ぼくだけの☆亜里紗LIVE(アリサライブ)! 作・JuJu 【STAGE4 初ライブ!】 大空の下の野外ステージ。そのまん中にぼくは立たされていた。目の前には大勢の観客がぼくが歌い出すのを今か今かと待ち望んでいる。観客席はイスがないので全員立ち見だ。確かこのステージは千人収容だ。その観客席は満員だった。前の方はいかにもアイドルオタクっぽい男で占められているが、あとは普通っぽい人たちだった。 綾子さんの司会が終わり、彼女は舞台の袖に消える。 舞台袖にいる綾子さんが何かを操作すると、録音されたイントロが流れて来た。弱小プロダクションなだけに生のバンドは用意できないようだ。 ぼくは慌てて曲に合わせてダンスを始める。 亜里紗の動きはインターネットの動画で何度も見ている。 始めはうまく歌えるか緊張していたものの、やがて体が曲に乗ってくる。なにしろ亜里紗になりきってライブができるのだ。ぼくの歌声によって千人のファンが一体になる。ぼくの手足の動きに合わせてファンの人たちが波になる。なんて気持ちが良いんだ。 こうしてぼくは、初めてのライブを無事に乗り切った。 歌い終わったぼくに向ける大勢の観客の拍手と声援。ぼくは深くおじぎをしてステージを降りた。 ♪ ♪ ♪ 短い廊下を抜けて楽屋にはいる。ステージ衣装のままタオルで汗を拭く。 ぼくはやりきっていい気分だった。亜里紗としてライブステージで歌って踊ったのだ。いまだに信じられないが、とにかく自分が憧れの亜里紗になっていることはわかる。もちろん亜里紗の大ファンとして歌もふりつけも完璧だったと自負している。これならばマネージャー兼プロデューサーの綾子さんにだって正体がぼくだとはばれない自信がある。 やがて楽屋の扉が開いて綾子さんも入ってきた。 綾子さんはぼくを見ると、こんなことを言いだした。 「お疲れさま。いいステージだったわ。でも今日は亜里紗が遅刻して、私は大変な思いをしたんだからそこのところは反省しなさいよ? なんたってこの雀翔プロは亜里紗が支えているようなもの。あなたが唯一の所属アイドルなんだからね」 そうだったのか。いくら弱小プロとはいえ、所属アイドルが一人だけとは……。 ぼくの疑問を見透かしたわけじゃないだろうが、綾子さんは愚痴をはくような口調で話を続けた。 「私が現役アイドルの頃は何人もの所属アイドルを抱えていたのよ。でもみんな引退したり、他の所属に移籍したりして……。今日はあなたまで雀翔プロから逃げ出したんじゃないかと思って、本気で心配しちゃった。亜里紗までいなくなっちゃったら、プロダクションで働く私たちは路頭に迷うことになるんだからね」 そうだったのか。綾子さんの仕事がなくなるのはかわいそうだな。あの女の子に亜里紗の人形を返して上げるつもりだったけれど、どこの誰なのかわからないから返しようがない。だから誰かがこの人形を使って亜里紗をやるしかないんだ。これからはぼくがあの女の子の代わりに亜里紗を続けるしかないな。 そう決心したところで綾子さんが司会の服を脱ぎ始めたので、ぼくはあわてて背を向けた。借り物の衣装を脱いでいつものステージ衣装に着替える。普段着が欲しいところだが、ぼくは亜里紗の服はこのステージ衣装しか持っていない。 「今日の衣装はクリーニングに出すから、そのままこの部屋に置いておけばいいわよ」 その後、綾子さんが心臓が止まるような発言をした。 「――ところで、今日のライブの亜里紗、いつもと違っていたわね」 あこがれの亜里紗としてステージに立ってすっかり舞い上がっていた気持ちが、一瞬にしてあせりに変わる。 〈今日のライブの亜里紗、いつもとは違っていたわね〉 綾子さんの言葉が頭の中でこだまする。 自分では完璧に亜里紗の舞台を務めたつもりだったが、やはりマネージャー兼プロデューサーであり、しかも元アイドルだった綾子さんには本物との違いがわかるのだろうか。 そんなあせりが表情に出たのだろう。綾子さんはぼくを見てあわてて言いつくろった。 「ううん、非難しているんじゃないのよ? 今日のライブすごくよかった。仕草とか、細かい部分とか、いままでよりずっといい感じだったわ。 一言でいうと、今日のライブはかっこよかった! 男の子らしさ……ボーイッシュっぽさがにじみ出ていたというか……。