐるみにされた人間を元に戻す方法はないわよ?」 ルカが言う。 「念を押されなくてもわかっている」 洋司はベッドのそばまで歩くと、ぬいぐるみにされた麻績を見た。 「だったら洋司。これからどうしたらいいかもわかるわね。 このままでは魔法少女の活動に支障が出るわ。だから今日からあなたはその女性になるのよ」 「はあ!? どうして?」 「しかたないでしょう? 彼女が行方不明になったとなれば騒ぎになるわ。 そしてこの女の人はあなたと知り合いだったんでしょう? そのことはたぶん学校の友達とかは知っているはず。 とうぜんあなたにも容疑がかかる。 そこにあなたの部屋から消えた女性そっくりなぬいぐるみが出てきた。 ましてや、それが変身できるぬいぐるみとわかれは騒動ではすまなくなる」 「話が飛躍しすぎだ。大げさすぎる。第一どうして俺に容疑がかかるんだよ」 「はいはい。とにかく用心にこしたことはないわ。機密保持のためにも念には念を入れなきゃ。 それに私としてもなるべく詩代のことを秘密にしておきたいのよ。 ――そこで、その女性がなにごともなかったかのように、いままでどおりの生活をつづけているのが一番いいの」 「そりゃあ……まあ、そうだろうけれど」 「というわけで、あなたが女性のぬいぐるみを着て、彼女がまだ生きているフリをしてちょうだい。 私が女性のぬいぐるみを着れればいいんだろうけれど。見ての通り私はただのデーターになってしまったから」 「……俺が麻績さんのぬいぐるみを着て彼女の日常を続けろってことか……」 「そういうこと」 「魔法少女としての役割もあるのに。本来の俺と、魔法少女と、さらに麻績さんの三重生活かよ? 大変そうだな……。 やれやれ。愚痴をたれていたって始まらないか。麻績さんはもう、どうしたってもとには戻らないんだからな」 自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、洋司はようやく腹を決めた。 洋司はベッドの上に寝かせてある麻績のぬいぐるみの服を脱がしはじめた。洋司は自分がなんだかものすごくいけないことをしているように感じて、彼の心臓が激しく打つ。 「麻績さんの身体は、もう俺の物なんだよな。俺の物にしていいんだよな」 緊張に堪えきれず、洋司はルカにたずねた。 「ええ。そうよ」 (そうだ。ルカだって言っている。麻績さんの体はもう俺のものなんだ) 洋司はそう思いなおし、決意を新たにして服を脱がしつづけた。 裸にした麻績の裸体を見て、洋司の心臓はますます激しく打ち鳴った。 「ルカは小学生の容姿のツルペタボディだったからな。 こんなスタイルのいい女性の体が俺のものだなんて……」 洋司は裸の麻績を裏返してうつぶせにすると、彼女の背中を両手をつかんだ。その両手を思いっきり左右に広げる。麻績の背中は簡単に裂け、中から綿が盛り上がってきた。 洋司は麻績を着たい一心で、夢中で彼女の体に手を突っ込んでは綿を掻き出していく。 しばらくすると、洋司の部屋には綿を抜かれた麻績のぬいぐるみと山となった綿が残った。 (この綿は魔法少女の綿と合わせて夢緒に渡そう。 それよりも今は目の前のぬいぐるみだ) 洋司は麻績のぬいぐるみを着てみることにした。 中の綿を抜かれた麻績の体は平たくなりベッドに横たわっている。 洋司ははやる心をおさえながら、部屋着を脱いで裸になると、麻績のぬいぐるみをつかんで背中から足を入れた。 足をすべて入れ、腕も入れて頭をかぶると、魔法少女を着たときと同じようにぬいぐるみが肌に張り付く感覚がした。 変身が終了すると、洋司は部屋にある全身が映る姿見で自分を見た。 そこにはたしかに詩代にぬいぐるみにされたはずの麻績がいた。 あこがれの麻績の体を自分のものにできた喜びと、二度と本物の麻績には会えない悲しみが、なんとも言えない混ざり合いで洋司を襲った。 