REPLICA(レプリカ)
 作・JuJu

《主な登場人物》

上原 誠  = 予備校生。失踪中。
川本 茜  = 誠の幼馴染。大学生。消えた誠を捜している。
久保田高志 = 誠をプロテウスに連れていった男。
鈴香    = 久保田が所有しているドール(レプリカ・シリーズ)。
氷村    = プロテウスの社長。

     *  *  *

第7話「大切な人」

「お待ちしておりました」
「誠と一緒にいたドール……」
「レプリカ・シリーズの鈴香と申します」
「あたしを待っていたってどういうこと?
 ううん。今はそんな事、どうでもいい。
 聞きたいことがあるの。誠がどこにいるか知ってる?」
「申し訳ありません。
 マスターから制限されているため、お答えをする事はできません。
 それに……もう誰も上原様とお会いする事は出来ないでしょう。
 上原様は……」
 鈴香は目を閉じて、首を横に振った。
 茜は鈴香に近づいて、両腕を強くつかんだ。鈴香の体を前後にゆする。
「誠に何があったのね?
 バイトや予備校に行ってないし、急に引っ越すなんて変だと思っていたのよ!
 知っているんでしょ?
 答えて! 答えなさいよ! 人間に逆らうの? ドールのくせに!」
 茜は鈴香の顔を見て、鈴香をつかむ手を離した。
 鈴香は微かに涙ぐんでいた。
(泣いてるの? ドールが泣くなんて)
 鈴香は目を閉じて、茜の前に立っていた。
「それじゃ、誠と会えないって言うのは、本当なのね?」
 鈴香は頷いた。
 鈴香の表情に、茜は鈴香が真実を言っている事を察した。
 茜は涙が頬を濡らしている自分に気がついた。
(涙?
 そっか……。
 あたし、今、泣いているんだ?
 誠に会えないって聞いて、泣いているんだ?)
 小柄な茜は、背の高い鈴香の胸に顔をうずめていた。
 鈴香は両手で茜をそっと抱きとめた。
「ねぇ? お願い。教えて。
 誠は今どこにいるの?
 逢いたい……」
「わかりました。
 やはりあなたは私が思った通りの方です。
 あなたならば、上原様を助けられるかも知れません」
「助けられるの? 
 どうすればいい? 誠のためなら、なんだってするから」
 茜は顔を見上げて、鈴香の顔を見た。
 鈴香の透き通った瞳が、茜を見つめていた。
 鈴香は茜をゆっくりと胸から離して、遠くを見つめた。
「やはりマスターは間違っています。
 やめさせなければ」

     *  *  *

 久保田はマンションに引っ越していた。
 パソコンの机をこぶしで叩いている。
「ちくしょう! また失敗か! どうしたらプロテクトのはずし方が分かるんだ!」
「マスター、お茶をお持ちしました。
 少し休まれた方がよろしいのでは?」
 メイドが言った。
 誠の面影がある女性。
 誠に妹がいれば、こんな感じだったに違いない。
「そうだな、マコト。少し休憩するか」
 マコトは丁寧にティーカップに紅茶を注いだ。
 紅茶を入れ終え、サンドイッチを置くと、マコトは一礼をしてキッチンに戻っていった。
 久保田はティーカップを手に取った。
(上原のなれの果てか。
 氷村の奴。俺にマコトの起動試験をさせるとはな)
 久保田は立ちあがると、マコトの部屋にに向かった。
 マコトのメンテナンスのための部屋だ。
 部屋のドアを開ける。衣装の入ったクローゼットと大きなメンテナンス・カプセルが置いてあるのは鈴香の部屋と同じだ。
 違うのは、部屋の隅にいくつかのダンボール箱が置かれていることだ。
 久保田はダンボールを見た。
 ダンボール箱にはマジックで「上原」と書いてある。
 久保田は、上原をプロテウスに連れていった日を思い出していた。

     *  *  *

 プロテウスの最上階の廊下。
 久保田は気を失った上原を肩に抱えると、社長室に向かった。
 社長室に入ると、氷村が皮張りの椅子に座っていた。
 久保田は上原の体をソファに載せた。
「もう少しで実験体に逃げられる所だったじゃないか」
「このビルから逃がす気はなかったんだろう?」
「私は手荒い真似はしたくないと常々言っているのを忘れたのかね?
 つまらない風評が流れれば、それを利用してライバル社が攻撃してくる。
 実験体が逃げ出せば、この会社の事をばらしていたかもしれないぞ?」
「俺が薬をしこんでおいた。そして捕まえた。問題はない。
 約束どおり上原を連れて来たんだ。報酬を振りこむのを忘れるな」
「だめだ。
 私は献体に説得してから連れて来いと言ったはずだ。業務怠慢は立派な契約違反だ」
「今朝突然、ネオ・レプリカの設備が完成したと言って、実験体を連れて来いとか言ったのはそっちの方だ!」
「ネオ・レプリカ設備の維持に経費がどのくらいかかると思っているのだ?
 一日たりともムダにはできない。
 それに、開発は早いほうが良い。時間が惜しいからな。
 奴らからも色々せかされているしな」
「そんな事は俺が知るか」
「君に実験体を捕獲して来いと言ってから三ヶ月もたったのだぞ? 三ヶ月も何をしていたのだ」
「三ヶ月じゃ親しくなり、警戒心を取るのが精一杯だ」
「その間もレプリカの維持費や諸々の経費もバカにならない。
 大方、なんの手立てもしていなかっのだろう?
 まあいい、こうして貴重な体を入手できたのだ。許してやる。
 ただし、契約違反は契約違反だ。
 経費は出すが、報酬までは払えない。
 さて、話しはここまでだ。
 さっそくこの実験体を使いたいんでね」
 氷村は立ちあがると、久保田の横を通り、部屋から出ようとした。
「話が違う!
 そう言うことならば上原は返してもらう。経費などいらん。
 こいつは、最後まで俺を信用していてくれたんだ。
 お前とは大違いだ! お前には上原は渡せない」
「その上原の信用を裏切ったのは君じゃないかね。
 それに君に選択権はない事をわすれるな。黙って私の言う通り行動すればいいんだ。鈴香が可愛いのならな。
 わかったら、実験体を置いて、さっさと帰るんだ。
 次の君の行動は、追って通知する」
 背後でドアが静かに閉まる音がする。
 久保田は、気絶している上原の顔を見た。
「すまない上原。これも鈴香のためなんだ……」
 久保田は社長室を出て、家路についた。





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