REPLICA(レプリカ)
 作・JuJu


第14話「第三の選択(T)」

「茜! どこなんだ、ここは?」
 頭がはっきりしない。朝、目が覚めた直後の感覚に似ている。
 俺は寝ていたのか? でも、ただ寝ていただけなら、どうして茜が俺に抱きついて泣いているんだ?
 茜が泣かなければならない理由……。
 俺は頭をむりやり働かせて、今の状況を理解しようとした。
「そうだ、思い出した!
 俺はレプリカの材料にするために、氷村に研究所に連れていかれたんだ……。
 ――茜、俺は助かったのか?」
 茜は俺を見上げて、笑った。
「よかった、研究所の事を憶えているのね。これで鈴香さんと誠を助ける事が出来る……」
「俺と鈴香を助ける?」
 茜がまた俺の胸に顔をうずめて来た。
「マコトの体、柔らかい」
 茜が俺の胸にやわらかい物を押しつけている。俺は自分の胸を見た。
「なっ!」
 茜が胸にやわらかい物を押しつけていたんじゃなかった。俺の胸の場所に、何かやわらかい物をつめられていて、女の胸の様に膨らんでいる。
 俺は自分の胸をよく見るために茜を離した。
 体を見ると、俺はスカートをはいていた。鈴香と同じエプロンのついたドレスを着ていた。
 俺が寝ているあいだに、茜がイタズラして女装させたのだろうか?
 俺は胸の詰め物を触った。俺の胸に手があたる感触があった。同時に俺の手には女の胸に触れるやわらかい感触があった。
 これは詰め物じゃない。俺の体が女の様に大きくなっているのだ。そういえば、声も女の様に高い。
「みごとに女の子になったものよねぇ」
 茜は、胸を触っている俺を見ながら言った。
 茜は俺がプロテウスの研究所に連れられてレプリカにされた事、男のレプリカを作ろうとして失敗して、俺は女になってしまった事。そして、本物の俺は別な所にいて、俺は記憶をコピーされただけのレプリカだという事を言った。
 俺は……俺じゃないのか?
 ドールに上原誠の記憶をコピーした、レプリカなのか……?
 いまだに自分がレプリカだとは信じられなかったが、女の体になった自分を見て信じない訳にはいかなかった。
「それで、そのプロテクトとか言うのは、どうやってはずしたんだ?」
「それは秘密」

 *

(あのアルバムは、後で誠の荷物の中にそっと返しておこう)
 茜は思った。
 茜はプロテクトの外れた理由は、マコトには話さないでおく事に決めた。
 きっとあのアルバムは、あたしには見せたくない誠だけの秘密だと思ったから。

 *

「それよりも早く久保田さんと鈴香さんに会いに行きましょうよ。マコトのプロテクトが外れたって教えなきゃ。みんな心配していたんだから」
 茜は言った。
 久保田……。そうだ、奴は俺を――本当の俺をプロテウスに売ったんだ。
「久保田はどこにいるんだ?」
「ここは久保田さんの家だって言わなかったっけ?
 廊下に出て右側が久保田さんの部屋だと思うけど」
 俺は久保田のいる部屋に走った。
「あ、マコト待ってよ?」