しかもそれがすごく自然だったし。女の私から見ても男の色気があって魅力的で。実はライブの最中、亜里紗を見ていてちょっとときめいちゃった。 亜里紗もいろいろ考えたんでしょう? 今までは圧倒的に男性のファンが多かったけれど、これならばいままでのファンに加えて、女の子のファンも増えちゃうかな。とにかく、いいライブだったわよ」 男っぽいしぐさはわかってしまうのか。まさか正体が男だと言うことまでは、さすがに見破ることはできないだろうが。 「私はこの後プロダクションに戻って仕事をしなくちゃならならから、亜里紗はそのまま帰ってね。まったく司会をした後は事務仕事だなんて、弱小プロで人手が足りないからって本当人使いが荒い会社よねぇ」 そう愚痴をいいながら綾子さんはバッグから茶封筒を取り出し、ぼくに渡してきた。 「はいこれ、今日のライブのギャラね」 日払いなのか。それにしても銀行振り込みではなく今時現金の手渡しとは、さすが弱小プロダクションだけはある。とにかくバイトの仕事が入っていないフリーターの身としてはお金がもらえるのは助かる。 綾子さんは最後に、明日も仕事があるからプロダクションに来るように言った。雀翔プロの事務所がどこにあるのか知らなかったが、どんなに弱小でもインターネットで調べれば住所くらい出てくるだろう。 ぼくは楽屋から出た。人気(ひとけ)のない場所に行くと身を隠す。 亜里紗に変身したのはいいが、どうやっても元の姿に戻ればいいのだろう。 元に戻りたい……と思っていると、ふたたび虹色の光があふれ、ぼくは元の姿に戻っていた。いつの間にか手には亜里紗の人形が握られている。 どうやら人形を手に持って亜里紗になりたいと強く願うと亜里紗に変身して、元に戻りたいと願えば元の姿に戻れるようだ。 こうしてぼくはファンに紛れてライブ会場を後にした。 ♪ ♪ ♪ ぼくは自分の部屋で、机の上に置いた亜里紗の人形を眺めていた。 「本当に今日は夢のようだった。……いや。本当は夢だったんじゃないのか?」 いまだに信じられない思いに、ぼくは亜里紗の人形を手に取って立ち上がった。 部屋のまん中で人形を握り、目をつむって亜里紗になりたいと念じる。強く強く念じる。 すると変身する時に発する虹色の光がぼくを包み込みはじめた。その光が消えたのを確かめて、ぼくは下を向いて自分の体を見た。するとライブの時と同じように、ぼくはふたたび亜里紗に変身していた。 ぼくは亜里紗になった自分の顔を鏡で映した。 「夢じゃなかったんだ」 そうつぶやく声も亜里紗の可愛らしい声だった。 現実を噛みしめるように鏡に映った亜里紗はにんまりと笑った。 「やった! これでいつでもどこでも亜里紗ちゃんになれる!! 亜里紗ちゃんはぼくのものになったんだ!! これからはぼくが亜里紗ちゃんなんだ!!」 やっぱりあの女の子がこの人形を使って亜里紗になっていたのかな? これからはぼくがあの女の子に代わって亜里紗の続きをしてあげるよ。 部屋に全身を映せる鏡がないのが残念だが、それでも下を向くことで亜里紗の裸を見ることくらいはできるだろう。 ぼくはステージ衣装に手を掛ける。 「いいんだよな。ぼくは亜里紗ちゃんなんだし」 そう言い聞かせながら、ステージ衣装の背中のファスナーを降ろした。 両肩に掛かっている袖を外すと、服はするりと肌を這いながら床に落ちた。 純白のブラジャーとパンツが目に入る。 亜里紗に申し訳ないと思いつつも、どうしても我慢できなかった。 何度も想像してきた亜里紗の裸。それがいまは想像ではない、本物の亜里紗の裸が見られるのだ。 「よ、よし。ブラジャーをはずしちゃうぞ……!」 ぼくは背中に手を回してブラジャーの紐に触れる。 そこで動きが止まる。 「だめだっ!!」 ぼくはあきらめるように、背中に延ばした腕を力なく落とす。 亜里紗の裸は見てみたい……。だけどそれ以上に、ぼくにとって亜里紗は神聖な存在だった。大切な人だからこそエッチなことをするのは堪えられなかった。 ぼくは溜息をつくと、脱いだ亜里紗のステージ衣装を着直し元の自分に戻った。 人形に戻った亜里紗をふたたび机の上に置く。 亜里紗の人形をながめながらつぶやいた。 「ぼくは亜里紗ちゃんになれるようになったんだ。それだけで充分じゃないか」 そう言って自分をなぐさめた。 |