魔法少女はぬいぐるみ羊の夢を見るか?

作:JuJuさん



■第3話

「ところで、君の名前はなんていうんだ?」

 洋司がいった。

「私たち有機的アンドロイドに固有の名前はないわ。あるのは製造番号だけ。ぬいぐるみ怪人っていうのも私が勝手につけただけだし」

 魔法少女が答える。

「名前を持っていないのか。宇宙人ってかわっているな。

 でもこれから俺が魔法少女として活躍して行くためには名前が必要だ。無名の魔法少女なんて聞いたことがない」

「そんなものなの?」

「俺が名前をつけてやるよ。

 そうだな……。魔法少女のぬいぐるみだから……くるみ。魔法少女くるみとかどうだ?」

「ちょっと安易じゃない?」

「そうか……? でもこれなら可愛いし、我ながら魔法少女にピッタリなネーミングだとおもうぞ? けっこう自信作だ!」

「くるみ、ねぇ……。まあ、もうその体はあなたのものなんだし、好きな名前をつけたら?」

「ではつぎに、君にも名前をつけてあげよう」

「え、私!? べつにいらないわよ」

「名前がないと俺が呼びづらいんだよ。君だっていつまでも君呼ばわりはいやだろう?」

「私はどう呼ばれようが気にしないけれど……」

「さっきのくるみを逆さにして……。ミルク! 君の名前はミルクというのはどうだ?」

「はいはい、好きにして。どうせ私に選択の余地はないんでしょう?」

「それじゃミルカで決まりだな!」

「まって! 私の名前はミルクにしたんじゃなかったの?」

「くるみとまぎらわしいからな。ちょっとアレンジしてミルカにしてみた。ちなみに愛称はルカな」

「はいはい。そうですか」

「ついでだから、ぬいぐるみ怪人にも名前をつけてやるか。少女だから詩代(しよ)でいいよな」

「洋司って、名前を付けるのが好きなのね」


    *


 次の日。

 ぬいぐるみ怪人の詩代(命名:洋司)が宇宙船に帰ったために、洋司にもつかの間の平和が戻っていた。

 洋司は詩代のことが気にかかっていたが、学生である以上学校に行かなければならない。
『宇宙人が地球を征服しようとしている。それを阻止する準備をするため、俺は学校を休みます』といったところで誰が相手にしようか?

 ゆえに、ふだん通りの日常生活もつづけなければならない。

 そんなわけで洋司は今、学校の教室で授業を受けていた。

 洋司の後ろの席にいる夢緒が肩を叩く。

 洋司は先生の目を盗んで後ろを見た。

 そこには、どこから見ても男子学生服を着た男装の美少女にしか見えない洋司の友人、夢緒がいた。

「何か用か?」

 洋司は声をひそめてたずねる。

「洋司。なにか心配事があるの?」

 夢緒も小声で返事をする。声変わりをしなかったんじゃないかと思えるほど女の子っぽい声だ。

「はぁ?」

「今日はずいぶんと思い詰めた顔をしているなって、ずっと気になっていたんだ……」

(……表情には出ないようにしていたんだが、するどいヤツめ)

 と洋司は思った。

「それに昨日は、メールもSNSも返事がこないし電話を掛けてもつながらないし」

 と夢緒。

 そうか、それで気になったのか。

 俺のスマホは魔法少女が改造しちゃったからな。

「すまん。スマホは壊れた。アスファルトに落としちまったんだ」

「えー? スマートフォンがないと不便でしょ? 放課後お店に行って修理してもらう? ぼくも部活休んでぼくもつきあうからさ」

「い……いや。あれは修理はちょっとむりなんじゃないかな。なにせもう別物みたくなっちゃったし」

「なになに? そんなにぐちゃぐちゃに壊れちゃったの?」

(ぐちゃぐちゃというか何というか、宇宙人が住み着いちゃっているし、あれはもはやスマホじゃないだろう)

