REPLICA(レプリカ) 作・JuJu 第13話「解除(W)」 結局マコトのプロテクトは外れないまま、マコトを抱きしめると言う、あたしの役目は終わった。 他に出来る事はないか聞こうと思って、あたしは久保田さんを見た。久保田さんは大きなパソコン相手に、懸命にキーボードを叩いていた。声をかけるのに気がひけた。 あたしが久保田さんを見ている事に気がついたのだろう、鈴香さんがあたしに話し掛けてきた。 「マスターは今、プロテウス社をハッキングしています。ずいぶん前からやっているのですが……さすがに深層部まではなかなか入りこめない様子で……。ですがマスターは優秀な人です。きっと有力な情報を見付けますよ。上原様はきっと助け出します。気を落とさないで、待っていてくださいね」 久保田さんも鈴香さんも、プロテクトを外そうとして、それぞれがんばっているんだ。あたしもマコトを放っておけなかった。誠を助けたかった。 鈴香さんは、久保田さんに抱きしめられた時にプロテクトが外れたと言っていた。そこにプロテクトが外れるヒントはないだろうか? 「鈴香さんはどうして、あたしならマコトのプロテクトが外せると思ったの?」 「実は……上原様のアルバムを見て確信しました。あのアルバムから、私がマスターに抱いている――いえ、鈴香様がマスターに抱いていた記憶と、同じ感覚を受けたのです。 お待ちください。ただ今お持ちします」 鈴香さんは部屋を出て行き、しばらくして戻って来た。手に赤いアルバムを持っている。 「これが、上原様のアルバムです」 「お前、上原の荷物を勝手に持ち出していたのか?」 あたし達の話を聞いていたらしく、久保田さんはパソコンのモニターから目を離さずに言った。 「申し訳ございません。 上原様のお荷物整理している時に、このアルバムを見つけてしまい、いけない事とはわかってましたが、私にはない過去と言う時間がうらやましくて、つい、お借りしてしまいました」 あたしは鈴香さんから受け取ったアルバムを開いた。あたしと誠の写真が貼ってあった。 年代ごとに、きれいに整理してある。 あたしが生まれた海辺の小さな町に、小学校の頃、誠が引っ越してきた。その日からずっと一緒に過ごして来た。 小学校の卒業式。中学校の修学旅行。高校の学園祭。 二人で一緒の大学に行こうと約束して、結局浪人生になった誠。 同じ大学に通う事を諦めず、予備校生を選んだ誠。 あたしを追いかけて、あのアパートに引越した誠。 「そっか……。誠、アルバムを持ってきていたんだ」 昔のアルバムを実家においてきてしまっている自分が恥ずかしく思えた。自分が撮った写真は、デジカメの中でデータのままになっている。整理さえしていない。 誠に、あたしの事をただの幼馴染としか見ていないと言っておきながら、二人の思い出を大切にしていないのは自分の方だったかも知れない。 「アルバムにあるのは、上原様と川本様のお写真だけです」 あたし達だけ……。 誠は子供の頃から、あたしを見守っていてくれたんだ。鈍感な奴だと思っていたけど、鈍感だったのは自分なのかも知れない。 「このアルバムを見て、川本様ならば上原様を助けられると確信しました。それから毎日、川本様が緑荘にいらっしゃるのをお待ちしていました。上原様を捜してもう一度あのアパートを訪れると信じてましたから」 あたしは鈴香の顔を見た。 マスターの目を盗んで、久保田さんに叱られながら、あたしを待っていたんだ。緑荘で、いつ来るかわからないあたしを、毎日待っていてくれたんだ。 もう一度、マコトを抱いてみよう。あたしに出来る事はそれしかないのだから。 鈴香さんみたいに、あたしもプロテクトが外れるまで毎日試して見よう。 § 「あたし、もう一度マコトを抱いてくる」 茜は突然立ちあがった。 