「やったわね。私の体は胸が小さくてつまんないって洋司いっていたものね。これで胸の大きな女の姿への変身ができるようになったじゃない!」 背後でルカが嬉しそうに言った。 「まあな……」 洋司は複雑そうな顔でそう答えた。 * ともかくこれからは、麻績としての二重生活(魔法少女をふくめれば三重生活)をしなければならない。 そう考えた洋司は、手始めに麻績のぬいぐるみを着たまま彼女のアパートに向かうことにした。 女性になった姿で外を歩くのは恥ずかしかったが、ありがたいことにアパートは洋司から近かった。 それでも心細かったので、麻績の持っていたカバンにルカの入ったスマホを入れて連れていくことにした。ちなみにルカにも外が見えるようにカバンからスマホを少しだけ外に出してある。ルカは地球人の生活に興味があるのか、外出するときは彼女が周囲の様子を見られるように整えてやらないとうるさいのだ。 麻績になった洋司が緊張をしながらアパートへの道を歩いていると、遠くから夢緒が歩いてくるのを見つけた。学生服ではなく私服を着ている。 「知っている人?」 足をとめた洋司にルカがたずねる。 「夢緒っていう俺の友人だ」 「あんなかわいい女の子と友達だなんて、洋司もすみにおけないわね」 「いっておくが、あいつは男だ」 「えー!?」 ルカが言葉を失う。 「間違えるのも無理もないが……。 いやそんなことより、どうしてここに夢緒がここにいるんだ?」 「夢緒さんがどこを歩いていてもいいじゃない。そんなの彼のかってでしょ?」 「もちろんそうなんだが、夢緒の家はこの近所じゃない。 そしてここは住宅ばかりで店とか遊ぶ場所なんてないぞ。夢緒のともだちもこの近所にはいないはずだし。 わざわざここに来る理由がないだろう」 「だとしたら、あなたに会いに来たのよ」 「たしかに今日の夢緒は俺が風邪をひいたと誤解して家まで送ってくれるほど俺のことを心配していたが……。 と言うことはもしかして、いったん自宅に帰って着替えてから、改めて俺の見舞いにここまで来たというのか? まったく、あいかわらずお節介というか。どういったわけか俺のこととなると見境がなくなるんだよな。心配してくれるのはありがたいが行きすぎだよ。 まあいい、うちに来ても留守ならば帰るだろう。 それより今問題なのは俺が麻績さんのぬいぐるみを着ていることがばれないかということだ」 ルカと話している間にも、夢緒は近づいて来ていた。 洋司は自分の正体がばれないかあせりながら、夢緒とすれ違った。 「こんにちわ。麻績さんでしたっけ? また会いましたね」 「こ、こんにちわ夢緒くん。えっと……、今日はよく会うわね。どこに行くの?」 「洋司の家に行こうとおもって」 「やっぱり? ――じゃなかった……そうなの。でも彼の家は留守よ?」 「本当ですか? 風邪をひいているっていうのにどこにいったんだろう。とりあえず家に行ってみます。戻っているかもしれませんから」 「そう? それじゃまたね」 麻績に変身した洋司の対応はぎこちないものだったが、どうにか彼女の演技をやりきった。 「このぬいぐるみはすごいな。夢緒でさえ俺だと気がつかなかった」 洋司はぬいぐるみに変身することに自信を持った。 * 洋司は麻績のアパートに着いた。 ドアのノブに手を掛けて、鍵が掛かっていることに気がつく。 「鍵ならばカバンに入っているけれど」 麻績のカバンの中からスマホのルカが言った。 洋司はカバンから鍵を取り出すと、あらためてアパートのドアを開けた。 「お……おじゃましまーす」 麻績の部屋に入る。そのことが洋司を興奮させていた。 麻績の部屋にはいるのは初めてだった。いや年頃の女性の部屋にはいること自体、洋司にとって初めての経験だ。 