 ルカに自分のことや魔法少女は秘密にしておいてくれと言われているので、洋司は適当にごまかすことにした。

「ま……まあ、そんなところだ。だから夢緒が部活をサボることはない」


    *


 夢緒はこの学校の手芸部に入っていた。そして女性ばかりの手芸部の中で唯一の男性部員でもあった。

 ふつうの男子ならば女の子に囲まれてハーレム状態なのだろうが、部活の女の子たちは夢緒のことを女友達同様に扱っていた。

 同様に夢緒の方も女の子たちのことを異性として意識している様子がない。

 じっさい夢緒はどこから見ても女にしか見えない容姿をしているために、手芸部の中にいても女の子としか思えない。男装した女の子が混じっているといったほうがしっくりくるくらいだ。

 手芸部の女の子たちが夢緒のことを女の子として扱っているのも納得できる話だった。

    *

 放課後。

 洋司は夢緒と共に、帰宅の道を歩いていた。

「だからスマホを壊しただけだって言っているだろう?」

「そうだとしても、今日は洋司の様子がおかしいよ。

 心配事がないっていうなら具合が悪いんじゃない? もしかしたら風邪でも引いているんじゃないの」

 洋司を心配した夢緒は手芸部を休んで一緒に帰っていた。彼は帰宅部の洋司を自宅まで送るといって聞かなかったのだ。

 ちなみに夢緒の家は、学校をはさんで洋司の家とは反対の方向にあった。

(家の方向だってまったく違うのに。どれだけ俺のことを心配しているんだよ)

 と、洋司はあきれた気分になっていた。


    *


 こうしてふたりで帰宅していると、道の向こうから麻績が歩いて来るのが見えた。

 麻績は洋司の近所のアパートに住んでいる大学生で、洋司のあこがれの女性だ。

 夏向きの薄手の黄色いシャツが似合っている。

 彼女の姿を見かけて、さっきまでふてくされていた洋司が一転して幸せそうな笑顔になる。

 そんな洋司の豹変を見て、今度は夢緒が少しばかりふくれた表情になった。

「麻績さん、こんにちは! これから大学ですか?」

「あら? 洋司くんこんにちは。そう、これからキャンパスにいくの。そちらはお友達?」

 そんな風に短い世間話をしたあと、麻績と別れる。

 麻績が去った後、ちょっとトゲのある声で夢緒がたずねる。

「洋司はあの女性(ひと)が好きなんだね」

「ば、ばかいうな! 相手は年上だし、日常会話以上のことは話したことさえないっていうのに」

 夢緒の言うとおり洋司は麻績に憧れていた。しかし単なる知り合いといった関係だったし、高校生の洋司など大学生のお姉さんが恋人として見てくれるはずはないので、洋司は高嶺の花とあきらめていた。

