※このたびは「REPLICA」をお読みいただき、まことにありがとうございます。 最後にハードディスクに残っていた『下書き』を公開します。 もちろんネット上にはあげていないので、これが初公開です。 下書きのためいろいろ不都合もありますが、ご了承の上でお読みください。 REPLICA(レプリカ) 作・JuJu 第16話「第三の選択(Ⅲ)」【下書き版】 治療を始めた頃は、副作用の影響はほとんどなかった。 病院の個室に鈴香の友人の女性が見舞い来た。だが彼女等は鈴香の元気そうな顔を見るとすぐに帰っていった。本当の病状を知らないので安心したのもあるのだろうが、おそらく俺達が同棲しているのを知っていて、二人だけになるように気を使っていたのだろう。 一週間位して、鈴香の知り合いが一通り顔を出すと、それ以降お見舞いはやんだ。 俺は病室で、鈴香のそばにただ座っていた。 鈴香の知り合いは今ごろ俺達は二人っきりになれる時間をつくっていると思っているのだろうが、現実には頻繁に病室に看護師やドクターが検診にやって来て、くつろげる様な状態ではなかった。 それでも、一日中鈴香と一緒にいられるのは嬉しかった。同棲をしていたが、これほど長い間一緒にいた憶えはない。検診の間にはわずかながら静かな時間があり、それは二人だけになれる時間であった。俺は鈴香の友人達に感謝した。 そんな日々が何日か続いた。 だが、平穏な時は長くは続かなかった。 突然鈴香が苦しみ出した。その日から、まさに闘病の日々が始まった。 鈴香は体が食物を受けつけず流動食も吐き出してしまうために、鈴香の栄養は点滴で栄養を打つだけになった。 その為、鈴香は目に見えて痩せていった。 あれほど綺麗だった肌のつやはなくなり、一日ごとにやせ細っていった。 ただ白い肌だけは、血の気を失いますます白く輝いていった。 このまま病状が進めば、やがて髪が抜け落ちて行くのだろう。そしてゾンビの様に骨と皮だけになり、黄色く濁った目だけがギラギラとしたそんな姿になってしまうのかもしれない。嘔吐を吐き、糞尿を垂れ流す。吐き出す物もなくなると、胃液をはき、胃液がでなくなっても、何も吐くものがなくても吐きつづけるのだろう。 その苦しみは、麻薬を打ってもほとんど効かない。 鈴香がそうなるのも時間の問題だった。それもたった数ヶ月後の事だ。 そうまでして耐えて、その先にあるものは死だ。苦しんで、死んでいくのをただ待つだけだ。 いっそ、無痛治療に切り替えるか? いや、そうしたら鈴香の寿命はますます短くなる。鈴香がこの方法を望んだのだ。勝手に鈴香の意志に逆らって鈴香の寿命を減らすような事は出来ない。 俺は自分の無力ぶりを憎んだ。 鈴香は今も病気と戦っている。 それなのに俺は、苦しみ、死んで行く鈴香を、ただ見守る事しか出来ない。 結局、俺はなんの役にも立っていない。 「なんて無力なんだ」 鈴香の寝顔を見ながらつぶやいた。 鈴香の寝顔はやすらかだ。 「無力……」 その言葉が引き金となって、アイツを思い出した。 「無力か、そういえば氷村にも言われたな」 氷村ならば、今の鈴香を助けられるかもしれない。いや、助けられるとしたら、あいつしかいない。 「待っていろよ、絶対に助けてやる……!」 俺は寝ている鈴香にそっとささやくと、病室を後にした。 * 俺はトミタに向かうタクシーの中で、氷室との過去を思い出していた。 あれは大学の頃の事だ……。 * 俺はトミタの研究室にいた。 大学生だった俺は、アルバイトとしてトミタの電子計算機部に入った。 もともと実家が資本家だったため、わざわざアルバイトなどしなくてもよかったのだが、仕事が面白そうだったので入ってみたのだ。 たしかに俺の目は正しかった。 トミタの研究室で俺の才能と知識は、まさに花開いたと言ってもいい。 大学生で、しかもアルバイト。そのくせすごい才能をもった奴がいる。 無論、実務や経験がないために、その能力は低かったが、それを差し引いても将来は凄腕の研究員になる。 噂は瞬く間に広がった。 その噂は当然俺の耳にも入った。俺は自惚れの絶頂だった。 そこに、トミタの心臓部といえる技術部から氷村が尋ねて来た。氷村がウワサを聞いて接触してきたのだ。 俺は、自信マンマンに腕を披露した。 だが氷村は、やはり噂は噂かと去って行こうとした。 俺は怒って、じゃあ、貴方はどうなんだと聞いた。 氷村はうるさそうにしていたが、俺があまりにしつこいので、ついて来いと言った。 IDカードを使わないと開かない扉の先には、人類の最先端と言える生命実験装置が並んでいた。 見たところ、他に人はいなかった。 氷村一人でこの設備を……いや、世界一というトミタのドール製造のトップが奴なんだ。 驚く俺の前で、氷村はその設備を楽々と操作していた。 「それじゃ久保田君、それを処理してみてくれ」 「え?」 「私は君を見学に連れて来たんじゃない。ここで仕事がしたいというから連れて来てやったんだ」 俺は設備のパネルを操作した。 なんだ、やってみれば簡単じゃないか。 だが、氷村に間違いを指摘される。 修正しろと言われるが、なかなか出来ない。 「こんな簡単な事がまだ出来ないのか?」 氷村は横から割りこんで、すばやく修正をする。 その後、氷村は俺を無視してモクモクと仕事を続けた。 「なんだ? まだいたのか? もう気が済んだだろう? ここでは無能な奴は用なしだ。邪魔だからさっさと帰ってくれ」 俺を一瞥してそう吐き捨てると、氷村は再びモクモクと作業を続ける。 俺は黙るしかなかった。 俺だって技術者だ、奴の能力は痛いほどわかる。 これが、ドールでは世界一を誇るトミタの研究員なのか? これが世界一の実力というものなのか? 今まで自分はこの分野では天才だと信じて疑わなかった。 だが、とんだ井の中の蛙だったわけだ。 将来を見越したトミタのシステムは表に出てないだけで、俺の目に見えない所でこれだけ進化していたのだ。 もちろん、俺も氷村の噂は聞いていた。変わり者と言うか、人付き合いの悪い人間だが、その技術はトミタでも屈指だという。さらに、ドールのために日々人体の研究(実は人体実験と言う噂が耐えない。トミタがもみ消していると言う)をしており、医療生体技術については、トミタどころか世界的にも突出した人間だという話は、あながち嘘ではなかった。 頭ではわかっていたが、悔しさは収まらなかった。 いままでで一番、悔しかった。 誰にも負けない自信があったのに、いとも簡単にその自信をへし折られてしまったのだ。 俺はそのまま、トミタを去った。 そして、もう二度とトミタの名も氷村の名も思い出したくなかった。 * そう、あの氷村ならば鈴香を助けられるかもしれない。 助けるのは無理でも、少しでも鈴香を楽にできるかもしれない。寿命を延ばせるかもしれない。 奴に頭を下げるのは癪だが、鈴香の為ならば、今はその程度の事は平気でできると思った。 −未完− |