REPLICA(レプリカ)
 作・JuJu


第11話「解除(U)」

「俺が?」
 久保田は言った。
「確かにプロテクトを外す方法を色々試したが、その時外れたのか?
 それにしても、なぜプロテクトが外れている事を黙っていたんだ。プロテクトを外す為に、俺がどれだけ苦労したか」
「申し訳ございません。
 プロテクトが外れている事がプロテウスに知れれば、レプリカの研究が中止になるかもしれません。そうすれば、鈴香様への援助も打ち切られるでしょう。
 最悪の場合機密保持の為に、プロテウスがマスターを襲いに来るかも知れない。
 そう思うと、言い出せませんでした」
「プロテウスにばれてみろ、一番最初に危険にさらされるのは、お前なんだぞ?
 俺はお前のマスターだ。お前を守る義務がある。
 一人で問題を抱えこむな。なんでも話せ」
「……。
 マスター、一つだけお聞きしたい事があります。
 私の寿命が尽きるまで、おそばに置かせていただけますか?」
「ああ」
 鈴香はしばらく久保田を見ていたが、やがて目を閉じて言った。
「――すみません。本当は……。本当の理由は、マスターと離れたくなかったのです。
 プロテクトが外れている事がわかれば、マスターの心は鈴香様を助ける事でいっぱいになってしまう。私の事など見向きもしなくなってしまう。
 鈴香様が助かれば、鈴香様の代用品である私は用済みになってしまう。
 そう思ったのです。
 わかってます。私はレプリカです。
 この感情も、鈴香様から頂いたコピーだという事を。あるいは、ドールのプログラムのせいかもしれません。
 わかっていても、抑える事はできませんでした」
「安心しろ。どんな事があっても、最後までお前のそばにいてやる。約束する」
 鈴香は目を開けて久保田を見た。その目は潤んでいた。
 久保田も鈴香を見ていたが、突然顔を赤らめて、そっぽを向いた。
「……そうか。
 プロテクトは最初から外れていたのか。いくら調べても外れないわけだ
 どうやってプロテクトが外れたんだ?
 あの几帳面な氷村が、出荷前の確認を忘れるとは思もえん」
「あたしもマコトのプロテクトを外したいの。鈴香さん、教えて」
「マコトのプロテクトを外す方法。
 それは川本様がマコトを抱きしめる事です」
 鈴香は言った。
「何?」
「え? 抱きしめるの?」
「はい。愛している人の抱擁(ほうよう)。それでマコトは自我を取り戻すはずです」
「鈴香、今は冗談をいっている時ではないんだぞ?」
「私は本気です。恋人同士の愛が、プロテクトを破るのです」
 久保田はマジマジと鈴香を見ていたが、やがて、ため息をついた。
「ふー。お前に期待していた俺がバカだったよ。
 そんな事でプロテクトが外れるなら、こんなに苦労はしない」
「でも、私のプロテクトはそれで外れたのです」
 鈴香は話し始めた。

               §

 氷村は鈴香のレプリカを久保田に預けると、帰っていった。
 久保田の前には、鈴香のレプリカが立っていた。
 表情がなく、まるで人形の様だ。
「鈴香、起動するんだ」
 久保田は、氷村に言われた通りに言った。
 無表情だった鈴香は、突然、微笑んだ。
「こんにちは。
 貴方がマスターでよろしいのですか?」
「ああ、マスターを久保田高志で登録しろ」
「了解しました。ただいまマスター登録完了しました。
 レプリカ・シリーズ”鈴香”……起動いたします」
「鈴香、お前は鈴香なんだな?」
「はい。マスター。
 この度は、プロテウス社製レプリカ・シリーズ”鈴香”をご利用頂き、誠にありがとうございます。
 私はマスターにご奉仕するために生まれました。
 特に夜のご奉仕はお任せください。
 私の体はマスターの思いのままにお使いください。お好きなだけお好きなようにご利用していただいてかまいません」
 そこまで言って、鈴香は改めてニッコリと笑った。
「(誰であろうと、マスターになれば鈴香を自由に出来るのか)」
 久保田は思った。
「(そいつにも、鈴香は笑顔を見せるのだろうか?)」
「尚、私はレプリカですから、精液を膣内に出していただいてかまいません。ご存分にお出しください」
 ここまで聞いて、久保田は鈴香を強く抱きしめた。
「……マスター、まだごあいさつが終わっておりません。
 続けてよろしいでしょうか?」
「鈴香……。こんな姿に……」
 久保田は言った。
「今は一人だけだが、いずれ新鈴香は量産され、見知らぬ男達の慰み物となる。
 レプリカになった鈴香は、喜んでその男達に体をあずけるだろう。喜んでそいつとセックスをするだろう。
 ――こんな……ここまでしなければ、鈴香は生きられないのか」
 久保田の目から涙が流れでた。
「なあ鈴香。俺の選択は正しかったのだろうか?
 ここまでしても、鈴香が生きつづけられると言う保証はない。生きのびる可能性があるだけだ。
 こんな苦しみを背負わせるよりも、いっそ諦めて、無痛治療に徹するべきだったのかもしれない」
 久保田は鈴香を抱く腕を強めた。
「こんな鈴香はまがい物だ。
 鈴香、もどってきてくれ」
 久保田は、鈴香に口にキスをした。抱かれていた鈴香の体が揺れる。久保田にもたれ掛った。しばらくして、ゆっくりと顔を上げる。
「こ……ここは? 私は?」
 久保田はゆっくりと、鈴香を離した。
「そうだな……。
 そうなんだ……。
 こいつは鈴香じゃない。
 こいつはただのレプリカにすぎない。
 鈴香じゃないんだ」
 久保田は自分にそう言い聞かせて、なんとか平常心をとりもどした。

               §

「そんな事が……」
 茜は言った。
「マスターが私にキスをしてくれた時。私の中で自我が覚醒していく事がわかりました。
 あの感覚は今でも思い出せます。
 プロテクトが外れた理由は、これしか考えられません。
 ですから、川本様。本気で上原様を愛していらっしゃるのなら、本気で助けたいと思うのならば、マコトを抱きしめてください。
 その想いがマコトに通じたとき、プロテクトが外れます」
「いいかげんにしろ!
 黙って聞いていれば……バカかお前は! そんな物でプロテクトが外れるわけがないだろう!」
「ですが、これしかプロテクトの外れた理由が思いつかないのです」
「お前のプロテクトが外れたのは偶然だ。
 同じ偶然が、マコトにも通用するとは思えん。
 もし、プロテクトが解けなかったらどうする気だ?」
「でも、今の所、それしか方法がないんでしょ?
 やるだけやってみてもいいんじゃない?」
 茜は言った。
「よろしいですか? 川本様。
 マコトが目覚める事を、心から思ってキスしてください。その思いが強ければ強いほど、目覚める確立が高まります。
 上原様を救い出せる鍵は、貴方にかかっているのです」
「バカバカしい、勝手にしろ。
 恋人のキスで眠りから覚める訳がないだろう。おとぎ話じゃあるまいし」





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