ぼくだけの☆亜里紗LIVE(アリサライブ)!
 作・JuJu


【STAGE5 水着撮影】

 次の日。

 駅を出たぼくはスマートフォンに表示させている地図とにらめっこをしながら、ようやく雀翔プロのある界隈まで来た。

 場末な通りには人がおらず閑散としている。三階から五階建てのやたら老朽化した低い建築物が並んでいて、一階部分が店になっている。

 雑多な店が軒を連ねていて、居酒屋、焼き鳥屋、雀荘、大衆食堂、ラーメン屋などが目に付く。どれも夜に営業するのか、あるいはすでに潰れてしまっているのか、開いている店はなかった。

 この商店街のひとつに雀翔プロダクションの建物があるはずで、スマートフォンの地図にはたしかに雀翔プロが載っているのだが、地図が示す場所にあるのはたい焼き屋さんだった。今にも崩壊しそうな、地震対策はどうなっているんだと思えるようボロい三階建ての建物で、一階部分が店舗になっており、二十代の女性が働いている。周囲で唯一店を開けているのはこのたい焼き屋だけだ。

 遠くからたい焼き屋を眺めていてもラチが明かない。雀翔プロがあるとすればこの周辺に違いない。そこで例のたい焼き屋に聞き込みをすることにした。あいからわず人通りはないし、開いている店はたい焼き屋しかなく、選択の余地はなかった。

 たい焼き屋に近づくと、「ありゃー。アンコに入れるパイナップルが切れてるかー。買ってこないとなー」という、よく通るお姉さんの声が聞こえた。

 あんこにパイナップル? と、不思議に思いながらお姉さんに声を掛ける。

「あの?、すみません」

 ぼくがたい焼き屋の店先から声を掛けると、小型の寸胴鍋をのぞいていたお姉さんは顔を上げて答えた。

「お客さんごめんなさいね! いま仕込み中で、たい焼きはまだ焼いていないんだ! 夕方になったら買いに来てよ」

「いえ、そうではなくて……。雀翔プロダクションってこのあたりにありませんか?」

「なんだぁ、そっちのお客さんかぁー。雀翔プロなら上の階だよ」

 そういって店の横にある階段を、あんこの付いたヘラで指し示した。なるほど。一階は貸店舗になっていて、二階からがプロダクションなのか。

「ありがとうございます」

 そういって店を離れるぼくに、お姉さんは「こんどはたい焼き買っていってよー!」と声を掛ける。なかなか商魂たくましい人だ。

 雀翔プロの場所は分かった。ぼくは適当な物陰で人形を取りだして亜里紗に変身する。雑多な場所なので身を隠す場所には事欠かないのは助かる。

 亜里紗に変身したぼくの服装は、あいかわらずステージ衣装だ。亜里紗の服はそれしか持っていないのでしかたないのだが、ステージ衣装で町中を歩くのはさすがに恥ずかしかった。かといって女物の服を買うのは抵抗がある。今度亜里紗のために、女の子が着てもなるべく変じゃないような男物の服を購入しようかな。

 などと考えながらふたたび弱小プロのある建物に向かうと、たい焼き屋にさっきのお姉さんはいなかった。さっき言っていたパイナップルの買い出しに出かけたのだろう。

 建物の階段をのぼって二階に行くと、ドアの前に『雀翔プロダクション』と書かれているプレートを見つけた。

「し、失礼しま?す……」

 ドアを開けて中を見ると、そこは板張りの部屋だった。手すりの付いた一面が鏡になった壁があるところから見て、昔はアイドル達の練習場だったのだろう。しかし今ではさまざまな物が乱雑に置かれその上にうっすらと埃が積もった、ただの物置になっていた。粗大ゴミ収集場所みたいな部屋だ。奥にはドアがあり、向こうにも部屋があるのだろうが、人の気配は感じられない。

 もう一度階段をのぼって、最上階の三階に向かう。

 三階のドアを開くと、二階よりは遙かにましとはいえ、事務用品や備品やガラクタなどさまざまなものが、事務机や長机や床に乱雑に積み重なっていた。

 その事務机の一脚(いっきゃく)に綾子さんが座って事務仕事をしていた。どうやら事務所にいるのは彼女一人らしい。

「来たわね! それじゃさっそく仕事に入ってもらうわ。こっちに来て」

 ぼくは綾子さんのいる事務机に向かった。

    ♪  ♪  ♪

「え? 水着の仕事ですか?」

 目の前で事務机に座っている綾子さんの言葉に、ぼくは言葉を失ってしまう。

「そう。社長が言うには夏の広告ポスターの仕事が入ったんだって。しかも今これからって言うんだから急よね。その代わりギャラは弾むらしいから期待して良いわよ」

 どこかのモデルが急に撮影できなくなったのだろうか。それで弱小プロのここに、急遽穴埋めの依頼が来たのかもしれない。ぼくはそう推測した。

 ぼく達は事務所を出ると、彼女の運転する社用車に乗って撮影スタジオに向かった。

 それにしても水着撮影か。ぼくが亜里紗の姿で女物の水着を着て……。しかもその水着姿を写真に撮られてたくさんの人に見られることになるんだ。

 緊張に立たされていたぼくだったが、ある大切なことに気が付いた。

「あ、水着がない……」

 あせったぼくはつぶやいた。

「それなら大丈夫。スポンサーさんが用意してくれたから。亜里紗のスリーサイズは私も把握しているしね」

 綾子さんが答えた。

    ♪  ♪  ♪

 やがて車は撮影スタジオに着いた。

 スタジオの更衣室に入ると、綾子さんはぼくにきれいに畳まれてビニール袋に包まれている水着を手渡して来た。

 ぼくは緊張で棒立ちになりながら、袋に入った女物の水着を見つめる。

 これをぼくが着るのか。

 そんなぼくの態度を見て、綾子さんが頼み込むように手を合わせながら言う。

「やっぱり水着はNG? ごめんなさいね。嫌がるって知っているんだけど……。突然の依頼だったし。その水着は肌もあまり出ていないし。それにアイドルはファンサービスが大切、これも仕事の内だから。なんといっても、弱小プロとしてせっかく入ったお仕事を失いたくないのよ」