 *

「久保田!」
 俺は乱暴に久保田の部屋のドアを開けた。久保田は俺を見て、パソコン机のイスから立ちあがった。
「マコト……なのか?」
「よくも俺をプロテウスに売ったな?」
「そうか……プロテクトが外れたのか……」
 久保田に会ったら言い分を聞こうと思ったていた。久保田だって、やむ得ない理由があったのかもしれない。
 だが、久保田のそばにいた鈴香を見て、俺の中で怒りがわきあがって来るのを感じた。
 俺が着ているのは鈴香と同じメイドの服。この体は鈴香と同じ女の体。俺は鈴香と同じレプリカなんだ。
 鈴香を見て、初めて自分がレブリかになった現実を理解できた気がした。理解するのと同時に、俺の中で抑えようのない怒りが満ちてあふれて来るのが分かった。
 こいつのせいで、俺はレプリカにされたんだ。
「久保田! お前のせいで俺はこんな体に……」
「――なるほど、これが氷村の言っていた『ネオ・レプリカ』の本当の姿なのか。
 確かに鈴香みたいなレプリカの比じゃない。お前は上原そのものなんだな。 
 すまない、上原」
「あやまってすむことか!」
 久保田に近づこうとしたが、スカートが足にまとわりついてうまく歩けない。それでも俺は乱暴に足を動かして、久保田の目の前に立った。
 黙って久保田の頬を殴る。
「マコト! 何していてるの!?」
 後から部屋に入ってきた茜が叫ぶ。
「こいつはな、俺をプロテウスに売ったんだ!」
「え?」
 俺は茜に、久保田が俺にしてきた事を手短に話した。
 茜は俺の話しを聞きながら、信じられないと言った顔をしながら久保田を見ていた。
 久保田は殴られた頬を押さえるわけでもなく、目を伏せて黙って俺の話しを聞いていた。
 その脇で、鈴香もうつむいている。
 俺は久保田が床に倒れるほどの力を入れたつもりだったのだが、久保田は立っていた。
 女って言うのは、こんなに力がでないものなのか。
 思いっきり殴りつけたいのに、顔の骨がくだけるほど殴りつけたいのに、女の体では力がでない。
 体を動かす度に、胸が揺れて邪魔だ。
 スカートがまとわりが気になる。
 それらが、女になってしまった現実を俺に突き付ける。
 いや、女になっただけならばまだいい。
 俺は、レプリカにされてしまったのだ。
 男の欲望を満たすだけの生き物に……。
 久保田のせいだ。
 そう思うと、嫌悪感や失望感が、つぎつぎと久保田への怒りと変換されて、ますます怒りがこみ上げてきた。
「久保田ッ!」
 俺は、もう一度、久保田を殴った。
 もう一度。
 久保田は俺のこぶしを避ける事もなく、ただ、殴られるままになっていた。何度目か数えていないが、やっと久保田の頬が蒼く腫れ、久保田は倒れこんだ。
「お願いです! 止めてください!」
 鈴香が叫ぶ声が耳に入って来たが、怒りは収まらない俺はそれを無視した。
「久保田! なぜ避けない?」
「俺はお前に殴られるべき人間だ」
「なめてんのか!?」
 俺はさらに殴った。
 久保田の口から、血が垂れる。
「マコト! もうやめて!」
 茜が俺に抱きついてきた。
 怒りは収まらなかったが、彼女達の声を聞いてすこしだけ冷静さをとりもどした。
「久保田! なんとか言えよ!」
「殴って気がすむのならば、いくらでも殴ってくれ。俺が上原にしたことは、許される事じゃない」
 突然、俺の視野に鈴香が入って来た。俺と久保田のあいだに割り込んできたのだ。
 俺は鈴香を見た。
 顔を真っ赤にして怯えるような目で俺を見ていた。だがそれでも細い腕を精一杯広げて俺の前に立ちふさがり、久保田を守ろうとしていた。
「どけ! なぜ久保田を守ろうとする?
 マスターだからか?
 鈴香だって、俺と同じだろう?
 奴のせいでそんな姿にさせられたんだろう?
 ……こんな姿に……。こんな……」
「マコト、泣いているの?」
 茜が言った。
 茜に言われて気づいたのだが、俺は泣いていた。
 茜に泣いている姿を見られるのは恥ずかしかったが、感情が止められなかった。
 茜はハンカチを取り出すと、丁寧に俺の顔に当てて涙を拭いていった。
「上原様、お願いです! 私の話を聞いてください。
 ――すべては私のためにしたことなのです。
 私の本体のために……」
「鈴香のため?」

(つづく)

■次回予告■

 ネオ・レプリカにされた憎しみを久保田にぶつけるマコト。
 そこに割って入った鈴香は、久保田がプロテウスの手先になった過去を話し始めた。

 次回「REPLICA(レプリカ) 第15話『第三の選択(U)』」
 お楽しみに。





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