REPLICA(レプリカ)
 作・JuJu


第15話「第三の選択(U)」

「上原様お願いです! 私の話を聞いてください。すべては私のためにしたことなのです。
 私の本体のために……」
「鈴香のため?」
 そうだ。久保田がこんな事をしたのには理由があるはずだ。
 マコトは二人の女性を見た。
 茜が責めるような悲しい目でマコトを見詰めていた。鈴香も怯える顔でマコトを見ている。
 自分が何をしたのか気がついた。
 心の興奮が一気に下がって行くのを感じた。
 マコトは振り上げていた腕を下ろした。
「俺は悪く無い!」
 マコトは自分にいい訳をする様につぶやいた。
「だが……理由も聞かずにいきなり殴ったのは、確かにやりすぎだったかもしれない……」
 マコトは興奮した自分の気持ちを吐き出す様に大きなため息をつくと、イスに体を放る様に座った。
「もう大丈夫だ」
「鈴香さん、久保田さんの手当てを」
「はい」
 鈴香は久保田を連れて、奥の部屋に行った。
「マコト……気持ちはわかるけど、とにかくまず、鈴香さんの話を聞いて見ようよ」
「ああ」
 沈黙が続いた。
 鈴香が部屋に戻って来る。
「それで、どうしてこんなことになったんだ? 理由を聞かせてくれ」
 マコトが落ち着い様子を見て安堵の色を見せていた鈴香だったが、話し始めてからまた顔の血色をうしないはじめた。
「……鈴香様は、イカロクルスでした」
「イカロクルス?」
「鈴香様を襲った病名です」
 鈴香はうつむいていた。本物の鈴香の知識を受け継いでいる為、本物の鈴香を襲ったその病気を、自分の事の様に感じるのかもしれない。
「イカロクスルは、DNAが突然異変を起こす奇病だ」
「マスター?」
 久保田が部屋に入って来た。
「ああ。俺なら大丈夫だ。口の中を切ったくらいで、あとはどうって事は無い。
 それよりも、話しを聞いてくれ」
 あわてて久保田によって来た鈴香を手で制して、久保田はマコトの正面のイスに座った。
「イカロクルスというのは遺伝子の異変により体が変形して、発病後半年程で死ぬ病気だ。
 ギリシャ神話のイカロスは知っているか?
 初めてドイツで発見された患者の背中が変形して、ふたつの巨大なブドウのようなコブが出来た。
 そのコブを鳥の羽の様だったので、こんな病名が名づけられたそうだ。
 この病気の治療法はない、死を待つだけの病気だ。
 すべては、この病気から始まったんだ」
 久保田は目を閉じて、話し始めた。

 *

「イカロクルス……?
 それは一体?」
 ドクターに呼ばれた俺は、病院の一室で鈴香の病名を聞いていた。
 鈴香とデートの途中、海岸を歩いていた時に鈴香が気絶した。鈴香はこの病院に運びこまれたのだ。
 ドクターはたんたんと、病気の説明を始めた。
「ええ。私も調べるまでは分かりませんでした。原因・正体不明の謎の病気です」
 ドクターが言うには、最近突然現れた謎の病気らしい。
 患者数は世界的に見てもわずかだが、ここ数年に突然発生したために医療界はちょっとした話題になっていた。
 その死亡率は、今までの病例では100%。すべて確実に死に至った。
「治療法は二種類あります」
 ドクターは言った。
 患部に放射線を当てる事で一時的に病状の進行を止められる。そこで薬と放射線治療を使って延命させる方法。
 これが一つ目の方法。
 ただしこの場合、劇薬の副作用で激痛がおそう。また大量の放射線を被爆させるため、吐き気、全身の脱毛、弱視が起きる。それでも、一年生きられればいい方だと言う。
 二つ目の治療法は、無痛治療。
 ドクターは治療というが、早い話が麻酔や麻薬、神経の切断などで病気の痛みを抑えるだけだ。こちらは苦しくない代わりに、寿命はよくて半年だと言う。
 激痛に耐えながら少しでも延命するか、それとも痛みを抑えて、その代償に寿命を縮めるか。
 その決断をこれから鈴香が決めなければならない。
 鈴香に両親はいない。父は幼いうちになくした。母は女で一つで育てた無理が祟ったのか、前年に亡くなっている。
 鈴香の母が亡くなってから、俺は鈴香を俺のマンションに連れて来て、俺達は同棲生活を始めた。
 鈴香が母が亡くなったショックからやっと立ち直った、その矢先の鈴香の病気だった。
 そして、そのどちらを選ぶか、それを告げるのが俺の役目だった。
 俺は病室に戻ったが、どうしても鈴香に切り出せなかった。
「どうしたの、黙り込んで?」
 鈴香は病人とは思えないほど元気だった。見た目だけならば健康に見えるだろう。ただ、異常に肌が血の気を失って白い。だが、それがますます鈴香の美しさをひきたてていた。
 この様子では、鈴香はすぐに元気になって退院出来ると思っているだろう。
 少なくとも、不治の病だなんて思うわけが無い。
 その姿を見て、久保田は思った。
(こんなに元気なのに、あと1年しか生きられないなんて……)