 やがて自宅近くまで来る。

「ここまで来れば大丈夫だから」

 迷惑そうな洋司に対し夢緒は食いさがる。

「ううん。ご両親が帰ってくるまで、ぼくが看病するから」

「だから風邪なんてひいていないし、親は深夜にならないと帰ってこないから」

「だったらぼくが夕飯を作って上げるよ。ちかごろ家庭料理にこっているんだ」

 それを聞いて意思とは関係なくおなかが勝手に鳴る。夢緒が料理が得意なことは知っているので食べたいという強い誘惑にかられたが、洋司はどうにか夢緒を追い返した。

「やれやれ。やっと帰ってくれたか」

 夢緒の後ろ姿が見えなくなるのを確認したあと、ようやく夢緒が解放してくれたことに安堵しながら自宅の玄関の戸を開けようとしたその時だった。

 女性の悲鳴が耳に入った。

 一瞬夢緒の声かと思ったが、方向が逆だ。

「この声はもしかしたら?」

 声には聞き覚えがあった。さっき聞いたばかりの声だ。

 洋司は声のした場所に向かって走り出した。

 駆けつけると、やはり声の主は麻績だった。彼女は道路にしりもちをついてふるえていた。何者かに怯えている。

 洋司は麻績の視線の先に目をやる。

 そこには、ぬいぐるみ怪人の詩代がいた。

 詩代は洋司のことを憶えているのかいないのか、感情のない表情からはまったく判断できない。

「また、あなた?」

 どうやら憶えていたらしい。

「どうしてここにいる? 母船に帰ってしばらくは戻ってこないんじゃなかったのか!? 詩代!!」

「シヨ?」

「俺がおまえにつけたコードネームだ。名前がないと呼び方に困るからな」

「シヨ……。この〈世〉の人間に〈死〉をあたえる……という意味で《死世》。私にピッタリね。気に入ったわ」

「なんだその《夜露死苦(よろしく)》みたいな当て字は。いまどき不良だって付けないぞ。

 死世じゃなくて詩代だ! 詩人の詩に君が代の代で詩代!!」

「死人の死?」

「詩人の詩!

 ――いや、いまはそんなことはどうでもいい!!

 お前にあったら聞きたいことがあったんだ! おまえを作った星の人たちも、お前に命令したその司令という人も、すでにこの世にはいないんだろう? 死んだ人にどうやって報告するんだ?」

「司令が亡くなったことは知っている。

 でも私は、任務を遂行してその行動を逐一司令に報告をするように命令されている。命令を止められるまで私は遂行を続けるだけ。

 それから先ほどの質問の答えだけど、サンプルとしたあなたがあまりにも戦闘力がないため、私は地球人は敵ではないと思った。

 しかしあの後、あらためて考えてみて計画が変わった。

 あなたはあまりに惰弱すぎる。異質なのかもしれない。そこでサンプルとしては不的確だったのではないかと考えなおし、もう数人サンプルを試してから司令に報告することに計画を変更した」

「俺が弱くてわるかったな!

 ……それで。おまえは命令を受けたから、それが中止されるまで続けているのか。ほんとうに体が人間そのものってだけで心はロボットなんだな。

 ならばもう一つ聞きたい。

 どうして俺たち地球人をぬいぐるみにしようとするんだ」

「司令から人間の住める星にいる先住人をすべて無力なな状態にしろと命令を受けている。私はその任務を忠実に遂行しているだけ。

 たしかに司令は亡くなったし、私を造った星も崩壊し人類は死滅している。でも命令は撤回されていない。新しい指示も受けていない。

 命令が取り消されていない以上、私は新たな星を探し、移住可能あるいは植民地になりそうな星であれば、その星にいる人間すべてを戦闘不可能な状態にするという任務を遂行しなければならない。