「なに? 待て、無駄な事を繰り返しても……」 久保田がしゃべり終わる前に、茜は廊下に出てしまった。 茜を止め様として立ちあがった久保田は、再びパソコンの前のイスに座った。 「ふー。川本さんといいお前といい、ここにいる女は一度決心すると強情だな。 まあ、気が済めば戻ってくるだろう。 鈴香。お前は行かないのか?」 「今はお二人だけにしておいてあげましょう」 「そうだな。レプリカとは言え、せっかく上原に会えたのに、いままで二人っきりになれる時間がなかったからな。 上原がいない間、上原の代わりくらいにはなるだろう」 久保田はいつもの様にパソコンを操作し始めた。鈴香はいつもの様に、久保田の後ろに控えて立っていた。 静かな時間が流れた。 「紅茶でもお持ち致しましょうか?」 「ああ、頼む」 部屋は、久保田のキーボードを叩く音とハードディスクの音、そして鈴香の紅茶を入れる音だけが、静かに響いていた。 キッチンにいた鈴香は、紅茶を入れる手を止めてつぶやいた。 「川本様はマコトの事をどうおもっているのでしょうか。 やはり、マスターの言う通り、上原様と再会するまでの代わりにすぎないのでしょうか……」 § あたしはマコトの部屋のドアを開けた。 「まだ何か?」 暗闇の中からマコトの声がした。 あたしは部屋の明りをつけた。 「立ってマコト。もう一度試して見るの。一度で外れなくても、何度でもやって見ましょう」 あたしはマコトを抱いた。やわらかかった。女の子の体だった。だけど、この体は誠から作ったんだ。このぬくもりは、誠のぬくもりなんだ。 「誠、ごめん。あたし、幼馴染って関係に甘えていたね。 鈍感だったのは、あたしの方だった」 マコトは黙っていた。目を閉じてあたしに抱かれていた。体に力がはいっておらず、全身の力を抜いている感じだ。このまま腕を離せば、床に倒れそうな位、体をダランとしていた。 あたしはふと、これじゃ死体を抱いているのと同じだと考えてしまった。 「いまさら気が付いても遅いなんて言わないよね? あたし達の未来は、これからなんだよね? 誠は生きていて、どこかの研究所に捕まっていて、今も助けが来るのを待っているんだよね? ――死んでなんて……、いないよね……?」 あたしはマコトにキスをした。 § 川本様が泣いている。 泣きながら、私”マコト”を抱擁している。 泣く――感情として不安定な状態にあり、苦痛を受けている状態を表現する表情。 川本様が助けを求めている。助けなければならない。 なぜだ? マスターからは、川本様を助ける様に命令をされていない。無駄な体力の消費をしてまで、なぜ川本様を助けなければならなのか? なぜなら……私は川本様を……守らなくてはならないから。……茜は大切な人だから。 その事項はマスターに命令されていない。マスターに逆らうのか? そうだ、一生守ってやるって決めんだ!! だから、守らなければならないんだ!! マスターの命令など関係ない!! 茜は俺が守るって、俺が決めたんだ!! § あたしはマコトの心臓の鼓動が速くなってくるのを感じた。つられる様に、あたしの鼓動もすこしずつ速くなっていた。あたしとマコトの速い鼓動が、シンクロする。 なぜだか、誠が戻ってくる気がした。 「誠、帰って来て!」 あたしは言った。 「誠!」 あたしは、マコトの胸に顔をうずめて強く抱きしめた。 誠がどこにもいかないように。 誠が帰るところは、ここしかないんだからと思いながら。 誠の腕がわずかに動いた。 今までの、力のない腕ではない。 わずかだけど力強い動きだった。 あたしはマコトを見た。 わずかだがマコトが目を開いた。 「誠?」 その目には、わずかだが光があった。 