 言われてみればインターネットで亜里紗の映像や動画をたくさん見たが、水着姿はなかったはずだ。その亜里紗の水着姿が見られるのだと思うと、今度はなんだか興奮してきた。

 それだけじゃない。ぽくが亜里紗の姿で水着になるのだ。そう思うと、ますます興奮が止まらなくなる。

「いいえ。水着の撮影なんて嬉しいです」

「へー、亜里紗もプロ根性が育ってきたのね、うれしいわ! それに私も亜里紗の水着姿を見るの楽しみよ」

 亜里紗はいままで水着の仕事は拒否していたらしく、綾子さんは最後にお世辞まで付け加えた。

 そんな見え透いたお世辞まで言わなくても、これからは水着どころか下着姿のお仕事だってばっちりですよ、と心の中で苦笑しながら答える。

    ♪  ♪  ♪

 ビニール袋を破いて畳まれていた水着を広げる。

 綾子さんは水着だと言ったが、見た目はスポーツ・ウェアに近い印象を受けた。。

 ぼくは恥ずかしい気持ちを抑えながら、亜里紗の体で水着に着替え始めた。

 全体の色は黒で、生地の表面は光沢があって滑らかだ。上半身と下半身に別れていた。上半身部分は肩の部分がなく、例えるなら黒いランニングシャツみたいだった。胸のあたりに大きな白い英文字が書かれている。どうやらこれはスポンサーの会社のロゴらしい。ただしランニングシャツと違い裾がやたらと短くて、おかげでお腹が隠れずにおへそが見えてしまっている。それでも着る前はビキニのブラジャーよりは恥ずかしくないかなと思ったが、それが思い違いで、着てみると布がピッチリと体に張り付くので体の線がハッキリ出てしまい、これは結構恥ずかしい。

 下半身はスパッツのような水着で、これもまた体の線がわかる。こちらにも太ももの外側の部分に会社ロゴが大きく書かれている。

 その上、綾子さんがさっきからぼくの着替えを凝視しているのがつらい。ぼくのスタイルを見定めるようにするどい視線で見ている。プロデューサー兼マネージャーとしては衣装のチェックが必要なんだろうけれど、女性に見つめられながらの着替えはけっこう恥ずかしいものだ。

 水着に着替えると、綾子さんがブーツを渡してきた。こんなものまではかされるらしい。水着に合わせるように黒色のエナメルのブーツだった

 イスに座りブーツを履く。水着にブーツって、なんかいやらしい。

 ブーツを履いて立ち上がろうとしたが、かかとがハイヒールになっていて、ついよろけてしまった。

 綾子さんがあわてて近づいてきて助けてくれたので転びはしなかったが、彼女の胸に顔を埋めてしまう結果となった。スーツの上からでも彼女の大きな胸のやわらかさが伝わってくる。

「わわわ、わざとじゃなくて……」

 あわてて綾子さんの胸から顔をのける。

 綾子さんの胸に顔を埋めてしまった。柔らかい胸の感触がいまだに消えず、心臓の心拍数が上がって顔に血が上っているのがわかる。自分が鼻血でもでそうなほど興奮していた。

「ふふふ。別に良いのよ」

 綾子さんは笑って許してくれた。これも今変身している姿が亜里紗――女同士だからだろう。これが元の男の姿だったらどうなっていたかと思うと、いままでの興奮が醒めて今度は血の気が引いてくる。

 綾子さんは言う。

「胸に当たったくらいでそんなに恥ずかしがるなんて――まるで男の子のようでかわいいわ」

 綾子さんはわずかに色っぽい目でぼくの体を舐めるように見た。綾子さんが一瞬、獲物を狙うような目つきになってわずかに舌なめずりをしたように見えたのは気のせいだろうか。

    ♪  ♪  ♪

 その後、水着の撮影はとどこおりなく終わった。

 と言っても、水着の写真撮影など何をどうやったらいいのか分からず緊張で頭の中が真っ白で、カメラマンに言われるがままにポーズを取って、気がついたら撮影は終わっていたと言う感じだった。

 今日の仕事はこれで終わりだというので、撮影スタジオを出た後、会社の車で最寄りの駅まで送ってもらった。

 駅に到着して車から降りようとするぼくに向かって、綾子さんは思い出したように言った。

「そうそう。明日も仕事が入ったから」

 はて? 明日は仕事はなかったはずだが? また今日のような突然の仕事だろうか。

 そんなことを思うぼくの疑問が表情に出ていたのだろう。綾子さんはあわてて言葉を付け加える。

「うん。明日はオフの予定だったのよね。だけど急に仕事が入ったのよ。明日のお昼頃に集合。食事は済ませてきてね。場所はHホテル。雀翔プロの建物の近くにあるからすぐわかると思うわ。そこのロビーで待合いましょう」

 Hホテル。そういえば雀翔プロに行く途中でそんな名前のホテルの看板を見たかも知れない。

 でも雀翔プロのそばにあるというのなら、どうして事務所を使わずホテルのロビーなんかで待ち合わせるんだろう?

 その時は、わずかな疑問を感じた程度だった。









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