「今日からここが俺の部屋になるのかぁ」 さっそくアパートの探索を始めようと靴を脱いで玄関を上がったところで、カバンに入っていた麻績のスマホが振動した。 「きゃあっ! 麻績の電子記録装置がふるえているわ!」 「ああ、それは電話の着信が来たことを知らせているんだ」 洋司はカバンの中に手を入れて麻績のスマホを取り出した。 画面を見ると、留美(るみ)という洋司の知らない人からの電話が来ていることを知らせていた。 出るべきだろうかと悩んだが、これから麻績として生きていくうえで電話は避けては通れない問題だった。 躊躇(ちゅうちょ)しつつ、洋司は画面の通話のボタンに触れた。 「はい、もしもし?」 『もしもし麻績? いきなり電話してごめん。急ぎだったんだ!』 やつぎばやに女性の声がいった。 「えっと……。急ぎって、どんな用?」 麻績の声で返事をする。 『私がモデルの仕事を探していることは知っているよね? 実はね……、ジャーン! やっとお仕事が取れたの。 男向けグラビア雑誌の水着撮影というのが、不本意というか、ちょっと気にくわないんだけどね……。 でも業界に顔を売るにはいいチャンスだと思ったから』 「よかったじゃない」 『それがね。ふたり一組のペアの仕事なのよ。 だから、もう一人の相手の名前を麻績にしちゃった』 「え?」 『ごめん! 勝手に決めちゃって本当にごめん! でもようやく取れた仕事なの。 それにグラビアのモデルになりそうなスタイルのいい友達って麻績しか思いつかなかったし。 謝礼も出るし交通費も私が出すから。お願い、友達を助けると思って一緒に来て!』 「うーん」 洋司はとまどった。 (会話からさっするに、この留美って人は麻績さんと仲がいいらしい。そんな親しい友達と会って、しかも一緒にグラビア撮影をするなんて、ボロが出て俺が本物の麻績さんではないことがバレる可能性は高い。ここは断っておくのが賢明だな。それとこの留美って人とも、麻績さんの演技を充分にできるようになるまで距離を置いたほうがいいな) 洋司がそんなことを考えて依頼を断ろうとしたとき、麻績の友達である留美が言った。 『麻績の出たくない気持ちもわかる。私だってグラビアモデルなんてしたくないよ。水着で撮影なんて男のいやらしい気持ちを満足させるためにダイエットとかがんばって来たわけじゃないし。 それに自分で言うのも何だけれど、私もスタイルには自信があるし。顔だって悪くはないと思う。本当はちゃんとしたモデル業をしたいよ。 だけど現実はきびしくて、なかなかモデルの仕事ってないのよ。 こんな仕事だって取ってくるのはけっこう大変だったんだよ? 書類審査とか面接まであって。ようやくつかんだ仕事なの。 ここでコネを作っておけば、ゆくゆくは同じ出版社で出しているファッション雑誌の読者モデルとして採用されることがあるかもしれないし……。 ほかに頼れる人がいないの。ね? おねがい!』 留美は本当に困っているようだった。その気持ちが声を通して伝わってくる。それに自称とはいえ美人でスタイルのよい女性に必至に頼まれれば、断ろうとしていた洋司の心も動く。 (困っているようだし。なんだかかわいそうになってきた。 あのぬいぐるみならば、外見からバレないことは夢緒で立証ずみだし。 グラビアモデルの仕事かぁ。そんなことが自分にこなせるのかわからないけれど……まあ麻績さんのスタイルのよさがあれば大丈夫かな。 ――それに、俺も麻績さんの水着姿がグラビア写真で見られるのってちょっと興味があるし!) そう思った洋司は返事をした。 「しかたないわね……。わかったわ、一緒に出て上げる」 『ありがとう! じゃあ、撮影はつぎの日曜日だから。朝十時。駅前で落ち合いましょう。 よろしくね! 私は監督にOKを出してくるから!』 一方的にそういうと、留美は通話を切ってしまった。 |