レプリカの時の、どこを見ているのかわからない、焦点の整わない目ではなかった。 なぜかわからない。だけど、誠がすぐそこまで来ている気がした。 あたしは誠を離さないように、キスをした。 ここで誠を離したら、二度と会えない気がした。 あたしは必死に抱きしめてキスをした。 § ……。 ここはどこだろう? 俺は暗く何もない世界にいた。 なにも見えない。なにも聞こえない。 手も顔も足の感触もない、体中なにも感じない。 ドクン……ドクン……と言う音だけが響いている。 低く、鈍い、静かだけど、力強い。 これは……何の音だ? 心臓? 心臓の音? 誰かが泣いている。 泣きなから、俺の事を呼んでいる。 体が軽い。 まるで、海を泳いでいる様な感覚だ。 誰かが呼んでいる。 懐かしい人の声だ。 母さん? 俺は目を開けた。 闇の中に、小さな光を見つけた。 俺は光りに向かって飛んだ。 肌の感覚が戻ってくる。 皮……皮膚……肌……。 暖かい、人のぬくもり……。 そうだ、これは肌だ。 何かが肌に触れる感触。 俺の唇に、何かが触れる感触だった。 俺は目を開いた。まぶしい。 光はあまりに強烈すぎて目を閉じた。 光の刺激は俺の脳を生き返らせた。 朝、目覚める時の様な感じ。 自分の頭に、記憶と感覚があふれて行くのがわかる。。 それは、暗く静かなトンネルを抜けた様な感覚だった。 体が酸素を求める。 俺は思いっきり空気を吸い込んだ。 身体に空気が満ちる感じだ。 俺は呼吸が出来る事を思い出した。 こもった声が聞こえる。 この声には憶えがある。 茜の声だ。 俺は思い切って目を開けてみる。 目の前には、茜がいた。 『精神動揺過度により破損したプロテクト・システムの、自己修復を試みましたが失敗しました。 プロテクト・システムは使えません』 どこからか、声が聞こえた。 茜を見ようとする。なぜだ? 茜の姿がぼやけて見える。 だが、奴が泣いている事だけは分かった。 なんで泣いているのかはかわら無い。だが、助けなければ。守らなければ。 『レプリカ本体、制御不能状態。 緊急プログラム作動開始。 予備プロテクトシステム解凍中……解凍完了。 予備プロテクト展開。 レプリカ本体からのアクセス拒否。 非常時に付き強制介入を許可。 予備プロテクトシステム、再始動します』 さっきから、誰かが俺の頭の中でしゃべっている。 くっ……な、なんだこれは……意識が……遠くなる。 俺の意識を、何ものかが奪おうとしている。 二度と茜と会えない気がした。 ふざけるな! 俺は、茜を助けるんだ。 『展開失敗。再始動……』 この声は、俺の心から聞こえた。 だが、今はこの声が何なのかなど、どうでもいい。 俺は腕を動かす。 くそ、なぜだ、なんで俺の手は動かない。 この、意識に潜りこんでいるヤツのせいか? 茜が泣いているんだ。 動け! 俺は茜を助けるんだ! 『レプリカ本体から制御システムへ、強い電気信号確認。電流が配線の耐久力限界を突破しました』 よし、そうだ。 うごくんだ。 ゆっくりでいい、動くんだ。 茜を抱くんだ。 俺は、茜を守るんだ。 『プロテクト・システム破損……沈黙し……』 § 「茜?」 マコトは言った。 「誠……、誠なの?」 「!! 茜……ここは?」 マコトはあたりを見まわした。 「って茜っ!? なんで俺を抱いているんだ!」 マコトは顔を赤らめた。 「ふふふ。誠だ。 誠が帰って来たんだ。 お帰り。誠」 (つづく) ■次回予告■ プロテクトの外れたマコトは、誠の時の記憶を取り戻した。 彼は久保田が自分をプロテウスに売った事を思い出す。 騙された怒りをぶつけるマコト。 彼は久保田を許す事が出来るのだろうか? 次回「REPLICA(レプリカ) 第14話『第三の選択(T)』」 お楽しみに。 |