 それが私の使命だから。

 それがこの星の人間をぬいぐるみにする理由。

 また、この銃については私もよくわからない。

 任務の途中で武器を失ったけれど、ある廃墟の星で偶然この銃を入手することができた。戦闘不可能な状態にするのに有用だから使用しているというだけ」

「くそっ! あいかわらずの中二病で、何を言っているのかいまいちよく理解できないな。

 要するに司令から味方以外のすべての人間を殺せと命令されているため、その司令が死んでからも殺人を続けているわけか。

 そして、どこかの星で拾ったぬいぐるみにする銃で、俺たちをぬいぐるみにするつもりなのか」

「質問はもういい? これ以上むだな労力は使いたくない。

 あなたは攻撃力が皆無なことは立証済み。だからあなたにはもう用がない。邪魔だからどこへでも消えて」

 そこまで言うと、あとは洋司のことなど興味を失ったように無視し、麻績に向かって歩き出した。

「……助けて……。洋司くん助けて……」

 あこがれの麻績が、すがるような目で洋司を見ている。

 しかし今の洋司にはどうすることもできない。

 いったん自分の部屋に戻って魔法少女にならなければ、とうてい太刀打ちなどできない。

「麻績さん、まっていてください! かならず助けを呼んできます!」

 そういって麻績に背を向ける。

 麻績の絶望と失望のまざった視線を背中にいたいほど感じる。

「くっ!」

 胸の奥からヘドが出そうなほど悔しかった。

 おもわず涙が流れそうになる。

 麻績の視線を振り切るように洋司は走り出す。

 麻績さんは俺が助けを呼んでくるなどと言い訳をして、一人で逃げるつもりだと思っているに違いない。それも当然のことだ。彼女は俺が魔法少女だなんて知っているはずがない。いまごろ、まちがいなく俺を軽蔑しているにちがいない。卑怯者という声が今にも聞こえそうだ。くそっ、あこがれの女性ひとり守れなくてなにが男だ。

 洋司はそう思いながら必死に走った。どんなにくやしかろうが、いまの洋司には魔法少女になることが優先された。

(麻績さん……。魔法少女くるみになって戻ってくるまで、どうか堪えて下さい!)

 洋司は祈りながら、精一杯の力を込めて自分の家まで駆け去っていった。


    *


 洋司は乱暴に玄関の戸を開けると、大きな音を立てて階段を上り、二階の自分の部屋に入る。

 すると学習机の上に置かれていたスマホの暗かった画面が明るくなりルカの映像が出た。

「ふぁーあ。どうしたのそんなにあわてて」

 両腕を伸ばしつつルカがあくびをしながら言った。

「のんきなことを言っている場合じゃない。出たんだ、詩代が!」

「ええ? だって彼女は母船に戻っているはずでしょう?

 ……そうか、予定を変更したのね?

 大変! はやく魔法少女に変身して」

「言われるまでもない」

 洋司はそう言うと、学生服を下着まですべて脱いで裸になり、たたんでおいた魔法少女のぬいぐるみタンスからを取り出した。

 裸の魔法少女のぬいぐるみを着て、裸の魔法少女に変身する。

 それから魔法少女が着ていた服を急いで着はじめた。

 が、洋司は女物の服を着たことがなかったために着るのに時間が掛かった。あせればあせるほどうまく着ることができない。

「そこでスカートのホックをかけて。そう……そうじゃない! ああもう不器用ねぇ!」

「仕方ないだろう! 女物の服なんて着るのは初めてなんだから」

 ルカのアドバイスを受けながら、洋司はどうにか魔法少女の服を着おえた。

「あ、それからひとつ大切なこと!

 私のぬいぐるみを着ているときは、女の子の口調にして!」

「こんな緊急事態に何を言っているんだ!」

「だってそうしないと、怪人に変身していることをさとられるかもしれないわよ?

 一番いいのはすっかり私の口調にすることだけれど、まあ、女言葉だけでもいいわ」

「……くっ! ルカと討議している時間はないし言ってることも一理ある。はずかしいが、くるみに変身しているときは女言葉を使うしかないか」

 洋司はそう言いながら、羊のポシェットを斜めに肩にかける。

 ポシェットの中に、例の波動砲が撃てる魔法のステッキが入れてあることを確認し、ついでにルカがインストールされたスマホをつかむとポシェットにつっこむ。

「ちょっとちょっと! ポシェットに入れられたら周囲が見えないじゃない。これじゃ詩代と戦うときにアドバイスができないわよ」

「わかったよ。これでいいか」

 洋司はスマホの画面を、ポシェットから少しだけ出して、ルカが周囲をのぞけるようにした。

 それからルカの返事を待たずに部屋を飛び出した。


    *


 魔法少女に変身した洋司は、ぬいぐるみ怪人詩代とあこがれのお姉さん麻績がいた場所に戻ってきた。

 しかし、そこに詩代の姿はなかった。

 ぬいぐるみにされたのであろう麻績と、彼女の持っていた革製の小さなカバンが、ぽつんと地面に横たわって残されているだけだった。







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