 久保田は鈴香を見た。
「鈴香、重要な話だ。よく聞いてくれ。
 ――実は……その……だな」
「やっぱり私の体はそんなに悪いのね? 隠さずに全部話して」
「!」
 俺は鈴香を見た。
 鈴香はそんな驚く俺を見て、イタズラそうに笑っていた。
「そうか。悟っていたのか。
 ならば、単刀直入に言う」
 俺は鈴香の病状を話した。そして、どちらの治療を取るか尋ねた。
 鈴香が、即答したのには驚いた。
 鈴香はたとえどんなに苦しくても、延命をしてほしいと言った。



 病室の戸が開いたと思うと、高志が思いつめた顔で立っていた。
 無表情な顔は、見ていて恐い程だ。
「鈴香、重要な話だ。よく聞いてくれ」
 高志は言った。
 まるでこの世の終わりだと言うような絶望感のこもった低い声で、私に重要な話?
 そうか……。医師から私の病状を聞いたのだろう。それは高志の心をここまで沈ませるほどに思わしく無いのだろう。
 高志がなかなかしゃべり出さないので、私は探りを入れた。
「やっぱり私の体はそんなに悪いのね? 隠さずに全部話して」
 高志はとても驚いた様だった。
 病室で、この状況で、そんな恐い顔で、しかも言いにくそうにしていれば、誰だって分かりそうなものなのに。
 高志を可愛いと思った。
 高志は私に二通りの選択をせまった。
 そうか……。私の命はあとわずかなんだ。
 なぜか、恐くなかった。と言うか、逆に知らされてスッキリした気持ちだ。
 昨日は自分の病気が何なのか気になって、ろくに眠れなかったなんてうその様だ。今日はよく眠れそうだ。
 高志が私を見ている。
 そうそう、選択の答えをいわなければならなかった。
 あまりに、当然の事なので、つい言うのを忘れてしまった。
 答えは決まっている。
 それがどんなに辛く苦しい物かは分からない。
 一応想像して見ているが、恐らく、こんな想像など比べ物になら無いほどの苦痛が私を襲うのだろう。
 それでもいい。
 私は一日でも長く生きられるように、延命処置を選んだ。
 たとえ一日でも高志のそばにいられるなら、高志と同じ世界で生きる事が出来る。
 その代償ならば、私はどんな想像で着そうに無いほどの苦痛にだって、耐えて見せる。
 だから高志、最後まで私のそばを離れないでいて欲しい。

 *

 その日から、闘病の日々が始まった。

(つづく)


■次回予告■

 氷村。
 このまま死を待つだけの鈴香を見て、久保田は彼の存在を思い出していた。
 氷村は医学に関しては天才的だが、極秘に人体実験を繰り返している等の噂の耐えない、危険な男だ。
 だが、鈴香を救えるとしたら奴しかいない。
 久保田は意を決して、氷村に会いに行った。
 氷村は条件次第で鈴香を助けてもよいと言う。
 氷村が久保田たちに突き付けた、その条件とは……?

 次回「REPLICA(レプリカ)」第16話『第三の選択(V)』






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